学位論文要旨



No 111874
著者(漢字) 松野,泰也
著者(英字)
著者(カナ) マツノ,ヤスナリ
標題(和) 三次元電極を用いた燃料電池システムの開発
標題(洋)
報告番号 111874
報告番号 甲11874
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3672号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,邦夫
 東京大学 教授 幸田,清一郎
 東京大学 教授 山田,興一
 東京大学 教授 北沢,宏一
 東京大学 助教授 堤,敦司
内容要旨 第1章

 燃料電池は、高効率な発電装置として注目され、研究開発が盛んに行われてきている。燃料電池が商業化され発電システムとして導入されていくには、長寿命化と低コスト化が大きな課題となっている。現在開発中の燃料電池では、一貫してガス拡散電極が用いられている。ガス拡散電極は、ある程度の高出力密度を得ることに成功しているが、構造が複雑になり大型化が困難なことや、コストが高くなる短所がある。また特に高温で操作される溶融炭酸塩型燃料電池においては、長寿命が得られず問題になっている。そして燃料ガス中に含まれている、不純物に対する許容量が極端に小さく、ガス中の不純物を精製除去することが必須となり、発電コストが高くなる要因になる1)

 本研究では、従来の燃料電池において生じている様々な問題を解決する手段として、三次元電極を用いた燃料電池システムを開発することを目的とする。三次元電極は、電解質に浸した平板主電極(集電体)と電気伝導性の電極粒子からなる電極であり、電極単位体積あたりの液-固接触面積が大きいこと、電極内の物質移動速度が大きく、伝熱特性に優れる特長がある。また密閉構造をとらないため、電極物質および電解質の交換及び補充が容易になり、長寿命化が期待できるほか、不純物の許容量を増大することも可能と考えられる。そして電極は簡単な構造をとるため、低コストで作製できる長所がある。

 本論文の構成は以下のようになる。第2章、第3章では、コールドモデルとして、三層流動層電極をアルカリ型燃料電池に応用し、装置特性、分極特性に関する基礎的研究を執り行い、三相流動層を用いた燃料電池電極を合理的に設計するための指針を得る。そして燃料電池システムの発電実証を行い、出力特性、効率について評価を行う。第4章では、三次元電極を用いた溶融炭酸塩型燃料電池の開発に取り組み、アノード極で得られる電極特性を調べる。そして終章において、本研究の総括的な結論ならびに将来の展望を述べる。

第2章三相流動層電極を用いたアルカリ型燃料電池カソード極の装置特性に関する基礎的研究および分極特性

 三相流動層電極においては、粒子層の有効比抵抗による分極、活性化過電圧、そして拡散過電圧により分極が起こると考えられる。活性化過電圧は、触媒粒子の活性、および物性値に依存し、拡散過電圧は気-液間、および液-固間の物質移動速度に依存する。本章ではコールドモデルとして、アルカリ型燃料電池カソード極に三相流動層電極を応用し、装置特性、分極特性に関する基礎的研究をとりおこなった。実験装置はFig.1に示すような、透明アクリル管を用いた三相流動層電極であり、半電池構造となっている2)。作用極は、電極粒子とニッケル板集電体からなる。用いた粒子の性状をTable 1に示す。ポテンシオスタットを用い、定電位電解法により定常電極特性を測定した。また粒子層電位分布を調べることで、粒子層中の有効比抵抗に関する知見を得た。

図表Fig.1 Diagram of the experimental apparatus: A,acrylic cylinder;B,electrode particles;C,distributor;D,counter electrode;E,agar-agar bridge;F,reference electrode;G,pump;H,potentioatat;I,recorder / Fig.2 Steady-state polarization curves for Raney silver particel system(U1=8.0mm/s)Table 1 Physical properties of electrode particles

 ラネー銀粒子を用いた場合、活性化過電圧が支配的になり、低過電圧領域での分極曲線はFig.2に示すように、ガス流速、液流速の影響を受けず一定となる。分極特性を改善するために、高活性な白金担持ラネー銀触媒を用いることで、Fig.3に示すように低過電圧領域での分極特性を著しく向上させた。この場合、分極曲線は液流速に大きく依存し、液流速の増大と共に分極が改善され、拡散過電圧が支配的になっていることが示される。一方Fig.4に示すように、分極はガス流速にほとんど影響されない。拡散過電圧は、気-液間、および液-固間の物質移動速度に依存する。本実験条件においては、気-液間の物質移動速度は、液流速およびガス流速の増大とともに増大し、液-固間の物質移動速度は、液流速のみに依存すると考えられる。従って、三相流動層電極においては、気-液間の物質移動は十分速く、液-固間の物質移動が律速になって拡散過電圧が引き起こされていると結論づけられた。

 Figure5に、集電体に過電圧を0.1Vかけた場合の粒子層の電位分布を示す。過電圧は、粒子層中には均一にかかっており、粒子層中の伝導抵抗は小さく、分極に及ぼす影響は小さいことが分かる。一方、集電体近傍に大きな電位の落差が見られ、集電体と電極粒子間の抵抗が大きいことが示された。

第3章三相流動層電極を用いたアルカリ型燃料電池システムの発電実証と出力特性

 本研究では、アクリル円筒二重管の外側をアノード極、内側をカソード極にしたアルカリ型燃料電池システムを組み、発電実証と出力特性を評価した。アノード極触媒粒子にはラネーニッケルを、カソード極には白金担持ラネー銀を用いた。セパレータには多孔質テフロン円筒を用いた。

