学位論文要旨



No 111855
著者(漢字) 沈,相哲
著者(英字)
著者(カナ) シム,サンチョル
標題(和) マンガン基合金中のりんの熱力学的研究
標題(洋)
報告番号 111855
報告番号 甲11855
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3653号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐野,信雄
 東京大学 教授 小川,修
 東京大学 助教授 前田,正史
 東京大学 助教授 月橋,文孝
 東京大学 助教授 森田,一樹
内容要旨

 高清浄鋼の要求と高マンガン非磁性鋼などの新しい分野への需要にともない高マンガン合金鋼の脱りんに関する研究が活発に行われており、さまざまな精錬フラックスが開発されている。しかし、高マンガン鋼の精錬過程における脱りん反応を解析するために必要不可欠な、反応に関係する合金成分の活量に関する資料は十分とはいい難い。

 Fe-P-i系におけるりんの活量係数は、比較的よく研究されているが、Mn-P-i系に関する研究はF著しく少ないのが現状である。従来、この種の測定には溶鉄一銀間のりんの分配平衡を用いる方法と蒸気圧法が主に用いられてきたが、前者では銀と合金を作る第3成分についての測定は複雑となり、事実上不可能である。蒸気圧法では低濃度領域においてリンの蒸気圧が著しく低いことにより測定が困難となる。そのため蒸気圧法では、りんの相当高い濃度における測定を行っているので、相互作用係数の報告値は研究者によりかなり異なっており、相互作用係数PPの値も含めて疑問がもたれる。そこで本論文第2〜4章においてマンガン基合金中のりんの熱力学について特自の方法で行った。

 本研究では中、低炭素フェロマンガンの中間原料である炭素飽和Fe-Mn、Mn-Si合金を対象として、同合金中のりんの活量係数を測定し、関連する熱力学的諸量を求めることを目的とし、以下のような構成で論文を作成した。第1章では製鉄業におけるフェロマンガンの役割と現状について述べ、その脱りんの必要性を示すとともに、脱りんに関する既往の研究をまとめた。問題点を以下のように挙げ本研究の目的を明らかにした。

 第2章では溶融炭素飽和Mn-Si合金中のりんの熱力学について述べた。

 1573Kでの炭素飽和Mn-Si合金中のりんの活量係数に及ぼすSiの影響PCaC,satd.を真空に封じた石英カプセル中のCaC2、Ca3P2の反応により制御される一定のりん分圧(PP2=3.33x10-4気圧)下で平衡する合金中のりん濃度を測定することによって求めた。Figure1に合金中のSiの濃度によるりん濃度の変化を示す。XSiの増加に伴って一定のりん分圧と平衡するXPが減少していることからMn中へのSiの添加がPを増加させることがわかる。

 炭素飽和Mn-Si合金中のへのりんガスの溶解反応は[1]式のように表され、PPC,satd.としてLeeがMn-P融体について推定したPP(=16.7 at 1573K)を用いると[3]式のように表すことができる。

 

 [3]式を合金中のシリコン濃度に対して整理するとFig.2のように表すことができ、その直線の傾きから1573KにおけるMn-Csatd.合金中のPSiは10.4と求められた。またFigure2の縦軸の切片と[3]式から[1]式のMn-Csatd.中のりんの溶解反応のG°として-59.5kJ/molが得られた。

 第3章では溶融炭素飽和Fe-Mn合金中のりんの熱力学について以下のように述べた。

 BaO-(78.8〜85.0mass%)BaF2フラックスと炭素飽和Fe及び炭素飽和Fe-Mn合金を同一温度、酸素分圧下で平衡させた場合、それぞれのりん分配比LpとFe-Csatd.合金中のりんの活量係数のデータからFe-Mn-Csatd.合金中のりんの活量係数を求めることができる。りん分配比と合金中のりんの活量係数の関係は次の[4]式のように表され、炭素飽和でのMnとPの相互作用係数は[5]式から求められる。

 

 酸素分圧は1573KではCOとArの混合ガスにより3.20x10-18(PCO=0.333)、1673Kでは7.89x10-17(PCO=1)気圧に設定した。Figure3からわかるように1573、1673Kでのフラックスと合金間のりん分配比は合金中のマンガン濃度の増加により減少した。Figure4はFigure3のりん分配比Lpと[5]式を用いて計算した炭素飽和Fe-Mn合金中のりんの活量係数の変化を表したものである。ここで炭素飽和Fe中のりんの活量係数は月橋らの測定値を用いた。炭素飽和Fe中のりんの活量係数はマンガンを添加することによって減少することがわかる。またその傾きから炭素飽和Fe-Mn中のePMn,Csatd.は1573から1673Kでの温度範囲で-0.0029であり、炭素飽和Fe-Mn中のりんの活量係数は次式のように表される。

