学位論文要旨



No 111826
著者(漢字) 濱田,基嗣
著者(英字)
著者(カナ) ハマダ,モトツグ
標題(和) フォトルミネッセンス法及び赤外吸収法によるシリコン結晶中の微小欠陥に関する研究
標題(洋)
報告番号 111826
報告番号 甲11826
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3624号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 河東田,隆
 東京大学 教授 西永,頌
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 助教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 土屋,昌弘
内容要旨

 シリコン結晶は、さまざまな半導体結晶の中でもっとも多く用いられ、またそれを用いた集積回路は最もプロセス技術の確立されたものである。しかし高度な集積化にともない個々のデバイス設計の最小寸法はますます小さくなっていく傾向にある。現在では多少鈍化傾向ににあるものの、3年で4倍といわれる集積化の傾向により、10年後には0.1mのデザインルールの時代に入っていく。そのためには克服すべき困難な問題がさまざまに考えられるが、なかでもシリコン結晶そのものの欠陥が研究対象として注目を浴びている。

 シリコン結晶はシリコンプロセスの出発材料であり、シリコンデバイスの性能を最も大きく左右する要因としてシリコン結晶を考えることは必然である。例えば高電界下でシリコン酸化膜が絶縁破壊しないためには、プロセスがクリーンに保たれることと同時に基板Si結晶そのものがが高品質であることが必要であると考えられている。また接合のリーク電流と結晶欠陥が関連するという報告もある。そこで、シリコン結晶中の微小欠陥を制御することは、今後の集積回路技術の進歩のためには必要不可欠である。

 CZシリコンでは、1018/cm3オーダーの酸素原子が固溶酸素として、シリコン結晶中の格子間に存在する。この濃度は成長温度付近での固溶限界濃度であるので、それより低い温度となる室温あるいは集積回路作製プロセス時の熱処理温度では過飽和状態になっている。成長後のCZシリコン結晶に熱処理を行うと過飽和状態にある固溶酸素がSi原子と反応しSiマトリクス内にSiO2のかたちで析出する。固溶酸素が析出すると基板の強度が低下し、シリコンウエハのたわみの原因になるため問題となる。また析出物から生じた転位が再結合中心などとして素子特性を劣化させる。しかし酸素析出物は基板表面の重金属原子などの汚染を集める作用を持つため、IG(Intrinsic Gettering)の担い手としてポジティブな側面も持っている。つまり熱処理によって生じる酸素析出物の制御が重要になってくる。酸素の析出プロセスは現在の製造工程で、発生、成長、収縮のすべてが利用されているので、これらの理解が必要である。

 この分野の研究の問題点をまとめると、低濃度、微小な欠陥の評価が不十分であるといえる。酸素析出物はそのサイズが数nmのものまで透過型電子顕微鏡で観察されているが、酸素析出核と呼ばれる格子間酸素の集合体に関しては報告がない。酸素析出核は電気的にも不活性であるため他の評価法からも情報が得られない。また酸素析出物の形成機構に関しても、核発生の初期段階やサイズや過飽和度の変化による形成相の変化などまだまだ不明な部分が多い。このような背景の中で、本研究は酸素析出物の核形成と成長の機構の解明を目的として行った。

 本研究ではフーリエラマン分光器とフーリエ変換赤外分光器を主な評価装置として用いた。中でもフーリエ変換ラマン分光器は近年開発された評価装置であり、シリコン結晶の評価に用いた例はない。そこでこのフーリエ変換ラマン分光器のシリコン結晶評価への応用を試み、その手法の確立も本研究の目的の1つとした。本研究ではシリコン中の酸素の状態の評価を主に行ったのだが、その際シリコン中の酸素濃度については赤外分光法を用い、酸素が集合体を形成した際に形成される準位の評価にはフォトルミネッセンス法を用いた。本研究で行ったフーリエ変換ラマン分光器を用いたシリコンのフォトルミネッセンス法による評価は、シリコンのLSIプロセスの中での高速かつ簡便な評価という意味では大変な優位性を有する。

 本研究は特に650℃での熱処理に注目した。集積回路用のウエハは成長後そのままの状態(as-grown)ではサーマルドナーと呼ばれる固溶酸素の集合体からなるドナーを含んでいる。そのままでは意図した抵抗率とは異なるウエハになるので、市販のウエハでは650℃15分程度のドナーキラー処理と呼ばれる熱処理を施してある。つまり650℃という温度は現在のプロセスではサーマルドナーの消去のためにデバイス作製以前に挿入されている熱処理の温度である。650℃の熱処理はサーマルドナーを消去する効果を有すると同時に酸素析出核を形成する作用を持つ。その温度での酸素析出核形成過程を検証することは、プロセスの意図とは別に形成される酸素析出核の研究の加速実験的な側面がある。また現在のプロセス全体の傾向として低温化の方向がある。今後、電子回路の集積化が進むにつれてプロセス温度の低下に対する要請が高まっているが、酸素析出物に関しては形成される温度が異なると密度や相が変化するため、ただひたすら低温化すれば良いというものではないが、低温短時間で酸素析出物を形成することができ、なおかつゲッタリング能が高ければそれに越したことはない。従来の典型的な酸素析出物の形成プロセスは800℃の熱処理による核形成とその後の1000℃付近での析出物の成長のための熱処理という2段階熱処理であるが、この温度を下げなおかつ短時間での析出物の形成を検討した。

 以上のような電子工業的な目的とともに科学的な興味もある。シリコンは他の材料に比べれば極めて完全性が高く不純物の少ない物質であるため、その中での酸素析出は極めて理想に近い固相での結晶成長と捉えることができ結晶成長の分野での学問的関心も高い。

 本研究では第一に、650℃の熱処理に先だって500℃の熱処理を行うことによってサーマルドナーを形成し、650℃の熱処理によってどのような酸素析出核が形成されるかを検討した。この熱処理では室温で0.85eVにピークを持つフォトルミネッセンスが観測される。この発光準位の形成と酸素析出核の形成との間には一定の関係が見られた。Hamの析出理論を用いた解析により、酸素析出量の熱処理時間依存性から酸素析出核密度を求め、その熱処理温度依存性から酸素析出核のサイズ分布を求めた。その結果0.85[eV]のPL発光準位の起源となる欠陥の形成は酸素析出核の形成と深い相関があり、特にその後の1100℃以上の熱処理で臨界半径を越える大きさをを持つような酸素析出核の形成がこの準位の形成と深い関わりを持つことを示した。

 酸素析出核からは、イントリンジック・ゲッタリングのため、高温で酸素析出物が形成されるが、その形成温度によって異なる相のものができることが知られている。また形成温度が同じであっても、酸素析出核の形成温度の違いによっても異なる相の酸素析出物ができるという報告もある。酸素析出物のゲッタリング能は析出形態に依存するため、析出物の形態を制御することは非常に重要である。本研究では、さらに1段階前に目を向け、酸素析出核の形成温度は等しくし、さらにその前に異なる熱処理を行うことにより最終的な酸素析出物形成がどのように影響を受けるかを検討した。本研究では650℃の熱処理に対する前熱処理の効果を検討した。酸素析出量から酸素析出核密度を求め、500℃の熱処理は幅広いサイズの酸素析出核の形成を促進し、1280℃の熱処理は1100℃以上で有効となるようなサイズの大きい酸素析出核の形成のみを促進することを明らかにした。

 650℃の熱処理によって形成された酸素析出核はさらに高温の熱処理を加えれば、その温度での臨界核半径に従って、あるものは成長し、またあるものは再固溶する。このとき熱処理温度を初期酸素4度の熱平衡温度にすれば臨界核半径が理想的には無限大に発散するためすべての析出核が再固溶する。本研究ではこの現象を利用し酸素析出核の状態の違いを考察した。500℃+650℃の熱処理で形成される酸素析出核と1280℃+650℃の熱処理で形成される酸素析出核では、500℃+650℃の熱処理で形成される酸素析出核の方がサイズの大きい酸素析出核については再固溶しにくいことを明らかにし、同じ温度で形成された酸素析出核も前熱処理が異なるとき、異なる性質のものが形成されることを示した。またサイズの小さい酸素析出核については、逆に1280℃+650℃で形成される酸素析出核の方が再固溶しにくいことが明らかになった。

