材料設計の目標は、多角的な情報を利用しながら、要求特性を満たす材料を実現し得る原子構成を探索することである。このための一般的な手順としては、関係する情報を集めること、集めた情報を分類すること、材料設計のための構造要素を抽出すること、分類結果に基づいた対応関係を導くこと、確立した対応関係を活用して候補となる設計解を導出すること、最後に結果の評価を行うこと、である。本研究ではこの全過程の上流に対応する分類と対応関係の導出の範例を示すことにより、下流の創発的な設計プロセスの基盤を確立することを目標にした。つまり、化学組成や、構造と、それに内在する物性との関係を明らにし、一般的な物質系特定に対する安定構造を予測できる系統的な方法を発見し、特定の物性を持つ新材料の物質構造を予測することである。 材料の性質を支配する多くの要因の中で、化学組成と物性の間の橋渡し役を果たす物質構造は、最も重要な要因の一つであり、物質構造の規則性を抽出することは、材料設計において、非常に重要なステップである。 第一原理のよる固体の電子状態計算は、経験的なパラメータによらずに、全物質の安定構造、特性を原理的には予測することができる。しかし、すべての構造化学組成についてこの手法を適用する事は現実には不可能であり、幅広い物質群を対象とした構造と物性間における関係をこの手法で定量化する事は難しい。 一方で材料データベースは、物性を支配する構造単位を見付け出す際非常に有効なものであると考えられる。結晶構造データベース、物性データベースを多角的に調査検討することによって、物性を支配する構造単位を抽出できる可能性があるからである。 本研究では、化学組成や、結晶構造と、物性との関係をより機能的に整理するための構造単位の研究を行なった。P.Villarsは"atomic enviroment type(AET)"による結晶構造解析の研究をを行ない、様々な結晶構造を"quantum structurediagram(QSD)"という視点から分類している。このようなアプローチは、新物質の予測に大いに役立つことが、数々の応用事例からわかっていたが、(1)理論的な解釈の不足(2)構造領域の不明瞭(データの不足からくる)などの問題を持っていた。 本研究の目的は、半経験的な強結合近似法、第一原理計算(LMTO法)を用いこの二つの問題を解決する上での指針を見つけることである。 まず第一に、モデル物質に半経験的な強結合近似法を適用し、AB型化合物のAETで最も特徴的な4つのクラスター:CN4,CN6,CN12,CN14の構造マップを計算した。この計算結果としては、価電子のエネルギーレベルと原子半径に大きな差がある物質は、CN6のAETを作りやすく、これらの差が小さい物質は、CN12,CN14のAETを作りやすいと言える。それに、価電子の少ない物質にはCN4のAETはほとんど現われない。 次に、LMTO法を用いてIIA-VIA AB型化合物(CaO,CaS,CaSe,CaTe)の構造特性の解析を行った。これらの物質は、圧力を増すにしたがってNaCl型からCsCl型に圧力構造相変態を起こすことが知られている。LMTO法による全エネルギー解析はこの実験事実を説明した。IIA-VIA化合物の構造特性の傾向は、計算結果と強結合モデルの組み合わせとして理解されてきた。 本研究の結果を述べる。 (1)経験的TBA法を用いた物質の構造(各AETの安全性の)予測を行い、これによりQSDマップをほぼ再現できた。すなわち、QSDマップの分類に有効的であった3つの軸設定に、電子論に基づいた微視的意味付けを与える事ででき、今後さらに広範囲の物質に対する構造予測-材料設計を行うための手がかりを得た。 (2)非経験的な第一原理計算をIIA-VIAのAB型化合物について行い、高圧下での構造相転移の起源を明らかにすると共に、 (3)経験的TBA法との詳細な比較から、そこに含まれていた経験的パラメータや簡単化されたエネルギーの表式と第一原理計算結果との対応を明らかにした。これにより、TBA法に対しより微視的意味付けがなされ、構造マップの境界近傍など、微妙な構造予測の問題に対しても、TBAが適用できる可能性を示した。 (4)以上の検証により、材料設計過程の上流における恣意性を低減するための方策を示した。 |