 

 ここでりんの活量は炭素飽和Fe中の1mass%Pを基準としたものである。

図表Figure1 Effect of silicon on the phosphorus content in Mn-Si-Csatd melts at 1573K. / Figure2 Relationship between(In(1/X)-16.7X-4.0)and silicon content in Mn-Si-Csatd melts at 1573K.図表Figure3 Effect of manganese on the phosphorus partition between Fe-Mn-Csatd. alloy and BaO-BaF2 fluxes. / Figure4 Effect of manganese on the activity coefficient of phosphorus in Fe-Mn-Csatd. melts.

 Fe中のPMnについてSchenckらは1788〜1923Kで0、またBan-yaらは1673K、Mn(〜19.3mass%)でPMn=-7.17±1.16(epMn=-0.032±0.005)、Ahundovらは1573K(mass%Mn=8)で-0.18と報告しており、炭素飽和の条件下での本実験の結果はSchenckらの値に近い。

 実験後のフラックス中のMnOの濃度は最大1573Kで0.653、1673Kで0.432mass%と低いのでフラックス中のりん酸イオンの活量係数に及ぼすMnOの影響は無視できると考えられる。

 第4章ではBaO系フラックスー炭素飽和Mn-Si合金間の脱りん平衡についてまとめた。

 2章の実験で求めた炭素飽和Mn-Si中のPSi,Csatd.の値は合金中の平衡りん濃度が相当高くりん相互の影響を無視できない。本章では2章と異なる方法として、[7]式のようなフラックス中のりんと合金中のSi間の交換反応を利用し低りん濃度でのPSi,Csatd.を求めた。

 

 合金中の各成分の相互作用係数を考慮すると[8]式は次式のように表される。

 

 ここで[8]式のCはフラックス中のSiO2とP2O5の活量の比である。

 

 [9]式のaSiについては相田らによって1573Kで測定されたaMnからGibbs-Duhem式により求め、正則溶液近似により実験温度に外挿して用いた。炭素飽和Mn-Si合金中のりん濃度は合金中のSi濃度の増加と共に増加した。このデータを[9]式に従いフロットするとFig.5、6、7のようにlog(XP/aSi5/4)は合金中のSi濃度の増加により直線的に減少した。その傾きからPSi.Csatd.は1573Kで3.20、1623Kで4.16、1673Kで5.26と求められた。

図表Figure5 Relationship between(log(XP/aSi5/4)and silicon contents in Mn-Si-Csatd melts at 1573K. / Figure6 Relationship between(log(XP/aSi5/4)and silicon contents in Mn-Si-Csatd melts at 1623K.

 次にこのように得られた測定値を用い同合金とBaO-NnO-SiO2系フラックスとの1673Kでの脱りん平衡実験を行った。その結果をFigure8に示す。

図表Figure7 Relationship between(log(XP/aSi5/4)and silicon contents in Mn-Si-Csatd melts at 1573K. / Figure 8 Relationship between logCPO43- and SiO2 contents in BaO-MnO-SiO2 flux at 1673K.

 炭素飽和Mn-Si合金の酸化脱りんの場合合金中のSiがりんの活量係数を増加させることにより脱りんを促進するがフラックス中への酸性酸化物SiO2の増加を伴うため、全体としてSiの効果はあまり大きくないと考えられる。またBaF2を添加した実験ではメタル組成の変化に対してフラックス組成はほぼ一定であり、あまり大きいフォスフェイトキャパシディーは得られなっかたものの、Lpの変化からSiのりんの活量を上げる効果が確認された。

 第5章では以上の知見を総括した。

審査要旨

 本研究は低りん高マンガン非磁性鋼の製造に関連してその原料となる高マンガン合金中のりんの熱力学的性質を明らかにすることを目的としたもので、全文は5章より成る。

 第1章では鉄鋼精錬や高合金鋼の溶製におけるマンガン合金の役割を述べ、その脱りおんの必要性を示している。さらに、高マンガン合金の脱りんに関する既往の研究を詳細に記述し、これらのデータを整理解析するために同合金の熱力学的データの必要性を指摘している。

 第2章はMn-Si合金中の比較的高濃度のりんの熱力学的性質を測定した結果について述べている。マンガンおよびシリコンが酸化し易い元素であり、従来のスラグーメタル平衡法ではりんの酸化脱りん平衡を調べることが困難であるため、真空封入した石英カプセル中でCaC2、Ca3P2、Cを共存させて一定のりん分圧を得る方法を開発した。本方法により炭素飽和Mn-Si合金を1300℃で平衡させ一定のりん分圧(3.33x10-4気圧)下における合金中のシリコン濃度によるりん濃度の変化を測定した。合金中のシリコン濃度の増加によりりん濃度が大きく減少することが明らかになり、その考察によりシリコン中のりんの活量に及ぼす相互作用係数としてPSi=10.4を得ている。PSiの値が正であることはシリコンの存在がりんの活量係数を増大させ、脱りんに有利であることを示すものである。また、本結果をmass%Si=0に外挿することにより、りんガスの溶融炭素飽和マンガンへの溶解反応の自由エネルギーとしてG゜=-59.5kJ/molを得た。

 第3章では1300℃と1400℃における炭素飽和のFe-Mn合金のりんの活量をほぼ全濃度域に亘ってマンガン濃度の関数として測定した結果を述べている。すなわち上述の合金と溶融BaO-(78.8-85.0mass%)BaF2フラックス間のりんの分配平衡を一定の酸素分圧下で測定し、マンガンとりん間の相互作用係数ePMn=0.0029(PMn=-0.65)を得、この値を従来の研究者の値と比較し、Schenck等のPMn≒0と最も近いことを指摘している。(他の値は絶対値が1〜2桁大きい)また、この事実は鉄中のマンガンの存在がりんの活量係数を僅かにさせることを意味し、合金成分の点からもマンガン合金の脱りんの難しさを示唆するものである。この測定では高マンガン合金と平衡する上記組成のフラックス中のMnO濃度が非常に低いので、同フラックス中のりんの熱力学的性質に及ぼすMnOの影響が無視できることを利用している。また、本研究で得られた合金中の各マンガン濃度における炭素の飽和溶解度は他者らの結果とよく一致しており、炭化物等の析出のない炭素飽和の条件で実験が行われたことを確認している。一方、平衡りん濃度のマンガン濃度依存性をmass%Fe=0まで外挿することにより、りんガスの炭素飽和マンガンへの溶解自由エネルギーとして-96.2kJ/molを得ており、この値は第2章で得た-59.5kJ/molとかなり異なる。この理由として第2章では高りん濃度域の測定であること、その際用いたりんの自己相互作用係数の文献値の妥当性を挙げている。

 第4章では第2章と異なり、低りん濃度での炭素飽和Mn-Si合金中のPSiを求めた結果について述べている。すなわち複数個グラファイト坩堝に入れたシリコン濃度の異なる合金と共通のBaO-BaF2フラックス間のりんの分配平衡実験結果と、文献値より推算した合金中のシリコンの活量を組み合わせてPSi=3.20(1300℃)、4.16(1350℃)、5.26(1400℃)を求めている。この際、系の酸素分圧はSi-SiO2で制御しており、各スラグーメタル界面で局所平衡が成立しているものと考えて本解析を行っている。この値は第2章の高りん濃度を対象に得られた10.4に比べかなり小さい。次に同合金の脱りん力が高いと予想されるBaO-MnO-SiO2フラックスの間のりんの分配平衡を1400℃で測定し、同フラックスのりん酸塩キャパシティーを求めた。その結果、ほぼ同一組成のフラックスと平衡させた異なるシリコン濃度の合金中のりん濃度から、合金中のシリコンは上述のごとく合金中のりんの活量係数を上げる正の効果があることが判明した。フラックス中への酸性酸化物であるSiO2の混入を伴うため、結果としてりん分配比(フラックス中のりん濃度/メタル中のりん濃度)は10以下に留まり、同フラックスの脱りん効果は期待できないことが判明した。これは酸化脱りんの原理に基づく本合金の脱りんの難しさを示唆するものである。

 第5章は論文全体を総括したものである。

 以上、本論文は溶融炭素飽和Fe-Mn、Mn-Si合金の熱力学的性質を明らかにしたものであり、金属製錬学に寄与することが大きい。

 よって本論文を博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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