学位論文要旨



No 111865
著者(漢字) 鄭,相振
著者(英字)
著者(カナ) ジョン,サンジン
標題(和) ヘテロ接触式ガスセンサーに関する研究
標題(洋) Study on the Heterocontact Type Gas Sensors
報告番号 111865
報告番号 甲11865
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3663号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柳田,博明
 東京大学 教授 工藤,徹一
 東京大学 教授 安井,至
 東京大学 教授 氏平,裕輔
 東京大学 助教授 宮山,勝
内容要旨

 セラミックス材料を利用したガスセンサーは小型で微量のガスにも非常に高感度で検知できること等の利点から工場での化学プラントや自動車の排気ガスの制御への応用、また一般家庭でのガス漏れ検知器など様々な所で応用されている。しかし、回復性が遅いことや再現性に乏しいこと、また、選択性が良くないことなど、問題点も少なくない。特に、対象とするガスを選択的にセンシングすることは非常に困難であることから、測定温度の制御や添加物効果を用いた工夫が活発になされ、炭化水素系列(CxHy)のガスや水素(H2)などにそれぞれ選択性を持つガスセンサーが見い出されている。しかし、一酸化炭素(CO)を選択的にセンシングできるガスセンサーについての報告は殆どないのが現状である。

 第1章では、全体的緒論について述べた。ガスセンサーについての基礎知識及びp-nヘテロ接触式ガスセンサーについて、またヘテロ接触系材料として使われたp型半導体としてのCuO、n型半導体としてのZnOの一般的性質について説明した。そして、本研究の目的について述べたが、本研究は電気的性質が異なる二つの物質、p型半導体とn型半導体から作製したp-nヘテロ接触系を用い、COガスに高い選択性を持つガスセンサーを探索し、またキャラクタリゼーションを行い、ガス検知メカニズムを究明することを目的にする。

 第2章では、ヘテロ接触の界面状態を制御することによるガス感度特性の変化について検討を行った。p-nヘテロ接触系は機械的な圧力でシンプルに作製されるため(Fig.1)、ヘテロ界面によるガス検知特性の再現性がいつも議論の対象になっている。この理由から微細構造(粒子サイズ、ポロシティ等)の制御から接触状態を様々にし、ガス検知特性を調べた。CuO焼結体は相対密度が80から95%以上までの、平均粒径は1mから20mまでのもので、比抵抗が約102cmから104cmに至るまでのものが得られた。一方、ZnOは焼結密度が80から95%以上までの、粒子サイズが1mから15mまでのもので、比抵抗が102cmから106cmまでの様々なものが得られた。以上、物理的特性が様々である純粋なCuO/ZnOヘテロ接触系を用いガス感度の測定を行った。測定ガスは還元性ガスの中、もっとも反応性が高いH2ガスと目的のCOガスを主に比較した。CuOを一種類に固定し、ZnO試料を様々にした場合、CO及びH2ガス感度はZnOの比表面積が大きく、比抵抗がより高いものほど、また高温側での測定で、より高いガス感度を示すことが分かった(Fig.2)。ZnOを一種類に固定し、CuOを様々にした結果もほぼ同様である。しかし、何れもCOガスに選択性は示さないことから、COガス選択性という機能は接触界面の微細構造や比抵抗制御という手段では発現できないことが分かった。従って、p-n接触状態の再現性欠如はCOガス選択性には大きな影響を与えてないことが確実になった。

図表Fig.1.Schematic of p-n heterocontact and Scanning Electron Micrographs of contact interface / Fig.2.Gas sensltivity for pure CuO/ZnO heterocontacts as a function of measuring temperature.CuO was fixed with speciman sintered at 900℃ for 3 hours.CO and H2 were 4000 ppm air balance.Applied voltage was 0.5 volts.

 第3章では、純粋な酸化銅に添加する添加物による影響を調べた。CuOの原料として頻繁に用いられる塩基性炭酸銅[CuCO3・Cu(OH)2・H2O]を出発原料とした。塩基性炭酸銅を熱分解し生成、焼結したCuOをp型にし、ZnOとの接触系を作製、ガス感度の測定を行った結果(Fig.3a)、測定温度150℃くらいの低い温度から350℃以上の高い温度までH2ガスよりCOガスに高い感度を見せ、CO選択性を発現することが分かる。このことからCuO/ZnOヘテロ接触系がCOガスに選択性を示すのは純粋なCuOより純度がはるかに低い塩基性炭酸銅の中に入っている不純物の影響による可能性が考えられた。塩基性炭酸銅の中には不純物としてNaやS,Fe,Bi等が含まれているのが蛍光X線分析から分かったので、純粋なCuOへ添加物として上記元素を2mol%ずついれたCuOをp型にし、ガス感度の測定を行った。その結果、Naを添加した場合、COやH2にセンシングする速度が非常に早く、COガス選択性が全測定温度の領域で発現するのが分かった(Fig.3b)。純粋なCuOに添加するNa2CO3の量を変え作製した接触系を用いガス感度の測定を行った結果、添加量0.5mol%以下ではCOに対する選択性が発現しなかったのが、添加量1mol%になるとガス感度、COガス選択性とも最大値を示し、それ以上の添加では効果が減少する(Fig.4)。このことにつき結晶構造の変化が考えられ格子定数を調べたところ、Na2CO3添加によりb軸が伸び、CuOへNaが固溶するのが分かった。CuOへNaの固溶限はNa換算値で2mol%である。このことからヘテロ接触系が選択的にCOガスをセンシングするのにはNa+を含んだ第2相がCuO内に存在する可能性が強く考えられた。同様なガスセンシング特性は多量(10mol%)のK添加CuOのZnOとの接触系からも確認された。

 第4章では、COガスに選択性をもつCuO/ZnOヘテロ接触式ガスセンサーの物性を体系的に調査した。Na添加CuOがCOガス選択性発現に重要な物質なのでCuOに中心をおいた。純粋なCuOとNa添加CuOの結晶表面の電子構造をXPSで調べたところ、純粋なCuOではO1sのメインピークのほかに約2eV高エネルギ側にピークの分裂が確認され、吸着酸素に由来するピークと考えられる(Fig.5)。Naを添加するに従い、この高エネルギ側のピークの強度が減少する。またNa添加量に依存してCu2p/O1sのピークの面積比が変化し、Na2CO31mol%添加でこの比は最大となる。4端子を用い調べた比抵抗は純粋なCuOがNa2CO3を1mol%添加したCuOより測定温度約250℃で3桁くらい高かった。COやH2ガス導入による接触系の電気容量の変化は電流値変化とほぼ同じ傾向を示す。以上のことから、純粋なCuOへのNaの添加はCuOの結晶構造及び表面状態を変化させ、ZnOと接触系でのガスセンシング特性に影響を及ぼすのが考えられる。

図表Fig.3.Gas sensitivity for(a)basic-CuO/ZnO and(b)Na 2 mol% added-CuO/ZnO heterocontacts as a function of measuring temperature.CO and H2 were 4000ppm air balance.Applied voltage was 0.5 volts. / Fig.4.Gas sensitivity of Na2CO3 added-CuO/ZnO heterocontacts and lattice parameter of Na2CO3 added CuO as a function of Na2CO3 added mol%. / Fig.5.Copper 2p and Oxygen 1s photoelectron peaks for(a)pure CuO;(b)0.5(c)1(d)2 and(e)5 mol%Na2CO3 addition to pure CuO.

