学位論文要旨



No 111857
著者(漢字) 関根,謙一郎
著者(英字)
著者(カナ) セキネ,ケンイチロウ
標題(和) 繊維強化ガラスの界面応力伝達機構
標題(洋)
報告番号 111857
報告番号 甲11857
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3655号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 香川,豊
 東京大学 教授 石田,洋一
 東京大学 教授 木原,諄二
 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 助教授 榎,学
内容要旨

 セラミックス基複合材料の強化素材の形態には粒子、ウィスカー、短繊維、連続繊維というように千差万別であり、それぞれの複合系が特徴を持っている。現在のところコストや成形容易性を無視すれば、繊維強化型セラミックスで最も複合化効率のよい材料が得られている。

 繊維強化セラミックスとして、現状では、SiC繊維強化ガラス、SiC(あるいはSiTiC)繊維強化ガラスセラミックス、SiC(あるいはSiTiC)繊維強化SiC、炭素(C)繊維強化SiC、SiC繊維強化Si3N4などの材料系が主に開発対象となっている。とくに種々の応用が試みられている分野は構造材料としては、熱交換器、エンジン、タービンブレード、ノズルなどであり、材料の持つ大きな破壊抵抗という特性を生かした応用分野である。一方、非構造材料(材料自体が大きな力を受け持たない場合)には電気炉用熱遮蔽材料、熔融金属容器、高温ヒーター保護材料、熱処理用トレーなどの応用分野が考えられ、将来性のある材料である。

 繊維強化セラミックスのマクロ挙動の大きな特徴の一つとして材料がカタストロフィック(Catastrophic)に破壊しないことが挙げられる。例えば、最高の性能を持つSiC繊維強化ガラスの積層材料では木材のように釘やネジを打ち込めることも確かめられており、ガラス単体に繊維をおよそ30vol%複合化すると材料の特性が全く変化することが明らかになっている。またこの場合、釘を打った部分の近傍を注意深く観察してみるとマトリックス中に小さなマトリックスクラックや界面の剥離が数多く存在すること(累積的な破壊が生じていること)が確認されている。

 現状では繊維強化セラミックスの破壊抵抗に関してはいくつかの種類に分類して示すような研究が行われている。この研究の中で重要なものは繊維によるブリッジングである。このような繊維強化セラミックスの機能発現機構として累積破壊機構(Cumulative Fracture Mechanism)を考える際には(1)繊維のブリッジング(Bridging)を生じる前、(2)繊維のブリッジングを生じた後、の過程に分けて理解しておくことが大切である。

 繊維強化セラミックスの破壊は通常欠陥を多く含むマトリックスの部分から生じる。最初にマトリックス中に発生したクラックは繊維に到達する。その時点で三種類の界面剥離の様式が考えられる。種々の複合材料系で実際にマトリックスクラックと繊維の相互作用を観察するとクラックが繊維に到達する前にクラック先端の引張力により界面がはく離することが明らかになっている。

 界面はく離後は、ヤング率の大きな繊維によるクラック先端の拘束効果が消滅するのでクラックの進展速度が増加し界面に到達する。クラックが繊維を切断せずに通過するためにはマトリックスクラックの分岐が必要であり、この過程でクラックボウイング機構が生じ、マトリックス中のクラック進展速度は著しく減少する。このような過程が繰り返され、マトリックスのクラック面を未破断の繊維がブリッジングすることになる。

 クラックブリッジング機構が働くためにはマトリックスクラックのクラックが繊維を通過したときに界面の剥離、滑りを生じることが必須の条件になる。マトリックスの破壊後に繊維の破断が生じない条件の場合には界面せん断剥離が生じ界面が滑らないとブリッジングが生じない。

 クラックが外力によって広げられようとする力はクラックをブリッジングしている繊維によって妨げられる。従って、繊維は剛性の大きなものであることが必要で、繊維へマトリックスから力を伝達するために界面の働きが重要となる。

 繊維強化セラミックスでは繊維のブリッジングによる高靭化機構はマトリックスクラックをブリッジングしている繊維の応力により支配される。一方、繊維の応力を求めるためには繊維とマトリックス間の応力伝達機構を理解しておくことが必要である。繊維とマトリックス間への応力伝達機構は、界面の部分を剥離している部分と未剥離部に分けて、それぞれの部分での力のつり合いを求め、剥離部と未剥離部に適当な境界条件を設定し、材料系全体の力のつり合いを求めるという手法が用いられる。

 連続体力学を用いた連続繊維強化セラミックスの界面応力伝達機構や高靭化機構に関しては、概略は完成されている。しかし、その構成式の基本となる界面力学特性値の取り扱いに対しては、測定方法、結果の解釈等不明な点が数多く残されている。特に、ここで概要を述べたように、高靭化機構を考慮した界面力学特性の評価には、繊維とマトリックス間の相対変位が〜mオーダーでの応力伝達機構を正しく表現できることが必要である。しかし、現在までの応力伝達機構の解析において表面の凹凸を考慮して任意のuで用いられる界面せん断滑り応力の構成式は提案されていない。

 本論文では第1章で繊維強化セラミックスの特徴を材料中に生じるミクロな累積破壊によるものであることを示し、累積破壊を生じる機構、繊維の働きおよびマトリックスクラックと繊維の相互作用を界面力学特性との関連で説明した。ついで、複合材料特性を定量評価する場合、界面力学特性の取り扱いならびに界面せん断滑り応力伝達機構の現状と問題点を明らかにし、本論文の目的を明確にした。

 第2章ではSiC繊維強化ガラスモデル材料系を用い、複合材料の高靭化機構の定量的解釈を行った。その際にCastiglianoの定理と点応力によるブリッジングの考え方を用い、繊維一本のみによる高靭化の定量評価を行い、試験片形状を考慮して実験結果を説明した。さらに解析に用いる界面せん断応力には繊維-マトリックス間の相対滑り変位に依存する値を用いることが重要であることを明らかにし、界面力学特性評価に体する表面粗さの重要性を指摘した。

 第3章、第4章では第2章で用いたSiC繊維強化ガラスモデル材料系を用いて周期的な接触である場合の界面せん断滑り応力に及ぼす表面粗さの影響を検討した。

 すなわち、第3章では、まず、走査型レーザー顕微鏡、原子間力顕微鏡を用いてSiC繊維表面の形状観察し、繊維表面には固有の周期を持った凹凸からなることを見い出した。さらに、これらの結果から、繊維表面形態のモデル化を行った。ついで、厚さが1〜3mmの試験片を用いてプッシュアウト、プッシュバック試験を行った。その結果より凹凸の周期が界面滑りの相対変位uより小さな場合ですべての界面が剥離した場合でも界面の凹凸間の接触により行われることが確かめられた。滑り界面での真実接触面積を相対滑り変位の関数として求め、せん断滑り応力との関連が明かとなった。

 第4章では、三種類の異なる熱膨張係数を持つガラス材料を用いてプルアウト試験を行い、界面でランダムな接触面を持つ場合のせん断滑り応力を検討した。種々の埋め込み長さの荷重-埋め込み長さの関係は、同一の材料系では同一曲線上にあることが確かめられた。さらに、界面滑り摩擦係数と半径方向の平均応力の間には関係があり、平均応力が大きいほど小さな摩擦係数となった。せん断滑り抵抗はせん断滑り応力を剥離した界面の凹凸がランダムに接触しているモデルを用いて解析した結果、半径方向の平均応力によらず、三種類の材料系のせん断滑り応力を統一的に解釈することが可能となった。

 これらの結果、第4章では界面滑りの相対変位uが凹凸の周期より小さな場合の界面せん断滑り応力は、剥離した界面での凹凸の接触により生じ、界面せん断滑り応力の大小は、真の接触面積に依存することが確かめられた。第3章、第4章の結果をもとに、任意の界面滑りの相対変位に対して真の接触面積を求めれば滑り界面でのせん断応を評価することが可能であるというマイクロトライボロジーモデルを提案した。

 第5章では直径が15mのSiC繊維強化ガラス、ガラスセラミックス(LAS)を用い、プッシュイン試験を行い、界面せん断滑り応力に及ぼす(i)コーティング層の厚さの影響、(ii)半径方向の応力の影響について調べ、得られた結果に対して第3章、第4章の方法論を用いた解釈を試み現実的な材料系でも本論文で述べたマイクロトライボロジーモデルが有効であることを証明した。

 第6章では得られた結果を総括した。

 以上のように、本論文では、繊維強化ガラス、セラミックス基複合材料の界面せん断滑り応力伝達機構に関して、その発生機構、滑り抵抗を支配する要因、滑り抵抗の定量的評価方法に関して、従来の研究では適用不可能な任意の界面せん断滑りに対して適用する考え方と現実的な解析手法を提案したものである。

審査要旨

 本研究は繊維強化ガラスの界面応力伝達機構について、その伝達機構の発生要因ならびに特性値の取り扱いに対する新しい考え方を提案し、それを実際の材料系に適用して有効性を証明したものである。

 第1章では、従来の研究結果を整理し、複合材料特性の評価、解析時の界面力学特性の取り扱いならびに界面せん断滑り応力伝達機構の現状と問題点を明らかにしている。

 第2章ではSiC繊維強化ガラスモデル材料系を用い、複合材料の高靭化機構の定量的解釈を行った。その際にカスチリアノの定理と点応力によるブリッジングの考え方を併用し、クラック開口変位と界面滑り長さの関係を求め、試験片形状を考慮して複合材料の破壊抵抗を説明した。この結果から界面力学特性の評価には繊維-マトリックス間の相対滑り変位を考慮することが必要であることを示した。

 第3章、第4章では第2章で用いたものと同様のSiC繊維強化ガラスモデル材料系を用いて界面で周期的な接触が行われる場合の界面せん断滑り応力に及ぼす表面粗さの影響を検討した。

 第3章では、まず、原子間力顕微鏡を用いてSiC繊維表面の形状を観察し、繊維表面は固有の周期を持った凹凸からなることを見い出し、これらの結果を用いて、繊維表面形態のモデル化を行った。ついで、厚さが1〜3mmの試験片を用いてプッシュアウト、プッシュバック試験を行った。その結果より、界面滑りの相対変位(u)が凹凸の周期()より小さな場合(u<)には、すべての界面が剥離した場合でも界面応力伝達が滑り界面での凹凸間の接触により行われることを確かめた。滑り応力の定量化のために滑り界面での真実接触面積(Ar)を相対滑り変位の関数として求め、せん断滑り応力(s)との関連を求めた結果、sはArに比例することが明らかとなり、真実接触面積を用いたマイクロトライボロジーの考え方でu<の場合のせん断滑り応力が評価できることを示した。

 第4章では、界面の凹凸間の接触がランダムな場合(u>)のせん断滑り応力を調べた。滑り界面に働く繊維半径方向の応力を変化させるために異なる熱膨張係数を持つ三種類のガラスマトリックス材料を用いてプルアウト試験を行った。その結果、種々の埋め込み長さのプルアウト試験から得られる荷重-埋め込み長さの関係は、同一の材料系では同一曲線上にあること、界面滑り摩擦係数()と半径方向の平均応力(r)の間にはkを定数として=kr-1/3の関係がありrが大きいほど小さなとなることを示した。ついで、界面せん断滑り抵抗(s)を剥離した界面の凹凸がランダムに接触しているモデルを用いて解析した結果、uによらずsArとなることから、u>の場合のせん断滑り応力をマイクロトライボロジーモデルで統一的に解釈出来ることを示した。

 これらの結果より第3章ではu<、第4章ではu>の場合の界面せん断滑り応力は剥離した界面での凹凸の接触により生じ、その大小は、真の接触面積を用いて解釈可能であるという結論を得た。

 第5章では工業的に重要な材料系である直径が15mのSiC繊維強化ほうけい酸ガラス、SiC繊維強化LASガラスセラミックスを用いマイクロプッシュイン試験を行い、界面せん断滑り応力に及ぼすコーティング層の厚さの影響、半径方向の応力の影響について調べた。得られた結果に対して第3章、第4章で確立したマイクロトライボロジーの方法論を適用して解釈を試みた。その結果、界面せん断滑り応力を材料系によらず表面粗さとの関係で記述することができ、本論文で述べたマイクロトライボロジーモデルが現実的な材料系でも有効であることを証明した。

 第6章では本論文で得られた結果を総括している。

 以上のように本論文では、繊維強化ガラス複合材料の界面せん断滑り応力伝達機構に関して、その発生機構、滑り抵抗を支配する要因、滑り抵抗の定量的評価方法に関して、任意の界面せん断滑り状況に対して適用可能なモデルを提案し、実験的に証明したものであり、複合材料学に対する寄与が大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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