 ここまでは酸素析出物の形成までを議論してきたが、以降では形成された酸素析出物を対象とする。これまで述べたように酸素析出核の形成相の評価及び制御は重要な課題である。酸素析出物の形成相の評価法としては透過電子顕微鏡(TEM)による直接観察やFT-IRによる吸収スペクトルの測定がある。しかしTEMによる観察はサンプルの準備が難しい上、数多くの析出物を観察しなければ結晶全体の評価にはならない。その点FT-IRは測定は簡便であり、スペクトルを見ることで得られる情報も多い。本研究ではそこにFT-Ramanによる室温フォトルミネッセンスの測定をつけ加えることを考えた。

 フォトルミネッセンスによる酸素析出物の評価はすでにいくつかの報告がある。シリコン結晶に酸素析出物が形成されるとDラインと呼ばれる深い準位の発光が観測される。このDライン発光は結晶中の転位と関係があると考えられている。低温でPL測定を行うとD1、D2、D3、D4というように4つのピークが観測される。この深い準位の再結合過程については現在も議論が続いており、転位芯あるいはその近傍での不純物に関連する光学遷移とする説と、転位そのものが再結合の原因であり、転位芯付近で光学遷移が起きるとする説がある。しかしながら低温測定ではそれぞれのピーク強度からその欠陥密度を議論することは非常に難しい。それは再結合のプロセスが複雑でありPL強度と欠陥密度の対応が取りにくいことによる。室温PL測定では、4つの準泣のうちもっともバンド端からみて深い準位であるD1ラインのみが観測され、低温に比べて再結合過程もシンプルであるため強度の議論がしやすい。そこでFT-Ramamを用い室温でPL測定を行い、そのPLスペクトルを基づいて酸素析出物の評価を行った。まず、欠陥からのPL発光強度の励起光強度依存性の検討から、欠陥からのPL発光強度を欠陥密度を反映するものにするためには、Pライン欠陥とDライン欠陥はバンド端発光強度の平方根で規格化すればよく、0.85eV発光はバンド端発光強度そのもので規格化するとよいことがわかった。上の方法によりFT-Ramanを用いたPL分光において、酸素析出物からのPL発光強度の酸素析出量の相関を求め、規格化したPL発光強度が酸素析出量に比例することを示した。またその傾きが酸素析出物の形成温度に依存し、形成温度が低いほど同量の固溶酸素が析出した場合、形成温度が低いほど酸素析出物からのPL発光強度が強いことを示した。

 以上のように本研究では、酸素析出核の核形成から成長までを特に650℃という温度での核形成に注目して検討した。またFT-Ramanという新しい装置をシリコン結晶の評価に応用し、今後の研究への応用のための指針となり得るものと確信する。

審査要旨

 本論文は「フォトルミネッセンス法及び赤外吸収法によるシリコン結晶中の微小欠陥に関する研究」と題し、7章より成る。

 第1章は序論であって、チョクラルスキー法によって成長させたシリコン結晶(CZシリコン)中の微小欠陥の制御の重要性を指摘している。また従来の研究では低濃度で微小な欠陥の評価が十分になされておらず、特に最も重要な微小欠陥である酸素析出物の発生源となる酸素析出核についての評価が不十分であることを述べている。そのような研究の現状に基き、非破壊、非接触かつ高感度なフーリエ変換ラマン分光器によるフォトルミネッセンス分光法および赤外吸収法といった光学的手段を応用したシリコン結晶中の微小欠陥の評価法を明らかにし、その方法により評価を行うことが本研究の目的であることを、うたっている。また本研究の評価対象として、CZシリコンを選択し特に650℃の熱処理で形成される酸素析出核に注目した理由も述べている。

