磁場中の2次元電子はランダウ準位の形成によってその状態密度が変化する。このような場合の電子の伝導率についてはT.Ando and Y.Uemura等により議論されてきた。縮退系では、その後1980年にK.von Klitzing等がSi-MOSの反転層に量子ホール効果、さらに1982年にはD.C.Tsui等がGaAs/AlGaAsへテロ構造で分数量子ホール効果を発見するなど近年、非常に興味が持たれ様々な角度から研究がなされている。 一方、非縮退系ではヘリウム液面電子系において1989年頃から幾つかのグループがその磁場中の輸送現象を実験的、理論的に研究している。これまで、この系での磁場中での伝導率xx、もしくは抵抗率xxを実験的に測定する手段としては一般的にSommer-Tannerの方法と呼ばれる手法が用いらてきたが、我々は新しい方法としてヘリウム液面電子のエッジ・マグネト・プラズモンを利用する方法を考案した。 エッジ・マグネト・プラズモンは強磁場中で存在する現象で液面電子系の縁にのみ局在する電荷密度の揺らぎであり、電子系の縁に沿って伝播する波動である。理論的な考察によりヘリウム液面電子のエッジ・マグネト・プラズモンの線幅は伝導率xxに比例すると予想される。これまでにもエッジ・マグネト・プラズモンの線幅の測定が試みられたが、系統的な結果はまだ得られていない。この困難の原因は現象に内在する非線形性にあると考えられる。我々は入力振幅が大きすぎると、ある温度以下で線幅が狭まることを明らかにした。入力電圧を適切に選ぶことにより初めて低温において系統的な結果を得ることができた。 我々は、線幅の測定を90〜1400mKの温度領域、0.3〜6.4Tの磁場領域で行った。その結果をFig.1に示す。 液面電子の散乱は、700mKより高温では主にヘリウムガス原子との衝突によって支配され、700mK以下では液体ヘリウムの表面波が量子化されたripplonによるものが主になる。700mKより高温側をヘリウムガス領域、700mKより低温側をripplon領域と呼ぶことにする。ヘリウムガス原子による散乱は短距離的であり、電子の運動エネルギーに依存しない。しかし、ripplonとの散乱はエネルギー依存性を持つため伝導率xxに与える影響はヘリウムガス原子との散乱より複雑である。 Fig.1に示された線幅温度依存性の特徴は700mK付近に線幅の極小値を持つことと、ripplon領域での線幅が1/√Tの温度依存性を示すことである。 液面電子の伝導率xxの磁場依存性はヘリウムガス領域(1100mK)と、ripplon領域(300mK)で異なる。測定結果を、Fig.2とFig.3に示す。 Fig.2において、黒丸がデータから求めた伝導率xxであり、0.6Tより低磁場側ではB-2の磁場依存性がみられ、0.6Tより高磁場側では磁場依存性は弱くなっている。破線はSaitoh等による1電子セルフ・コンシステント・ポルン近似から求めたもの、点線はDykman等による電子間の相互作用による揺らぎ電場が磁場中の電子の運動に大きな影響を与える(多電子効果)として伝導率を求めたものである。実験結果はDykman等の多電子理論によるものに近い。 0.6Tより低磁場側では多電子効果によりランダウ準位の幅はランダ準位の間隔より広がっており、このため、散乱率はゼロ磁場の場合と変わらない。一方、KBT>hcの条件が成り立っているので、一回の散乱でサイクロトロン運動の中心が移動する距離Rは熱的なサイクロトロン半径((2mKBT)1/2/eB)程度である。これらに基づいて拡散描像により伝導率を計算すると定性的にB-2の依存性が得られる。これはFig.2のデータの低磁場側での磁場依存性に対応する。 0.6Tより2Tでは、多電子効果によりランダウ準位の幅はある程度の広がりを持つが、ランダウ準位の間隔の方が広くなり液面電子の状態密度はピークを持つようになる。このため、散乱率はhc/のファクターだけ増大される。Rは依然として熱的なサイクロトロン半径程度と考えることができるので磁場依存性は消失する。 2T以上の高磁場になるとヘリウムガス原子との散乱がランダウ準位の幅を決めるのでセルフ・コンシステントに扱われなければならない。また、Rとしてはマグネティック・レングス(基底状態での波動関数の広がり:(h/eB)1/2)を取らなければならない。その結果、B-1/2の磁場依存性が得られる。 Fig.2の実線は上に述べた描像による多電子理論に1電子セルフ・コンシステント・ボルン近似の結果を取り入れたものであり、実験結果とよくあっている。また温度依存性についてもこれらの理論でよく説明できることを確認した。このことから、ヘリウムガス領域では多電子効果が電子の伝導率に支配的な影響を与えることが分かる。この結果は他のグループの結果とも一致する。このことはまた、我々のエッジ・マグネト・プラズモンの線幅から伝導率xxを求めることの妥当性を示すものである。 次にripplon領域(300mK)における伝導率xxの磁場依存性を示したFig.3では、黒丸がデータから求めた伝導率xxであり、磁場依存性が失われている。破線は1電子・セルフ・コンシステント・ボルン近似の結果であり、点線が多電子理論による計算値である。 ヘリウムガス領域での議論と同様にランダウ準位の幅が多電子効果により決められ、散乱率はhc/のファクターだけ増加されるとし、Rは最低のランダウ準位のみが占められていることから、マグネティック・レングスの程度であるとして散乱のメカニズムを考えればFig.3に示された多電子理論の結果が得られる。同様にランダウ準位の幅がセルフ・コンシステントに決まるとし、それから考えられる散乱率と、Rをマグネティック・レングスの程度であるとして散乱のメカニズムを考えればFig.3に示された1電子セルフ・コンシステント・ボルン近似の結果が得られる。実験結果で示されたような磁場依存性の消失は、いずれの理論でも説明できない。 図表Fig.1 / Fig.2 / Fig.3 しかし、ripplon領域では、電子の散乱率のエネルギー依存性により、伝導率xxの磁場依存性は複雑である。また、電子-ripplon相互作用は短距離的ではなく、散乱も動的なものである。このような場合、拡散のモデルで扱えるかは明白ではない。この点についてはさらなる理論的な検討が必要であると考えられる。 一方、温度依存性に関しては、多電子理論、1電子セルフ・コンシステント・ボルン近似のいずれの理論も1/√Tの温度依存性を与え、実験結果と一致する。 以上のように我々は、ヘリウム液面電子のエッジ・マグネト・プラズモンの線幅を広い温度範囲で測定し、伝導率xxの温度依存性、及び磁場依存性を明らかにした。特に、ripplon領域での伝導率xxの振る舞いには理論的に説明されない磁場依存性や非線形性があり、極端な量子極限の輸送現象として興味深く、今後の研究によって理解が深まるものと期待される。 |