学位論文要旨



No 111866
著者(漢字) 横山,周史
著者(英字)
著者(カナ) ヨコヤマ,チカフミ
標題(和) 窒素酸化物の選択還元用新規触媒系に関する研究
標題(洋)
報告番号 111866
報告番号 甲11866
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3664号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 御園生,誠
 東京大学 教授 藤元,薫
 東京大学 教授 篠田,純雄
 東京大学 助教授 辰巳,敬
 東京大学 助教授 水野,哲孝
内容要旨 1.緒言

 近年、ディーゼルエンジン等の小規模・移動発生源からの排ガス中のNOx除去技術として、炭化水素による還元が注目されている。この反応は、過剰の酸素共存下でNOxと炭化水素を選択的に反応させる特異な反応である。本研究では、この反応の機構および触媒活性点を解明するとともに、新規触媒の設計を試みた。

2.Ceゼオライト触媒によるNO選択還元反応の基本特性と第二成分添加効果

 図1に、Ce-ZSM-5を触媒としたNO+C3H6+O2反応およびNO+C3H6反応を比較する。酸素非共存下(NO+C3H6反応)では、NOとプロペンの反応は非常に遅く、この反応は酸素の共存(NO+C3H6+O2反応)により著しく促進される(式1)。低温では、NOのN2への転化率(還元活性)は、C3H6のCOxへの酸化と対応して増大するが、高温では減少する。この減少は、プロペンが過剰の酸素により酸化(式2)されるためと推定される。

 

 式1が式2に対して、いかに優先的に進行するかを示す尺度として、「選択率」を定義する。この値は、生成したCOx、H2O中に含まれる酸素のうちのNO由来のものの割合である。図2に、各種触媒上のN2への転化率(a)と選択率(b)を示す。

図1.Ce-ZSM-5触媒上のNO+C3H6+O2反応とNO+C3H6反応の比較NO+C3H6+O2:○,conv.to N2;△,conv.to COx NO+C3H6:●,conv.to N2;▲,conv.to COx NO,1000 ppm;C3H6,500 ppm;O2,2%図2.各種イオン交換ZSM-5を触媒としたNO+C3H6+O2反応(a)Conversion of NO to N2;(b)Selectivity. ○,Ce-ZSM-5;△,Cu-ZSM-5;■,H-ZSM-5;●,Ce-Sr-ZSM-5.

 本実験条件では、Ce-ZSM-5の還元活性は、Cu-およびH-ZSM-5を上回っている。また、選択率の序列はCe=H>Cuとなり、Ce-ZSM-5の還元活性が高い理由は選択率が高いことにある。

 第二成分として、各種金属イオンをCe-ZSM-5に添加したところ、アルカリ土類を添加したものが、中高温領域で高活性を示した。

3.反応機構―酸素とCeの役割

 NO選択還元反応の本質的な特徴は、NOと炭化水素の反応が酸素の共存により大きく促進されることである。そこで、共存酸素とCeイオンの役割の解明を試みた。

 図3に示すように、NO酸化力の高いCe-ZSM-5では、NO+C3H6+O2反応の活性も同時に高い。一方、Na-ZSM-5では両反応とも極めて遅い。しかし、NO2は、Na-ZSM-5上でさえプロペンと非常に速く反応する(NO2+C3H6+O2反応)。また、Ce-ZSM-5でも、NO2+C3H6+O2反応の活性はNO+C3H6+O2反応を上回る。このことから、NO+C3H6+O2反応ではNOのNO2への酸化が初期過程として不可欠であり、Ceはこの過程に機能していると推定される。

 NO2+C3H6+O2反応では、Na-ZSM-5、Ce-ZSM-5とも、図3の実験条件の1/10の接触時間ですでにNO2が100%反応しており、NO2とプロペンの反応は添加金属イオンの種類によらず極めて速い。赤外分光法により、NO(NO2)+C3H6+O2混合ガス中、Ce-ZSM-5上に有機ニトロ化合物が生成し、昇温すると、N2生成を伴いピーク強度が減少することが観測された1)

図3.Na-ZSM-5とCe-ZSM-5触媒における各種反応の比較.○,NO+C3H6;●,NO+C3H6+O2;■,NO2+C3H6+O2;□,NO+O2

 さらに、有機ニトロ化合物の一例として、ニトロメタン酸化反応を行ったところ、N2とN2Oの生成比は触媒により大きく異なり、その傾向はNO選択還元反応の場合と類似していた。よって、有機ニトロ化合物が中間体の一つと考えられる。

