学位論文要旨



No 111846
著者(漢字) 木戸,修一
著者(英字)
著者(カナ) キド,シュウイチ
標題(和) プラズマ中の自己組織化過程における異常エネルギー散逸
標題(洋) Anomalous Energy Dissipation associated with Self-Organization Process in Plasma
報告番号 111846
報告番号 甲11846
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3644号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,信幸
 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 助教授 小川,雄一
 東京大学 助教授 吉田,善章
 東京大学 助教授 井口,哲夫
 東京大学 助教授 上坂,充
内容要旨

 極低qプラズマ(ULQ)は、プラズマ表面での安全係数q(a)が0<q(a)<1となる特徴を持ち、同じトロイダル電流駆動系プラズマであるトカマクと逆転磁場ピンチ(RFP)の中間に位置する。その配位はRFPと同様、磁気流体力学的(MHD)緩和の過程において発生するダイナモ電場によりキンク・モードに対し安定な自己組織化された磁場の散逸構造を生成する。このようにきつく捻れた磁力線構造を持つ低qプラズマにおいては、MHD揺動を介して自発的にエネルギー極小の状態に遷移しようとする際、余剰磁気エネルギーを効果的に散逸する異常な(非線形)機構が重要な役割を果たすであろうことがPrigozineにより指摘されている。本研究で取り扱う異常インピーダンスはこの非線形の効果による現象の一つである。

 ULQやRFPといった低qプラズマにおいては、プラズマの回路的な実効インピーダンス*(≡(Vloop/Ip)・(2/2R),Vloop:周回電圧,Ip:プラズマ電流,/R:プラズマ小/大半径)が電子温度から見積られる古典的なSpitzer抵抗率と大きく食い違う所謂異常インピーダンスの現象が観測されている。つまり自己組織化された散逸構造を維持するために必要な入力エネルギーが古典的な抵抗散逸を補うために必要とされる量よりはるかに多くなる。この異常インピーダンスの現象は核融合炉心プラズマのみならず宇宙プラズマの分野においても、例えば太陽コロナやオーロラプラズマにおける異常抵抗として古くから興味深い研究課題として取り上げられ、今までに数多くの実験及び理論的研究が行なわれてきたが、以前として完全な解明にまでは至っていない。

 本研究ではULQプラズマの異常インピーダンスに対する電磁的揺らぎの寄与に着目し、異常インピーダンスの機構の解明を目的としてこの現象に対する実験的観測及び理論的考察を行なった。ULQプラズマの磁力線のピッチは自然界のプラズマのものと類似しているため、この成果は核融合炉心プラズマにとどまらず宇宙プラズマの分野にも適応され得る。

 REPUTE-1装置において広い範囲に渡る細かなパラメータ・サーベイや、真空容器壁の状態を変化させる等様々な条件下でのULQプラズマを対象として種々のグローバル・パラメータの測定を行ない、それらのパラメータ間の依存性の調査を行なった。その一例をFig.1とFig.2に示す。Fig.1はトロイダル磁場Btに対する*の依存性を示す。この両者の依存性が強いことは既に観測されており、図中の実線はその際のフィッティング・ラインを表している。今回の測定においても両者の相関係数は〜0.8と他のパラメータに比べ高く、ULQプラズマにおいてBt*の決定に深く関与していることが再確認された。Fig.2にプラズマ中心での電子温度Te(0)に対する*の依存性を示す。図中の実線はZeff=1を仮定した時のTe(0)より算出されるSpitzer抵抗率s(0)(∝Te(0)-1.5)である。古典的なプラズマの場合、*はこのs(0)に比例するが、ULQプラズマにおいて実測された*はTe(0)(s(0))とはほぼ無関係に散らばっており、特に比較的高温の領域においては*/s(0)〜20にも達する。この結果は電子温度が抵抗に深く関与するという古典論にULQプラズマが全くそぐわないことを明示している。このような数多くのスケーリングの実験結果によりULQにおける異常インピーダンスの特徴が捉えられ、この現象が単なるプラズマの質の悪さを表すものではなく、低qプラズマの配位維持のために本質的なものであることが示された。

図表Fig.1:実効インピーダンス*のトロイダル磁場Bt依存性 / Fig.2:実効インピーダンス*の電子温度Te依存性

 異常インピーダンスの原因をエネルギー・バランスの点から考えた場合、揺動を介しての散逸と平均場を介しての散逸という二つの可能性が指摘される。本研究ではこのそれぞれの機構に基づく異常エネルギー散逸のモデルを提唱し、抵抗率の増加量の評価を行なった。

 揺動を介しての散逸はイオンに粘性散逸されることでMHD緩和に伴うイオン異常加熱が起こることが実験的にも観測されている。ここではイオン直接加熱及びエネルギー散逸のモデル化を行ないパワー・バランス式を解くことによりULQプラズマにおけるエネルギー分配の計算を行なった。平均場を介しての散逸は電流密度分布j()と抵抗率分布s()の相関が古典的状態と異なり弱くなることにより増加される。つまり、低qプラズマの配位は上に述べたようにキンク・モードを安定化するように自己組織化され抵抗率の大きなプラズマ周辺部にもダイナモ効果により大きな電流が強制的に流れるため、ここでの大きな抵抗散逸が異常インピーダンスを引き起こす。本研究ではj(),s()等の分布モデルをたて散逸の増加量を計算した。

 これらの結果、実験的に観測された大きな異常インピーダンス*/s(0)〜20を単独のモデルだけにより説明するにはかなり厳しい制約条件が課せられることが示された。それぞれのモデルに対する制約条件は相反するものではないので、実際的にはこれらの効果が重なりあって大きな抵抗率の増加を生み出すものと考えられる。

審査要旨

 プラズマ中を流れる電流の電気抵抗は,電流自身によって励起される電磁的な揺らぎの非線形効果によって,極めて大きな異常値を示すことが知られている.古典的には,プラズマ中の電気抵抗は,電流を主として運ぶ電子の流れがイオンによってCoulomb散乱を受け熱化されることによって説明されるが,その理論値(Spitzer抵抗値)は,非常に揺らぎが小さいプラズマにしか当てはまらない.強力な外部磁場による安定化など特殊な状況下で流れる微小電流の場合を除き,電流自身が発生する自己電磁場によって励起される強い揺らぎが,電子の流れを集団的に変調し,エネルギー散逸を増大させると考えられる.プラズマの異常抵抗と呼ばれるこの非線形効果は,地球超高層におけるサブストーム,磁気テイルの磁力線再結合,太陽コロナの加熱やフレアー,天体や銀河の活動中心における磁力線を伴うジェットなど,自然界にみられるあらゆるプラズマ現象を説明するために必要不可欠であるが,その詳細な性質,機構は未知の部分が大きい.

 本研究は,トーラスプラズマ実験装置を用い,完全電離高温プラズマに大電流を流した場合の異常抵抗を実験的に研究し,さらに理論的な検討を行なったものである.プラズマのパラメタの詳細な計測によって,古典値(Spitzer抵抗)の10倍以上の異常抵抗を確認し,これまで知られていなかったパラメタ依存性をスケーリング則として示している.異常抵抗によって熱化されるエネルギーの輸送についても,理論モデルとの比較により,二つの異なる機構が共存する可能性を指摘している.これらの研究成果は,以下のような構成によってまとめられている.

 第1章は序論であり,研究の背景と動機について述べている.ULQやRFPと呼ばれる大電流プラズマにおいては,プラズマの巨視的な実効抵抗は,電子温度から見積られる古典的なSpitzer抵抗よりも大きくなる.本研究において実験を行なったULQプラズマの磁力線は,太陽磁場やジェットなどの自然界のプラズマに多くみられる典型的な捻れの構造をもつことが特徴として指摘されている.このような磁力線の捻れの構造は,電流によって発生する自己磁場の散逸構造として説明され,異常抵抗として観測される大きなエネルギー散逸が,その構造の形成(自己組織化)と維持に重要な役割を果たす.このように,プラズマの異常抵抗は,磁場構造の自己組織化現象と密接に関連し,したがって本研究は,プラズマの散逸構造の研究として位置付けられる.

 第2章では,ULQプラズマにおける異常抵抗の特徴を実験的に観測している.大電流トーラスプラズマ実験装置REPUTE-1において,広いパラメタ範囲に亙る詳細な計測を行なっている,また真空容器壁の状態を変化させた場合の影響についても調べている.プラズマ中の電子温度分布を測定し,プラズマの主領域において求められるSpitzer抵抗率から推定される全抵抗と比べ,実際の巨視的な実効抵抗が10倍以上大きくなることが確認された.実効抵抗は,電子温度に対する依存性がないこと,トロイダル磁場に対して強い依存性があることなど,古典的な理論では説明できないパラメタ依存性が示された.真空容器壁の状態の違いは,これらの傾向を変えるほど大きくは影響しないことも示された.

 第3章では,異常インピーダンスの機構を理論的に説明するために,二つの異なる効果に関して,理論モデルに基づく計算と実験との比較が行なわれている.第一は,自己組織化された磁場の分布がもつ構造的な特徴によって発生するエネルギー散逸の効果である.大電流プラズマにおいては,古典的な電流拡散の機構とは異なり,電流密度分布と抵抗率分布の相関が弱くなる特徴がある.すなわち,抵抗率の大きなプラズマ周辺部にもダイナモ効果(磁場の揺らぎの非線形効果により発生する内部電場の効果)により大きな電流密度が駆動され,抵抗散逸が増加するという機構である.第二は,このダイナモ効果を発生する原因となる揺らぎ自身が引き起こすエネルギー散逸である.この揺動の散逸はイオン粘性散逸が支配的になることが理論的に示されており,実験的にもイオンの異常加熱が観測される.ここでは,イオン粘性散逸とイオン,電子のエネルギー輸送エネルギー散逸のモデル化を行ない,パワー・バランス式を解くことによりULQプラズマにおけるエネルギー分配の計算を行なった.定量的な評価により,これら二つの効果の双方が,実験的に観測される大きな異常抵抗を説明するために必要であると結論付けられ,さらに電子温度,イオン温度の観測値とエネルギーバランスの整合をとるために,今後明らかにすべき異常輸送機構が指摘されている.

 第4章は本研究の結論にあてられている.

 以上を要するに本論文は,プラズマの最も基礎的な性質の一つである電気抵抗について,トーラスプラズマ実験装置を用いた大電流放電の詳細なパラメタ計測によって,古典的な理論モデルでは説明できない異常抵抗の存在を明確にし,そのパラメタ依存性などの物理的特徴を明らかにしたものである.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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