学位論文要旨



No 111836
著者(漢字) 高橋,正光
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,マサミツ
標題(和) 表面X線回折法によるシリコン表面の構造解析
標題(洋)
報告番号 111836
報告番号 甲11836
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3634号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 高橋,敏男
 東京大学 教授 菊田,惺志
 東京大学 教授 河津,璋
 東京大学 助教授 石川,哲也
 東京大学 講師 伴野,達也
内容要旨 1.序論

 ここ10年来の間に、表面X線回折法は、表面・界面の構造を解析する有力な手段として認識されてきている。表面X線回折法の長所としては、まず、X線は物質との相互作用が弱いため、一回散乱の理論による結果の簡明な解釈が可能であることが挙げられる。さらに、X線は電子などに比べると物質中に深く侵入するため、表面から数層以上におよんでいる可能性のある基板のひずみをも解析の対象とすることができる。

 X線を用いて表面の研究をするためには、試料作成のための超高真空槽と、高精度の回折計とを組み合わせた装置が必要である。我々は、そのような装置を製作し、高エネルギー物理学研究所の放射光ビームラインAR-NE3に設置した。従来の表面X線回折計と比較した場合のこの装置の特色は、散乱ベクトルの表面垂直方向成分が大きいような配置での測定が容易におこなえることである。これにより、面内方向のみならず表面に垂直な方向への表面原子の変位も解析できる。

 この装置を用い、シリコン(001)面の清浄表面に見られる2×1再構成構造を解析した。この系については、これまで多くの実験的・理論的研究がなされているが、構造の詳細についてはいまなお議論が続いている。ここでおこなった解析は、表面に垂直な方向に伸びる逆格子ロッドに沿った回折X線の強度を測定するという手法に基づいている。仮定した構造モデルに基づく計算値と測定強度とを比較することにより、シリコン(001)表面の原子の三次元的座標を求めることができた。

2.装置

 装置の概要を図1に示す。X線は図のBe窓を通して超高真空槽に出入りする。分子線エピタキシー用の装置を備えた超高真空槽は、ベローズを介して回折計と連結されている。真空槽が載った移動台を前後させることで、ベローズを伸縮させながら真空槽が移動する。ここで重要なことは、試料は回折計に対して固定されており、真空槽の移動中、動かないということである。X線による測定が行われているときは、ベローズはいっぱいに伸びた状態にあり、試料のある位置にはBe窓が位置している。一方、試料作成のときには、ベローズが180mm縮んで、分子線エピタキシーの諸装置が使用できるようになる。回折計の軸の回転は、差動排気機構を通じて真空中の試料へと伝達される。

図1:表面X線回折計の全体図。

 回折計は、従来からある五軸回折計をさらに拡張した、六軸回折計と呼ばれる型式のものである。六軸回折計は、五軸回折計と同様に、試料を回転させるためにという3つの軸を、真空槽を含む回折計全体を回転させるためにa軸を、検出器を動かすために軸を有している。六軸回折計の特色は、これらの軸以外に、検出器を回転させるためにもう一つ、軸を持っていることである。この軸を利用することで、散乱ベクトルの表面垂直成分を大きくとることが容易になる。その結果、表面に垂直な方向への原子変位に対する感度を得られるのである。

 真空槽は、ベーキング後3×10-10Torr以下の真空度に到達する。試料マニピュレータには、直径20mmの領域を1000℃まで加熱できる試料ヒーターが組み込まれている。2つのクヌーセン・セルは、真空槽が試料作成の位置にあるときばかりでなく、X線による測定のための位置にあるときでも蒸着ができるような方向に向けて取り付けられている。これにより、結晶成長中の構造をその場観察することが可能である。

3.実験

 試料には、市販の鏡面仕上げされたシリコン(001)面のウェハを用いた。大気中であらかじめ白木法による化学処理を施したあと、真空槽に移送し、900℃で30分間の加熱をおこなった。室温まで温度を下げたあと、RHEEDパターンを観察することにより、目的とする構造ができていることを確認した。

 X線による測定は、「Z軸モード」と呼ばれる配置でおこなった。この配置では、試料表面の法線方向と軸とがつねに平行である。そのため、測定強度と計算値とを比較するために必要な補正が簡単な形になり、精度の高い解析ができる。各測定点では、軸を回転させながらロッキングカーブをとり、積分強度を求めた。これに照射面積の補正や、偏光因子の補正、幾何因子の補正を加えて、解析のためのデータとした。使用した波長は0.863Aで、ビームサイズは0.1×1.0mmである。

4.結果と考察

 測定データは、表面以下6層目までの変位を取り入れた非対称ダイマーモデルにより、よく再現される。さらに詳しい構造パラメーターを決定するため、最小自乗法による解析をおこなった。測定と解析の結果を図2に示す。グラフの横軸は、1/c(c=5.431A)を単位とした逆格子ロッド上の位置を表す。黒丸で示した測定強度と実線で示した計算強度とはよく一致している。これに対応する構造パラメーターの値は、図3に模式的に示した。図中、矢印は、理想的なバルクの位置からの変位を表し、それに付した数字は、変位の大きさをA単位で表したものである。

