学位論文要旨



No 111867
著者(漢字) 山崎,修
著者(英字)
著者(カナ) ヤマザキ,オサム
標題(和) メタンの選択的酸化反応に関する研究
標題(洋)
報告番号 111867
報告番号 甲11867
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3665号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤元,薫
 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 教授 戸嶋,直樹
 東京大学 助教授 水野,哲孝
 東京大学 講師 中村,育世
内容要旨

 【緒言】石油に匹敵する埋蔵量を持つ天然ガスは、メタンを主成分とするためその分子内に多くの水素原子を含有し、現在活用しうる唯一の豊富な水素源であり、化学的利用技術の確立が急務となっている。しかしメタンは化学的に安定であり、その選択的な活性化は著しく困難である。活性化の第一の方法はメタンと酸素(O2、O-、O2-など)の反応によりメチルラジカルを生成させ、そのカンプリング反応によりC2+の炭化水素を得るものである。第二の方法はメタンを水または炭酸ガスと反応させて合成ガスに変換(リフォーミング)し、その合成ガスから各種有用化合物を合成するものである。第一の方法では通常、高温下で酸素及び固体触媒によりメタンを触媒的に活性化するが、中間体であるメチルラジカルとの非選択的酸化反応によりCO2などの炭素酸化物が生成するためC2+選択率を向上させるのが困難とされてきた。また、第二の方法ではスチームリフォーミングは工業的にも稼働しているが安価なNi系触媒などでは炭素の析出を抑制するため過剰の水(H2O/CH4=2-3)を原料に添加することが通例となっており、エネルギーのロスやシフト反応による生成物中のCO2濃度の増加などの問題点が指摘されている。また、CO2によるリフォーミングは地球温暖化の主因とされる炭酸ガスをも固定化して利用するという点で意義が大きいが、通常の方法でメタンと炭酸ガスの両者を同時に効率よく反応させることは困難である。

 そこで、本研究においては流動性及び酸化性のある液状の酸素キャリアを媒体とし、これにメタンと酸化ガスを周期的または共存させて反応する事により高選択的にC2炭化水素を合成するプロセスの開発を行った。また、リフォーミングについては量論比の原料ガスに対して安定な触媒活性を示す特異的なNi触媒を開発し、特徴的な炭素抑制機構について考察した。

第一部 溶融酸素キャリアを用いた酸化カップリング

 【実験】回分反応反応雰囲気に不活性なアルミナ製の回分型反応器を用いた。反応器に酸素キャリアとなるRedox活物質(PbO、Bi2O3など)及び溶媒(Pb、LiCl、KCl、Li2CO3など)を封入し、メタンの酸化反応及び空気による再生反応を周期的に行い、活性及び選択性について評価を行った。基本的なPbO/Pb系での反応条件は、Pb:0.4-1.0mol、PbO/Pb:0-0.1、Gasfeed:0.10mol・h-1、1073Kである。触媒反応回分反応器と同様な反応器・活物質・反応条件を用い、メタンと空気を混合型又は分離型で連続的に供給し反応を行った。

 【実験結果】回分反応最も基本的なPbO/Pb系における回分反応において、様々な初期酸化鉛濃度での初期反応速度を測定することで図1に示すように金属鉛を溶媒とするPbO/Pb系においてはPbO濃度が2mol%以下の領域において高いメタン酸化比活性を示すことと、これがPbO/Pb系相図から見たPbOの溶融鉛に対する飽和濃度値と一致することから溶解状態の酸化鉛が有効であると考えられる。また、1073K付近での初期活性から求めた見かけの活性化エネルギーはC2生成に関して220kJ・mol-1と、気相OCMで報告されている値と近いことから律速段階は酸素イオンの拡散にあるのではなく、PbOによる酸化にあると考えられる。更にPbO溶解金属鉛と酸素との反応速度を測定することによって、飽和濃度(2mol%)以下の領域においてのみ鉛と酸素との反応速度が高いことが分かった。従って高濃度の酸化物を含む系の場合、気泡表面に生成した酸化鉛がバルクの金属鉛側へ拡散する速度が減少するため気泡表面に固体酸化鉛が析出し、酸素とバルク鉛との反応が抑制されることが考えられる。従って、メタン中の酸素分圧を適当な低い値に制御することにより高い活性及びC2選択率を保ちつつ、連続的に触媒反応を進行させることが可能であると考えられる。

 触媒反応図2に様々な酸素分圧をもつメタン-空気の混合ガスとPbO/Pb混合物との反応結果を示すが、酸素分圧が約2kPa以下の領域においてCO2生成に変化が少なく、C2生成が増大したため比較的高いC2選択率と収率が得られる領域が存在した。なお、いずれの濃度においても活性は安定していた。本反応系においては以下のような単位反応を経てOCMが進行すると考えられる。

 

図表図1PbO/Pb系における回分反応Pb:0.40mol(7.3ml),CH4 feed:0.10mol・h-1,1073K. / 図2PbO/Pb系における触媒反応Pb:1.0mol(18.3ml),initial PbO/Pb ratio:0.02,CH4 feed:0.10mol・h-1,Air feed:0-40mmol・h-1.

