No | 111871 | |
著者(漢字) | 鈴木,正太郎 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | スズキ,マサタロウ | |
標題(和) | 高分子材料の燃え拡がりに関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 111871 | |
報告番号 | 甲11871 | |
学位授与日 | 1996.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第3669号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 化学システム工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 火災に関する研究においては、可燃性固体材料に沿って燃え拡がる現象は、火災の拡がる速度を決定する、重要な現象である。現実の火災で問題となる可燃性固体材料には非常に多くの種類があるが、その中でも、セルロース系高分子材料は、我々の身の回りに多く存在するので、研究対象として、特に重要である。これらの材料は、多くの場合、セルロースの繊維で構成されている。加熱を受けたセルロース繊維は、熱分解して可燃性気体を生じた後に、炭化物となる。そのため、材料は、燃え拡がりの過程で、先に熱分解した繊維から順に炭化していくことになる。固体の表面が炭化物の層、すなわち炭化層で覆われると、火炎から固体内部へ流入する熱の量が変化し、それによって、燃え拡がりが影響を受けると考えられるが、その影響については、ほとんどわかっていない。 現実の火災で起きる燃え拡がりの現象は非常に複雑であるので、基礎的な知識を得るためには、解析の容易な状況が望ましい。その点で、鉛直下方への燃え拡がりは、火炎が比較的安定で、基礎研究に適している。これまでにも、多くの研究で鉛直下方への燃え拡がりが調べられており、その中には、セルロース系材料を試料として用いたものも多い。炭化物を生じないPMMAなどの高分子材料の場合にはさまざまな厚さのものが試料として用いられているが、セルロース系材料では、ほとんどの場合が、厚さが1mm程度かそれ以下の、いわゆる紙が用いられており、それより厚い範囲で系統的に調べた例はほとんどない。薄い範囲では、炭化する材料でも炭化しない材料でも、同様に解析することができたので、これまで炭化層の影響はほとんど考慮されてこなかった。しかし、火災時に問題となるセルロース系材料には、紙より厚いものも多く存在する。厚さが増すと、炭化層に覆われる範囲が拡がり、それが燃え拡がり挙動に及ぼす影響は無視できなくなると思われる。したがって、炭化する材料に関して、厚さが増したときの燃え拡がり挙動を明らかにすることは、燃え拡がりの基礎的な理解を深める上で、不可欠である。 そこで、本研究では、まず、セルロース系高分子材料に沿って燃え拡がるとき、材料を構成する繊維がどのように熱分解し、表面に炭化層が生じるかを調べた。続いて、系統的に厚さを増加させたとき、燃え拡がりの挙動がどのように変化するかを調べた。さらに、気相の温度分布を詳細に測定し、火炎から固体への熱移動を調べた。これらの結果から、セルロース系高分子材料の燃え拡がりにおいて、厚さが増したときの燃え拡がり挙動を明らかにした。 本実験では、セルロース系高分子材料として、その成分のほとんどがセルロースである、ろ紙を選んだ。炭化層が表面に生じる過程を調べるために、試料表面を拡大して観察できる装置を作成し、表面上にみられる繊維の熱分解挙動を調べた(図1)。試料には市販のろ紙数種を用いた。繊維は、まず、はじめの白色から黄色へゆっくりと変化し、その後、急激に黒色になり、同時に縮みはじめ、最後に、変化が終わって炭化物となった(図2)。繊維は、黄色への変化の間はほとんど初期の形状・大きさのままであったが、黒色へ変化すると、急速に太さ・長さとも小さくなった。この黒色への変色は、肉眼による観察では一様に直線上で開始するように見えるが、拡大して観察すると、表面上で離散的に開始し、次第に水平方向全体に拡がっていることがわかった。変色した繊維が最初に確認される位置から変色が全体に拡がる位置までの距離は、1mmから1.5mm程度であった。この観察により、熱分解は、繊維一本一本の方向とはほとんど無関係に、表面から内側へと熱分解が進行していくことが分かった(図3)。また、繊維構造は、熱分解の過程で縮み、変形したが、最後の炭化物の状態まで持続した。