図2:逆格子ロッドに沿った強度分布。図3:求められた構造パラメーター。

 以上の結果から、表面原子の構成するダイマーは、2.37±0.06Aの結合長を持ち、表面に対して20±3°の傾きを持っていることがわかる。求められたダイマーの結合長は、シリコンのバルク中での原子の結合長2.35Aに近い。

 ダイマーの結合長が、バルクにおける結合長に近いということと、表面に対して20°程度の傾きを持っているということは、シリコンと同じ族に属する半導体ゲルマニウムの(001)表面が示す性質と共通するものである。すなわち、シリコン(001)表面は、ゲルマニウム(001)表面と相似な構造になっていると結論される。

審査要旨

 本論文は、「表面X線回折法によるシリコン表面の構造解析」と題し、清浄なSi(001)表面における原子配列を表面X線回折の手法で調べた結果をまとめたものである。

 半導体表面の原子配列を明らかにすることは、高度に集積化された電子デバイスを設計・製作し、それらの表す物性を理解するうえで、もっとも基礎的な情報を与えることである。本研究の対象であるSi(001)表面に対しても、これまで実験および理論の両面より多くの研究がなされてきたが、構造の詳細な決定には至っていなかった。こういった背景をもとに本研究は、原子座標の決定に対して高い精度が期待できるX線回折法を用いて、Si(001)表面を構成する原子の三次元的な座標を直接的に決定することを目的としている。

 論文は6章よりなる。

 第1章は序論であり、シリコン表面の原子構造についての定性的な議論および表面X線回折法の特徴を簡潔にまとめたあと、本論文の構成を述べたものである。

 第2章は「表面解析の方法」と題し、逆格子ロッドの概念とその指数付けの定義、構造因子の計算法、データ解析の手順など、次章以下に述べられる研究の基礎的な事項を整理したものである。

 第3章は「六軸表面X線回折計」と題し、X線を用いた表面研究を目的として新しい概念に基づいて設計・製作された装置の仕様ならびにこれを用いた測定例を述べたものである。ここで述べられている装置は、目的とする試料表面を作製するための超高真空槽と、表面X線回折を指向した六軸回折計とを組み合わせた、特徴ある装置である。この装置の特色として著者は二点を挙げている。ひとつは、六軸回折計は、散乱ベクトルの表面垂直成分が大きいような測定配置を容易にとることができるという長所を持ち、これにより表面原子の座標を面内方向のみならず表面垂直方向に関しても精度よく調べられるという点である。もう一つの特色は、分子線エピタキシーが可能な超高真空槽が組み合わされているので、結晶成長など時間発展を伴う現象の動的な解析が可能であるという点である。後者の特色は、Si(001)基板上にGeを蒸着するときのX線回折強度を「その場」測定するという実験を通じて確認され、動的な対象に対する表面X線回折法の有効性が述べられている。

 第4章は「表面X線回折における測定強度と構造因子との関係」と題し、回折X線の直接の測定強度と構造因子強度とを結びつける補正因子の導出法を述べ、正確な構造因子強度を測定するための測定配置について検討をおこなったものである。本章では、「反射率法」「積分強度法」と定義された二種類の測定配置を採用したときの補正因子に、入射角および出射角の選択法・入射X線の発散角・試料の質・検出器の角度分解能が及ぼす影響を考察し、もっとも正確に構造因子強度を測定するためには、入射角と出射角とを等しく設定したうえで、検出器の角度分解能については表面垂直方向の分解能を高くし、かつ面内方向の受け入れ角を十分に広くとるようにして積分強度法をおこなうことがよいと結論している。

 第5章は、「表面X線回折法によるSi(001)2×1構造の研究」と題し、第2章に述べられた解析の方法、第3章に述べられた六軸表面X線回折装置、第4章に述べられた補正因子とそれに基づく測定配置の検討をふまえて、Si(001)清浄表面の構造決定を実際におこない、その測定手順と結果、パラメータフィッティング法による解析ならびにそれに対する考察を述べたものである。本章では、4本の逆格子ロッドに沿ったX線回折強度が測定の対象になっている。測定結果は、表面以下第6層目までの原子変位を取り入れた非対称ダイマーモデルによりよく再現された。この解析結果は、シリコンと同じ四族に属する半導体ゲルマニウムの(001)面の構造と比較検討され、Si(001)面とGe(001)面との相似性が指摘されている。

 第6章はまとめとして、本論文で得られた成果を要約したものである。

 以上を約言すると、本論文は、表面X線回折法をおこなうための装置を工夫し、測定方法にも注意深く検討を加えることによって、産業上広く用いられているSi(001)清浄表面を構成する原子の三次元的な構造を定量的に解明したものである。その成果は基礎科学的のみならず工業的にも重要な意義を有し、物理工学とくにX線回折結晶学・表面物理学・表面工学に貢献するところが大きい。よって本論文は、博士(工学)の学位論文として、合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53909