 触媒反応系では反応(1)及び(2)によるRedox反応が進行すると同時に反応(3)による重合或いは(4)による気相酸素による燃焼反応が起きうる。しかし、メタン中の酸素分圧が2kPa以下と低い場合は反応(2)による酸素の速やかな消費及び酸化鉛の生成により反応(3)が支配的となるために高い選択性と収率を維持することができたと考えられる。

第二部 Ni-MgO系固溶体触媒によるメタンのリフォーミング

 【実験】本反応に適用した全ての触媒はNi、Mgなどの成分イオン水溶液から炭酸塩として共沈させて調製した。沈殿を熱水を用いて十分に洗浄し、393Kで乾燥させた後空気中1223Kで20時間焼成した。20/40meshに整粒した触媒粉末を固定床流通式の反応器に充填し、1123K、1気圧の水素で10分間還元して反応に用いた。調製した触媒の組成はNixMg1-xOと表され、基本的にx=0.03の組成とした。BET(N2)比表面積は18m2/gであった。生成物の分析はガスクロマトグラフを用いた。標準の反応条件は1123K、101kPa、CH4/CO2(H2O)=1/1、feed gas=100mmol/h、触媒充填量=0.10g(W/F=1.22g・h・mol-1、GHSV=24,000h-1)である。

 【実験結果】Ni2+とMg2+のイオン半径は各々0.84、0.86Aであり、任意の組成で酸化物固溶体を形成することが知られているが、本調製法で得たNixMg1-xO(x<0.10)のXRD測定の結果、純粋なMgO、NiOとも異なる結晶格子をもつ均一な結晶構造を有する固溶体が生成していることを確認した。図3にx=0.03と少量のNiを含むNi0.03Mg0.97O固溶体の反応活性の還元温度依存性を示す。1023K以下の温度では殆ど活性が見られなかったのに対して、1073K以上の還元温度で急に活性が発現した。この還元温度依存性と室温での酸素吸着量とは良い対応関係を示し、1073K以上で生成する還元状態のNiがリフォーミング活性を示すことが示された。酸素吸着量は1073-1173K還元ではいずれも1.5mol/g程度と少なく、TEMによる還元粒子の観察やXRD、XPSによるNi0の存在を確認することはできなかった。反応活性は973-1123K、W/F=1.2g・h・mol-1の条件下においてほぼ平衡転化率を与えた。また、図4に示すようにCO2/CH4反応では、通常のNi/Al2O3-MgO系市販触媒が1、2日で炭素析出による反応管の閉塞で反応が停止したのに対して、Ni0.03Mg0.97O固溶体は90日以上平衡転化率に近い活性を維持した。反応後の触媒表面の炭素量は0.24wt.%と反応直後(1min)の炭素量(0.21wt.%)と大きな差がないことが他の触媒系とその量及び増加傾向共に異なる特徴である。しかし触媒活性の反応ガスの分圧依存性を測定した結果、MgO、Al2O3系ではいずれも同様で、反応次数はr=k・[PCH4]1・[PCO2,H2O]0に近かったことから酸化ガスが関与した素反応は十分に速く、メタンの解離吸着が律速段階となっていることが示唆された。

図3 Ni0.03Mg0.97O固溶体による反応活性の水素還元温度依存性図4 各種Ni触媒の活性の時間依存1123K、GHSV=2×104h-1、CH4/CO2=1.

 次にこれら類似の反応機構を持ちつつ炭素析出能が違う原因について考察を加えた。同様の組成を持つ担持型Ni(3mol%)/Al2O3、Ni(3mol%)/MgO、Ni0.03Mg0.97O固溶体の各種触媒を水素還元し、少量のCH4と接触させることで表面に生成する炭化水素種を同定した。923KでCH4と接触させた後、少量のD2で水素化し、生成したD化メタン(CHxD4-x)の分布を質量分析器により測定し、CH4との反応で初期に存在する吸着種を推定した。その結果、担持型Ni/MgOではCH2の生成が主であったのに対して、Ni/Al2O3及び固溶体はCH0-1の化学種が存在することが分かった。また、吸着炭化水素が担体によりCO2などに酸化される現象について検討したところ、固溶体で観測された500℃反応の炭素種の他に、担持型触媒には300℃及び800℃付近で酸化される複数の炭素種が存在した。一般にNi/Al2O3系などではNiと担体の界面で炭素が触媒的に生成することが知られているが、Ni-MgO固溶体では同様の組成を持つ炭素種が存在するにも関わらずその生成は極めて限定されたものであると言える。これはNi粒子と担体との相互作用が強く、Niの凝集や遊離がないことや、担体を経由した酸化反応が効率良く進行するため炭素の累積が起こらないと考えられる。

