本論文は、石油炭化水素転換反応のうち、代表的な酸触媒反応でもあるトルエンの不均化反応およびキシレンの異性化反応、ラジカル反応である重質油の熱分解において水素が果たしている役割を検討したもので7章よりなる。 第1章は「序論」であり、本研究の行われた背景と意義および本研究の目的について述べると共に研究の概要を説明している。 第2章の「Ni(S)/Al2O3-USYおよびNi(S)/SiO2-USYハイブリッド触媒における水素のスピルオーバー現象」では、気相の重水素とゼオライト上の水酸基とのH-D交換の挙動をFT-IRを用いて検討している。USYゼオライト単独ではH-D交換の速度は極めて遅いが、Ni(S)/Al2O3を物理混合するとブレンステッド酸点のHと重水素が容易に交換されることを見出している。気相の重水素がNi(S)で解離しアルミナ表面を経由し、USY上の酸点に到達するいわゆるスピルオーバー現象によりH-D交換が促進されるものとモデルを提案しており、気相の水素がゼオライト上の酸点で反応に関与する可能性を示唆する重要な知見であるといえる。 第3章の「Ni(S)/Al2O3-USYハイブリッド触媒におけるm-キシレンの転化反応」では、m-キシレンの異性化におけるスピルオーバー水素の作用機構を検討している。Ni(S)/Al2O3はほとんど本反応に活性を示さないが、USYに物理混合されることによりUSY上での異性化を促進する効果を持つことを見出した。このような複合効果は水素雰囲気おいてのみ発現することから水素のスピルオーバーが金属-固体酸触媒によるキシレンの異性化において重要な役割を果たしているとしている。一方併発する不均化反応ではNi(S)/Al2O3のUSYへの混合の効果は認められず、活性の低下も激しかった。触媒上のコーク析出量の検討により、異性活性とコーク析出量との間に相関はなく、コーク析出量の増加に対応して不均化活性が低下することを明らかした。水素のスピルオーバー効果は本反応系においては触媒上のコーク析出を低減するための有効な手段とはなり得ないため、スピルオーバー水素がゼオライト上に供給されるハイブリッド触媒においてもUSY単独の場合と同様に経時的に細孔径が減少する。したがって中間体が嵩高いキシレンの不均化においては中間体の生成が制約を受け、活性低下を抑制することが出来ない。一方、単分子反応である異性化ではコーク析出が活性に与える影響は小さく、前章で示されたゼオライト酸点への水素のスピルオーバーが支配的な因子となるものと説明している。 第4章の「Ni(S)/SiO2-USYハイブリッド触媒におけるトルエンの不均化反応」では、前章とほぼ同一のハイブリッド触媒を用いて水素共存下のトルエンの不均化を検討している。トルエンの不均化反応ではキシレンの異性化同様、水素のスピルオーバー効果が認められ、水素雰囲気でNi(S)/SiO2-USYハイブリッド触媒を用いた場合に高い活性が得られている。この場合にも触媒活性とコーク析出量との間に相関は認められない。キシレンの不均化と比較して中間体がコンパクトなトルエンの不均化では触媒細孔径の規制を受け難く、ゼオライト酸点への水素のスピルオーバーが支配的な因子となるものと説明している。 第5章の「減圧軽油(VGO)の選択的水素化熱分解反応」では、減圧軽油の熱分解により生成するラジカルを触媒により水素化安定化しラジカルの連鎖的な分解を抑制することにより灯・軽油を選択的に製造するプロセスを検討している。活性炭等の非酸性担体に遷移金属を担持した触媒が本分解法に有効であり、ゼオライト等の固体酸に遷移金属を組み合わせた2元機能触媒を用いる従来型水素化分解法と比較してガス・ナフサ等過分解による生成物が低減され、高い選択率で目的生成物である灯、軽油が得られることを見出している。 第6章の「n-ドデシルベンゼンの水素化熱分解反応」では、水素化熱分解の反応機構を解明するためにn-ドデシルベンゼンの分解反応を検討している。NiMo/USY触媒では、典型的な酸触媒反応で分解が進行しベンゼンと側鎖の分解により生成するプロパン、ブタンが主生成物であったのに対し、NiMo/活性炭、およびNiMo/Al2O3ではトルエンと側鎖の分解によるn-パラフィンおよびメタン、エタンに富むガス状生成物が得られた。このような分解パターンはラジカル連鎖機構で進行すると考えられている熱分解と同一であるといえるが、熱分解と比較して炭素数8以上のパラフィンの生成量が明らかに多かった。ラジカルの安定化により連鎖的な分解が抑制されたためと考えられ、このため減圧軽油の分解においては過分解が抑制され、高い選択率で灯、軽油が得られたものと説明している。 第7章では、本研究の総括を行っている。 以上本研究の結果は基礎、応用いずれの見地からも高く評価でき、よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |