学位論文要旨



No 111834
著者(漢字) 太田,朋子
著者(英字)
著者(カナ) オオタ,トモコ
標題(和) 液晶系におけるトポロジカル欠陥のダイナミックス
標題(洋)
報告番号 111834
報告番号 甲11834
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3632号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 早川,禮之助
 東京大学 教授 宮野,健次郎
 東京大学 助教授 伊藤,耕三
 東京大学 助教授 田中,肇
 東京大学 助教授 時弘,哲治
内容要旨

 de Gennesによって指摘された液晶のsmectic(Sm)A相と超伝導体の間の顕著なアナロジーを、Lubensky et al.はchiral液晶に対して拡張し、cholesteric(Ch.)相とSmA相の間にTwist-Grain-Boundary-A(TGBA)相が存在することを予言した。このアナロジーによれば、超伝導体におけるvortexと液晶におけるスクリュー転位が対応し、超伝導体のAbrikosov vortex格子相と液晶系におけるTGBA相が対応している。図1に典型的なTGBA相の構造を示す。lbの間隔で並んだgrain-boundary(GB)においてldの間隔でスクリュー転位が配列しており、SmA slabの層法線方向はTGBA相のピッチ(x方向)に沿ってGBを通過するごとに2回転している。理論的予言の直後TGBA相は実験的にも見い出され、上述の構造が確認されている。このようにTGBA相は超伝導体とのアナロジーという観点から大変興味深いものであるが、従来までのそのアナロジーはスタティックな範囲にとどまっている。TGBA相における音波モードについての理論的な研究はなされているが、そこではスクリュー転位自体の運動をあらわにとり上げてはいない。本研究では超伝導体と液晶系の間のアナロジーをダイナミックスに拡張することによって、スクリュー転位そのものの運動を理論的に取り扱い、その運動を反映した物理現象の分子論的な描像をはじめて明らかにした。超伝導体に一様な輸送電流を流すと、vortexがLorentz力を受けて並進運動することはよく知られている。この現象を液晶に対応させると、TGBA相では外場によって歪みを誘起すればスクリュー転位が並進運動するはずである。具体的な外場の一例として、本研究ではchiral液晶特有の圧電効果に注目して電場をTGBA相のピッチ方向に印加した場合を考えた。また超伝導体において温度勾配を加えるとvortexが運動することから、液晶系においても温度勾配によるスクリュー転位の運動が予想される。本研究では外場のもう一つの例として、ピッチ方向に温度勾配を加えた場合について考えた。それぞれの場合について力の表式および運動方程式を導出し、それらに基づいてスクリュー転位の運動に伴う現象に関する考察を行なった。

図1:典型的なTGBA相の構造(1)電場の効果

 chiral SmA液晶では、Sm層に平行に電場をかけたときに分子配向ベクトルは平衡の方向(SmA相ではSm層法線方向)から傾く。このような圧電的な現象は電傾効果と呼ばれている。電傾効果による分子配向ベクトルの回転に伴う応力場がスクリュー転位の周りの応力場のアンバランスを誘起する結果、転位には力が働く。出発点となる自由エネルギーとしては、SmA相に対するco-variant Chen-Lubenskyタイプの表式に電傾効果のエネルギーを加えた次の形を用いた。

 

 ここでnは分子の配向ベクトル、(x)=||eiqoueiqono-xはSm相の秩序変数、dはSm層間隔、q0=2/d、uはSm層の平衡位置からの変位、n0は配向ベクトルの平衡の方向の単位ベクトル、k0はchiral液晶に起因する配向ベクトルのねじれの波数、は分極Pとn0×(▽u-n)の結合定数、は電気感受率である。Gibbsの自由エネルギーG=F-P・EをPについて変分して求めたPの平衡値を(1)式に代入し、転位の位置に関する仮想仕事の原理から、電場を印加したときのTGBA相におけるGBの単位面積あたりに働く力ftgbが以下のように求められた。

 

 ここでは電場方向(x方向)の単位ベクトルである。

(2)温度勾配の効果

 温度勾配をかけることによってSm密度波の振幅の2乗ns=||2(T0-T)(T0はSm層が形成される温度)に勾配が生じるため、転位周りの応力場にアンバランスが生じ、転位に力が働く。平衡値nsと温度勾配をかけたときの非平衡値n’sの差ns=n’s-nsが小さく(ns/ns《1)、かつ転位密度が低いとき、TGBA相におけるGBの単位面積あたりに働く力fは

 

 のように求められた。ここではねじれの侵入長、8はSm相の相関長である。

 Ch.相の場合は、配向ベクトルの運動を誘起する場として、上述の電場と温度勾配の両方がchiral液晶に特有な系の対称性から選択されるが、この点はTGBA相においても同様である。

転位の運動

 TGBA相においてスクリュー転位が上述のような力を受けたとき、転位の運動がどのような現象に影響を与えるかを以下のように考察した。転位そのものの運動は転位の位置に関するLangevin方程式を用いて記述される。この方程式をTGBA相における変数v=▽uの運動方程式に代入し、さらに配向ベクトルn=n-n0の運動方程式と組み合わせると、転位間の距離よりも長い空間スケールではnの運動方程式はCh.相の運動方程式と同じ形式になることがわかった。ただし実効的なFrank定数KeffはSm相の密度や転位の密度に依存した形で次式のように与えられる。。ここでeffは粘性に関係した係数、緩和時間は転位の密度ndに依存する。

