非線形光学現象は高調波発生や光結合など多くの特異な特性を示すため、波長変換やパルス圧縮などの光学系の性能向上や、光メモリを始めとする光情報処理への応用が期待されている。非線形光学現象を利用するための非線形光学システムには一般の非線形動力学系と同様にカオスや不安定性が付随するので、それらをうまく制御したり、逆に情報の多元性を利用していくことが重要な課題となる。 これまでに非線形動力学系として進められてきた研究の多くは低自由度の系を対象として時間動特性に重点を置いたものであるのに対して、非線形光学システムは光モードに空間構造が現れることが特徴的な多自由度系であり、その動特性を考えるに際して、時間特性のみならず空間構造との係りを含めた時間空間構造を明らかにしていく必要がある。 本論文は、この観点より非線形光学システムの示す時間空間構造の基本的な特性を明らかにし、かつそのような系を制御する手法の可能性を検討することを目的に行った研究の成果をまとめたものであり、全体で7つの章から構成されている。 第1章は緒言であり、研究の背景と従来の研究を整理した上で本研究の目的と意義を述べたものである。 第2章は非線形光学システムを記述するマックスウェル・ブロッホ方程式から複素ギンツブルク・ランダウ方程式(CGLE)が導かれることを示し、1次元および2次元のCGLEについて数値シミュレーションを行った結果をまとめた章である。パラメータの値によって一様解、時空間欠性、位相乱流、欠陥乱流、らせん欠陥などの時間空間構造が見られることを確認している。さらに、非線形性の大きさに空間的な分布がある場合にどのような空間構造が支配的になるかは非線形性の大きさの差に影響されることを示している。 第3章は代表的な非線形光学効果としてフォトリフラクティブ効果を取り上げ、その効果を示す光学結晶を含んだリング型の非線形光学体系を構成して行った実験について述べた章である。結晶にはチタン酸バリウム、光源にはアルゴンイオンレーザーを用い、リング内で共振する光の時間空間特性を測定している。この結果、ゲインを変化させた場合には空間パターンや相関次元はあまり変化しないのに対して、フレネル数を変化させた場合には光の時間変化と合わせて空間パターンと相関次元が大きく変わるのを見出している。 第4章はヘキサゴナルパターンに関する章である。同じくフォトリフラクティブ結晶であるニオブ酸カリウムにレーザー光を対向伝播させる体系で実験を行いヘキサゴナルパターンが構成されるのを観測している。この現象について光カー効果を取り入れたCGLE型の方程式の数値解析を行い、ヘキサゴナルパターンの形成とそれからの光学乱流状態への遷移が模擬できることを示している。 第5章は時間空間構造を示す非線形系の制御を検討した章である。対象としてロジスティックマップの2次元格子結合系を取り上げ、適当な格子点にピニングを与えて制御する手法を開発した。まず理論上どのようなパターンが制御できるかを明らかにし、実際にシミュレーションによって時間空間構造が制御できる様子を示している。また、ピニングの密度やパターンが与える影響を検討し、いろいろなピニングパターンの効率性を評価している。 第6章はより複雑で現実的な系としてCGLEで記述される体系を取り上げ、第5章で開発したピニング法による時間空間制御を行った結果をまとめた章である。2次元の欠陥乱流状態は制御できなかったが欠陥乱流に移行しつつある系では欠陥中心の位置を制御できること、この他の1次元、2次元系ではさまざまな時空状態を安定な状態に制御できることなどを見出している。 第7章は結論であり、本研究で得られた成果をまとめた章である。 以上を要するに、本論文は非線形光学システムの時間空間構造とその制御について基本的な特性を実験と解析を通して明らかにして多くの知見を得たものであり、非線形光学現象の応用の進展に寄与するところが少なくない。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |