学位論文要旨



No 111858
著者(漢字) 河,在根
著者(英字)
著者(カナ) ハ,ジェグン
標題(和) 金属多層膜の磁気異方性と磁気光学的性質に関する研究
標題(洋)
報告番号 111858
報告番号 甲11858
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3656号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,良一
 東京大学 教授 石田,洋一
 東京大学 教授 牧島,亮男
 東京大学 教授 林,宏爾
 東京大学 教授 七尾,進
内容要旨

 Co/Pdなどの強磁性遷移金属/貴金属系多層膜は、耐食性が高く、短波長で磁気光学カー効果が大きいことから次世代の光磁気材料として注目されている。本研究はCo/Pd多層膜を基本構造とし、第3層を導入したり、個々の層を合金化した多元系及び合金系多層膜を作製し、磁性と光磁気的性質を系統的に調べることによって多元化の効果を明らかにすると共に、光磁気ディスク媒体としての性能向上を目的とした。従来、合金系及び多元系の多層膜に関する研究例がほとんどなく、これらの新しい多層膜構造の物性及び光磁気ディスクの応用可能性について検討したことが本研究の特徴である。

 本研究ではまずCo/Pd二元系多層膜を基本構造とし、個々の層を合金化した(Co-Ni)/Pd多層膜とCo/(Pd-Au)多層膜の合金系多層膜を作製し、積層構造を有していることを確認した。

 光磁気ディスクの記録感度等の記録特性はキュリー温度が下がると共に向上すると知られている。そこでキュリー温度を制御するために、Co層にNiを添加した(Co-Ni)/Pd多層膜について磁気異方性と共に磁気光学カー効果などの磁気光学的性質を調べた。(Co-Ni)/Pd多層膜はNiの添加により垂直磁気異方性を維持したままキュリー温度などを制御することができることが分かった。したがって、Co層にNiを添加した(Co-Ni)/Pd多層膜は光磁気ディスクの応用面からみると、有効であることを示している。

 光磁気記録材料として利用されるためには垂直磁気異方性を持つことが基本条件である。しかし、まだ垂直磁気異方性の起源についても十分解明されてない。界面における結晶の対称性の低下から生じる結晶磁気異方性と、界面での格子不整合から生じるひずみによって誘導されるひずみ誘導異方性の二つが主要な垂直磁気異方性の原因と考えられている。しかし、磁気ひずみ効果に関しては、片山、鈴木等の電総研グループにより求められた応力が垂直磁化を示すほど大きくなかったため、解明が不十分であった。そこで本研究ではひずみ効果が大きいと予想されるCo/(Pd-Au)多層膜について垂直磁気異方性を調べ、磁気ひずみ効果が垂直磁気異方性の重要な原因であることを明らかにした。

 特にAu組成が30at%の場合は、垂直磁化膜になるCo層の膜厚範囲が33Aまで大幅に広くなった。これまでCo/Pd多層膜の場合が約8Aまでであったことと比較すると、磁気ひずみ効果により巨大な垂直磁気異方性が生じた。この結果は本系においては磁気ひずみ効果が垂直磁気異方性の主要な原因であることを示す。

 磁気光学カー効果の増強の起源は、(1)片山らによると、Au,Cu,Agなどの貴金属のプラズマ共鳴により低い光子エネルギーでは、Coと多層膜を作ると、実効的に誘電率の実数部が0にすることができ、カー回転角が増大するものと、(2)Pd,Ptの偏極によるものが知られている。しかし、第3層を添加した効果に関してはほとんど研究されてない。そこで本研究では第3層を入れたCo/Pd/Co/Au,Pd/Co/Pd/Niなどの多元系多層膜について磁気光学カー効果のスペクトルを測定し,第3層の添加による磁気光学カー効果の影響を調べた。

 Co/Pd多層膜のカー回転角は短波長でPdの分極のためにカー回転角が増大する。一方Co/Au多層膜では、Auのプラズマ共鳴によるカー回転角の増大が発生する。そこでCo/Pdの界面とCo/Auの界面を持つCo/Pd/Co/Au多層膜はカー回転角がPdの分極とAuのプラズマ共鳴による影響のためにCo/Pdより大きくなる可能性があると考えられる。実験の結果、Co/Pd/Co/Au多層膜はカー回転角がCo/PdとCo/Au多層膜の中間値を取っているが、予想したAuの吸収端でカー回転角の増強は起こらなかった。これはPdによる磁気光学効果がAuによる効果より優先するためであると考えられる。。

 Co/Pd多層膜を基本として、界面にNi層を挿入し界面構造を意識的に変化させ、界面構造がカー回転角に及ぼす効果を調べた。界面が異なる多層膜の磁気光学効果のスペクトルによると、Co/Pd界面を持つPd/Co/Pd/Ni多層膜はCo/Ni界面を持つPd/Ni/Co/Niよりも垂直磁気異方性エネルギーも大きく、カー回転角も全波長にわたって大きい。カー回転角はCo/PdよりCo/Niが大きいが、Pd/Co/Pd/Ni多層膜のカー回転角がPd/Ni/Co/Niより大きくなったのは急峻な界面構造を持つためであると考えられる。Niを第3層として添加するのが磁気光学カー回転角を向上させるためには有効的であると示したが、スパッタ法で作製した場合はNi層の構造が乱れて垂直磁気異方性には負の影響を及ぼすことが分かった。

審査要旨

 最近の情報処理技術の発達はめざましく、これに伴い、大容量・高密度の外部記録媒体としての光磁気メモリ材料の研究・開発が盛んに進められている。Co/Pdなどの強磁性遷移金属/貴金属系多層膜は、耐食性が高く、短波長で磁気光学カー効果が大きいことから次世代の光磁気記録材料として注目されている。本研究はCo/Pd二元系多層膜を基本構造とし、第3層を導入あるいは合金層を用いた多元系及び合金系多層膜を作製し、磁性と光磁気的性質を系統的に調べ、金属光磁気ディスク材料としての性能向上を目的としている。従来、合金系及び多元系の金属多層膜に関する研究例は少なく、これらの磁性及び光磁気ディスク材料への応用可能性について検討したことが本研究の特徴である。

 本論文は5章からなっており、第1章では光磁気ディスクの概論と次世代光磁気記録材料として期待されている金属多層膜の研究の歴史について概説し、金属多層膜による材料開発の意義について述べている。第2章では、本研究で金属多層膜を作製するために用いた高周波スパッタ法の原理と作製条件について述べている。さらに、X線回折法を用いた多層膜の構造解析法と主な結果をまとめている。Co/Pd多層膜、(Co-Ni)/Pd多層膜、Co/(Pd-Au)多層膜及び第3層を挿入したCo/Pd/Co/AuとPd/Co/Pd/Ni等の多元系多層膜は、X線回折実験の結果、設計通りの積層構造を有していることが確認されている。

 第3章では、金属多層膜の垂直磁気異方性の理論、実験方法及び実験結果について述べている。垂直磁気異方性の起源については、異種金属界面における結晶の対称性の低下から生じる結晶磁気異方性と、界面での格子不整合から生じるひずみによって誘導されるひずみ誘導磁気異方性の二つが主要な原因と考えられている。しかし、磁気ひずみ効果に関しては、片山利一、鈴木義茂により求められた応力が垂直磁化を示すほど大きくはなかったため、解明が不十分であった。そこで本研究では磁気ひずみ効果が大きいと予想されるCo/(Pd-Au)多層膜を作製し、その垂直磁気異方性を調べた。その結果、Co/(Pd-Au)多層膜は、Au組成の増加と共に磁化容易軸が面内方向から垂直方向へ変化した。Auの格子定数はPdの格子定数より大きく、Au組成の増加とともにCo層とPd-Au合金層の界面の格子不整合が大きくなると考えられるため、この結果は、磁気ひずみ効果が垂直磁気異方性に寄与しているからであると説明されている。また、Co/(Pd-Au)多層膜の場合、Co/Pd多層膜に比べて垂直磁化膜になる磁性層の膜厚が大幅に増加した。特にAu組成が30at%の場合は、垂直磁化膜になるCo層の膜厚範囲が33Aまで広くなった。従来Pd/Co系については、スパッタ法の場合は約8Aであることを考えると、この結果は本系において、ひずみ誘導磁気異方性がきわめて大きいことを示している。

 第4章では、金属多層膜の磁気光学効果の理論、測定方法び実験結果について述べている。磁気光学カー効果を増大させるためには、(1)Au、Cu、Agなどの貴金属のプラズマ共鳴を利用する、(2)Pd、Pt等がCo層と接触することによって磁気偏極することを利用するものが知られている。しかし、第3層を導入した効果に関してはほとんど研究されてない。そこで本研究では第3層を挿入し、積層順序を変化させたCo/Pd/Co/AuとPd/Co/Pd/Niなどの多元系多層膜について磁気光学カー効果スペクトルを測定し、第3層の導入による磁気光学カー効果の影響を調べた。その結果、Niを第3層として入れたPd/Co/Pd/Ni多層膜が磁気光学カー回転角を向上させるためには有効であると述べている。

 さらに、キュリー温度を制御するために、Co層にNiを添加した(Co-Ni)/Pd多層膜について磁気光学的性質を調べ、Niの添加により垂直磁気異方性を維持したままキュリー温度を制御することができることが分かった。キュリー温度が下がると低パワーのレーザによってキュリー点記録ができるなどの記録特性が向上することが知られている。以上の研究により、Co層にNiを添加した(Co-Ni)/Pd多層膜は光磁気ディスク材料として応用可能であると結論している。

 第5章は総括である。

 以上要するに本研究は高密度光磁気記録材料への応用が期待されているCo/Pd多層膜を基本構造とし、第3層を挿入したり、合金層を用いた多層膜を作製し、これらの新しい多層膜の磁性及び光磁気ディスク材料への応用可能性について検討したものであって、材料学の発展に寄与している。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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