 第2章は「本研究に用いた評価方法」と題し、本研究で用いた評価方法であるフーリエ変換赤外分光法とフーリエ変換ラマン分光器を用いたフォトルミネッセンス法の原理について述べている。本研究ではこれらの評価手法により、CZシリコン中の酸素の状態の評価を主に行っており、その際シリコン中の酸素濃度については赤外吸収法を用い、酸素が集合体を形成した際に形成される準位の評価にはフォトルミネッセンス法を用いたことを述べている。さらに、本研究で行ったフーリエ変換ラマン分光器を用いたシリコンのフォトルミネッセンス法による評価は、シリコンの集積回路作製プロセスの中での高速かつ簡便な評価という意味では顕著な優位性を有することを指摘している。

 第3章は「500℃+650℃の熱処理による酸素析出核の形成」と題し、500℃の熱処理を行うことによってサーマルドナーを形成した後、650℃の熱処理によって形成される酸素析出核の密度と、熱処理後に0.85eVに観測されるフォトルミネッセンス強度に関係があることを明らかにしたことを述べている。Hamの析出理論を用いた解析により、酸素析出量の熱処理時間依存性から酸素析出核密度を求め、その熱処理温度依存性から酸素析出核のサイズ分布を求めた結果、0.85eVの発光準位の起源となる欠陥の形成は酸素析出核の形成と相関があり、特にその後の1100℃以上の熱処理で臨界半径を越える大きさを持つような酸素析出核の形成がこの準位の形成と関連があることが明らかになった。

 第4章は「前熱処理による酸素析出核形成の促進」と題し、酸素析出核の形成温度は650℃に固定し、さらにその前に異なる前熱処理を行うことが酸素析出核のサイズ分布に与える影響の評価結果について述べている。その結果、500℃の前熱処理は幅広いサイズの酸素析出核の形成を促進し、1280℃の前熱処理は1100℃以上で有効となるようなサイズの大きい酸素析出核の形成のみを促進することを明らかにしたことを述べている。

 第5章は「溶体化処理による析出核の再固溶」と題し、650℃の熱処理によって形成される酸素析出核にさらに高温の溶体化処理を加えることによる影響の評価結果について述べている。その結果、500℃で熱処理を行った後、更に650℃で熱処理を行った場合に形成される酸素析出核と1280℃で熱処理を行った後、更に650℃で熱処理を行った場合に形成される酸素析出核では、500℃で熱処理を行った後、更に650℃で熱処理を行った場合に形成される酸素析出核の方がサイズの大きい酸素析出核については再固溶しにくいことを実験的に明らかにし、同じ温度で形成された酸素析出核も前熱処理が異なるとき、異なる性質のものが形成されることを、明らかにしたことを述べている。

 第6章は「酸素析出物からのPL発光」と題し、さまざまな温度で形成された酸素析出物のフォトルミネッセンス法による評価結果について述べている。フォトルミネッセンスによる酸素析出物の評価はすでにいくつかの報告があるが、フーリエ変換ラマン分光器をその目的に応用した例はこれまでにない。そしでこの装置の高感度かつウエハの深さ方向全体の情報が得られるという特徴を生かし室温でフォトルミネッセンス測定を行い、そのスペクトルに基いた酸素析出物の評価の結果について述べている。その結果、発光強度の励起光強度依存性の検討から、酸素析出物からの発光強度の規格化にはバンド端発光強度の平方根を用いれば良いことを示し、この方法により酸素析出物からの発光強度と酸素析出量の相関を求めたとき、規格化した発光強度が酸素析出量に比例することを明らかにした。またその傾きが酸素析出物の形成温度に依存し、同量の固溶酸素が析出した場合、形成温度が低いほど酸素析出物からの発光強度が強いことが明らかになったことを述べている。

 第7章は「本研究の結論」であり、本研究で得られた成果をまとめている。

 以上要するに、本研究はチョクラルスキー法で成長させたシリコン中の熱による酸素析出物の核形成とその成長過程をフォトルミネッセンス法及び赤外吸収に基いて明らかにするとともにフーリエ変換分光器を用いたシリコン結晶の評価法の有用性を示したもので、半導体電子工学上貢献するところが多大である。

 よって本論文は博士、(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/1875