超強磁場下では伝導電子のエネルギー準位の量子化が極端に進み、種々の電子相転移が現れる可能性がある。特に、半金属であるグラファイトやビスマスは、通常の金属とは異なり、キャリヤ濃度が低く有効質量が小さい。そのため強磁場で、サイクロトロンエネルギーhe(e=eB/m)がフェルミエネルギーEFや伝導帯と価電子帯の重なりエネルギーよりも大きい量子極限状態に到達し、電子間相互作用が重要になる。本研究は、強磁場にして初めて出現する相転移現象に注目して、半金属グラファイトとビスマスの強磁場下電子状態を調べたものである。 上記目的のため、一巻きコイル法や電磁濃縮法という破壊的な方法によってのみ発生可能な100T以上の超強磁場下の実験手段として、今回新たに、ミリ波光を用いた非接触で磁気抵抗の測定が可能なストリップライン実験技術を開発した。ストリップライン法とは、一辺が波長よりも充分に小さい矩形導波管の一部をサンプルに置き換え、その導波管を透過するミリ波光強度の磁場変化をみる方法である。これまで磁気抵抗の測定は非破壊パルス磁場(B<50T、パルス幅10ms)中に限られ、一巻きコイル法(パルス幅6s)を用いた100Tに及ぶ超強磁場中の測定は、その大きな誘導起電力(2で200V以上)のために非常に難しかった。図1が、今回開発したストリップラインと測定系である。 図1 ストリップラインの構造と実験配置 半金属グラファイトは、低温強磁場で磁場誘起相転移を起こすことが知られている[1]。この相転移は、吉岡・福山(YF)理論[2]により、磁場中でランダウ量子化に伴い、エネルギースペクトルが一次元化し、2kF型の電荷密度波(CDW)が形成されるためだと考えられている。グラファイトはB>7.3Tで、4本のランダウサブバンド(n=0.-1)とスピン分離)のみがフェルミ面下にある擬量子極限状態になる。YF理論はn=0(スピン+)バンド上のCDW転移が最も高い臨界温度を与えることを予想している。この場合、n=0(スピン+)バンドが、より強磁場(〜62T)でフェルミ面から抜けるために、再び正常相ヘリエントラント型の相転移を示すことが予想される。本研究で取り上げたのは次の3点である。 (1)B>50Tで輸送現象(磁気抵抗)の測定。 (2)400Tまでの赤外サイクロトロン共鳴の測定。 (3)Re(B)=0となる半金属特有の磁気ブラズマピークの相転移による変化。 図2に、100Tまでのグラファイトのストリップライン透過スペクトルを示す。透過率の減少は磁気抵抗の増大を意味する。また、実験配置の関係で、ミリ波光の電場ベクトルは、試料中でc軸に平行な方向を向いている。図2に見られる低温・40T以上で透過率が急激に減少する変化は、磁場誘起相転移によるものである。c軸方向の伝導度に大きな変化が見られるのは、フェルミ面上にエネルギーギャップが開いたことによるギャップ間吸収によって説明できる。この結果は、ランダウ量子化によるc軸方向の一次元バンドに起因する2kF型相転移であることを支持している。 (2)は、相転移に関係するn=0,-1バンドの状態を調べるために、赤外サイクロトロン共鳴の左右両円偏光に対する依存性を、最大400Tに及ぶ超強磁場下で測定した。図3に50Tにおけるランダウ準位の計算結果を示す。注目する遷移は、(0,1)(-1,1)(1,0)の3つである。括弧は(始状態のランダウ指数,終状態のランダウ指数)を意味する。(1,0)遷移は、n=0バンドがフェルミ面を抜けると現れる遷移である。一方、(0,1)遷移は消失する。解析は、遷移確率の計算から誘電率を求めて実験結果と比較することにより行った[4]。図4に、10.6,5.53,3.39mの3波長の磁気吸収スペクトルの実験結果を示す。正の磁場に電子アクティブ、負の磁場にホールアクティブの円偏光に対する磁場依存性をプロットしている。図5に、10.6mに対する誘電率の計算結果を示す。誘電率の虚部が吸収を表す。電子アクティブ側で、48T(10.6m)に観測された吸収ピークが(0,1)遷移である。ホールアクティブ側に観測される強い吸収ピークは、n=0(スピン+)バンドがフェルミ面をよぎることによって現れる(1,0)遷移である。誘電率の計算結果との比較から、バンドは、54Tでフェルミ面をよぎることが明らかになった。これは、従来の計算による予想よりも10T以上低い磁場である。以上の結果は、YF理論のn=0(スピン+)上で相転移が起きる予想を間接的に否定する結果である。一方、n=0(スピンー)バンドは、120T付近でフェルミ面を抜けることが予想されているが、200Tを超える磁場でも吸収ピークが残され、フェルミ面下にあることがわかった。これは、100Tを超える強磁場領域で、SWMハミルトニアンに基づくLandau準位計算がもはや正しくないことを意味している。 図表図2 ストリップライン法によるグラファイトの磁気抵抗測定低温で約50Tに相転移に相当する透過率の減少が見られる。 / 図3 50Tにおけるランダウ準位の計算結果。実線が電子アクティブ・点線がホールアクティブな遷移を表す。 (3)は、相転移がサイクロトロン共鳴遷移に与える影響を明らかにする目的で、半金属特有の磁気プラズマ効果によって出現するピーク構造の温度依存性を測定した。この構造はRe(B)=0を満たす磁場値Bpで出現し、反射率に鋭い極小ピークを透過率に極大ピークを与えるという特徴をもつ。中村らは、Bpが(-1,0)遷移の影響を大きく受けることを指摘している[4]。図6に39.92mで測定された透過率の極大ピークの温度依存性を示す。相転移は、4.2Kで34T、1.5Kで27Tで生じる。極大ピークは、相転移が起きる磁場・温度領域でのみ強磁場側へ移動する。以上の結果は、相転移によって(-1,0)遷移強度が減少することによって定性的に説明できる。以下、変化の大きさを見積もってみる。相転移によってコヒーレントな状態にある電子は、コヒーレンス長を(=2/hvF)とすると、k=1/の範囲に存在する。バンドのエネルギー分散を直線で近似すると、コヒーレントな状態にある電子数の遷移可能な電子数に対する割合は、2/(E0-E1)程度である。ギャップ2-3kBTe-1meV、30TでE0-E1-12meVてあるから(-1,0)遷移強度の変化は約10%である。相転移によって(-1,0)遷移強度が10%減少すると仮定して誘電率を計算すると、Bpは0.6T強磁場に移動する。 以上の実験結果とその考察から、グラファイトの磁場誘起相転移について次のことが明らかになった。 ○相転移によってフェルミ面上にエネルギーギャップが出現することを初めて確認した。ギャップ間吸収と磁気プラズマビークの移動は、ランダウ量子化によるc軸方向の一次元バンドに起因する2kF型相転移であることを示している。 ○n=0(スピン+)バンドは、従来の計算による予想より10T以上低い磁場54Tでフェルミ面を抜ける。これは、YF理論が予想するn=0(スピン+)バンドのCDW転移という描像のみで記述できないことを意味している。 一方、ビスマスは、binary軸に平行に磁場を加えたとき、伝導帯と価電子帯の重なりが消失し半導体へ転移することが予想されている。三浦らは、電磁濃縮法による120Tまでの強磁場中で遠赤外光の透過率の磁場依存性を測定し、80T付近から急激に透過率が増大する変化を観測し、相転移との関連を議論している[5]。本研究では新たに80T付近でアルフェン波の干渉模様が消失し、ストリップライン透過強度が増大する変化を観測した。図7が実験結果である。これらは、半金属-半導体転移によってキャリヤ数が減少することに対応している。 図表図4.赤外サイクロトロン共鳴の円偏光依存性 / 図5 10.6mにおける誘電率の磁場依存性の計算結果。ホールアクティブ側で60T付近のピークが、n=0(スビン+)がフェルミ面を抜けて現れる(1+,0+)遷移である。 / 図6.磁気プラズマピークの磁場依存性。ピーク磁場で誘電率の実部がゼロになる。 / 図7.Biのアルフェン波の干渉模様とストリップライン透過光強度の変化。 [1]S.Tanuma et.al.,"Physics in High Magnetic Fields",ed.by S.Chikazumi and N.Miura.(Springer,1981)p.316 [2]D.Yoshioka and H.Fukuyama,J.Phys.Soc.Jpn.,50(1981)725 [3]K.Nakao,J.Phys.Soc.Jpn,40(1976)761 [4]K.Nakamura et.al.,J.Phys.Soc.Jpn.,53(1984)1164 [5]N.Miura et.al.,Phys.Rev.Lett.49(1982)1339 |