このことから、炭化層でも多孔性が保たれており、試料内部で発生した気体が炭化層を通過できることがわかった。 続いて、厚さを系統的に変化させたときの、燃え拡がり挙動の変化を調べた。一定密度で様々な厚さの試料を得るために、市販のろ紙を水に溶いて漉き直し、乾燥させて、板状の試料を作成した。この方法により、0.4mmから10mmまでの厚さのものを得た。作成した試料の密度は、2.8(±0.2)×10-4g/mm3の範囲内であり、ほぼ一定とみなせた。また、湿度を調節したデシケータ中に、一定時間以上、試料を放置し、取り出してすぐに実験を行うことによって、空気中の湿度変動による実験結果の誤差を避けた。実験では、試料の両面が露出するように左右の辺を固定して鉛直に立て、スリット状バーナを用いて上端に一様に着火し、下方に燃え拡がらせて、燃え拡がり挙動の観察と、燃え拡がり速度の測定を行った。 燃え拡がり速度Vの測定結果から、試料の厚さは、4つの領域にわけられることがわかった(図4)。領域I(<1.5mm)及びII(1.5mm≦<7.5mm)では、燃え拡がり速度の厚さに対する依存性は、PMMAなどの炭化しない材料と、定性的には同じであった。しかし、さらに厚さが増すと、PMMAなどにはみられなかった現象が現れた。領域III(7.5mm≦<8.4mm)では、燃え拡がりが定常でなくなり、試料の表と裏で交互に、燃え拡がりの進行と停滞を繰り返すようになった(図5)。そのため、領域IIからIIIに移るところで、燃え拡がり速度の平均値は、明らかに不連続的に変わった。また、さらに厚さが増して、領域IV(≧8.4mm)の範囲になると、上端を十分に加熱して着火しても、火炎は、燃え拡がりの途中で、表裏の両方で同時に停滞し、そのまま次第に小さくなって、やがて吹き消えた。結果として、この範囲では、燃え拡がりは継続しなかった。このように、本実験によって、下方燃え拡がりにおける厚さの限界の存在が、新たに明らかとなった。 火炎から試料への熱流束と炭化層との相対的な位置関係を調べるため、準定常に燃え拡がる範囲の厚さで、火炎先端付近の気相の温度分布を測定した。ここでは、密度が2.6(±0.2)×10-4g/mm3、厚さが1mm〜6mmの範囲にある試料を用いた。試料面近傍にPt/Pt13%Rh熱電対(線径50m)4組を、接点が試料面の法線上に並ぶように、試料表面から約0.5mm間隔に設置した(図6)。この方法によって、一つの試料に対して一度の実験で温度分布を得た。その結果、変色先端位置に対する火炎先端の相対的な位置は、実験した厚さの範囲では、ほとんど変化しなかったが、その一方、後方(鉛直上方)では、厚さが増すにしたがって、火炎の位置が試料面側に近寄ることがわかった(図7)。 この結果を基に、試料表面に直交する温度勾配の分布を計算し、厚さに対する依存性を調べた。その結果、試料が薄いときには、変色先端の位置付近に、火炎からの熱流束のピークがあるが、厚さが増すと、このピークが弱くなり、さらに厚くなると、主な熱流入の位置が後方(鉛直上方)に移動して、ほとんどが炭化層に覆われてしまうことがわかった(図8)。 燃え拡がりは、火炎から固体へ熱が移動し、固体で発生した可燃性気体が火炎に供給されることによって、進行している。そこで、火炎からの熱移動、および、可燃性気体の発生の、2つについて、厚さへの依存性を検討した。実験結果に基づいて、可燃性気体の平均吹き出し速度(V/2L)を見積もった結果、厚さが増すにつれて、吹き出し速度が低下することが分かった(図9)。一方、火炎から試料への熱流入は、厚さの増加とともに、炭化層の覆う領域を中心とするようになり、炭化層表面での輻射による熱損失が大きくなるので、内部への伝熱量が減少することがわかった。このように、厚さが増すと、炭化層によって固体内部への熱移動が阻害され、火炎への可燃性気体の供給量が減少して、燃え拡がりが持続できなくなるという機構が明らかになった。 本研究では、セルロース材料の燃え拡がりに関して調べ、以下の結果を得た。 1.試料表面の繊維が熱分解し炭化する挙動を明らかにした。その結果、熱分解は、繊維一本一本の方向にはほとんど無関係に、表面から内側へと進行することがわかった。 2.燃え拡がり速度の試料厚さに対する依存性を調べた結果、セルロース試料の場合、下方燃え拡がりに限界が存在することが明らかとなった。 3.気相の温度分布の測定により、厚さが増すと、主な熱流入の位置が後方(鉛直上方)に移動して、ほとんどが炭化層に覆われてしまうことがわかった。 4.火炎からの熱移動と可燃性気体の発生について検討し、燃え拡がりが持続できなくなる機構を明らかにした。 | |
審査要旨 | 本論文は、「高分子材料の燃え拡がりに関する研究」と題し、火災現象を解明し防火に役立てるための基礎知識を充実させるために、建物に大量に用いられているセルロース系高分子材料のうち、比較的単純な組成・形態をしているろ紙をとりあげ、その燃え拡がり機構について調べたもので、5章からなっている。 第1章は、「序論」で、火災研究における燃え拡がりの研究の位置づけ、従来の燃え拡がりの研究で明らかになったことと残された問題点の指摘、および本研究の目的について述べている。 燃え拡がり現象は、火災拡大期を特徴づけるもので、その解明は、科学的な防火対策に欠かすことができないものである。そのため、これまでに数多くの研究がなされてきたが、それらの研究では、比較的単純な燃焼特性を示す材料の燃え拡がりが主として対象となり、建物に大量に用いられているセルロース系高分子などの、燃焼の過程で炭化する物質に沿っての燃え拡がりは、特に薄いものに沿っての燃え拡がりを除いて、対象とされることは希であった。本研究では、ろ紙の下方燃え拡がりを対象とし、ろ紙の厚さを変化させて、燃え拡がり現象が変化する様子を詳細に調べ、炭化が燃え拡がりに及ぼす影響を明らかにすることを目的としている。 第2章は、「炭化の過程」で、ろ紙の下方燃え拡がり時の炭化現象を、本研究のために特別に製作した、顕微鏡の光学系を組み込んだ燃え拡がり実験装置により観測し、解析した結果について述べている。 ろ紙の炭化は、熱分解によるが、ろ紙内部の温度変動とろ紙を構成する繊維の挙動を調べた結果によると、熱分解は、繊維一本一本の方向と無関係に、表面から内側に向かって進行してゆき、熱分解による繊維の収縮が開始してから終了するまでの時間は、ほぼ1秒である。また、試料内の炭化の様子は試料の厚さに依存し、繊維の収縮挙動は試料の密度に依存する。試料は、炭化後も繊維構造を残しており、多孔質である。 第3章は、「厚さに対する依存性」で、ろ紙の燃え拡がり現象がその厚さに依存する様子を観測し、熱移動に主体をおいたモデルを用いて検討した結果について述べている。 燃え拡がり挙動は、その厚さに対する依存性に基づくと、4つに分類することができる。試料の厚さが1.5mm以下の範囲では、燃え拡がりは安定であり、その速度は、試料厚さにほぼ反比例する。試料の厚さが1.5mmから7.5mmの範囲では、燃え拡がりが安定であるという点では試料の厚さが1.5mm以下の場合と同じであるが、燃え拡がり速度が厚さとともに減少する割合が厚さとともに小さくなり、試料の厚さが5mm以上になると、燃え拡がり速度はほぼ一定となる。試料の厚さが7.5mmから8.4mmの範囲では、燃え拡がりは不安定であり、その速度は変動する。試料の厚さが8.4mmを超えると、燃え拡がりは持続しない。これが自然対流のもとでのろ紙に沿っての下方燃え拡がりの限界試料厚さである。燃え拡がり時の熱移動について検討した結果によれば、試料が厚くなると燃え拡がりが不安定となり燃え拡がりの限界に達するのは、炭化現象による熱移動の遮蔽ならびに熱分解により発生する可燃性気体の減少によるものである。 第4章は、「温度場に及ぼす厚さの影響」で、燃え拡がり時のろ紙付近の温度分布を微細熱電対で測定した結果について述べ、その結果により明らかになった火炎先端付近の熱移動の様子に基づいて、試料が厚くなると燃え拡がりが不安定になり持続できなくなる機構について論じている。 試料が厚くなると、火炎先端付近で気相から固相へ熱が流入する主たる位置が熱分解の始まる位置より後方に移動し、また固体内部への熱流束は大幅に減少する。これらの現象が、熱分解領域表面に形成される炭化層の厚さが増すことに起因し、試料の厚さがある値を超えると燃え拡がりが持続できなくなるという結果をもたらしていることを、論理的に推定している。 第5章は、「結論」で、本研究で得られた成果を総括している。 これらの成果は、火災拡大期の主要な現象の一つである燃え拡がり現象、特に、建物などに大量に用いられている炭化する材料に沿っての燃え拡がり現象に関し、これまで不明であった多くの事実を明確にしたものであり、火災現象を理解するために不可欠な基礎的知見を充実させるものとして評価できる。また、それらの知見は、火災性状予測、防火設計、消火設備設計などのための基礎知識としても重要である。 以上要するに、本研究は、炭化する高分子物質の燃え拡がりについて詳細に調べ、その特徴を明らかにしたものであり、燃焼学ならびに火災科学に貢献するところ大である。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/54524 |