高清浄鋼の要求と高マンガン非磁性鋼などの新しい分野への需要にともない高マンガン合金鋼の脱りんに関する研究が活発に行われており、さまざまな精錬フラックスが開発されている。しかし、高マンガン鋼の精錬過程における脱りん反応を解析するために必要不可欠な、反応に関係する合金成分の活量に関する資料は十分とはいい難い。 Fe-P-i系におけるりんの活量係数は、比較的よく研究されているが、Mn-P-i系に関する研究はF著しく少ないのが現状である。従来、この種の測定には溶鉄一銀間のりんの分配平衡を用いる方法と蒸気圧法が主に用いられてきたが、前者では銀と合金を作る第3成分についての測定は複雑となり、事実上不可能である。蒸気圧法では低濃度領域においてリンの蒸気圧が著しく低いことにより測定が困難となる。そのため蒸気圧法では、りんの相当高い濃度における測定を行っているので、相互作用係数の報告値は研究者によりかなり異なっており、相互作用係数PPの値も含めて疑問がもたれる。そこで本論文第2〜4章においてマンガン基合金中のりんの熱力学について特自の方法で行った。 本研究では中、低炭素フェロマンガンの中間原料である炭素飽和Fe-Mn、Mn-Si合金を対象として、同合金中のりんの活量係数を測定し、関連する熱力学的諸量を求めることを目的とし、以下のような構成で論文を作成した。第1章では製鉄業におけるフェロマンガンの役割と現状について述べ、その脱りんの必要性を示すとともに、脱りんに関する既往の研究をまとめた。問題点を以下のように挙げ本研究の目的を明らかにした。 第2章では溶融炭素飽和Mn-Si合金中のりんの熱力学について述べた。 1573Kでの炭素飽和Mn-Si合金中のりんの活量係数に及ぼすSiの影響PCaC,satd.を真空に封じた石英カプセル中のCaC2、Ca3P2の反応により制御される一定のりん分圧(PP2=3.33x10-4気圧)下で平衡する合金中のりん濃度を測定することによって求めた。Figure1に合金中のSiの濃度によるりん濃度の変化を示す。XSiの増加に伴って一定のりん分圧と平衡するXPが減少していることからMn中へのSiの添加がPを増加させることがわかる。 炭素飽和Mn-Si合金中のへのりんガスの溶解反応は[1]式のように表され、PPC,satd.としてLeeがMn-P融体について推定したPP(=16.7 at 1573K)を用いると[3]式のように表すことができる。 [3]式を合金中のシリコン濃度に対して整理するとFig.2のように表すことができ、その直線の傾きから1573KにおけるMn-Csatd.合金中のPSiは10.4と求められた。またFigure2の縦軸の切片と[3]式から[1]式のMn-Csatd.中のりんの溶解反応のG°として-59.5kJ/molが得られた。 第3章では溶融炭素飽和Fe-Mn合金中のりんの熱力学について以下のように述べた。 BaO-(78.8〜85.0mass%)BaF2フラックスと炭素飽和Fe及び炭素飽和Fe-Mn合金を同一温度、酸素分圧下で平衡させた場合、それぞれのりん分配比LpとFe-Csatd.合金中のりんの活量係数のデータからFe-Mn-Csatd.合金中のりんの活量係数を求めることができる。りん分配比と合金中のりんの活量係数の関係は次の[4]式のように表され、炭素飽和でのMnとPの相互作用係数は[5]式から求められる。 酸素分圧は1573KではCOとArの混合ガスにより3.20x10-18(PCO=0.333)、1673Kでは7.89x10-17(PCO=1)気圧に設定した。Figure3からわかるように1573、1673Kでのフラックスと合金間のりん分配比は合金中のマンガン濃度の増加により減少した。Figure4はFigure3のりん分配比Lpと[5]式を用いて計算した炭素飽和Fe-Mn合金中のりんの活量係数の変化を表したものである。ここで炭素飽和Fe中のりんの活量係数は月橋らの測定値を用いた。炭素飽和Fe中のりんの活量係数はマンガンを添加することによって減少することがわかる。またその傾きから炭素飽和Fe-Mn中のePMn,Csatd.は1573から1673Kでの温度範囲で-0.0029であり、炭素飽和Fe-Mn中のりんの活量係数は次式のように表される。 ここでりんの活量は炭素飽和Fe中の1mass%Pを基準としたものである。 