学位論文要旨



No 111851
著者(漢字) 深谷,征史
著者(英字)
著者(カナ) フカヤ,マサシ
標題(和) 平面噴流による矩形容器内自励スロッシングの発生機構
標題(洋)
報告番号 111851
報告番号 甲11851
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3649号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 近藤,駿介
 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 助教授 大橋,弘忠
 東京大学 助教授 上坂,充
 東京大学 助教授 岡本,孝司
内容要旨

 序 高速増殖炉は炉容器等に自由液面を持つ。また、炉の小型化に伴う液体ナトリウム冷却材の高流速化が予想される。このように自由液面と高速流れが存在する場においては、自由液面と流れとの干渉によって様々な液面の不安定現象が生じる可能性がある。その一例が、流れによる自励スロッシングである。高速増殖炉において高温ナトリウムによる自励スロッシングが生じた場合、周期的液面振動は炉容器等の内壁に高熱応力付加による疲労をもたらす。従って、自由液面と高速流れが存在する場で生じる現象を把握することは工学的に重要である。特に現象の発生機構を解明することは、発生の予測を行う上で最も有効である。しかし、実機のように複雑な体系をそのまま対象とした場合、現象の本質を掴むことは非常に困難である。そのため、逆に単純な体系において現象の発生機構を解明し、その知見を複雑な体系に応用していくことが必要であると考えられる。

 そこで本論文では、平面噴流による矩形容器内自由液面の自励スロッシングを対象とし、その発生機構を解明することを目的とした。このため、以下のように実験・解析の両面から考察を行った。

 実験 振動発生機構を解明するためには、現象の特性を理解した上で本質的な発生因子を見い出すことが必要である。そこで最初に、自励スロッシングの基本的な振動特性について調べた。次に、容器形状を変化させた場合の影響について検討することで、自励スロッシングの発生を支配する物理量を考察した。得られた主な結果を以下にまとめる。

垂直平面噴流の場合における自励スロッシング

 図1には、平面噴流が矩形容器底面から垂直に流入する場合のテストタンクを示す。噴流は流入口より平面状に垂直上向きで流入し、自由液面に衝突する。その後主流は下降し、メインセクション内に一対の循環渦を形成しながらアンダーフローゲートを通ってサブセクションへ流れ込む。メインセクションとサブセクションの基本的な流れは、テストタンクの奥行き方向に一様な二次元流れである。メインセクション内の自由液面において、1次モード自励スロッシングを発見した。

 この自励スロッシングは、ある特定の流入口・液面間距離および流入流速条件においてのみ生じた。その振動数は、循環流が存在しない場合における容器内流体のスロッシング固有振動数とほぼ一致した。また、自励スロッシング発生時においてのみ、噴流が蛇行する挙動が観測された。

 以上の振動特性に基づき、流入口近傍で水平方向に生じた噴流の変動が、液面に到達するまでの時間に着目し、その時間を噴流変動到達時間と定義した。さらに、噴流変動到達時間のスロッシング固有周期に対する比をとり、無次元噴流変動到達時間()と定義した。図2には、異なる容器形状における自励スロッシング発生条件の値を用い、無次元噴流変動到達時間を求めた結果を示す。図2より、自励スロッシングの発生条件は容器形状によらず次式で表せる。

 

 上式は、噴流変動到達時間がスロッシング固有周期の約1.8、3.3倍である場合に自励スロッシングが発生することを意味している。従って、噴流変動到達時間が自励スロッシングの発生を支配する物理量であり、その発生に対しては噴流変動と液面変動の相互作用が重要な役割を持つと考えられる。

水平および斜め平面噴流の場合における自励スロッシング

 図3には、平面噴流が矩形容器側面から水平あるいは斜めに流入する場合のテストタンクを示す。容器左壁面の流入口から水平あるいは斜めに流入した平面噴流は、その両側に一対の循環渦を形成しながら流出口に向かう。右側の大きな渦は反時計回りに循環し、液面下では右側から左側へ進む流れとなる。

 1次モード自励スロッシングが生じることが知られていたこのテストタンクにおいて、新たに2次モード自励スロッシングを発見した。その振動数は、循環流が存在しない場合における容器内流体のスロッシング固有振動数とほぼ一致した。また、平面噴流が矩形容器側面から斜めに流入する体系においても、1次モード自励スロッシングが生じることを確認した。

 水平および斜め噴流のいずれの場合においても、自励スロッシングが生じない安定な条件においては二つの典型的なフローパターンが観測された。斜め噴流の場合には、これらのフローパターン間に水位に対するヒステリシスが顕著に現れる。自励スロッシングは特定のフローパターンにおいて生じ、他方のフローパターンが形成されると生じなくなった。噴流が蛇行する挙動は、自励スロッシング発生時においてのみ観測された。

 自励スロッシングの発生は容器形状によらず、ストローハル数あるいはフルード数といった無次元数によって整理できた。ストローハル数とフルード数は互いに独立ではなく、いずれも自励スロッシングの発生を支配する物理量である。流入口近傍で垂直方向に生じた変動が、スロッシング1周期間に流入口から特定の距離まで到達することが自励スロッシングの発生条件であると考えられる。従って垂直平面噴流による自励スロッシングと同様に、水平および斜め平面噴流による自励スロッシングの発生に対しても噴流変動と液面変動の相互作用が重要な役割を持つと考えられる。

 解析 実験から得られた最大の知見は、自励スロッシングの発生に対しては噴流変動と液面変動の相互作用が重要な役割を持つという点である。この知見を基に、噴流と液面の相互作用に着目した新たな自励スロッシング発生モデルを提案した。本モデルはスロッシング運動と噴流変動の相互作用を単純化した図4のようなフィードバックモデルである。

 (a)何らかの要因により液面に微小な乱れが生じると、この液位変動はスロッシング運動をしながら減衰する。この時、容器内にはスロッシング運動に伴って変動する圧力場が形成される。

 (b)この圧力場の中を進む噴流は、進行方向に対して直角な方向に主に力を受け、流脈線が湾曲し振動する。

 (c)噴流流脈線が振動すると局所的な運動量供給に過不足が生じ、それによって振動エネルギーが生じる。

 (d)スロッシングの1周期間において噴流によって供給される振動エネルギーの総和は正負の値をとる。その値が正であり、散逸などによるエネルギー損失を上回る時、実際に自励スロッシングが成長する。

 このモデルに基づき、スロッシング運動に供給される振動エネルギーを解析的に考察した。図5には、垂直平面噴流の場合における1次モード自励スロッシングについて、解析結果と実験結果を比較した例を示す。供給振動エネルギーの値が正となる領域と実際の自励スロッシング発生領域は良く一致した。また、容器形状が異なる体系においても、実験および解析結果の良い一致がみられた。従って本モデルにより、自励スロッシング発生領域の水深・流入流速および容器形状に対する依存性を定性的に説明できた。よって本モデルの妥当性が示され、自励スロッシングの発生機構を解明することができた。

 さらに、水平平面噴流の場合における自励スロッシングに対しても本モデルを適用した。図6には、1次および2次モード自励スロッシングが生じた体系についての解析および実験結果の例を示す。この体系では、実験における1次モード領域は2次モード領域よりも高流入流速側に位置している。供給振動エネルギーが正となる領域としては1次モード領域1a、1bおよび2次モード領域2などがあり、それらの領域は流入流速方向に層状かつ交互に分布している。実験による1次および2次モード領域は、それぞれ領域1aと領域2に対応していると考えられる。また、他の体系における実験結果では逆に、1次モード領域は2次モード領域よりも低流入流速側に位置するが、各領域は領域1bと領域2に対応していると考えられる。本モデルは、このような1次および2次モード自励スロッシングの発生についての特徴的な特性を初めて定性的に説明した。従って本モデルの妥当性が再確認され、平面噴流が矩形容器側面から水平に流入する場合の自励スロッシングと、底面から垂直に流入する場合の自励スロッシングは同一の発生機構によって生じていることがわかった。

 図6からわかるように、1次モード領域1a、1bおよび2次モード領域2の総て、あるいは全域において自励スロッシングが観測されているわけではない。その理由は以下のように考えられる。実際に自励スロッシングが成長するためには、供給振動エネルギーが減衰よりも大きいことが必要である。流入流速が小さくて単位時間あたりに流入する運動エネルギーが小さい場合、あるいは水位が高くて流体の体積が大きい場合、粘性などの影響による減衰が相対的に大きくなり自励スロッシングが成長しない。一方、循環渦の存在は減衰に大きく寄与する。流入流速が大きい場合は容器内右側の反時計回りの循環渦流れが強まり、大きな減衰が自励スロッシングの成長を妨げる。以上より、実際に自励スロッシングが成長可能な領域はスロッシング運動に供給されるエネルギーと減衰との釣り合いに依存し、容器形状によって異なる特定の流入流速・水位条件内に限定されると考えられる。

図表図1 テストタンク(垂直噴流) / 図2 無次元噴流変動到達時間 / 図3 テストタンク(水平および斜め噴流) / 図4 フィードバックループ / 図5 1次モード自励スロッシング発生領域(垂直噴流) / 図6 1次および2次モード自励スロッシング発生領域(水平噴流)

 結論 平面噴流による矩形容器内自由液面の自励スロッシングを対象とし、振動発生機構について実験・解析の両面から考察を行った。実験においては、容器形状を変化させた影響について検討を行い、自励スロッシングの発生を支配する物理量を導出した。そして、噴流と液面の相互作用が自励スロッシングの発生に重要な役割を持つことを明らかにした。解析においては実験から得られた知見を基に、噴流と液面の相互作用に着目した新たな自励スロッシング発生モデルを提案した。本モデルはスロッシング運動と噴流変動の相互作用を単純化したフィードバックモデルであり、スロッシング運動に供給される振動エネルギーについて考察した。その結果、1次および2次モード自励スロッシング発生領域の水深・流入流速および容器形状に対する依存性を定性的に説明できた。従って本モデルの妥当性が示され、自励スロッシングの発生機構を解明することができた。

審査要旨

 高速増殖炉のナトリウム冷却材は炉容器上部プレナムなどに自由液面を有している。実証炉で採用されることになっているトップエントリー型炉では、多液面構造となること、冷却材流速が速くなることなどから、液面の安定性が検討項目となっている。本論文は、自由液面と流れが存在する系では条件によっては液面揺動すなわちスロッシングが自励的に成長する場合があることを実験により見出し、特徴を明らかにするとともに、振動へのエネルギー供給機構を提案し、それが現象の特徴をよく説明できることを示したもので、4つの章から構成されている。

 第1章は序論であり、ここでは研究の背景や目的とともに、従来の研究、特に流れ自体が引き起こす流体の自励振動についてまとめている。

 第2章では実験について述べている。これは大きく、垂直平面噴流による自励スロッシングと、水平ないし斜め平面噴流による自励スロッシングに分けられる。前者は矩形容器底面中央からの上向き噴流により1次モードのスロッシングが励起されるもので、噴流速度、噴流流入口から液面までの距離、噴流幅、容器幅などがある条件を満たすとき発生する。これらを変化させた多くの実験結果から、現象発生の必要条件は無次元噴流変動到達時間がほぼ1.5n+0.25(n=1または2)であることを見出している。ここに無次元噴流変動到達時間とは、噴流中に生じた乱れが流入口から液面まで輸送される時間をスロッシングの周期で除した値である。物理的にはスロッシングによる噴流の蛇行が流入口から液面までに約2波長ないし約3波長あることで、可視化によりその噴流の蛇行も確認している。後者は矩形容器側面から水平ないし斜め上方に流入する噴流により1次ないし2次のスロッシングが励起されるもので、やはり噴流速度等がある条件を満たすときだけ発生する。こちらについては現象発生の有無を支配する明確なパラメータは発見できていないが、やはり流入口付近で発生した乱れが特定の距離まで輸送される時間とスロッシング周期との比が重要であることを実験データにより示している。

 第3章は解析であり、振動発生機構を説明するモデルを提案するとともに、それによって計算される振動発生条件と実際の発生条件を比較している。このモデルは以下のフィードバックループを考えている。まずなんらかの理由による乱れを仮定する。これが微小振幅のスロッシングを生じさせ、変動圧力場を形成し、その中を進む噴流を蛇行させる。噴流はその軸方向の運動量を周囲流体に与えているが、これが蛇行するときは与える運動量の変動すなわち変動力が発生する。この変動力がスロッシングをさらに成長させるように働くとき、振動が自励的に成長するというものである。噴流の速度分布形状は蛇行しても変わらないなどの適当な仮定を導入することで見通しのよいモデルとなっており、その妥当性は噴流の蛇行軌跡を実験と比較することなどで検証している。モデルは自励振動発生の必要条件を与えるが、実験で生じた現象はすべてこれを満足しており、モデルの妥当性が示されたと結論している。またこれにより、垂直平面噴流による自励スロッシングにおいて無次元噴流変動到達時間が発生の有無を支配することも分かりやすく説明された。さらに水平平面噴流による自励スロッシングにおいて、2次モードが1次モードの低流速側で生じたり高流速側で生じたりする理由なども明らかにされた。

 第4章は結論で、本研究の成果と今後の課題をまとめている。

 以上のように、本論文は平面噴流による自励スロッシングについて、現象の性質を実験により詳しく調べるとともに、振動へのエネルギー供給機構についてモデルを提案、検証したもので、工学および学術の進展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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