1.まえがき 渦流中での火炎の挙動を調べることは、乱流燃焼を議論する上で非常に重要である。この渦流中での燃焼の例として、伸長・回転流中に形成される管状火炎が挙げられる。この管状火炎を対象に、LIF法を用いたOH濃度測定を行い、回転強さが火炎の安定性と構造に及ぼす影響を実験的に調べた結果、回転強さが増加すると、(1)消炎限界での燃料濃度が減少する、すなわち可燃範囲が広がる、(2)燃料濃度の減少に伴なう最大OH濃度の変化が緩やかになり、M型の濃度分布が消炎近くまで維持される、ということがわかっている。したがって本研究では、詳細な温度測定を行うことにより、回転強さが火炎の構造とその特性に及ぼす影響を調べ、また、そのメカニズムを数値計算によって明らかにした。 2.実験 本研究で用いたスワール型伸長火炎バーナを図1に示す。混合気を一様な速度で接線方向にスリット全体から吹き出すと、バーナ内には回転して且つ軸方向に伸長する流れ場が形成される。回転強さのみを変えるため、スリット幅Wを4.5mm,3.0mm,1.5mmとした(それぞれWEAK,MODERATE,STRONGバーナとする)。ただし、いずれもスリット長さは120mm、石英管内径は19mmである。 それぞれのバーナを用いてメタンの希薄混合気中に形成される火炎の側面写真を図2に示す。これによると、回転が強いものほど火炎直径が大きくなること、また、発光帯が薄くなることがわかる。 図表図1 スワール型伸長火炎バーナ / 図2 火炎外観(Va=1.4m/s,=5.3%) 次に、バーナ端から30mmで、温度分布を測定した。測定には、二酸化ケイ素で被覆したPt/Pt-13%Rh(素線径100m)の熱電対を用いた。一例としてSTRONGバーナの半径方向温度分布を図3に示す。図中には発光帯位置と蛍光強度分布(OH濃度分布)も示してある。これによると温度場は、未燃ガスに対応する温度の低い外部領域と既燃ガスに対応する温度の高い内部領域の2つに分けられ、この温度の高い内部領域には発光帯付近の極大値(火炎温度Tf)と中心付近の極小値(中心ガス温度Tc)が観測された。軸方向温度分布も調べたが、Tfはバーナ端では温度がわずかに減少するものの、軸方向にほぼ一定の値となり、Tcは軸方向距離z=45mm付近で温度が急激に減少することがわかった。 図3 半径方向温度分布(Va=1.4m/S,=5.6%,W=1.5mm) 半径方向と軸方向の温度分布から、温度の高い内部領域には、発光帯付近の極大値Tfと中心付近の極小値Tc)が常に存在することがわかったので、軸方向速度を一定に保ちつつ燃料濃度を変えてこれらの温度変化を測定した。この結果を図4に示す。図中には、OH濃度分布におけるM型、型、Λ型の形成範囲も示した。比較のため、WEAKバーナで得られたTcの値を図4(b)(c)に黒三角で示した。これによると、いずれのバーナにおいても燃料濃度を減少させるとTfとTcの両方が単調に減少することがわかる。ただし、それぞれのバーナで比較すると、燃料濃度が同じ場合は、Tcは変わらずTfのみが増加すること、また、この温度差は、STRONGバーナでは、燃料濃度5.6%、火炎直径7.2mmで約75℃もあり、輻射熱損失だけでは説明できない。 図4 火炎温度(Va=1.4m/s,(a)W=4.5mm,(b)W=3.0mm,(c)W=1.5mm) 以上のことからその機構は明らかではないが、回転により、火炎の内部構造が変化すること、温度分布は顕著なM型となり中心ガス温度は変わらず火炎温度のみが増加する、ということがわかった。しかし、この実験ではスリットが1方向のみなので、これらの結果が本当に回転効果によるものか、あるいは軸対称性が悪くなるために起きたのかは不明である。したがって、軸対称性を高めるために、可燃性混合気を8方向から吹き出すことが可能な軸対称スワール型伸長火炎バーナ(図5)を用いて同様の実験を行った。 図5 軸対称スワール型伸長火炎バーナ この結果、回転強さが増加すると、 (1)火炎直径は大きくなり発光帯の厚さは薄くなる、 (2)消炎限界での燃料濃度は減少する、すなわち可燃範囲が広がる、 (3)半径方向温度分布は顕著なM型となり、火炎温度(反応帯最高温度)Tfは増加するが、中心ガス温度Tcは減少する、 (4)軸方向温度分布は複雑に変化する、 ことが明らかになった。これらの結果は、スワール型伸長火炎バーナによって得られた結果とほぼ一致し、これから危惧されていた吹き出しの非対称性の影響ではなく回転そのもものの影響で、火炎構造や特性が変化することが確実となった。ところで、これらの結果は同一に考えることができる。つまり、火炎温度が上昇すれば、燃焼速度が増加し、火炎はより上流の未燃ガス側、つまり外側に移動して火炎直径が大きくなるし、また、火炎温度が上昇すれば反応が活発になり可燃範囲が広がるのは当然だからである。 したがって、この回転による火炎温度の上昇のメカニズムを調べるため、以下のような数値計算を行った。 3.数値計算 回転強さが火炎の構造に及ぼす影響を調べるため、化学種の輸送特性に着目し、総括反応モデルを用いて、圧縮性、詳細な輸送特性および熱力学的パラメータを考慮した数値計算を行った。図6に今回計算に用いた円筒座標系を示す。混合気は速度で回転する壁面より垂直に一様な速度で吹き出される。計算に用いた仮定を以下に示す。 (1)流れは定常かつ軸対称であり、外力の影響は無視できる。 (2)気体は理想気体の状態方程式に従う。 (3)半径方向速度vr、回転速度、密度、質量分率Yi、温度Tは半径方向距離rのみに依存する相似解とする。 (4)運動量保存の式で∂p/∂r、∂p/∂zの両方が存在するが、∂p/∂rに比べて∂p/∂zは十分小さいとする。 (5)混合気はメタン・空気の混合気とし、考慮する化学種はメタン、酸素、二酸化炭素、水、および窒素の5成分とする。また、反応は一段不可逆総括反応とし、反応速度はアレニウスの式に従うものとする。 (6)メタン、酸素、二酸化炭素、水の拡散係数は窒素に対する相互拡散係数を用いる。ただし、窒素の拡散は質量保存の法則(ViYi=0)を用いて求める。 (7)熱伝導率、粘性係数、相互拡散係数、および熱拡散係数はLennard Jonesポテンシャルをもとにした厳密な気体力学の理論から求める。 (8)定圧比熱、生成熱はJANNAFの熱化学データ表により得る。 (9)エネルギー保存の式において、粘性によるエネルギーの散逸は考慮するが、輻射は無視する。 図6 円筒座標系 今回は圧力の影響、特に圧力拡散に着目し、各成分の拡散速度Vi(i:化学種)は以下のような多成分系の輸送量に関する式を解くことにより求めた。 ここで、DiN2は化学種iと窒素の相互拡散係数、pは静圧、DT.iは熱拡散係数、Tは温度である。(1)式右辺第二項は圧力拡散、第三項は熱拡散による物質移動を表す。 まず、燃料濃度=5.1%、半径方向速度vr.0=0.186m/s、回転速度=0m/s,30m/sで計算を行った。図7に温度および反応速度分布を示す。温度は予熱帯付近(r=4mm)で上昇しはじめ、その後は一定値となる。この一定値は回転速度が存在する方が約10K程度大きな値となったが、温度勾配は変化しない。また、反応速度分布はほとんど同じであった。一方濃度分布は、回転により中心付近で濃度が変化し、メタンと水はわずかに増加、酸素は逆に減少、二酸化炭素は中心で減少するもののr=1〜2mmで増加することがわかった。 次に、温度分布の最大値が、回転速度を変化させるとどのように変化するかを調べた。この結果を図8に示す。ただし計算は、が0m/sと、55.8m/sで行った。これによると火炎温度は、燃料濃度とともに単調に減少するものの、回転速度が大きい方が高くなった。また、両者の温度差は燃料濃度が5%付近では約30Kとなった。この結果は、今回の実験結果と定性的に一致した。ただし、この回転による温度上昇の値は、今回の計算値の方が小さく、また、燃料濃度が大きいものほどその値が小さいという結果は実験とは異なるものであった。 図表図7 温度および反応速度分布(vr.0=0.186m/s,=5.1%) 図8 火炎温度(vr.0=0.186m/s) このメカニズムを調べるため、以下の(イ)-(ニ)の4ケースの計算を行い、(1)式の拡散速度に影響を及ぼす因子となる通常拡散、圧力拡散、熱拡散の寄与の程度を調べた。 (イ)濃度拡散、圧力拡散、熱拡散 (ロ)濃度拡散、圧力拡散 (ハ)濃度拡散、熱拡散 (ニ)濃度拡散 この結果、(イ)と(ロ)のケース、(ハ)と(ニ)のケースはほぼ同じ計算結果となり、熱拡散の影響が今回の条件下ではほとんどないことがわかった。これに対し、圧力拡散の影響は十分に認められた。図9に、(イ)と(ハ)の結果を示す。これによると、最高温度は圧力拡散のある(イ)の場合の方がわずかに高く、温度勾配もわずかに急であった。反応速度は、圧力拡散のない(ハ)の場合の方が中心方向に分布が移動しており、また、全体的に反応速度(燃焼速度に対応)が遅くなっていることがわかる。以上の計算結果から、回転速度の上昇による火炎温度の増加は、圧力拡散の影響が無視できないことがわかる。 図9 温度および反応速度分布(vr.0=0.186m/s,=5.1%)4.まとめ 回転強さが火炎の安定性と構造に及ぼす影響を明らかにする目的で、スワール型伸長火炎バーナおよび軸対称スワール型伸長火炎バーナを用いて、管状火炎の温度場を詳細に測定した。その結果、回転により火炎温度が上昇することが明らかとなり、この火炎温度の上昇により燃焼速度が増加して火炎直径が大きくなり、また、反応が活発になって可燃範囲が広がったものと思われる。 また、密度や熱力学的特性の変化の他に、詳細な輸送特性を考慮し、総括反応モデルを用いて輸送特性に着目した数値シミュレーションを行った。その結果、回転の強さが増加すると流れ場、温度場、および濃度場を含めた火炎の構造が変化すること、また特に、実験によって明らかにされた回転による火炎温度の上昇は、その一つの可能性として、圧力拡散によるものであることがわかった。 |