審査要旨

 石油に匹敵する埋蔵量を持つ天然ガスは、メタンを主成分とするためその分子内に多くの水素原子を含有し、現在活用しうる唯一の豊富な水素源であり、化学的利用技術の確立が急務となっている。しかしメタンは化学的に安定であり、その選択的な活性化は困難である。また、炭酸ガスによるリフォーミング(CO+H2の合成)は地球温暖化の主因とされる炭酸ガスをも固定化して利用するという点で意義が大きいが、通常の方法でメタンと炭酸ガスの両者を同時に効率よく反応させることは困難である。

 そこで、本研究においては流動性及び酸化性のある液状の酸素キャリアを媒体とし、これにメタンと酸化ガスを周期的または共存させて反応する事により高選択的にC2炭化水素を合成するプロセスの開発を行った。また、リフォーミングについては化学量論比の原料ガスに対して安定な触媒活性を示す特異的なNi触媒を開発し、特徴的な炭素抑制機構について考察した。本論文はメタンの酸化方法によって二部に分けられており、第一部は「溶融酸素キャリアを用いた酸化カップリング」、第二部は「Ni-MgO系固溶体触媒によるメタンのリフォーミング」である。

第1部 溶融酸素キャリアを用いた酸化カップリング

 第1節および第2節では最も基本的なPbO/Pb溶融系における過去の研究結果を紹介した後、回分反応系での様々な初期酸化鉛濃度での初期反応速度を測定することで金属鉛を溶媒とするPbO/Pb系においてはPbO濃度が2mol%以下の領域において高いメタン酸化比活性を示すこと、また溶解状態の酸化鉛が有効であることを見いだした。更に、飽和濃度(2mol%)以下の領域においてのみ鉛と酸素との反応速度が高いことが分かった。そして、メタン中の酸素分圧を適当な低い値に制御することにより高い活性及びC2選択率を保ちつつ、連続的に触媒反応を進行させることが可能であることを示した。さらに溶融PbO/Pb系における添加剤の効果についても検討した。

 第3節、第4節ではメタンの転化率を向上させるために、酸化鉛に対する溶媒として金属鉛より優れた系を探索し、塩化リチウムや塩化カリウムなどは融点が低く、また金属鉛を多量に溶解し、優れた系となることを発見した。PbO/LiCl均一系ではメタンの転化率はPbO/Pb系と比較して数倍に向上したものの、炭化水素選択率は30%程度に減少した。一方、溶融炭酸塩(Li2CO3)溶媒についてその反応特性を調べ、反応活性及び選択性共に最も優れていることを見出し、再生性についても検討した。この高性能の理由について電子論的に明らかにした。

 第5節ではPbO/Li2CO3系を酸素キャリアとし、メタンと空気を同時に連続的に供給する触媒反応について詳細に検討した。酸素と空気を混合した形で反応場に供給した場合、いずれの酸素分圧条件下においてもC2炭化水素の選択率は40%程度と低かったのに対して、メタンと空気を分離し、かつ連続的に供給した場合は3kPa以下の酸素分圧領域においては70%以上の高い選択率を得ることに成功した。

第2部 Ni-MgO系固溶体触媒によるメタンのリフォーミング

 第1節および第2節ではリフォーミング反応についての詳細平衡計算のためのプログラムを開発して、各温度での平衡転化率や生成ガスの平衡組成などについて検討するとともに、Ni/MgO固溶体系触媒が極めて優れた活性、安定性を示すことを見出した。またこのNi-MgO固溶体触媒について、その構造・物性をX線回折やESCA、BET比表面積測定、酸素吸着などにより解析し、複合酸化物が置換型固溶体となっていることを明らかにし、水素還元後の固溶体の酸素吸着測定量の結果、表面のNi層の第1層も完全には還元されておらず、難還元性であることを示した。

 第3節、第4節ではNi-MgO固溶体の活性化条件について検討し、973K以上の還元温度が必要であることを見いだした。ただし、1023K以下の還元条件では水に対して容易に酸化を受けて失活する。これらよりこの触媒ではNiが原子状分散している可能性が高いことを指摘した。このことがCH4/CO2=1の反応条件下でも特異的に炭素析出が少ない特性を持つことと関連することを指摘した。

 第5節ではスチームリフォーミング反応について検討を行い、原料ガス組成比に関して、市販触媒が安定した活性を示し得ないH2O/CH4=1の反応条件においても安定した活性を示し、またその条件下で水性ガスシフト反応が抑制され、生成ガス中の炭酸ガスの濃度が約1/5に減少し、合成ガスの純度も著しく向上することを明らかにした。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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