学位論文要旨



No 111848
著者(漢字) 武田,信和
著者(英字)
著者(カナ) タケダ,ノブカズ
標題(和) 第II種超電導体の特異的電磁現象の数値解析
標題(洋) Numerical Analysis of Anomalous Electromagnetic Phenomena of Type-II Superconductors
報告番号 111848
報告番号 甲11848
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3646号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮,健三
 東京大学 教授 矢川,元基
 東京大学 助教授 大橋,弘忠
 東京大学 助教授 小川,雄一
 東京大学 助教授 寺井,隆幸
 東京大学 助教授 上坂,充
内容要旨 1 序論

 近年、超電導体の品質向上とその工学的利用可能性の増大に伴い、種々の遮蔽電流計算コードが開発されてきた[1-3]。しかし、これらの研究はまだ始まったばかりであり、結晶粒界や異方性などのによって生じる種々の特異的電磁現象の解析、低周波領域における構成方程式の特定など、課題はまだ多く残されている。特に、結晶粒界や臨界電流密度の異方性は超電導体による磁気浮上力などに影響を及ぼし、しばしば数値計算結果と実験値との不一致の原因となる。また、解析手法に関しては、電流ベクトルポテンシャル法(T法)あるいは磁気ベクトルポテンシャル法(A法)に基づいて境界要素法あるいは有限要素法を適用したものがほとんどで、渦電流計算手法ほどの多様性はまだみられない。

 本研究では第II種超電導体の特異性が電磁現象に及ぼす影響に着目し、実験と数値計算を通じてその効果を明らかにする。ここで対象とする特異性は結晶粒界に起因する臨界電流密度の非一様性と高温超電導体の結晶構造などに起因する臨界電流密度の異方性である。最終的な目的はこれらの知見を遮蔽電流計算に反映させ、その精度を高めることにある。

2 遮蔽電流路に対する結晶粒界の影響

 高温超電導体による磁気浮上力の数値計算において、しばしば実験との不一致が見られる。これは多くの場合結晶粒界の影響によるので、粒界の位置を特定する必要がある。そのため、高温超電導体に生じる遮蔽電流分布を再現し、その遮蔽電流路の乱れから結晶粒界を同定する手法を開発した。この手法によって同定した結晶粒界の位置に関する情報を用いて遮蔽電流の数値計算を行なえば、磁気浮上力の評価をより正確に行なうことができる。逆問題解析に用いる最適化手法としては遺伝的アルゴリズムを用い、逆解析手法の有効性は数値実験によって確認された[4]。さらに、測定によって得られたデータを用いて、超電導遮蔽電流分布の逆解析を行ない、印加磁場が結晶粒界の性質に与える影響について考察した。

 超電導体と永久磁石との間隔が20、70mmの時の測定磁場からの逆解析結果を図1、2に示す。結果は電流ベクトルポテンシャルT(J=▽×T)の法線成分Tnの等高線図として描かれており、等高線が遮蔽電流路に対応している。間隔20mmにおける結果は間隔70mmにおける結果とは明らかに異なっており、電流ループの数が増加しているのがわかる。いいかえると、間隔70mmの時は電流路が結合し、より大きなループを描いているといえる。この現象は永久磁石が超電導体から遠ざかり、磁場が弱くなっている時に生じており、磁場が超電導電流路に及ぼす影響によるものだと思われる。印加磁場の増加とともに臨界電流密度は低下するが、超電導体全域で臨界電流密度が一様に低下すれば超電導電流路に変化は生じない。超電導電流路が変化するとすればそれは臨界電流密度が部分的に変化した場合である。例えば、磁場が強くなった時にある領域の臨界電流密度が他の領域のそれと比較して急激に低下した場合、その領域は絶縁境界のように振舞い、超電導電流路を寸断する。本研究の場合にはこれとは逆に、絶縁境界のように振舞っていた領域における臨界電流密度が他の領域における値と変わらないまでに上昇し、もはや絶縁境界として振舞わなくなったためであると考えられる[5]。

3 臨界電流密度の電流方向に対する異方性

 YBaCuO高温超電導体において、臨界電流密度はその電流と磁場のそれぞれの方向に依存することが知られている。この異方性はYBaCuOの二次元的な結晶構造に起因している。これらの依存性のうち、磁場の方向に対する依存性は既存の超電導遮蔽電流分布の数値計算手法でも扱うことができるが、電流方向に対する依存性はその非線形性の強さから取扱いが非常に難しくなる。超電導遮蔽電流分布の数値計算においてこの臨界電流密度の電流方向に対する依存性を考慮した研究はまだ例がない。本研究では臨界電流密度の電流方向に対する依存性を取扱うための数値計算手法を新たに開発し、解析解との比較によってその有効性を検証した。ここで、解析手法の開発と関連して、T法を用いた超電導遮蔽電流問題における電流-電場構成方程式を新たに提案した。A法を用いた場合の構成方程式については既に提案されているが[1]、T法を用いた場合については明示的な式が提案されていなかった。構成方程式は次のように表される。

図表図1:遮蔽電流路の推定結果(間隔20mm) / 図2:遮蔽電流路の推定結果(間隔70mm)