図表Figure1 Effect of silicon on the phosphorus content in Mn-Si-Csatd melts at 1573K. / Figure2 Relationship between(In(1/X)-16.7X-4.0)and silicon content in Mn-Si-Csatd melts at 1573K.図表Figure3 Effect of manganese on the phosphorus partition between Fe-Mn-Csatd. alloy and BaO-BaF2 fluxes. / Figure4 Effect of manganese on the activity coefficient of phosphorus in Fe-Mn-Csatd. melts. Fe中のPMnについてSchenckらは1788〜1923Kで0、またBan-yaらは1673K、Mn(〜19.3mass%)でPMn=-7.17±1.16(epMn=-0.032±0.005)、Ahundovらは1573K(mass%Mn=8)で-0.18と報告しており、炭素飽和の条件下での本実験の結果はSchenckらの値に近い。 実験後のフラックス中のMnOの濃度は最大1573Kで0.653、1673Kで0.432mass%と低いのでフラックス中のりん酸イオンの活量係数に及ぼすMnOの影響は無視できると考えられる。 第4章ではBaO系フラックスー炭素飽和Mn-Si合金間の脱りん平衡についてまとめた。 2章の実験で求めた炭素飽和Mn-Si中のPSi,Csatd.の値は合金中の平衡りん濃度が相当高くりん相互の影響を無視できない。本章では2章と異なる方法として、[7]式のようなフラックス中のりんと合金中のSi間の交換反応を利用し低りん濃度でのPSi,Csatd.を求めた。 合金中の各成分の相互作用係数を考慮すると[8]式は次式のように表される。 ここで[8]式のCはフラックス中のSiO2とP2O5の活量の比である。 [9]式のaSiについては相田らによって1573Kで測定されたaMnからGibbs-Duhem式により求め、正則溶液近似により実験温度に外挿して用いた。炭素飽和Mn-Si合金中のりん濃度は合金中のSi濃度の増加と共に増加した。このデータを[9]式に従いフロットするとFig.5、6、7のようにlog(XP/aSi5/4)は合金中のSi濃度の増加により直線的に減少した。その傾きからPSi.Csatd.は1573Kで3.20、1623Kで4.16、1673Kで5.26と求められた。 図表Figure5 Relationship between(log(XP/aSi5/4)and silicon contents in Mn-Si-Csatd melts at 1573K. / Figure6 Relationship between(log(XP/aSi5/4)and silicon contents in Mn-Si-Csatd melts at 1623K. 次にこのように得られた測定値を用い同合金とBaO-NnO-SiO2系フラックスとの1673Kでの脱りん平衡実験を行った。その結果をFigure8に示す。 図表Figure7 Relationship between(log(XP/aSi5/4)and silicon contents in Mn-Si-Csatd melts at 1573K. / Figure 8 Relationship between logCPO43- and SiO2 contents in BaO-MnO-SiO2 flux at 1673K. 炭素飽和Mn-Si合金の酸化脱りんの場合合金中のSiがりんの活量係数を増加させることにより脱りんを促進するがフラックス中への酸性酸化物SiO2の増加を伴うため、全体としてSiの効果はあまり大きくないと考えられる。またBaF2を添加した実験ではメタル組成の変化に対してフラックス組成はほぼ一定であり、あまり大きいフォスフェイトキャパシディーは得られなっかたものの、Lpの変化からSiのりんの活量を上げる効果が確認された。 第5章では以上の知見を総括した。 |