学位論文要旨



No 111843
著者(漢字) 大石,祐嗣
著者(英字)
著者(カナ) オオイシ,ユウジ
標題(和) 非線形光学システムの時間・空間構造に関する研究
標題(洋)
報告番号 111843
報告番号 甲11843
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3641号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 秋山,守
 東京大学 教授 中沢,正治
 東京大学 教授 岩田,修一
 東京大学 助教授 大橋,弘忠
 東京大学 助教授 吉田,善章
 東京大学 講師 羽島,良一
内容要旨

 近年、非線形ダイナミクスにおけるカオス研究やその制御法について研究が盛んに行なわれているが、これまでの研究の多くは時間構造を中心とした低自由度の系で進められてきた。しかしながら現実に存在する非線形現象の多くはより複雑であり、時間のみでなく空間構造との関わりが問題となる多自由度の系で生じる。従って時間空間構造(Spatio-Temporal Structure)を持つ系の挙動を明らかにし、その制御法を考えることは非常に重要である。

 非線形光学システムは、非線形系の中でも、非常にきれいな非線形相互作用がみられるものである。ここで、非線形光学現象とは、物質が光に対して光の強度に比例しない非線形応答を示すことであり、非線形分極や非線形屈折率などとして現われる。この現象はレーザーのようにコヒーレントで強い光の場合に顕著で、高調波発生や光結合などの特異な特性を示すため、波長変換、多波混合、パルス圧縮、収差補正、ビームステアリングなどのレーザーの性能向上への応用や、光メモリ、光スイッチ、ホログラフィー、非線形スペクトロスコピーなど光情報処理関連への応用が期待されている。しかしながら、その反面、逆に非線形性のため、レーザー出力がカオス的になったり、好ましくない空間モードが発生したりすることも報告されている。これらの不安定性は、工学的な応用を考えた場合、大きな障害となり得る。一方、様々な複雑なパターンをつくり出すカオスの持つ潜在能力に注目して、光カオスを積極的に利用しようとする考え方も生まれてきている。いずれの場合においても、非線形光学システムの持つ不安定性を時間的側面、空間的側面の両方から解明していくことは今後の非線形光学とその応用にとって必要不可欠である。

 本研究は、以上の観点から非線形光学系の示す時間応答と空間モードの構造を基礎的な立場から明らかにしようとするもので、それらの基本的な特性の検討を行う。具体的には、非線形媒質を含んだ共振器体系を記述するComplex Ginzburg-Landau Equation(CGLE)のシミュレーションを行ない、この光学体系における光の時間的な強度変化と空間パターン変化の解析を行なった。また、その挙動がCGLEで記述されるフォトリフラクティブリング共振器を形成し、ゲインやフレネル数を変えて実験を行い、発振光の時間・空間特性を調べた。さらに、将来、非線形光学システムの時間・空間カオス制御を行なう際に重要になると考えられる局所的制御法を用いて、Coupled Map Lattice,CGLEで記述される体系の時間・空間制御を行なった。

 以下にその内容をまとめる。

(1)CGLEのシミュレーション

 以下の式で与えられるCGLEのパラメータ,の値を変化させて計算を行なった。

 

 その結果、1次元CGLEではNon chaos,Spatio-Temporal Intermittency,Phase Turbulence,Defect Turbulenceなど、パラメータの値によって系の状態が異なることを確認した。2次元CGLEでは、図1に示すSpiral Defectを形成し、さらに非線形性係数にstep状または円柱状の空間分布を与えた場合、どのようなパターンが形成されるか調べた。非線形性分布の与え方により、本来Spiral構造ができない領域においてその構造が観測されたり、図2にのようにSpiral Defectが非線形性の低い領域に閉じ込められることが判明した。

図表図1 Spiral Defect / 図2 閉じ込められたSpiral
(2)フォトリフラクティブリング共振器実験

 フォトリフラクティブ結晶であるBaTiO3結晶を含むリング共振器を図3のように形成し、ゲインとフレネル数を変化させて、発振光の時間・空間特性を調べた。その結果、フレネル数が大きいほど、時間的にも空間的にも複雑な挙動を示すことが分かった。これはモード自体の不安定性に加えて、モード間の遷移による不安定性も加わるためである。一方ゲインを変化させた場合、相関次元がほとんど変化しなかったが、これはモード間の遷移による不安定性がほとんど変化しないためである。図4は複雑な発振光パターンの一例である。

図表図3 実験装置 / 図4 発振光の空間パターン
(3)Hexagonal Patternの形成

 以下のCGLE型の方程式を用いてHexagonal Pattern形成のシミュレーションを行なった。

 

 その結果、非線形項の係数あるいは拡散項の係数(フレネル数)を変化させることで、図5に示す規則正しいパターンから、図6の光学的乱流状態まで変化することが確認された。図5,図6はnear fieldにおける像であり、far fieldにおいて図5はHexagonal Patternとなる。また、非線形係数に空間分布を持たせた場合、非線形性の高い領域から低い領域の順に、振幅のピークを示すスポットが発生することが判明した。

図表図5 Hexagonal Pattern(near field) / 図6 Optical Turbulence
(4)Coupled Map Latticeにおける時間・空間制御

