学位論文要旨



No 111868
著者(漢字) 吉識,肇
著者(英字)
著者(カナ) ヨシキ,ハジメ
標題(和) 半導体薄膜を用いた新無電解めっき法の開発
標題(洋) Development of New Electroless Plating Methods Using Semiconductor Thin Film
報告番号 111868
報告番号 甲11868
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3666号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤嶋,昭
 東京大学 教授 御園生,誠
 東京大学 教授 二瓶,好正
 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 助教授 橋本,和仁
内容要旨

 セラミックス基板表面の全面あるいは一部に金属膜を密着性高く形成させることは、高集積回路基板など次世代の高機能化材料を得るための基本的な技術として重要である。その金属化の方法の一つに無電解めっき法がある。この手法は、複雑な形状の絶縁体にも均一な金属膜を容易に形成できるという利点を持つが、金属とセラミックスの接合力が界面でのファン・デル・ワールス力に限られることから、密着性の向上には接合面積を増大させるための表面粗化が必要となる。ところが、セラミックスではm以下のスケールで均一に表面を粗化することが困難であるために微細構造の金属膜を得ることはできず、その利用はごく一部に限られている。本研究では、この問題を解決する新しい形の無電解めっきの手法を開発した。これは、酸化亜鉛薄膜をセラミックス基板と金属膜の間に介在させることで表面粗化をしないセラミックスに対しても実用の接合強度を持つ金属膜の作製を可能とするものである。本論文では、この新規に見いだした反応のプロセスを解説し、さらに反応過程の解析・界面構造の解析から明らかにした高い密着性の機構を示した。また、酸化亜鉛の光触媒特性を利用して光照射部のみに金属を析出させる光誘起無電解めっきの手法も新たに開発したので、その生成過程の反応機構についても明らかにした。

酸化亜鉛薄膜を中間層に用いる無電解銅めっきa.反応プロセスと密着強度

 本研究で開発した無電解銅めっき法のプロセスは、(1)酸化亜鉛薄膜の成膜(膜厚0.4〜1m程度)(2)触媒化:PdCl2酸性溶液(1.1mM,pH2.5)に浸漬(3)無電解銅めっき:HCHOを還元剤とした市販のめっき液による成膜,の3段階から成り立つ。従来の無電解めっき法と比較すると、基板表面のエッチング(粗化)と基板表面活性化のためのSnCl2溶液による感受性化の2つのプロセスがなく、代わりに酸化亜鉛薄膜作製が必要となる。酸化亜鉛薄膜の作製は主にスプレーパイロリシス法を用いたが、スパッタリング法も利用した。

 この方法で平滑なソーダライムガラス表面(Ra<0.01m)に成膜した無電解銅めっき膜の密着強度(垂直プル強度)を、スパッタリング法,従来の無電解めっき法および本手法で酸化亜鉛を酸化チタンで置き換えて作製したものと比較したのがTable1である。無電解めっきにより作製した銅皮膜では、酸化亜鉛薄膜を中間層として用いたときだけに密着強度が著しく高くなることがわかる。この強度は、スパッタリング法で接着層としてのCrを介して成膜した銅皮膜の強度とほぼ同じものであった。同様な密着特性は、Al2O3,AlN基板に成膜した銅皮膜に対しても得られた。したがって、中間層として用いた酸化亜鉛薄膜は接着層として作用していると考えられる。

Table1 Adhesion strength of Cu layer prepared on a glass
b.反応および密着機構(1)触媒化機構

 無電解めっき反応の開始には通常Pd0が触媒として用いられる。従来法では、基板に物理吸着させたSn2+によりPd2+を基板表面にPd0として還元析出させる。

 

 一方、本手法ではSn2+がない状態で反応を行うが、基板をPd2+溶液に浸漬しておくだけで表面の色の変化が見られた。これは、酸化亜鉛の溶解を伴ってパラジウムがPdCl2とPdOの中間の状態(価数が2価)で特異的に酸化亜鉛表面に吸着するためであることがXPS測定より確認された(Table2)。

 

Table2 Binding energies of 3d5/2 level of Pd

 この基板を無電解銅めっき液中(pH=12.9)に数十秒間浸漬すると、吸着パラジウム(Pd2+ad)がPd0に変化する(Table 2)。この還元反応は、銅イオンを含まない同じpH領域のホルマリン溶液でも起きることから、次式により触媒核となるPd0が表面に析出していると結論づけられる。

 

(2)界面分析

 異種材料の接合においては、その密着力は界面での状態に依存する。そこで、本手法における強い密着力の発現機構を明らかにするために、銅・酸化亜鉛(界面1)および酸化亜鉛・基板(界面2)の二つの界面での構造を観察・分析した。また、比較のため酸化亜鉛の代わりに酸化チタンを中間層として用いて、密着力の低い試料でも同様の分析を行った。

 Al2O3単結晶基板上に成膜した酸化亜鉛薄膜および酸化チタン薄膜を中間層として用いて、無電解銅めっきを行った試料のXPSの深さ方向の分析結果をFig.1,Fig.2に示す。この図の比較より、これらの試料の密着力の差は界面1での銅と酸化亜鉛が混在している層の厚さ、すなわち銅めっき膜の中間層内部への入り込みの違いに起因することが示唆される。一方、XRD測定から高い密着性が得られるためには酸化亜鉛薄膜が主にc軸に配向した多結晶となる必要があることがわかった。この試料では、触媒化処理により極性面となるc軸配向の結晶が優先的に溶解していた。その結果、酸化亜鉛薄膜表面はサブミクロンオーダーで均一にエッチングされ、微細な凹凸が形成されることにより表面積が増大した。ところが、酸化チタン薄膜を用いた場合では酸化チタンの安定性から触媒化での溶解は起こらず、緻密な構造が保持されていた。したがって、この界面に働くファン・デル・ワールスカの差が密着強度に反映されたと考えられる。また、界面2では酸化亜鉛・酸化チタンともに強い密着力が得られている。この界面では数十nmにわたり亜鉛およびチタンが基板成分と混在していることが、TEM・EDXの分析から確認された。この層は、酸化亜鉛・酸化チタン成膜時に金属イオンが基板中に熱拡散することにより形成されたと考えられる。したがって、界面2では化学的な結合も一部働き、より強い密着強度となることが考えられる。

図表Fig.1 XPS depth profile of Cu/ZnO/Al2O3 / Fig.2 XPS depth profile of Cu/TiO2/Al2O3
酸化亜鉛薄膜の光触媒反応を利用したパターン化無電解銅めっきa.反応プロセス

 酸化亜鉛はいわゆる光触媒能を持つ。すなわち、紫外光を一部に照射することによりその部位にのみ酸化力と還元力を持たせることができる。そこで、基板と金属膜の間に介在させた酸化亜鉛薄膜の光触媒特性を利用することにより、レジストレスで無電解銅めっきの微細なパターンを直接形成させる反応プロセスの開発を試みた。このプロセスは、(1)ZnO薄膜成膜(2)ZnO上へのPd2+の吸着(3)Pd0パターンの形成:MeOH雰囲気下紫外光をパターン照射して光照射部のPd2+をPd0に還元(4)Pd2+の除去:未照射部のPd2+をエチレンジアミン(EDA)溶液で溶解除去(5)無電解銅めっき,の5段階からなる。このときの酸化亜鉛薄膜は前述のように接着層としても作用することから、最適条件下ではアルミナ基板上に高解像度(最小線幅17m)・高密着性(>18kg/2.7mm)の銅のパターンが得られた。

b.パターン解像度と反応過程

 銅のパターンの解像度は、パラジウムのパターン作製(プロセス(3),(4))の反応条件に著しく依存した。そこで、それぞれの反応機構を解明し、最適化のための検討を行った。プロセス(3)の酸化亜鉛薄膜上で起こる吸着Pd2+の光化学的還元反応の過程は、PdのXPSスペクトルのケミカルシフトから確認でき、Fig.3に示す条件下では約1分30秒の光照射で還元が完了した。この結果はパターンの解像度に反映し、この光照射時間で最高の解像度が得られた。さらに光照射を続けたときには、連続的光励起により酸化亜鉛中に生成した電子が2次元方向に移動し、光未照射部のPd2+まで還元したために解像度の低下をもたらした。一方、プロセス(4)の未照射部のPd2+の除去反応では、EDAとPd(II),Zn(II)の間の錯形成能の違い(Pd(II):logK=26.9,Zn(II):logK=12.9)により、Pd2+は酸化亜鉛表面から選択的に溶解除去されることが確認できた。

 

Fig.3 XPS spectra of Pd as modified by UV irradiation(ca.7mW/cm2)in an atmosphere of methanol

