学位論文要旨



No 111830
著者(漢字) 梁,吉鎬
著者(英字)
著者(カナ) リャン,ジハウ
標題(和) 変形ポテンシャル量子井戸構造を用いた自己電気光学効果素子(SEED)
標題(洋) Self Electro-optic Effect Devices(SEED)Based on Potential Modified Quantum Wells
報告番号 111830
報告番号 甲11830
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3628号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 多田,邦雄
 東京大学 教授 藤井,陽一
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 助教授 中野,義昭
内容要旨

 極低スイッチングエネルギーを持つ自己電気光学効果素子(SEED)は光通信及び光情報処理システムのプロトタイプ素子として精力的に研究されている。

 現在までSEEDは、単一素子としては電子デバイスに比べて遥かにすぐれた特性を示しており、しかも並列光処理システムに適する面垂直型素子として集積化にも向いている。ところが、近年のSEEDのシステム化研究では、当素子を光伝搬方向に向けて直列に多段配置をして特定のロジック機能を完成させる際に、システムビットレートが劇的な低化を示すことが報告されている。また、その原因を探るいくつかの研究も行われており、素子を構成する通常の量子井戸に於ける光吸収係数の電界印加による変化(減少)比が制限されていることが、主な問題点として指摘されている。

 本研究ではまず、SEEDで構成されるシステムの特性評価に普段使われているTwo Steps Responsivity Modelに比べて、実際素子をよりよく近似できるTriangular Responsivity Modelを提案し、それに基づいてシステムの諸特性(System Bit-Rate、System Tolarenceなど)が要求する、または、SEEDを構成する量子材料が持つべき光吸収の電界依存性を調べた。図1には、対称SEEDを2段に直列配置した光Flip-Flop回路におけるシステムとして得られたBit-Rateと量子井戸の吸収特性との関連性を示すが、Two Steps Modelで推測するよりも、限られた量子井戸構造の吸収係数の変化比がSystem Bit Rateに与える影響がより深刻であることがわかった。

図1 (a)Two Steps ModelとTriangular Model (b)System bit-rateと量子井戸構造の電界依存光吸収特性との関連性

 量子井戸構造の光吸収端を短波長側にシフトさせることによって、吸収係数の大きな変化(減少)比が得られる。我々は異なる変形ポテンシャル量子井戸構造に於ける光吸収の電界依存性について、価電子帯ミキクシング効果を考慮にいれた数値解析を行い、吸収端の大きなブルーシフト或いは実効的ブルーシフトが実現できるような量子井戸構造を調べ、光吸収端に於ける吸収係数の大きな変化(減少)比をねらった。

 非対称量子井戸構造では、電子と正孔がエネルギーギャップの小さい井戸領域に局在するが、実効質量の差異により、空間分布中心が分離して電気分極を生ずる。これは井戸構造に内部電界が印加されたことに等価で、それに反する外部電界を印加すれば吸収端はブルーシフトする。本研究では、通常の結晶成長法では作製困難である傾斜量子井戸を図2(a)に示したような井戸幅の制御された超格子構造で等価した等価型傾斜量子井戸を作製、評価した。光吸収電流の測定結果から、Zero Biasに対して重い正孔の吸収ピークがおよそ2.6meV程度短波長側にシフトしたことが確認された(図2(b))が、この値では不十分であった。

図2 (a)等価型傾斜量子井戸構造及び、 (b)その構造を真性領域に含んだpinダイオードの光吸収電流スペクトル

 吸収端に於いて光吸収の大幅な低減を実現するためには、ブルーシフトに伴う吸収強度の減少が望ましい。対称結合量子井戸構造では零電界で隣り合う井戸内での粒子状態が結合し、縮退した量子準位の分離が発生する。また、吸収端に位置している遷移モードは印加電界により、速やかに吸収強度を失いながら、レッドシフトしていく。以上の電界誘導Decoupling効果は吸収端の大幅な実効的ブルーシフトをもたらし、結果として吸収強度の大きな低減が伴う(図3(a))。

 実験研究では二つの17MLのGaAs対称井戸が3MLのAlAsバリアにより分離された構造を用いたが、波長784nmに於ける光吸収係数の変化(減少)比として、3.0V Biasで3.0、8Vでは3.8と比較的大きな値が得られた。参考データとして、同等条件の矩形量子井戸では2.0と2.5が得られている。また、本構造を用いた対称SEEDで光双安定動作が初めて実現された(図3(b))。

図3 (a)対称結合量子井戸構造での光吸収電流の電界依存性 (b)対称結合量子井戸構造を用いたS-SEEDの光双安定特性

 対称結合量子井戸構造の不足点といえば、変えられる構造パラメーターが少なく、数値解析上で得られるブルーシフト量も20meV程度と限られていることなどがある。 結合井戸構造に非対称性を与えれば井戸構造の設計自由度は遥かに広くなり、それに伴う吸収特性も多彩になってくる。我々は、図4(a)の挿入図に示してあるような、低いバリア高さをもつ、2-3MLのAlGaAs層を用いて結合井戸の非対称性を調節した。調べた井戸構造は吸収の電界依存性の相違から3種類にまとめたが、いずれも対称構造に比べて良好な吸収特性を示した。図4(a)はその一例に於ける数値計算結果を示すが、実効的ブルーシフト量は33meV程度で、吸収係数の変化比はおよそ17に達した。作製した実験試料では、吸収端の実効的ブルーシフト35meVと吸収係数の変化比4.4とが得られた。このように大きな光吸収の変化(減少)比が得られたのは本研究が初めてであるものの、数値計算結果との差異は大きい。原因としては、数値計算では現れなかった軽い正孔の対称遷移に対応する吸収ピークが予想より低い印加電界で該当波長領域にシフトしてきいることが考えられる。以上の結果から、Triangular Resposivity Modelに基づくS-SEEDシステムのRelative Bit-Rateを計算すれば、吸収層厚を2.0mmと仮定した場合、0.15に相当し、現在まで発表されている矩形量子井戸構造の最良バラメーターを用いて得られた0.10を大幅に超えていることがわかった。

図4(a)非対称結合量子井戸に於ける光吸収の電界依存性(数値解析) (b)反射/透過率測定から推定された非対称結合井戸構造に於ける光吸収係数の電界依存性

 以上のように本論文は、SEEDのシステム特性を向上することを目的として、変形ポテンシャル量子井戸構造の光吸収の電界依存性を数値解析と実験を通じて研究した結果をまとめたものである。

審査要旨

 本論文は、自己電気光学効果素子(Self Electro-optic Effect Device,SEED)の特性を改良するために、傾斜量子井戸、結合量子井戸、非対称結合量子井戸などの変形ポテンシャル量子井戸構造を適用することについて理論的実験的に研究した成果を、英文で6章にわたり記述したものである。

 第1章は序論であって、本研究の背景と目的および論文構成が述べられている。量子井戸層をはさんで半導体ダイオードを構成し、逆方向電圧を印加すると、量子閉じ込めシュタルク効果(QCSE)によって、特定波長域で印加電圧と光電流の間に負性抵抗特性が得られる。このようなダイオードを光検出器兼光変調器として利用すると、面垂直型の双安定光スイッチング素子であるSEEDが構成される。特に同種のダイオードを2個直列に接続したいわゆるS-SEEDは、特性の一様性や動作余裕度に優れ大規模集積化に適しているので、並列光情報処理や光交換などへの応用が試みられている。本研究の目的は、このようなSEEDの特性をさらに改良するために、オフ状態(吸収状態)とオン状態(透過状態)の光吸収係数offonについて、その比off/on(光吸収係数変化比)をできるだけ大に、onL(残留光吸収係数×井戸幅)をできるだけ小にできるような変形ポテンシャル量子井戸構造を探求することである。

 第2章は"Self Electro-optic Effect Devices"と題し、S-SEEDで構成された多段論理システムの特性評価に用いられてきたTwo-Step Responsivity Modelに比べて、実際の素子特性をより良く近似できるTriangular Responsivity Modelを提案し、システムビットレート、動作余裕度などとoff/ononLとの関係を解析している。その結果、これらシステム側から要求される量を十分大きく得るためには、従来考えられていたよりも大幅にoff/onを大に、onLを小にする必要があることを明らかにした。さらに通常の矩形量子井戸ではこの要求を満たすことは困難であり、電界印加により吸収端の大きなブルーシフトが得られ、かつその波長域での残留吸収が急減するような、変形ポテンシャル量子井戸を開発すべきことを述べている。

 第3章"Equivalent Type Graded Gap Quantum Wells"では、量子井戸の禁制帯幅が井戸厚さ方向に直線的に傾斜している量子井戸について扱っている。解析および実験によりブルーシフトは得ているものの、十分な値を得ることは一般に困難であることを明らかにした。

 第4章は"SEEDs Based on Symmetric Coupled Quantum Wells"と題し、同等な二つの量子井戸を極めて薄い障壁層を介して結合させた対称結合量子井戸における実効的ブルーシフトと、それに立脚したSEEDについて詳しく論じている。結合量子井戸では、電界印加と共に井戸間の結合が弱まるので、電子の対称モードと正孔の対称モード間の遷移による光吸収は弱まり、反対に電子反対称モードと正孔対称モード間、および電子対称モードと正孔反対称モード間の遷移による光吸収が増大するので、実効的ブルーシフトが得られる。種々の数値解析の結果から抽出した二三の設計例について分子線エピタキシー法とスプレーエッチング法によりAlGaAs系の透過型試料を作製し、最大3.8の光吸収係数変化比を得ると共に、S-SEEDを構成し良好な光双安定スイッチング特性を観測している。さらにpin接合型素子に代わるショットキー接触型素子を提案し、拡散電位差が低減することによりoffを増大でき、光吸収係数変化比を増大するのに有効であることを実証している。

 第5章"Modified Asymmetric Coupled Quantum Wells"では、結合量子井戸の一方の井戸の中央に比較的低い障壁層をさらに挿入した変形非対称結合量子井戸構造を提案し、研究した結果を詳述している。このような非対称化により、ある程度の電界を印加した時にむしろ井戸間の結合が強まり光吸収が増加してoffを増大できる場合が生じたり、あるいは電子対称モードと正孔反対称モード間の遷移のブルーシフトが著しく増大したりする場合が生ずる。構造、組成の設計パラメータ数も増加するので、上記特長の各々をねらった、あるいは両方を兼備した素子などが色々設計できる。さらにAlGaAs系の素子を試作して実測した結果、光吸収係数変化比4.4、あるいはブルーシフト量35meVなどの値を得た。これらは従来報告のない大きな値である。

 以上のように本論文は、自己電気光学効果素子(SEED)の特性を改善するには、光吸収係数変化に対する要求が従来考えられていた以上に厳しいことを改良計算により指摘し、この要求を満たすために変形ポテンシャル量子井戸、特に新提案の変形非対称結合量子井戸をいかに設計すべきかを解析で明らかにすると共に、素子を試作して光吸収係数変化比4.4という従来にない高い値を実現するなど、SEEDの改良に有用な基礎的知見を提供しており、電子工学上貢献するところが多大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク