学位論文要旨



No 111859
著者(漢字) 神谷,和孝
著者(英字)
著者(カナ) カミタニ,カズタカ
標題(和) ゾルーゲル法によるポルフィリン系有機分子含有シリカ非晶質体に関する研究
標題(洋)
報告番号 111859
報告番号 甲11859
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3657号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牧島,亮男
 東京大学 教授 堀江,一之
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 山本,良一
 東京大学 助教授 木村,薫
 東京大学 講師 井上,博之
内容要旨 1.緒言

 従来、ガラスは光透過材料として重要な役割を果たしてきたが、近年のレーザーや分光技術の発展にともない、ゲスト分子と光子との分子レベルの相互作用の光機能性材料への応用に関心が集まっている。このような材料においては、ゲスト分子とホストマトリックスとの相互作用の制御が重要な課題となる。

 ゾルーゲル法は液相中での化学反応を利用して固体を合成する方法であることから、ゲスト分子の周囲を分子レベルで制御する低エネルギープロセスとして期待される。ゾルーゲル法を用いることによって、多様な光機能を付与できる有機分子を無機マトリックス中に導入することができるのである。

 本研究では、PHB(フォトケミカルホールバーニング)分子として知られているポルフィリン系有機分子をゾルーゲル法によりシリカ非晶質体に導入した系に着目した。PHBは、アモルファスの低温固相状態を分子レベルで解明する高解像度の分光法として重要であり、超高密度光メモリーやホログラム等への応用の面からも広く関心が持たれている[1-4]。このような系において、光子との相互作用を調べると同時に有機分子とその周囲の状態を分子レベルで制御する方法を開発した。

2.シリカゲル系

 底の平らな容器でゾル溶液をゲル化させ、乾燥することによって厚さ約1mm程度のバルクを得ることができる。また、ゾル溶液に基板を浸し、その基板を引き上げ乾燥させることによってミクロンオーダーの薄膜を得ることができる(ディプコーティング)。

 導入した有機分子は、水溶性ポルフィリンのTetraphenylporphinetetrasulfonate(TPPS)、Tetra(N-methyltetrapyridyl)porphine(TMPyP)、Tetra(N-trimethylaminophenyl)porphine(TTMAPP)である(Fig.1)。ポルフィリン系有機分子は、pHによってPHB活性のフリーベースから、PHB不活性のジカチオンとなる(Fig.1)[5]。特にTPPSではpH<7ではジカチオンが現れる。ところが、出発溶液に塩基を添加すると細孔の大きい不透明なゲルが得られることが知られている。そこで、有機分子をPHB活性の状態で、緻密なゲル中に導入する方法を検討した。

 Fig.2に示す様に。水酸化ナトリウムの添加時間を遅らせる、二段階の合成を行うことによって、TPPSをほとんどがフリーベースの状態で、緻密なゲル中に導入することが可能となった。

 ゾルーゲル法では、溶液中の化学反応によって粒子を形成し、溶媒を蒸発させることによって固体が得られる。従って、溶液中に形成される粒子の構造によっては、溶媒に分散させた有機分子が、非常に高濃度に濃縮されることも考えられる。そのような状況では、有機分子の凝集が起こる可能性があると考えられる。

 水溶性のポルフィリンは、平面が向かい合った形で二量体を形成することが知られているが、その形成能は、イオン強度の大きい溶媒中で大きくなる。そこで、有機分子の濃度を変化させて、有機分子の凝集について調べた。

 Fig.3に、常温、窒素雰囲気中で蛍光寿命()を測定し、得られた蛍光寿命の逆数と有機分子濃度の関係を示す。蛍光寿命の逆数は、有機分子の励起状態から他の状態への遷移の単位時間当たりの確率である。濃度とともに遷移確率が増大していることから、高濃度領域では凝集体が形成され、モノマーから凝集体へのエネルギー移動が起こっていると考えられる。

 TEOS、TMOSそれぞれから得られた試料についてPHB測定を行った。4Kで形成されたホールの様子をFig.4に示す。TEOSから得られたゲルの方が若干ホール幅が狭いことがわかる。しかし、構造の変化に対応する特性は見いだせなかった。

図表Fig.1 導入した有機分子の構造式 / Fig.2 NaOHの添加量とかさ密度の関係 / Fig.3 有機分子濃度と蛍光寿命の関係 / Fig.4 ゲル中のTPPSのホールスペクトル
3.固体ミセル系

 そこで、直鎖状の炭化水素基が一つだけついたアルコキシド(C8)を用い、ミセルのような状態で固化させ、その中に無極性のポルフィリンであるオクタエチルポルフィリン(OEP)を導入することを考えた。ミセルは通常液相状態であるが、シロキサン結合を形成することによって固化しその外側にシリカをコーティングするのである。このような方法で合成することにより、ミセルのような状態で固化し、外側にアモルファスシリカがコーティングされた、数nm程度の固体粒子の常温での合成が可能であることが分かった。

参考文献[1] W.E.Moerner,ed.,"Peresistent Spectral Hole-Burning: Science and Applications"(Springer-Verlag,Berlin,1987)[2] T.Tani,H.Namikawa,K.Arai,and A.Makishima,J.Appl.Phys.58,3559(1985)[3] A.Makishima and T.Tani,J.Am.Ceram.Soc.69,C72(1986)[4] H.Inoue,T.Iwamoto,A.Makishma,M.Ikemoto,and K.Horie,J.Opt.Soc.Am.B9,816(1992)[5] D.Dolphin,cd.,"The Porphyrins"(Academic Press,New York,1978)
審査要旨

 本論文は、ゾル-ゲル法によって、超高密度光メモリー材料として期待されている、PHB効果を示すポルフィリン系有機分子を、シリカ非晶質体中に導入する方法と、その光学的特性をまとめたものである。まず、通常のゾル-ゲル法から得られるシリカゲル中に有機分子を導入した系に付いて調べ、さらに、PHB特性の向上させるために固体ミセル中に有機分子を導入する方法に付いて検討した。

 本論文は、4章からなる。

 第1章は緒言であり、生命体に匹敵する高機能材料の開発の必要性を唱え、特にシリカは無機の材料の中でも、有機、あるいは、生命体と非常に密接な関係があるということを示している。

 第2章はシリカゲル中にポルフィリン系有機分子を導入した系に付いて、ゲルの細孔構造の制御の方法と、ゲル中の有機分子の状態、および、そのPHB特性に付いて詳述している。

 ポルフィリン系有機分子は、pHによってPHB活性のフリーベースから、PHB不活性のジカチオンとなるが、出発溶液に塩基を添加すると細孔の大きい不透明なゲルが得られることが知られている。そこで、有機分子をPHB活性の状態で、緻密なゲル中に導入する方法を検討し、水酸化ナトリウムの添加時間を遅らせる、二段階の合成を行うことによって、アルカリ触媒中でも透明なゲルを得ることに成功した。

 ゲル中でポルフィリン系有機分子をほとんどがフリーベースの状態で導入するためには、シリコンアルコキシド1molに対して、NaOHを10-3mol以上添加する必要があることを明らかにした。

 また、ゾルーゲル法では、溶液中の化学反応によって粒子を形成し、溶媒を蒸発させることによって固体が得られる。従って、溶液中に形成される粒子の構造によっては、溶媒に分散させた有機分子が、非常に高濃度に濃縮されることも考えられる。そのような状況では、有機分子の凝集が起こる可能性があると考えられる。そこで、有機分子の濃度を変化させて、有機分子の凝集について調べた。その結果、有機分子の濃度が、シリコンアルコキシドに対して10-3mol以上では、凝集対が形成されることによる励起状態の寿命の減少が観測された。

 これらの試料についてPHB測定を行ったところ、ゲルの構造の変化に対応する特性の違いは見いだせなかったが、モノマーのフリーベースの状態で安定に導入できた試料では、PHB特性は向上することが分かった。

 第3章では、固体ミセル系にポルフィリン系有機分子であるオクタエチルポルフィリン(OEP)を導入する方法に付いて検討している。その結果、直鎖状の炭化水素基が一つだけついたアルコキシドを用いミセルを形成することによってOEPをゲル中に導入することが可能となった。ミセルは通常液相状態であるが、シロキサン結合を形成することによって固化しその外側にシリカをコーティングするのである。このような方法で合成することにより、ミセルのような状態で固化し、外側にアモルファスシリカがコーティングされた、数nm程度の固体粒子の常温での合成が可能であることが分かった。

 第4章は総括である。

 以上を要するに、この研究は、有機分子と無機マトリックスの複合させた、高機能性材料を低温合成法によって得ることを指向し、低温からでも、高い秩序を持つ構造が得られるということを示した、という点ですぐれており、材料学の発展に寄与するところ大である。

 よって、本論文は、博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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