No | 111845 | |
著者(漢字) | 河原林,順 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カワラバヤシ,ジュン | |
標題(和) | 微細加工によるマイクロ光電子増倍管の開発 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 111845 | |
報告番号 | 甲11845 | |
学位授与日 | 1996.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第3643号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | システム量子工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 近年半導体加工技術を応用したマイクロマシニングの研究が盛んであり、さまざまなセンサ類1)(ガスフローセンサ、圧力センサ、磁気センサ、加速度センサ等)の小型化が図られている。この微細加工技術は、半導体加工技術から派生した技術であり、加速度センサ開発等一部の研究成果は実用段階へ移りつつある。この微細加工技術の特徴としては以下のものがあげられる。 1.数mmから数mのオーダーの大きさで物体を加工することが出来る。 2.ICプロセス技術から派生してきた加工方法が多くみられ、半導体回路との相性がよい。そのため、小型化したセンサーのインテリジェント化が可能である。 3.小型の構造を作ると同時に、ICプロセス技術と同じく同一構造を大量に作成することが可能である。 4.ICプロセス技術と異なり、3次元的な加工が可能である。 5.構造物が小さくなるためスケーリング則が働き、相対的な物理量の比が変わる。このため、時間応答性が速くなる等の影響が出てくると同時に、効率も変化してくる。 本研究では、上記特徴のうち3.番、すなわち同じ構造を大量に作成することが容易である特徴に注目し、放射線センサーを小型化しアレイ状に並べることにより二次元位置検出器(画像センサー)を作成することを目的とした。このような本格的な三次元微細加工を利用する放射線検出器の開発はまだ行われていないのが現状である。 一方、現在一般に用いられている二次元放射線位置検出器としては、広い分野で使われているイメージングプレート(IP)、高エネルギー物埋実験等で使われているMWPC2)/ドリフトチェンバーなどのガスカウンター、及びマイクロチャンネルプレート3)(MCP)(+シンチレータ)の三つが代表的なものとしてあげられる。ところが、IPはオンライン測定ができず、ガスカウンターは安定性に問題が残り、MCPは高計数率に向かないという欠点があるため、目的に応じて検出器を選択しなければならない。また、放射光など、強力なX線源からの回折光を、二次元かつ実時間で測定ができる検出器は存在していないのが現状である。 ここで、一般的に使用されている光電子増倍管(PMT)に注目した。PMTは、計数率特性や時間応答性や信号増倍性能は良好であるが、装置自体が二次元画像を得るには向いていない構造をしている。そこで、上記微細加工技術を用いることにより、このPMTの微細化を行い、微細化したPMTを二次元状に配列し、独立に動作させることが可能になれば非常に優れた特性を持つ二次元検出器が実現されることになる。このPMTは放射線測定に限らず光を測定する分野であれば適用可能であるため、広い分野に応用可能であり、波及効果も広範囲に及ぶものと期待される。最終的な目標としては、1PMTが1pixelを構成し、そのpixelが50m×50m程度のサイズを持つ、1000pixel×1000pixel程度の検出器を目指している。 PMTの構造は大きく分けて二つの部分に分類することが出来る。一つは、入射した光を電子に変換する光電変換膜であり、もう一つは生成した光電子を増倍する電子増倍部である(図1)。最終的にこの増倍された電子が電気信号となって外部出力となる。 今、PMTを微細化することを考えると、光電子変換膜ではその形が膜であるため、位置情報が保存されるためわざわざ微細構造を導入する必要はない。ところが、電子増倍部は各ピクセルが独立に動作するように微細化し二次元配列化する必要がある。これと共に、最終読み出し電極を位置情報を読み出すため二次元化する必要があるが、その原理は現在までにかなり研究4)されてきており、それを応用すれば十分であると考えられる。この電子増倍部は、ダイノードからの二次電子放出現象を基本にしている。この現象を利用するため、微細加工により多数の穴を開けたウェハーをダイノードとし、それを多段構造にして段間に電圧をかけることにより、穴から穴へと電子が落下しながら増倍していく構造をとることにした。その基本構造を図2に示す。電子が穴の中で二次電子を枚出し、この二次電子が真下の穴に落下すれば、一つの縦の穴の列が一つのPMTチャンネルを独立に形作ることになり、入射光の二次元情報を保持しながら電子増倍が可能になることになる。 このような多段構造をとった場合に問題となるのが、PMTチャンネルとして動作することが可能なダイノードに開ける穴の形状である。そこで、図3に示すようなピラミッド型(A)と斜め穴型(B)の二つの形状を仮定し、電場を計算して、電子軌道及び増倍度計算を行った。 二次電子の生成方法は、MgOの1電子衝撃あたりの二次電子放出率実験結果にフィッティングした次式で
決定される個数の電子を放出し、その方向はダイノード面垂直方向に対してcos分布5)を、エネルギーはAgの二次電子放出スペクトル6)をとるものとして計算を行った。 ピラミッド型の計算結果を図4に示す。段間隔を短くすると電子増倍度が向上する傾向を示しており、段間隔50m、段数12段,段間電圧300Vで103倍の電子増倍度が得られる結果となっている。チャンネル間のクロストークはすべての計算パラメータの場合でほとんど無いという結果となった。また、作成プロセスにおいて段を重ねる際の誤差、すなわち段間のずれの増倍特性への影響の評価を行うため、段間ずれ量を考慮して再度計算を行った。その結果を図5に示す。ずれの量が多くなるにつれ電子増倍度が悪化していく結果となった。このため、ピラミッド型ダイノード形状では組み立てプロセスの際に段間のずれを極力おさえる必要があるといえる。 斜め穴型の場合の計算結果を図6に示す。斜め60度に穴を開け、かつ奇数段と偶数段とでずれを設定した場合に最もよい電子増倍度特性を示すことが分かった。その場合、段数が12段、段間電圧300Vで104倍の電子増倍度が得られることになる。また、PMTチャンネル間クロストークの影響の評価結果を図7に示す。段間電圧を十分にかけることができるならば、クロストークを押さえることが可能となる。 一般のPMT電子増倍度は8〜10段で約105〜106であるが、本方式においては段数をより増やせば電子増倍度の値は十分大きくすることができるため、増倍度が既存のPMTと比べて低いのは問題とはならないと考えられる。 ここで、この斜め穴の構造を手軽に作成するのは現在のマイクロマシニングの技術においては難しいことが明らかになったため、実際の試作には容易に加工可能なピラミッド型の穴を使用することとした。 ピラミッド型において電子増倍が起きることを確認するために、ラージモデルを作成し、その電子増倍度特性測定を行った。試作したモデルの断面写真を図8に示す。厚さ200mの(100)シリコンウェハーに、上部サイズ300,400,500,650mのピラミッド型の貫通孔を4種類、TMAHを用いた異方性ウェットエッチングで形作り、ダイノード材としてAgMg(O)蒸着を行った後、300m厚の硝子スペーサーと陽極接合を行った。これを繰り返して段数4段のモデルを試作した。このプロセスを図9に示す。使用したプロセス技術は、マイクロマシニング分野では基本的なものであり、取り立てて目新しい加工方法は使用していない。 このラージモデルの各貫通孔サイズごとに電子増倍測定を真空チェンバー内で行った。電子ソースとしてはフィラメントからの熱電子を用い、直流モードでの各段での電子収支を測定し電子増倍度を算出した。その結果を図10に示す。貫通孔径500mの場合に最大の電子増倍度を示した。電子増倍度の値としては、3段で3.2倍が得られ、この結果により、段数20段で約2×103の電子増倍度が得られることになる。 一方、このラージモデルでの電子増倍度計算を行ったところ、上記ダイノードサイズの場合に段数3段で約6倍の電子増倍度が得られるという結果になった。この結果は実験結果の2倍の値であり、実験と計算で一致していない。この原因は、陽極接合の際のダイノードの劣化や陽極接合の際の位置のずれ等が考えられるが、まだ特定されていない。 また、電子増倍が各PMTチャンネルごとに行われていることの確認として、0.6mmピッチのマルチワーヤーを4段目の後ろに設置し、各ワイヤーに流れる電流を測定した結果を図11に示す。スリット径1.6mmの分布が保たれているため、電子増倍は各PMTチャンネルごとに独立して起きていると考えられる。 また、計算で使用した体系であるチャンネルサイズ100mの構造で電子増倍を起こすことの確認実験を行い、TMAHのウェットエッチングで作成可能であること、また電子増倍度は2段で2.62倍の値が得られた。これにより、チャンネルサイズを100mにしても十分に使用可能であることが示された。 最終読み出し電極として、遅延線回路を使用した読み出し最終電極の試作を行った。図12にその写真を示す。最終電極の領域を1cm×1cmに分割し、X方向Y方向に同時に読み出せるよう2層の配線になっている。100mの位置分解能を持たせるため、各軸方向に100mピッチでラインを引き、このライン間に10cmの遅延線を設定した。これにより、各ライン間で0.5nsec.の時間差が発生することになり、この時間差は既存の回路を適用するに十分である。 微細加工技術の応用の一例として、PMTの微細化二次元化を検討した。その結果、二次元情報を保持できる新しい電子増倍部として、ピラミッド型方式と斜め穴型方式のピクセル形状を持つ、2種類のダイノードを設計し性能評価を行った。この2種類の形状の中で、斜め穴型方式は、電子増倍特性は優れているが、大面積の検出器を作製しようとする場合に加工が困難になると予想される。また、現状で加工が容易であるピラミッドタイプ穴型方式は、ラージモデルを作成し実際に電子増倍を起こすことを確認し、100mのチャンネルサイズをもつモデルも作成に成功し、電子増倍を起こすことを確認した。この型は実用レベルの増倍度を稼ぐためには段数を増やす必要があるが、加工方法を考慮するともっとも現実性の高い方式であると結論づけられる。 また、最終読み出し電極を遅延線回路を用いて試作した。 | |
審査要旨 | 本論文は、放射線検出器における微細加工技術の利用について検討し、新しい画像測定用の光電子増倍管の開発を行ったものであり、以下の6章から構成されている。 第1章は序論であり、近年、微細加工技術のセンサやアクチュエータへの応用が注目されていること及び微細加工技術の概要と現状について示すと共に、放射線検出器に関して微細加工技術の有用性の発揮される応用分野として、主として放射線の位置検出器を検討することが述べられ、従来用いられていた放射線画像検出器の様々な検出器についてまとめられている。 第2章は本論文で新しく考案された微細マイクロ光電子増倍管の概念設計について述べている。2次電子増倍を利用した増幅器としては、光電子増倍管は、高い増倍度と広いダイナミックレンジが得られる点で極めて優秀であるが、ダイナミックレンジを保ったまま画像の増幅を行うことは不可能であった。そこで、本論文ではマイクロチャンネルプレートのように、微小なチャンネル毎に位置情報を保ったまま、増幅を行うような素子を微細加工を用いて作成することを提案している。これは、微細加工により多数の穴の空けられたダイノードを多段の立体構造に積み上げることにより、複数のダイノード間で電子が入射位置を保持したまま増倍され、全体として電子増倍チャンネルが多数形成されるという考え方に基づくものである。 本論文では、実現可能なダイノードの形状について、シリコン基板のエッチングにより製作する方法と、LIGAプロセスにより製作する方法の双方について提案している。ここでは、前者をそのダイノード形状からピラミッド型と呼び、後者を斜め穴型と呼んでいる。 第3章は、ピラミッド型素子に関して電子増倍機構について検討したものである。ここでは、まず電子増倍過程のシミュレーション計算を基にして素子の形状について設計を行っており、ウェーハー厚50m、画素の大きさ100mのダイノード素子について、電子増倍度・位置分解能・時間分解能を計算したところ、12段のダイノードを用いた場合に104と、実用上十分な値が得られることを示している。その後、実際にTMMA溶液を用いたウェットエッチングにより、設計された構造を製作し、その特性を評価している。試作した素子による測定では、組立の際の位置決め精度の問題などにより、電子増倍度に関して設計に用いた計算値には及ばないものの、実際に増幅の可能なことが示されており、多段の素子を精度良く組み立てることにより、実用に供する素子が得られるものと結論している。 第4章は前章と同様に、電子増倍部の評価を斜め穴素子に関して電子増倍過程のシミュレーション計算により行ったものであり、電極の配置を前後のダイノード間でずらす工夫を行うことにより、ピラミッド型素子には劣るものの12段のダイノードにより103程度の電子増倍度が得られるものと結論している。 第5章は、本素子の画像読み出し電極部分の設計・製作について示したものであり、遅延線を素子上に実現することにより、位置読み出し回路を実現している。この際、全領域を適当に分割することにより、高計数率に対応しており、ダイナミックレンジの広い、画像信号の光子計数が可能であるとしている。 第6章は結論であり、微細加工技術を用いて、画像増幅の可能な光電子増倍管が作成される見通しが得られたこと、及び放射線計測への微細加工の利用により得られた知見がまとめられている。 以上を要するに、本論文は、放射線計測において極めて重要な検出器である光電子増倍管の2次元化を微細加工技術の利用により行い、実際に素子の製作を通じて新しい放射線検出器の実現の可能性を示したものであるといえる。従って、本論文は今後の新しい放射線検出器の開発の指針を示した点で、システム量子工学に寄与するところが少なくないと判断される。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/53910 |