 

 ここで、J、Jcはそれぞれ電流密度ベクトル、臨界電流密度、導電率を表している。この構成方程式はA法のものと一定の条件下で同値であり、また、古い数値計算手法はその解がこれを満足するようになっている。新しい計算手法もまたこれを満足するように開発された。

 比較を行なう体系は縦横比が4の超電導無限楕円柱であり、問題としては軸に対して平行に十分大きな印加磁場を加えた場合を考える。この時、遮蔽電流は軸に対して垂直な面上を流れ、その電流路は楕円柱の断面と相似な楕円となる(図3)。臨界電流密度は図4は短軸上における電流ベクトルポテンシャルの分布の解析解と新旧両手法による数値計算解とを比較したものである。旧手法による数値計算解は解析解と全く一致していないが、新手法による数値計算解は解析解と非常に良く一致している。このことから、新しい数値計算手法の有効性が確認された。

図表図3:超電導無限楕円柱の断面におけるTの等高線図 / 図4:新旧両手法による計算値と解析解との比較
4 Network Mesh法による超電導遮蔽電流の数値計算

 臨界状態モデルに基づいた超電導遮蔽電流の数値計算手法はこれまでにいくつか発表されているが、それらはすべて有限要素法あるいは境界要素法を用いたものである。ここでは渦電流計算手法の一つであるNetwork Mesh法(以下NM法)に基づいて超電導遮蔽電流を計算するコードを作成した。NM法において、領域は図5に示すような周回路のネットワークとして近似される。それぞれの周回路には周回電流が流れ、この周回電流がこの手法の解変数となる。そして周回路を構成する個々の分節線に流れる電流はこの分節線を共有する二つの周回路に流れる電流の差として定義される。この周回電流は電流ベクトルの法線成分と板厚との積と対応づけることができるが、この意味でNM法とT法とは類似した手法であるといえる。T法に基づいた遮蔽電流分布計算コードでは等価導電率という概念が導入され、その値を反復計算の過程で変更することによって臨界状態モデルを満たす解を求めていた[1,2]。両手法の類似性から、NM法においても同様の概念を抵抗に関して導入することによって遮蔽電流分布の計算が可能となることが期待される。NM法を採用している渦電流解析コードはいくつかあるが、ここではArgonne National Laboratory所有のEDDYNET[6]を発展させて超電導遮蔽電流計算を行なった。

 このコードを用いて高さ20mm半径5mmの超電導円柱を対象とした数値計算を行なった。臨界電流密度は2×109A/m2でBeanモデルを用いている。印加磁場は円柱に平行であり、磁場変化率は0<t<7sec、21<t<35secで2.513Tesla/sec、7<t<21secで-2.513Tesla/secである。この体系で超電導体が無限円柱である場合、遮蔽電流分布は解析解を持つ[7]。単位時間あたりの交流損失に関する数値計算結果と解析解との比較を図6に示す。両者は非常に良く一致しており、本手法がT法のみならずNM法に関しても適用できることが確認されたことになる。超電導体は本来零抵抗であるが、第II種超電導体の場合は臨界電流密度という電流密度の上限の存在によって電流密度と電場の比は有限な値を持つ。この電流密度-電場比を等価導電率(あるいは等価抵抗)として導入し、これを反復計算によって変更していくことによって臨界状態モデルで規定される電流分布を求めるのが本手法の特色であるが、この手法は一般の遮蔽電流解析に適用できると考えられる。本来有限な値を持たない導電率に有限な値を仮定しているため、この手法を有限導電率法と呼ぶことにする。

図表図5:NM法における領域分割の例 / 図6:交流損失の時間変化
5 結論

 高温超電導体において問題となる結晶粒界の位置同定手法を確立し、結晶粒界の性質が印加磁場によって変化することを確認した。今後、結晶粒界を臨界電流密度が磁場に強く依存する領域として扱うことなどによって、上記の影響を電磁力解析において考慮することが可能となるであろう。そのためには結晶粒界の磁場に対する性質をさらに深く研究する必要があるが、そのためにもこの手法は十分役立つものと考えられる。また、臨界電流密度の電流方向に対する依存性を取扱うための数値計算手法を新たに開発し、その有効性を解析解との比較によって検証した。これに関連して、電流-電場構成方程式も新たに提案した。これまで、YBaCuO超電導体に関する遮蔽電流解析は電流が主にab面内に流れるような体系でのみ行なわれてきたが、この数値計算手法の開発によって解析の対象となる体系の自由度は大きく広がった。さらに、Network Mesh法を用いた超電導遮蔽電流分布の解析コードを開発し、その有効性を解析解との比較によって確認した。

参考文献[1]Sugiura,T.,Hashizume,H.and Miya,K.,Int.J.Appl.Electromagn.in Materials(1991)2 183-196.[2]Uesaka,M.,Yoshida,Y.,Takeda,N.and Miya,K.,Int.J.Appl.Electromagn.in Materials(1993)4 13-25.[3]Takeda,N.,Uesaka,M.and Miya,K.,Cryogenics(1994)34 745-751.[4]Takeda,N.,Uesaka,M.and Miya,K.,Elsevier Studies in Appl.Elec.Mag.in Materials(1994)5 305-308.[5]Takeda,N.,Uesaka,M.and Miya,K.,Cryogenics(1995)35 893-899.[6]Turner,L.R.,IEEE Trans.Magn.(1977)MAG-13 1119-1121.[7]Wilson,M.N.,Superconducting Magnets,Oxford University Press(1983).
審査要旨

 高温超電導体は、臨界温度、臨界磁場が共に高く、しかもバルク状で利用できることなどの特徴を有しているので、工学の多くの分野で応用され始めようとしている。電力貯蔵用に高温超電導フライホイールなどが検討されているがこれは電磁力応用の代表的な例である。高温超電導体を工業の各分野で電磁力の生成や磁場の整形などに応用しようとすると、品質向上と診断技術の確立が必要である。特に高温超電導バルク材は、結晶粒界や構造異方性などを有しており、等価的な臨界電流の低下につながったり精度の高い電磁力評価を困難にしたりするので、これらの特異性を評価する手法を開発することが望まれている。そこで本論文では、第II種超電導体の特異性が電磁現象に及ぼす影響に着目して、理論と実験によりそれらを明らかにしようとするものである。ここで扱う特異性とは、結晶粒界に起因する臨界電流密度の非一様性と高温超電導体の結晶構造などに起因する臨界電流密度の異方性の二点である。

 第1章は序論であり、本研究の背景と目的及び概要について述べている。

 第2章では超電導現象の中で本研究に関係する基礎的事項の説明を行っている。

 第3章では、高温超電導体と常電導マグネットの間に働く電磁力に注目して、その動的効果を調べている。結晶粒によって遮蔽電流路が拘束されるために、得られる電磁力はサンプル値の臨界電流値から予想される値より低下するが、その等価臨界電流を決定するために動的実験に先立って静的実験を実施している。このことによって結晶粒や材料異方性が超電導体の磁化や電磁力等に及ぼす影響を考慮できる。

 本章では、高温超電導バルク材と常電導マグネットの間に働く動的電磁力の磁気減衰と磁気剛性の特性を調べており広い範囲の振動に関して計算と実験が一致した結果を得ている。

 第4章では、高温超電導バルク材の結晶粒界の形状決定問題を取り扱っている。遮蔽電流は通常結晶粒界を横切って流れることはできないので、結晶粒の形状によって流路が左右されることになる。流路による影響は先に述べた等価臨界電流密度を用いることによって考慮できるが、電磁力のヒステリシス曲線の形状等がを必要とする場合には、結晶粒の形状を利用に先立って知っておくことが重要となる。この形状は原理的には、遮蔽電流が作る磁場分布を測定することによって決定することができる。ここでは磁場と電流ベクトルポテンシャル(T法)の簡単な関係を使って、逆問題として問題を定義して数値解を得ている。具体的な数値解法としては、GA(遺伝的アルゴリズム)を使用している。GAの変数としては、結晶粒の位置、大きさ、Tc(電流ベクトル値)を選び、測定磁場と予測される計算磁場との比較を繰り返し行うことによって結晶粒界を決定している。さらに、超電導試料を用いて磁場を測定し、結晶粒界の位置及び各結晶粒内における臨界電流密度を逆問題解析によって推定し、その情報を遮蔽電流分布の数値計算に用いて解析精度を向上させる試みも行っている。

 第5章ではこれまで明確にされていなかった超電導遮蔽電流問題の汎関数を明らかにし、これに関連して解を唯一に得るための条件として新しい電流-電場構成方程式を提案している。超電導遮蔽電流問題と同値な汎関数最小化問題は、渦電流問題の場合と異なり、制約条件つき最小化問題となる。すなわち、超電導遮蔽電流問題は電流密度が磁界電流密度以下となる制約条件の下での磁気エネルギー最小化問題と同値であることが明らかにされている。

 さらに、新しく提案された電流-電場構成方程式に基づいて、臨界電流密度が異方性を有する時の数値計算手法を新たに開発している。この手法の有効性は二次元問題における解析解と比較することによって検証されている。

 第6章では渦電流計算手法の一つであるNetwork Mesh法(以下NM法)に基づいて超電導遮蔽電流を計算するコードを作成している。T法に基づいた遮蔽電流分布計算コードでは等価導電率という概念が導入され、その値を反復計算の課程で調整することによって臨界状態モデルを満たす解を求めていた。NM法はT法と類似した手法であるといえるが、この類似性に着目し、NM法に対しても等価導電率と同様の概念を抵抗に関して導入することによって遮蔽電流分布の計算を可能としている。

 第7章は結論であり、本研究で得られた知見についてまとめられており、これらの知見が超電導磁気浮上特性の数値計算の精度向上に著しく寄与することが述べられている。

 以上の成果は、高温超電導体を電磁力応用に供する時、品質評価や等価遮蔽電流の評価に際して有用であり、かつ超電導体が有する非線形性の本質をとらえそれを非線形構成方程式として実現し解の唯一性を保証している点で高く評価されよう。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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