 第5章では、CuO/ZnOヘテロ接触系で選択的なCOガスセンシングのため必要な表面条件について考察を行った。選択的なCOガスセンシングにおけるキーマテリアルである、ナトリウムを添加したp型半導体CuOとCOガス選択性を示さない純粋なCuOに中心を置いて、XPSやTPD、FT-IR等を用いキャラクタリゼーションを行った。純粋なCuOとNa2CO3を1mol%添加したCuO試料に対する触媒性質を調べるため、COガスを吸着させた後の両試料についてGC-MSを用い室温から500℃までのCO及びCO2の脱着ピークを調べた結果、純粋なCuOでは吸着したCOが約250℃以下まで殆どがCOまたはCO2に脱着するのに対し、Na2CO3を1mol%添加したCuOでは低温側でのCOの脱着以外に、約400℃以上からの高温側でCO2の脱着が見られる(Fig.6)。300℃での両試料にCOガスを導入したin situでIRの測定を行ったところ、純粋なCuOの表面では2170cm-1のCOピークが完全に消え、あらたに2340cm-1近辺でCO2に帰属されるピークが観測された。一方、Na2CO3を1mol%添加したCuO試料ではCOのピークだけが観測された(Fig.7)。IR測定前後の試料に対しXPSを用いCuの価数を評価したところ、純粋なCuOはCu+1またはCu0であるのに対し、Na2CO3を1mol%添加したCuOではCu+2がほとんどであるのが分かった。以上のことからCOガスに選択性を表すためにはCOがCuO面に強く吸着し安定的に存在するのが有用であるのが分かった。

図表Fig.6.The thermal desorption of CO and CO2 from pure CuO()and Na2CO3 added-CuO()after CO adsorption at room temperature. / Fig.7.Infrared spectra of(a)pure CuO and(b)1mol% Na2CO3 added-CuO exposed to 30 Torr of carbon monoxide for 10 min at 300℃.

 第6章では、COガスに選択性を現すヘテロ接触系のガスセンシングメカニズムについて考察を行った。第4、5章での結果をもとに考えると、CuO表面でのCOは吸着強度が弱く熱力学的に不安定な状態であるのに対し、純粋なCuOにNa2CO3を1mol%添加するに従って吸着したCOは400℃以上の高温まで非常に安定的に存在する。また純粋なCuOの表面はかなり還元されやすい状態で表面の酸素(O-やO2-)がCOガスと速やかに反応し、表面のCuOはCu2Oまたは金属Cuになってしまうのに対し、Na2CO3を1mol%添加したCuOは耐還元性に強い表面状態であることが分かった。以上のことからNa2CO3を1mol%添加したCuO/ZnOヘテロ接触系がCOガスに選択性を示すのは、純粋なCuOにNaを添加するに従ってNaがCuサイトを置換固溶し、ホールを形成する。導入されるCOガスはCuOのバルクからホールをもらい表面に正電荷吸着する。一方、ZnO側には空気中の酸素がバルクから電子をもらい負電荷吸着する。従って、接触界面を通し正電荷したCOと負電荷した酸素が反応しCO2になって脱着することから、接触界面を通過する電流値が増加するガスセンシングメカニズムが考えられる。

審査要旨

 セラミックスは耐久性に優れるためこれを用いたガスセンサーは工場現場を始め一般家庭に至るまで広い用途を持っている。しかし、従来のセンサーは還元性ガスに対して類似した応答しか示さないことが問題となっていた。本論文では還元性ガスのうち、特に人体に有害な一酸化炭素(CO)を選択に検知しうるガスセンサーとして、p型半導体とn型半導体により構成されるp-nヘテロ接触系を採りあげ、この接触状態、半導体への添加物種およびその量を変化させ、検知感度および選択性を調べた。これらの結果およびセンサーのキャラクタリゼーションに基づきガス検知メカニズムを提案したもので、計7章で構成されている。

 第1章では、緒論として、研究を進める上で必要な基礎理論を述べた。

 第2章では、ヘテロ接触の界面状態を制御したときのガス感度特性の変化について述べた。p-nヘテロ接触系は接触状態の変化によるガス検知特性の再現性が問題であることから、半導体表面の微細構造を制御することで接触状態を様々変化させ、ガス検知特性を調べた結果、比抵抗が高いものを用い、測定温度が高いほど、高いガス感度を示すことがわかった。しかし、何れもCOガスに選択性は示さないことから、COガス選択性はp-n接触状態に依存しないことがわかった。

 第3章では、高純度酸化銅に添加する添加物による影響を調べた結果を述べた。高純度CuO中に添加物としてNaを添加した場合、COやH2に対する応答速度が非常に速くなり、COガス選択性が発現する温度領域が200℃から350℃以上までと広がることがわかった。さらNa2CO3の添加量を変化させたCuO焼結体を用いた接触系に対するガス感度の測定を行った結果、添加量1mol%でガス感度、COガス選択性とも最大値を示すことを見いだした。またこの時の格子定数測定でのb軸の伸びからCuOへのNaが固溶を確認し、CuO内に存在するNa+を含んだ第2相がヘテロ接触系のCOガス選択性に密接に関連していると結論づけた。

 第4章では、COガスに選択性をもつCuO/ZnOヘテロ接触式ガスセンサーの電子構造をXPSにより解析した結果について述べている。高純度CuOとNa添加CuO焼結体の試料表面の電子構造は、純粋なCuOではO1sのメインピークのほかに約2eV高エネルギ側にピークの分裂が認められ、吸着酸素に由来するものとして帰属された。Naを添加するに従い、O1sの高エネルギ側のピーク強度が減少することやNa添加量に依存してCu2p3/2/O1sのピークの面積比が変化することから高純度CuOへのNaの添加はCuOの結晶構造及び表面状態を変化させ、ZnOと接触系でのガスセンシング特性に影響を及ぼすと結論づけた。

 第5章では、CuO/ZnOヘテロ接触系で選択的なCOガス検知のため必要な表面構造をXPSおよびTPD、FT-IRにより高純度CuOとNa添加CuO焼結体の性質を調べ、GC-MSで室温から500℃までのCO及びCO2の脱着を調べた結果を述べている。無添加CuOでは吸着したCOが約250℃以下まで殆どがCOまたはCO2の形で脱離するのに対し、Na2CO3を1mol%添加したCuOでは低温側でのCOの脱離以外に、約400℃近傍の高温側でCO2のが脱離することがわかった。IRの測定からは、無添加CuOの表面で2170cm-1のCOピークは完全に消え、あらたに2340cm-1近辺でCO2に帰属されるピークであること、Na2CO3を1mol%添加したCuO試料ではCOのピークのみが認められることが分かった。IR測定前後の試料に対しXPSを用いCuの価数を評価したが、無添加のCuOはCu+1またはCu0であるのに対し、Na2CO3を1mol%添加したCuOではほとんどがCu+2であることを明らかにし、COガスに選択性を表すためにはCOがCuO表面に強く吸着し安定に存在することが有効であると考察した。

 第6章では、COガスに選択性を現すヘテロ接触系のガスセンシングメカニズムについて考察を行った。Na2CO3を1mol%添加したCuO/ZnOヘテロ接触系がCOガスに選択性を示すのは、純粋なCuOにNaを添加するに従ってNaがCuサイトに置換固溶し、ホールを形成する。導入されたCOガスはCuOのバルクからホールを奪い表面に正電荷吸着する一方、ZnO側には空気中の酸素がバルクから電子を奪い負電荷吸着する。正電荷吸着したCOと負電荷吸着した酸素が接触界面で反応しCO2になって脱離することにより接触界面を通過する電流値が増加するとのガスセンシングメカニズムを提案した。

 第7章では第2章から第6章までの結論をまとめると同時に本研究の位置付けを行い、p-nヘテロ接触系の今後の展望について述べた。

 以上要するに本論文は、p-nヘテロ接触系ガスセンサに対し、半導体への添加物効果、接触状態依存性を調べ、接触界面・表面での現象を追跡した結果を基にCOガス選択性検知機構を解明しており、ヘテロ接触系のみならずセラミックスセンサの今後の展開に対して大きな知見を与えるものであり、工学上貢献するところが大きい。よって、本論文は工学博士の学位請求論文として合格と認められる。

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