 Hu Quらの論文を元に、1次元Coupled Map LatticeにおいてPinningとよばれるある特定の場所にのみ局所的なフィードバックを与える手法を用いてカオス制御を行ない、これを2次元へ拡張した。2次元CMLモデルにおいて、どのようなパターンが制御できるか明らかにし、計算器上で実際に2次元CMLの時間・空間制御を行なった。図7にうまく制御できた例を示す。

図7 Pinning手法によるCMLの時間・空間制御

 さらに、カオス制御を行なう際に、Pinning密度やPinning Patternがどのような影響を与えるか明らかにした。

(5)CGLEにおける時間・空間制御

 Pinning手法を用いてComplex Ginzburg-Landau Equationで表される系の時間・空間制御を行なった。1次元CGLEにおいてはPinnig密度を調節することにより、Phase Turbulence、Spatiotemporal Intermittency Defect Turbulenceのいずれの状態においても系を安定な状態に制御することができた。図8はPhaseTurbulence領域において制御を与えない場合の系の時間経過図であり,図9は制御を与えた場合のものである。縦軸は空間座標、横軸は時間を示す。2次元CGLEにおいては、Defect Turbulence領域にある系の制御を行なうことはできなかったが、Defect Turbulence領域に移行しつつある系において、Pinning手法によりDefect中心を任意の位置に配置させることができた。

図表図8 Controlなし / 図9 Pinning Controlあり
審査要旨

 非線形光学現象は高調波発生や光結合など多くの特異な特性を示すため、波長変換やパルス圧縮などの光学系の性能向上や、光メモリを始めとする光情報処理への応用が期待されている。非線形光学現象を利用するための非線形光学システムには一般の非線形動力学系と同様にカオスや不安定性が付随するので、それらをうまく制御したり、逆に情報の多元性を利用していくことが重要な課題となる。

 これまでに非線形動力学系として進められてきた研究の多くは低自由度の系を対象として時間動特性に重点を置いたものであるのに対して、非線形光学システムは光モードに空間構造が現れることが特徴的な多自由度系であり、その動特性を考えるに際して、時間特性のみならず空間構造との係りを含めた時間空間構造を明らかにしていく必要がある。

 本論文は、この観点より非線形光学システムの示す時間空間構造の基本的な特性を明らかにし、かつそのような系を制御する手法の可能性を検討することを目的に行った研究の成果をまとめたものであり、全体で7つの章から構成されている。

 第1章は緒言であり、研究の背景と従来の研究を整理した上で本研究の目的と意義を述べたものである。

 第2章は非線形光学システムを記述するマックスウェル・ブロッホ方程式から複素ギンツブルク・ランダウ方程式(CGLE)が導かれることを示し、1次元および2次元のCGLEについて数値シミュレーションを行った結果をまとめた章である。パラメータの値によって一様解、時空間欠性、位相乱流、欠陥乱流、らせん欠陥などの時間空間構造が見られることを確認している。さらに、非線形性の大きさに空間的な分布がある場合にどのような空間構造が支配的になるかは非線形性の大きさの差に影響されることを示している。

 第3章は代表的な非線形光学効果としてフォトリフラクティブ効果を取り上げ、その効果を示す光学結晶を含んだリング型の非線形光学体系を構成して行った実験について述べた章である。結晶にはチタン酸バリウム、光源にはアルゴンイオンレーザーを用い、リング内で共振する光の時間空間特性を測定している。この結果、ゲインを変化させた場合には空間パターンや相関次元はあまり変化しないのに対して、フレネル数を変化させた場合には光の時間変化と合わせて空間パターンと相関次元が大きく変わるのを見出している。

 第4章はヘキサゴナルパターンに関する章である。同じくフォトリフラクティブ結晶であるニオブ酸カリウムにレーザー光を対向伝播させる体系で実験を行いヘキサゴナルパターンが構成されるのを観測している。この現象について光カー効果を取り入れたCGLE型の方程式の数値解析を行い、ヘキサゴナルパターンの形成とそれからの光学乱流状態への遷移が模擬できることを示している。

 第5章は時間空間構造を示す非線形系の制御を検討した章である。対象としてロジスティックマップの2次元格子結合系を取り上げ、適当な格子点にピニングを与えて制御する手法を開発した。まず理論上どのようなパターンが制御できるかを明らかにし、実際にシミュレーションによって時間空間構造が制御できる様子を示している。また、ピニングの密度やパターンが与える影響を検討し、いろいろなピニングパターンの効率性を評価している。

 第6章はより複雑で現実的な系としてCGLEで記述される体系を取り上げ、第5章で開発したピニング法による時間空間制御を行った結果をまとめた章である。2次元の欠陥乱流状態は制御できなかったが欠陥乱流に移行しつつある系では欠陥中心の位置を制御できること、この他の1次元、2次元系ではさまざまな時空状態を安定な状態に制御できることなどを見出している。

 第7章は結論であり、本研究で得られた成果をまとめた章である。

 以上を要するに、本論文は非線形光学システムの時間空間構造とその制御について基本的な特性を実験と解析を通して明らかにして多くの知見を得たものであり、非線形光学現象の応用の進展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク