序 高速増殖炉は炉容器等に自由液面を持つ。また、炉の小型化に伴う液体ナトリウム冷却材の高流速化が予想される。このように自由液面と高速流れが存在する場においては、自由液面と流れとの干渉によって様々な液面の不安定現象が生じる可能性がある。その一例が、流れによる自励スロッシングである。高速増殖炉において高温ナトリウムによる自励スロッシングが生じた場合、周期的液面振動は炉容器等の内壁に高熱応力付加による疲労をもたらす。従って、自由液面と高速流れが存在する場で生じる現象を把握することは工学的に重要である。特に現象の発生機構を解明することは、発生の予測を行う上で最も有効である。しかし、実機のように複雑な体系をそのまま対象とした場合、現象の本質を掴むことは非常に困難である。そのため、逆に単純な体系において現象の発生機構を解明し、その知見を複雑な体系に応用していくことが必要であると考えられる。
そこで本論文では、平面噴流による矩形容器内自由液面の自励スロッシングを対象とし、その発生機構を解明することを目的とした。このため、以下のように実験・解析の両面から考察を行った。
実験 振動発生機構を解明するためには、現象の特性を理解した上で本質的な発生因子を見い出すことが必要である。そこで最初に、自励スロッシングの基本的な振動特性について調べた。次に、容器形状を変化させた場合の影響について検討することで、自励スロッシングの発生を支配する物理量を考察した。得られた主な結果を以下にまとめる。
垂直平面噴流の場合における自励スロッシング 図1には、平面噴流が矩形容器底面から垂直に流入する場合のテストタンクを示す。噴流は流入口より平面状に垂直上向きで流入し、自由液面に衝突する。その後主流は下降し、メインセクション内に一対の循環渦を形成しながらアンダーフローゲートを通ってサブセクションへ流れ込む。メインセクションとサブセクションの基本的な流れは、テストタンクの奥行き方向に一様な二次元流れである。メインセクション内の自由液面において、1次モード自励スロッシングを発見した。
この自励スロッシングは、ある特定の流入口・液面間距離および流入流速条件においてのみ生じた。その振動数は、循環流が存在しない場合における容器内流体のスロッシング固有振動数とほぼ一致した。また、自励スロッシング発生時においてのみ、噴流が蛇行する挙動が観測された。
以上の振動特性に基づき、流入口近傍で水平方向に生じた噴流の変動が、液面に到達するまでの時間に着目し、その時間を噴流変動到達時間と定義した。さらに、噴流変動到達時間のスロッシング固有周期に対する比をとり、無次元噴流変動到達時間()と定義した。図2には、異なる容器形状における自励スロッシング発生条件の値を用い、無次元噴流変動到達時間を求めた結果を示す。図2より、自励スロッシングの発生条件は容器形状によらず次式で表せる。
上式は、噴流変動到達時間がスロッシング固有周期の約1.8、3.3倍である場合に自励スロッシングが発生することを意味している。従って、噴流変動到達時間が自励スロッシングの発生を支配する物理量であり、その発生に対しては噴流変動と液面変動の相互作用が重要な役割を持つと考えられる。
水平および斜め平面噴流の場合における自励スロッシング 図3には、平面噴流が矩形容器側面から水平あるいは斜めに流入する場合のテストタンクを示す。容器左壁面の流入口から水平あるいは斜めに流入した平面噴流は、その両側に一対の循環渦を形成しながら流出口に向かう。右側の大きな渦は反時計回りに循環し、液面下では右側から左側へ進む流れとなる。
1次モード自励スロッシングが生じることが知られていたこのテストタンクにおいて、新たに2次モード自励スロッシングを発見した。その振動数は、循環流が存在しない場合における容器内流体のスロッシング固有振動数とほぼ一致した。また、平面噴流が矩形容器側面から斜めに流入する体系においても、1次モード自励スロッシングが生じることを確認した。
水平および斜め噴流のいずれの場合においても、自励スロッシングが生じない安定な条件においては二つの典型的なフローパターンが観測された。斜め噴流の場合には、これらのフローパターン間に水位に対するヒステリシスが顕著に現れる。自励スロッシングは特定のフローパターンにおいて生じ、他方のフローパターンが形成されると生じなくなった。噴流が蛇行する挙動は、自励スロッシング発生時においてのみ観測された。
自励スロッシングの発生は容器形状によらず、ストローハル数あるいはフルード数といった無次元数によって整理できた。ストローハル数とフルード数は互いに独立ではなく、いずれも自励スロッシングの発生を支配する物理量である。流入口近傍で垂直方向に生じた変動が、スロッシング1周期間に流入口から特定の距離まで到達することが自励スロッシングの発生条件であると考えられる。従って垂直平面噴流による自励スロッシングと同様に、水平および斜め平面噴流による自励スロッシングの発生に対しても噴流変動と液面変動の相互作用が重要な役割を持つと考えられる。
解析 実験から得られた最大の知見は、自励スロッシングの発生に対しては噴流変動と液面変動の相互作用が重要な役割を持つという点である。この知見を基に、噴流と液面の相互作用に着目した新たな自励スロッシング発生モデルを提案した。本モデルはスロッシング運動と噴流変動の相互作用を単純化した図4のようなフィードバックモデルである。
(a)何らかの要因により液面に微小な乱れが生じると、この液位変動はスロッシング運動をしながら減衰する。この時、容器内にはスロッシング運動に伴って変動する圧力場が形成される。
(b)この圧力場の中を進む噴流は、進行方向に対して直角な方向に主に力を受け、流脈線が湾曲し振動する。
(c)噴流流脈線が振動すると局所的な運動量供給に過不足が生じ、それによって振動エネルギーが生じる。
(d)スロッシングの1周期間において噴流によって供給される振動エネルギーの総和は正負の値をとる。その値が正であり、散逸などによるエネルギー損失を上回る時、実際に自励スロッシングが成長する。
このモデルに基づき、スロッシング運動に供給される振動エネルギーを解析的に考察した。図5には、垂直平面噴流の場合における1次モード自励スロッシングについて、解析結果と実験結果を比較した例を示す。供給振動エネルギーの値が正となる領域と実際の自励スロッシング発生領域は良く一致した。また、容器形状が異なる体系においても、実験および解析結果の良い一致がみられた。従って本モデルにより、自励スロッシング発生領域の水深・流入流速および容器形状に対する依存性を定性的に説明できた。よって本モデルの妥当性が示され、自励スロッシングの発生機構を解明することができた。
さらに、水平平面噴流の場合における自励スロッシングに対しても本モデルを適用した。図6には、1次および2次モード自励スロッシングが生じた体系についての解析および実験結果の例を示す。この体系では、実験における1次モード領域は2次モード領域よりも高流入流速側に位置している。供給振動エネルギーが正となる領域としては1次モード領域1a、1bおよび2次モード領域2などがあり、それらの領域は流入流速方向に層状かつ交互に分布している。実験による1次および2次モード領域は、それぞれ領域1aと領域2に対応していると考えられる。また、他の体系における実験結果では逆に、1次モード領域は2次モード領域よりも低流入流速側に位置するが、各領域は領域1bと領域2に対応していると考えられる。本モデルは、このような1次および2次モード自励スロッシングの発生についての特徴的な特性を初めて定性的に説明した。従って本モデルの妥当性が再確認され、平面噴流が矩形容器側面から水平に流入する場合の自励スロッシングと、底面から垂直に流入する場合の自励スロッシングは同一の発生機構によって生じていることがわかった。
図6からわかるように、1次モード領域1a、1bおよび2次モード領域2の総て、あるいは全域において自励スロッシングが観測されているわけではない。その理由は以下のように考えられる。実際に自励スロッシングが成長するためには、供給振動エネルギーが減衰よりも大きいことが必要である。流入流速が小さくて単位時間あたりに流入する運動エネルギーが小さい場合、あるいは水位が高くて流体の体積が大きい場合、粘性などの影響による減衰が相対的に大きくなり自励スロッシングが成長しない。一方、循環渦の存在は減衰に大きく寄与する。流入流速が大きい場合は容器内右側の反時計回りの循環渦流れが強まり、大きな減衰が自励スロッシングの成長を妨げる。以上より、実際に自励スロッシングが成長可能な領域はスロッシング運動に供給されるエネルギーと減衰との釣り合いに依存し、容器形状によって異なる特定の流入流速・水位条件内に限定されると考えられる。
図表図1 テストタンク(垂直噴流) / 図2 無次元噴流変動到達時間 / 図3 テストタンク(水平および斜め噴流) / 図4 フィードバックループ / 図5 1次モード自励スロッシング発生領域(垂直噴流) / 図6 1次および2次モード自励スロッシング発生領域(水平噴流) 結論 平面噴流による矩形容器内自由液面の自励スロッシングを対象とし、振動発生機構について実験・解析の両面から考察を行った。実験においては、容器形状を変化させた影響について検討を行い、自励スロッシングの発生を支配する物理量を導出した。そして、噴流と液面の相互作用が自励スロッシングの発生に重要な役割を持つことを明らかにした。解析においては実験から得られた知見を基に、噴流と液面の相互作用に着目した新たな自励スロッシング発生モデルを提案した。本モデルはスロッシング運動と噴流変動の相互作用を単純化したフィードバックモデルであり、スロッシング運動に供給される振動エネルギーについて考察した。その結果、1次および2次モード自励スロッシング発生領域の水深・流入流速および容器形状に対する依存性を定性的に説明できた。従って本モデルの妥当性が示され、自励スロッシングの発生機構を解明することができた。