 また、TGBA相に直流電場を印加すると、スクリュー転位の運動に伴い転位周りの局所的な分極によって一定の分極電流が流れることがわかった。一般に液晶のような誘電体では直流的な電流は流れないとされているが、ここで得られる分極電流はTGBA相において転位が有限の密度で存在し、運動することによって生じるものである。スクリュー転位がx方向に速度で等速運動する場合、転位の運動に伴う分極電流はJp=nddExで与えらる。本研究ではじめて明らかにされたTGBA相におけるスクリュー転位の運動とその運動に伴って生じる分極電流の研究は欠陥をもつ誘電体としての液晶系における基本的な電気的性質に関するものとして基礎物性的にも応用的な観点からも重要と考えられる。

審査要旨

 液晶は、画像情報の高速・大面積表示を実現する機能性分子材料として工学的応用面で重要であるだけでなく、きわめて多彩な相転移・臨界現象を示す点で物性基礎論的にも興味ある物質として注目されている。液晶系をはじめとして超伝導体や高分子系のような広義の相転移・臨界現象を示す物質系の間には、それぞれの系に適当な秩序変数を導入することによって顕著なアナロジーが成立することが示されている。さらに、秩序変数の特異点として定義される各物質系特有のトポロジカル欠陥(液晶系のスクリュー転位、超伝導体のvortexなど)はいずれも低次元系として共通なトポロジー的性質によって特徴づけられている。このようなトポロジー的な観点における共通性は、物理における重要な概念である普遍性(universality)を支えるものであり、上述のアナロジーの成立を保証するものと考えられる。

 さて、de Gennesによってはじめて指摘された液晶のSmectic(Sm)A相と超伝導体の間のアナロジーをLubenskyらはchiral液晶に拡張して、Cholesteric(Ch)相とSmA相の間にTwist-Grain-Boundary-A(TGBA)相が存在することを予言した。このアナロジーによれば、超伝導体におけるvortexと液晶におけるスクリュー転位が対応し、超伝導体のAbrikosov vortex格子相と液晶系におけるTGBA相が対応している。理論的予言の直後にTGBA相は実験的にも見い出された。このようにTGBA相は超伝導体とのアナロジーという観点から興味深いものであるが、従来そのアナロジーはスタティックな範囲にとどまっていた。本研究は、超伝導体と液晶系の間のアナロジーをダイナミックスに拡張することによって、液晶のスクリュー転位の運動を理論的に取り扱い、その運動を反映した物理現象の分子論的な描像をはじめて明らかにしたものである。

 本論文は5つの章からなる。第1章は序論で、de Gennesの超伝導体-液晶系アナロジー、その拡張としてのLubenskyらのアナロジーおよび、それから予言されたTGBA相のスタティックスに関する知見など本研究の基礎となる事項が述べられており、さらに従来の研究の問題点およびダイナミックスへの拡張のための指針が示されている。

 第2章では、TGBA相におけるスクリュー転位の集合体であるgrain boundaryに働く力の具体的な表式を求めている。超伝導体に一様な輸送電流を流すと、vortexがLorentz力を受けて並進運動することはよく知られているが、この現象を液晶に対応させると、外場によってTGBA相に歪みを誘起すればスクリュー転位の並進運動が生ずることが予想される。本研究では、具体的な外場として電場または温度勾配をTGBA相のねじれのピッチ方向に加えた場合を取り上げている。まず、電場を加えた場合には、chiral液晶特有の電傾効果により液晶の分子配向ベクトルの回転が生ずる結果、スクリュー転位の周りの応力場のアンバランスが誘起されて、転位に力が働くことになる。一方、温度勾配を加えるとSm密度波の振幅の2乗に勾配が生じるため、転位周りの応力場にアンバランスが誘起されて転位に力が働く。この2つの場合のそれぞれについて、自由エネルギーの表式に基づいてTGBA相におけるgrain boudaryの単位面積あたりに働く力の表式が求められた。

 第3章では、スクリュー転位の運動方程式とTGBA相における流体力学的変数に関する運動方程式が導出され、さらにこれらの方程式を組み合わせることによって転位の運動を記述するための理論的スキームが与えられている。まず、スクリュー転位が前述のような力を受けたとき、転位そのものの運動はLangevin方程式を用いて記述される。この方程式を流体力学的変数に関する運動方程式に代入し、さらに配向ベクトルの運動方程式と組み合わせると、転位間の距離よりも長い空間スケールでは配向ベクトルの運動方程式はCh相の運動方程式と同一の形式になることが示される。ただし、方程式にあらわれる実効的なFrank定数はSm相の密度や転位の密度に依存した形で与えられる。

 第4章では、スクリュー転位の運動に伴う特徴的な現象として定常的な分極電流の出現が理論的に予測されている。一般に液晶のような誘電体では直流的な電場を印加しても電流は流れないとされているが、TGBA相の場合には直流(あるいは、十分ゆるやかに時間変化する)電場によってスクリュー転位の運動が誘起される結果、転位周りの局所的な分極に基づく有限の分極電流が流れることが示される。この現象は欠陥をもつ誘電体としての液晶系における特徴的な電気的性質として基礎物性的にも応用的な観点からも注目に値すると考えられる。

 第5章では本研究で得られた結論および今後の課題が述べられている。

 以上のように、本論文は超伝導体-液晶系アナロジーのダイナミックスへの拡張を行うことにより、液晶系におけるトポロジカル欠陥のダイナミックスを理論的に解明し、さらにそれを反映した特異な物性に関する新しい知見を得た点で、物理工学に対する寄与は大きい。よって博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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