液晶は、画像情報の高速・大面積表示を実現する機能性分子材料として工学的応用面で重要であるだけでなく、きわめて多彩な相転移・臨界現象を示す点で物性基礎論的にも興味ある物質として注目されている。液晶系をはじめとして超伝導体や高分子系のような広義の相転移・臨界現象を示す物質系の間には、それぞれの系に適当な秩序変数を導入することによって顕著なアナロジーが成立することが示されている。さらに、秩序変数の特異点として定義される各物質系特有のトポロジカル欠陥(液晶系のスクリュー転位、超伝導体のvortexなど)はいずれも低次元系として共通なトポロジー的性質によって特徴づけられている。このようなトポロジー的な観点における共通性は、物理における重要な概念である普遍性(universality)を支えるものであり、上述のアナロジーの成立を保証するものと考えられる。 さて、de Gennesによってはじめて指摘された液晶のSmectic(Sm)A相と超伝導体の間のアナロジーをLubenskyらはchiral液晶に拡張して、Cholesteric(Ch)相とSmA相の間にTwist-Grain-Boundary-A(TGBA)相が存在することを予言した。このアナロジーによれば、超伝導体におけるvortexと液晶におけるスクリュー転位が対応し、超伝導体のAbrikosov vortex格子相と液晶系におけるTGBA相が対応している。理論的予言の直後にTGBA相は実験的にも見い出された。このようにTGBA相は超伝導体とのアナロジーという観点から興味深いものであるが、従来そのアナロジーはスタティックな範囲にとどまっていた。本研究は、超伝導体と液晶系の間のアナロジーをダイナミックスに拡張することによって、液晶のスクリュー転位の運動を理論的に取り扱い、その運動を反映した物理現象の分子論的な描像をはじめて明らかにしたものである。 本論文は5つの章からなる。第1章は序論で、de Gennesの超伝導体-液晶系アナロジー、その拡張としてのLubenskyらのアナロジーおよび、それから予言されたTGBA相のスタティックスに関する知見など本研究の基礎となる事項が述べられており、さらに従来の研究の問題点およびダイナミックスへの拡張のための指針が示されている。 第2章では、TGBA相におけるスクリュー転位の集合体であるgrain boundaryに働く力の具体的な表式を求めている。超伝導体に一様な輸送電流を流すと、vortexがLorentz力を受けて並進運動することはよく知られているが、この現象を液晶に対応させると、外場によってTGBA相に歪みを誘起すればスクリュー転位の並進運動が生ずることが予想される。本研究では、具体的な外場として電場または温度勾配をTGBA相のねじれのピッチ方向に加えた場合を取り上げている。まず、電場を加えた場合には、chiral液晶特有の電傾効果により液晶の分子配向ベクトルの回転が生ずる結果、スクリュー転位の周りの応力場のアンバランスが誘起されて、転位に力が働くことになる。一方、温度勾配を加えるとSm密度波の振幅の2乗に勾配が生じるため、転位周りの応力場にアンバランスが誘起されて転位に力が働く。この2つの場合のそれぞれについて、自由エネルギーの表式に基づいてTGBA相におけるgrain boudaryの単位面積あたりに働く力の表式が求められた。 第3章では、スクリュー転位の運動方程式とTGBA相における流体力学的変数に関する運動方程式が導出され、さらにこれらの方程式を組み合わせることによって転位の運動を記述するための理論的スキームが与えられている。まず、スクリュー転位が前述のような力を受けたとき、転位そのものの運動はLangevin方程式を用いて記述される。この方程式を流体力学的変数に関する運動方程式に代入し、さらに配向ベクトルの運動方程式と組み合わせると、転位間の距離よりも長い空間スケールでは配向ベクトルの運動方程式はCh相の運動方程式と同一の形式になることが示される。ただし、方程式にあらわれる実効的なFrank定数はSm相の密度や転位の密度に依存した形で与えられる。 第4章では、スクリュー転位の運動に伴う特徴的な現象として定常的な分極電流の出現が理論的に予測されている。一般に液晶のような誘電体では直流的な電場を印加しても電流は流れないとされているが、TGBA相の場合には直流(あるいは、十分ゆるやかに時間変化する)電場によってスクリュー転位の運動が誘起される結果、転位周りの局所的な分極に基づく有限の分極電流が流れることが示される。この現象は欠陥をもつ誘電体としての液晶系における特徴的な電気的性質として基礎物性的にも応用的な観点からも注目に値すると考えられる。 第5章では本研究で得られた結論および今後の課題が述べられている。 以上のように、本論文は超伝導体-液晶系アナロジーのダイナミックスへの拡張を行うことにより、液晶系におけるトポロジカル欠陥のダイナミックスを理論的に解明し、さらにそれを反映した特異な物性に関する新しい知見を得た点で、物理工学に対する寄与は大きい。よって博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |