学位論文要旨



No 111853
著者(漢字) 陳,迎
著者(英字)
著者(カナ) チン,イン
標題(和) 材料設計のための構造要素の抽出に関する研究
標題(洋) Study on Extraction of Structure Primitives for Materials Design
報告番号 111853
報告番号 甲11853
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3651号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩田,修一
 東京大学 教授 井上,信幸
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 教授 藤原,毅夫
 東京大学 教授 山本,良一
 東京大学 助教授 関村,直人
内容要旨

 材料設計の目標は、多角的な情報を利用しながら、要求特性を満たす材料を実現し得る原子構成を探索することである。このための一般的な手順としては、関係する情報を集めること、集めた情報を分類すること、材料設計のための構造要素を抽出すること、分類結果に基づいた対応関係を導くこと、確立した対応関係を活用して候補となる設計解を導出すること、最後に結果の評価を行うこと、である。本研究ではこの全過程の上流に対応する分類と対応関係の導出の範例を示すことにより、下流の創発的な設計プロセスの基盤を確立することを目標にした。つまり、化学組成や、構造と、それに内在する物性との関係を明らにし、一般的な物質系特定に対する安定構造を予測できる系統的な方法を発見し、特定の物性を持つ新材料の物質構造を予測することである。

 材料の性質を支配する多くの要因の中で、化学組成と物性の間の橋渡し役を果たす物質構造は、最も重要な要因の一つであり、物質構造の規則性を抽出することは、材料設計において、非常に重要なステップである。

 第一原理のよる固体の電子状態計算は、経験的なパラメータによらずに、全物質の安定構造、特性を原理的には予測することができる。しかし、すべての構造化学組成についてこの手法を適用する事は現実には不可能であり、幅広い物質群を対象とした構造と物性間における関係をこの手法で定量化する事は難しい。

 一方で材料データベースは、物性を支配する構造単位を見付け出す際非常に有効なものであると考えられる。結晶構造データベース、物性データベースを多角的に調査検討することによって、物性を支配する構造単位を抽出できる可能性があるからである。

 本研究では、化学組成や、結晶構造と、物性との関係をより機能的に整理するための構造単位の研究を行なった。P.Villarsは"atomic enviroment type(AET)"による結晶構造解析の研究をを行ない、様々な結晶構造を"quantum structurediagram(QSD)"という視点から分類している。このようなアプローチは、新物質の予測に大いに役立つことが、数々の応用事例からわかっていたが、(1)理論的な解釈の不足(2)構造領域の不明瞭(データの不足からくる)などの問題を持っていた。

 本研究の目的は、半経験的な強結合近似法、第一原理計算(LMTO法)を用いこの二つの問題を解決する上での指針を見つけることである。

 まず第一に、モデル物質に半経験的な強結合近似法を適用し、AB型化合物のAETで最も特徴的な4つのクラスター:CN4,CN6,CN12,CN14の構造マップを計算した。この計算結果としては、価電子のエネルギーレベルと原子半径に大きな差がある物質は、CN6のAETを作りやすく、これらの差が小さい物質は、CN12,CN14のAETを作りやすいと言える。それに、価電子の少ない物質にはCN4のAETはほとんど現われない。

 次に、LMTO法を用いてIIA-VIA AB型化合物(CaO,CaS,CaSe,CaTe)の構造特性の解析を行った。これらの物質は、圧力を増すにしたがってNaCl型からCsCl型に圧力構造相変態を起こすことが知られている。LMTO法による全エネルギー解析はこの実験事実を説明した。IIA-VIA化合物の構造特性の傾向は、計算結果と強結合モデルの組み合わせとして理解されてきた。

 本研究の結果を述べる。

 (1)経験的TBA法を用いた物質の構造(各AETの安全性の)予測を行い、これによりQSDマップをほぼ再現できた。すなわち、QSDマップの分類に有効的であった3つの軸設定に、電子論に基づいた微視的意味付けを与える事ででき、今後さらに広範囲の物質に対する構造予測-材料設計を行うための手がかりを得た。

 (2)非経験的な第一原理計算をIIA-VIAのAB型化合物について行い、高圧下での構造相転移の起源を明らかにすると共に、

 (3)経験的TBA法との詳細な比較から、そこに含まれていた経験的パラメータや簡単化されたエネルギーの表式と第一原理計算結果との対応を明らかにした。これにより、TBA法に対しより微視的意味付けがなされ、構造マップの境界近傍など、微妙な構造予測の問題に対しても、TBAが適用できる可能性を示した。

 (4)以上の検証により、材料設計過程の上流における恣意性を低減するための方策を示した。

審査要旨

 材料設計のための一般的な手順は、関係する情報を集めること、集めた情報を分類すること、材料設計のための構造要素を抽出すること、分類結果に基づいた対応関係を導くこと、確立した対応関係を活用して候補となる設計解を導出すること、最後に結果の評価を行うこと、である。

 本論文は、「Study on Extraction of Structure Primitives for Materials Design(材料設計のための構造要素の抽出に関する研究)」と題し、材料設計のための指針を獲得すべく、データベースと計算モデルとから材料を分類するための基準となる構造因子の導出に関する研究についてまとめているもので、材料設計の全過程の上流に対応する分類と対応関係の導出の範例を示すことにより、下流の創発的な設計プロセスの基盤を確立することを目標にしたものである。

 第1章は序論であり、材料設計手順を多面的あるいは断片的な情報を活用しながら要求仕様を満たす材料を実現し得る組成を探索することであるとして、設計論の立場から材料設計過程の一般化を試みている。即ち、材料設計における求解の手順を、要求仕様、機能、特性、構造、製造方法、化学組成、物理的意味の間の対応関係に基づいた探索であると整理し、構造情報の役割を材料設計のための指針を与える基礎情報と位置づけている。次に、そうした構造情報を分類・説明するための試みである構造マップについての包括的な検討を行い新物質の探索への可能性を示すとともに、既往の構造マップの問題点として、(1)理論的な解釈の不足、(2)データの不足からくる構造境界近傍の恣意性の二点を指摘している。以上の検討から、本研究の目的を、半経験的な強結合近似法、第一原理計算(LMTO法)を用い、構造情報の分類における上記の二つの問題を解決し、材料設計のための基盤を確立することである、としている。

 第2章では、強結合近似法による構造マップの計算結果とその解釈を述べている。モデル物質に半経験的な強結合近似法を適用し、P.Villarsによって提案された結晶構造分類基準を参考にして、AB型化合物のAET(atomic enviroment type)で最も特徴的な4つのクラスター:CN4,CN6,CN12,CN14の構造マップを、平均荷電子数Nvとそのエネルギー差E、電気陰性度、結合距離d、斥力項と引力項の相対尺度により作成し、基底状態における安定構造について新たなパラメーターの可能性を示唆している。また、定性的には、価電子のエネルギーレベルと原子半径に大きな差がある物質はCN6のAETを作りやすく、これらの差が小さい物質はCNl2,CN14のAETを作りやすい、価電子の少ない物質にはCN4のAETはほとんど現われない等について電子論に基づいた微視的意味付けを与える事ができ、今後さらに広範囲の物質に対する構造予測-材料設計を行うための手がかりを得ている。

 第3章では、非経験的な第一原理計算によりIIA-VIA AB型化合物の電子状態計算と、全エネルギー計算から格子定数、弾性定数、安定構造とその圧力依存性についての予測を行い、実験データおよび強結合近似法との比較・検討を行っている。計算手法としてはLMTO-LDA法を用い、物質系としては、圧力を増すにしたがってNaCl型からCsCl型に構造相変態を起こすことが知られているCaO,CaS,CaSe,CaTeを対象とした。特性予測に関しては実験データとのほぼ良好な一致をみた他、第一原理による計算結果と強結合近似を組み合わせることによって上記構造特性の原理的説明を試みている。即ち、AB化合物の構造要因は、LMTO-LDAの枠組みの中ではバンドエネルギーと他項との競合であり、半経験的強結合近似モデルでは、電子的要素(原子エネルギーレベルと価電子数の差)と寸法要素(結合距離)であり、経験的概念では電気陰性度と原子サイズに相当する、としている。また、高圧下での構造相転移の起源をs-d遷移に因るものとしている。

 第4章は、将来展望を含めた議論で、構造要素の抽出による構造マップの材料設計への適用の可能性、計算効率および計算精度の向上、予測負普遍性の獲得について議論し、本格的材料設計システム構築への提言を行っている。

 第5章は結論であり、本研究で得られた成果の要約を述べている。

 以上を要するに、本論文は、経験的強結合近似法と第一原理計算により構造要素に関する微視的意味付けと構造予測の可能性を用意することにより、材料設計のための部品展開の基礎を確立し材料設計過程の上流における恣意性を低減するための方策を示した。よってシステム量子工学および材料工学、さらには設計過程の基礎という点で人工物工学に寄与するところ少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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