 以上の研究により本論文では、セラミックスと無電解めっき膜の間に酸化亜鉛薄膜を介在させると、酸化亜鉛薄膜が接着層として作用することを明らかにした。さらに、酸化亜鉛薄膜の光触媒特性を利用することで、高解像度・高密着性の金属微細パターンの作製が可能となることを確認した。

審査要旨

 本論文は、六章より構成されており、無電解めっき反応を利用して新たに開発された金属・セラミックス複合材料作製のための金属薄膜形成法が述べられている。第一章では問題の設定と研究の方向づけとがなされ、それに続く四つの章で具体的な研究成果が示されている。最後の章は全体の総括と研究に関する将来展望とが述べられている。

 第一章は序論であり、セラミックス上への金属薄膜作製法および無電解めっき反応を用いた絶縁性基板上への金属パターン形成法について、それぞれこれまで行われてきた研究例が整理されている。前者では、貴金属とセラミックスとの間の接合の難しさが述べられており、特に従来型の無電解めっき法では貴金属膜の密着性を向上させるための手法が今だに確立されていないことが指摘されている。後者では、パターン化無電解めっき法が四種類に大別され、高解像度・高密着性の金属パターンを作製する際のそれぞれの問題点が述べられている。

 第二章では、新たに開発された無電解めっき法の反応プロセスが従来の無電解めっき法のプロセスと比較することで説明され、その特徴が、セラミックス上に成膜された酸化亜鉛薄膜をめっき膜とセラミックスの中間層として用いる点にあると述べられている。この酸化亜鉛薄膜は一種の接着層として機能することが明らかにされ、その結果、従来の無電解めっき法では成膜が困難とされたガラス基板等の鏡面を有するセラミックスに対しても、スパッタリング等の乾式成膜法で成膜されたものと同様に非常に強い接合強度を持つ銅めっき膜が作製できることが示されている。

 第三章では、反応過程の解析および界面の構造解析から酸化亜鉛薄膜上に見られた特異的な現象の機構解明が行われている。まず、酸化亜鉛薄膜上で選択的に無電解めっき反応が進行する現象に対しては、触媒化処理過程で起こるパラジウムイオンの酸化亜鉛上への特異吸着およびこのパラジウムイオンの無電解めっき液中での還元により起こることが明らかにされている。次に、銅・酸化亜鉛および酸化亜鉛・セラミックスの二つの界面での構造を観察・分析することで強い密着力の発現機構が解明されている。前者の界面では、触媒化処理で酸化亜鉛薄膜表面に形成された均一で微細な凹凸により発現した強いファンデルワールス力のために、また後者の界面では、酸化亜鉛薄膜成膜時に形成された化学的な結合のために非常に強い密着強度を持つ銅めっき膜が作製されたと結論づけられている。

 第四章では、酸化亜鉛薄膜上で起こる特異現象を利用して新たに開発された、二種類のフルアディティブ無電解めっき法が述べられている。第一の手法は、酸化亜鉛薄膜がパラジウムイオンを特異的に吸着する性質を利用するものであり、従来のフォトリソグラフィーでパターン化された酸化亜鉛薄膜上へ選択的にめっきを行う方法であると説明がなされている。この手法はガラス基板に適用され、高密着性・低抵抗率を有するミクロンオーダーの銅のパターンが作製できることが示されている。第二の手法は、従来のフォトリソグラフィープロセスの代わりに酸化亜鉛薄膜の光触媒反応を利用して光照射部のみに直接金属を析出させる光誘起無電解めっきの方法であると記述されている。この手法では光触媒反応の過程を詳細に解析することにより、アルミナ基板上にも前者同様に高解像度・高密着性の銅の微細パターンが作製できることが示されている。

 第五章では、セラミックスとの接合が最も難しいとされる金皮膜の作製のために新無電解めっき法の適用が試みられている。その結果、無電解金めっき膜の成膜に対しては接着層として酸化亜鉛薄膜を直接用いることができず、酸化亜鉛薄膜に酸化チタンを添加し複合化させることにより初めて高い密着性の金めっき膜の作製が可能となることが明らかにされている。

 第六章は全体の総括と本研究に関する将来展望とが述べられている。本研究で開発された金属薄膜形成法が、セラミックスの金属化を必要とする電子材料・光学材料作製,触媒合成等に広く貢献できると記述されている。

 本研究の結果は、金属・セラミックスの接合および金属薄膜の微細加工に新たな知見を与えるものであり、基礎・応用いずれの見地からも高く評価できると同時に、この分野における今後の発展に寄与するものと認められる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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