 以上より推定したCe-ZSM-5上の反応機構を式3にまとめる。第一ステップ:NOのNO2への酸化、第二ステップ:NO2がすみやかにプロペンと反応し有機ニトロ化合物を生成、第三ステップ:有機ニトロ化合物の酸化的分解によるN2生成。ここで、Ceイオンは第一と第三ステップに機能していると結論した。

 

4.金属酸化物とCe-ZSM-5の機械混合

 第一ステップであるNOのNO2への酸化を促進するため、Ce-ZSM-5に各種金属酸化物を機械混合し、その効果について検討した。

 図4にNO+C3H6+O2反応における、各種金属酸化物の混合効果を示す。注目すべきことに、Mn2O3およびCeO2を混合すると、特に低温域で還元活性が向上する。

図4.Ce-ZSM-5への金属酸化物の機械混合効果□,Mn2O3(0.25g)+Ce-ZSM-5(0.25g);●,CeO2(0.25g)+Ce-ZSM-5(0.25g);○,Ce-ZSM-5(0.5g)

 Mn2O3単独の場合は、NO+C3H6+O2反応およびNO2+C3H6+O2反応でも、N2は全く生成せず、N2生成にはCe-ZSM-5が不可欠である。また、NOのNO2への酸化反応はMn2O3の方がCe-ZSM-5よりかなり速い。以上より、Mn2O3+Ce-ZSM-5上のNO+C3H6+O2反応では、二元機能的に反応が促進されると推定される。つまり、Mn2O3上でNOのNO2への酸化(第一ステップ)が進行し、その後のプロペンとNO2の反応でN2が生成する過程(第二、第三ステップ)はCe-ZSM-5上で進行する。

5.反応機構―担体の役割

 Mn2O3単独では、NO(NO2)+C3H6+O2反応でN2は全く生成しない。また、図5aに示すように、Ce担持触媒上のNO+C3H6+O2反応は担体の種類により大きく影響を受ける。NOのN2への転化率の序列はCe-ZSM-5>Ce-Mordenite>Ce-Y>Ce/SiO2となり、この序列は、NO酸化反応の速度の序列と一致していない。これより、NO2とプロペンが反応しN2が生成するステップ(第二、第三ステップ)で担体が大きく影響していると推定される。

 各種担体を触媒としてNO2+C3H6+O2反応を行ったところ、NO2のN2への転化率の序列(Na-ZSM-5>Na-Mordenite>Na-Y>SiO2)は、Ce担持触媒上のNO+C3H6+O2反応におけるN2生成速度の序列と一致した(図5)。よって、各種担体におけるCeイオンとNaイオンの反応場は類似しており、NO2とプロペンの反応は、その反応場に影響されると推定される。

図5.Ce担持触媒上のNO+C3H6+O2反応(a)と担体上のNO2+C3H6+O2反応(b)(a)●,1.1%Ce-ZSM-5;○,4.3%Ce-mordenite;▲,9.9%Ce-Y zeolite;□,5%Ce/SiO2. (b)●,Na-ZSM-5;○,Na-mordenite;▲,Na-Y zeolite;△,silicalite;□,SiO2.

 さらに、担体におけるプロペンおよびNO2の吸着量を測定したところ、プロペン吸着量はNaイオン含有量と関係なく、Na-ZSM-5で最大となった。一方、NO2吸着量はNa含有量に依存し、NO2/Naは1.2-1.5となった。また、図6に示すように、NO2+C3H6+O2反応の速度とプロペン吸着量とには直線関係が得られたが、NO2吸着量とは相関がなかった。よって、NaゼオライトによるNO2+C3H6+O2反応での活性サイトはプロペンの吸着できる一部のNaイオンと結論した。また、Ceゼオライトの活性点はこの一部のNaと交換したCeイオンと推定できる。

図6.NO2+C3H6+O2反応におけるNO2消費速度(300℃)と室温でのプロペン吸着量との関係
6.総括

 本研究では以下のことを明らかにした。(i)Ce-ZSM-5触媒はプロペンを用いた酸素共存下のNO選択還元反応に高活性を示す。Ce-ZSM-5にアルカリ土類を添加すると活性が向上する。(ii)NOのNO2への酸化が、この反応の初期過程として不可欠であり、Ceがこのステップを促進している。(iii)Ce-ZSM-5にMn2O3およびCeO2を機械混合すると活性が向上する。(iv)担体の種類によりCeイオンの環境が異なり、この違いがNO2とプロペンが反応する過程に大きく影響する。

参考文献(1)H.Yasuda,T.Miyamoto,and M.Misono,ACS Symposium Series No.587(1995)110.
審査要旨

 本論文は、ディーゼルエンジン等の小規模・移動発生源からのNOxの除去技術として期待される炭化水素による還元反応について、新触媒の探索、反応機構の解明を行い、基本的な反応スキームを解明するとともに、触媒の二元機能性を明らかにし高機能触媒設計に新しい有効なコンセプトを導入したものである。

 本論文は全6章からなる

 第1章は序論であり、本研究の背景となる窒素酸化物の大気中濃度、排出源の現況を概観するとともに、触媒を用いる対策技術とくに炭化水素を還元剤とする希薄NOx除去技術について現状と課題を明らかにし、本研究の意義、目的を述べている。

 第2章は、NO選択還元反応に対してCeゼオライト触媒が有効であることを見出し、その基本特性を検討した結果を述べている。Ce-ZSM-5を触媒としたNO+C3H6+O2反応およびNO+C3H6反応を比較して、この反応は酸素の共存によりはじめて促進されること(式1)を確認した。このとき、低温では、式1が十分に進行するが、高温では式2が支配的となる。さらに、式2に対する式1の割合を「選択率」と定義し、これが触媒機能を特徴づける重要な尺度であることを示した。すなわち、Ceゼオライトは中程度の酸化能を有して選択率が高いが故に高活性を示すことを明らかにした。

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 第3章は、反応機構に関するもので、酸素とCeの役割を述べている。NO酸化力の高いCe-ZSM-5では、NO+C3H6+O2反応の活性も同時に高いが、Na-ZSM-5では両反応とも極めて遅い。しかし、NO2は、Na-ZSM-5上でさえプロペンと非常に速く反応することから、NO+C3H6+O2反応ではNOのNO2への酸化が初期過程として不可欠であると推定している。またニトロメタン酸化反応を行い、生成するN2とN2Oの生成比の触媒による違いが、NO選択還元反応の場合と類似していることから、有機ニトロ化合物が中間体の一つであることを示した。以上の実験結果に基づいて、以下の反応機構を推定している。すなわち、第一ステップはNOのNO2への酸化、第二ステップはNO2がすみやかにプロペンと反応し有機ニトロ化合物を生成、さらに第三ステップは有機ニトロ化合物の酸化的分解によるN2生成である。ここで、Ceイオンは第一と第三ステップに機能していると結論した。

 第4章は、金属酸化物とCe-ZSM-5を機械混合した触媒を用いて2元機能機構を明らかにした研究について述べたものである。まず、NOのNO2への酸化を促進するため、Ceゼオライトに各種金属酸化物を機械混合し、その効果について検討し、Mn2O3およびCeO2を混合すると、低温域で特に活性が向上することを見出した。さらに、Mn2O3単独の場合は、NO+C3H6+O2反応およびNO2+C3H6+O2反応でも、N2は全く生成せず、N2生成にはCeゼオライトが不可欠であること、また、NOのNO2への酸化反応はMn2O3の方がCeゼオライトよりかなり速いことから、Mn2O3上でNOはNO2へ酸化し、CeゼオライトはC3H6とNO2からN2が生成する過程で機能すると推論している。

 第5章では、反応機構について担体の役割を中心に検討している。Ce担持触媒によるNO+C3H6+O2反応は担体の種類により大きな影響を受ける。NOのN2への転化率の序列、Ce-ZSM-5>Ce-Mordenite>Ce-Y>Ce/SiO2は、NO酸化反応の速度の序列と一致しないが、担体のみを触媒とするNO2+C3H6+O2反応におけるNO2のN2への転化率の序列(Na-ZSM-5>Na-Mordenite>Na-Y>SiO2)と一致することを見出した。従って、各種担体におけるCeイオンとNaイオンの反応場は類似しており、NO2とC3H6の反応は、その反応場が重要な役割を果たしているものと推定した。次に、担体のC3H6およびNO2吸着量を測定し、NO2+C3H6+O2反応の速度とC3H6吸着量とには直線関係があるが、NO2吸着量とは相関がないことから、NaゼオライトによるNO2+C3H6+O2反応での活性サイトはC3H6の吸着できる一部のNaイオンであり、ゼオライトの特殊な微細孔内にあるNaイオンサイトがこの反応に有効であると結論した。また、このことからCeゼオライトの活性点はこの一部のNaと交換したCeイオンと推定している。

 第6章は総括であり、本研究で明らかになった主要な結論をまとめている。

 以上述べたように、本研究は環境触媒の中でも特に重要な酸素過剰下での希薄NOxの炭化水素による還元反応について、反応機構、触媒活性サイトの基本的な特徴を明らかにし新規触媒設計の貴重な指針を与えたものであり、触媒化学、環境保全技術に貢献するところきわめて大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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