 出力特性をFig.6に示す。分極は、カソード極での拡散過電圧と、両極を隔てる電解質相によるオーム抵抗による電圧損失からなっていると見積もることができた。なお現時点において、単セルで得られる電流が0.6Aの時、電圧は0.6V、効率は40.5%となっている。現時点では出力は小さいが、セパレータ、カソード極に用いる触媒を改良し、加圧を行い拡散分極を低減することによって、出力、効率を大幅に改善することは可能であると考えられる。

図表Fig.3 Effect of UI on the steady-state polarization curves for platinum coated Raney silver particle system(Ug=2.9mm/s) / Fig.4 Effect of Ug on the steady-state polarization curves(UI=14.5mm/s) / Fig.5 Normalized potential distribution in the electrode particles(Applied potential=0.1V,UI=15mm/s) / Fig.6 I-V curves(Ug=3.4mm/s)
第4章三次元電極を用いた溶融炭酸塩型燃料電池アノード極の開発

 三次元電極を用いた溶融炭酸塩型燃料電池を開発し、従来の溶融炭酸塩型燃料電池に代わる型としてその可能性を検討した。

一次元モデルを用いた、電極特性の試算

 実験に先立ち、一次元モデル4)を用いて、三次元電極を用いた溶融炭酸塩型燃料電池においてどれだけの電極特性が得られるかを試算した5)。結果はFig.7に示すように、Pmが5 ohm cmより小さい範囲で、三次元電極を用いた場合、ガス拡散電極で得られている分極特性よりも特性がよくなる試算になった。

三次元電極で得られる分極特性

 三次元電極で得られる分極特性を、Fig.8に示すような半電池を作製し測定した6)。作用極に用いた電極触媒粒子の物性値をTable2に示す。コールドモデルにより、粒径<45mmの粒子は流動するが、粒径100-180mmの粒子は固定層の状態になっていることが確認された。ポテンシオスタットを用いて、走電位電解法を用いて定常状態分極特性を調べた。

 電極粒子が固定層状態になる、粒径100-180mmのニッケル触媒粒子を用い、高カロリーガス(H2;80%,CO2;20%)を用いた場合に得られた電流-電圧曲線をFig.9に示す。平衡電位は、-1.086±3Vを示し、理論値と一致した。Figure9から分かるように、ガス流速が21mm/sでは、過電圧が55mVにおいて、150mA/cm2の電流密度が得られており、分極特性はガス拡散電極で得られている分極特性よりも僅かながら良くなった7)。固定層電極では、ガス流速の増大とともに分極は小さくなり、拡散過電圧が支配的になっているのが分かる。固定層電極における、限界電流値と、燃料ガス中の水素ガス濃度は、比例関係にあり、拡散過電圧は、反応物質である水素の電極表面への物質移動が律速になることで引き起こされていると結論づけられた5)

図表Fig.7 Effect of effective specific resistance of particle phase on the polarization curves / Fig.8 Diagram of the half-cell: A,Tammann tube;B,electrode particles;C,current collector;D,counter electrode;E,reference electrode;F,distributor;G,thermocouple;H,melt level / Fig.9 Steady-state polarization curves for Ni particles(80-150mesh)at 923 K(High Btu gas)Table 2 physical properties of elctrode particles

 一方、電極が流動層になる場合には、Fig.10に示すように異なった分極特性が示された。分極曲線はほぼ直線になっており、ガス流速によってほとんど影響されていない。流動層電極においては、強制対流による撹拌により物質移動速度が大きく、拡散分極は小さいと考察することができる。しかしながら流動層電極では、固定層電極と比較した場合、特に低過電圧領域においての分極が大きい。これは流動層電極では、粒子層の有効比抵抗が大きいためであると考えられる。

 ガス拡散電極を用いた溶融炭酸塩型燃料電池では、燃料ガス中に硫化水素が含まれていると、出力特性が急激に低下することが知られており、精製脱硫が必要とされている。しかしながら三次元電極では、硫黄イオンが電極物質表面近傍に急激に蓄積されることはないため、Fig.11に示されるように燃料ガス中に硫化水素ガス濃度が含まれていても、長時間運転しても電流密度の減少は見られなかった。従って、三次元電極を用いることによって、燃料ガス中に含まれる硫化水素濃度の許容量を増大できる可能性が示された。

図表Fig.10 Steady-state polarization curves for Ni particles(-350 mesh)at 923 K(High Btu gas) / Fig.11 The current density vs operating time
終章-総括

 三次元電極を用いた燃料電池システムを提言し、実際に装置を組んでその特性を調べた。三相流動層電極を用いたアルカリ型燃料電池カソード極では、電極特性に影響を及ぼす因子を明確にし、特性改善を行うための指針を得た。また燃料電池システムとして発電を行い、出力、効率について評価した。三次元電極を用いた溶融炭酸塩型燃料電池アノード極では、従来のガス拡散電極と競合し得る電極特性が得られることを示した。三次元電極を用いることによって、燃料ガス中に含まれる硫化水素濃度の許容量を増大できる可能性が示された。

使用記号

 Ug;gas velocity(mm/s),UI;liquid velocity(mm/s),m;effective resistance of particle(ohm cm).o;potential of the particle phase at X=0(V)

引用文献(1)A.J.Appleby and F.R.Foulkes."Fuel Cell Handbook",Van Nostrand Reinhold,New York(1989)(2)Yasunari Matsuno,Kentaro Suzawa,Atsushi Tsutsumi,Kunio Yoshida,J.Hydrogen Energy(in press)(3)S.Ohshima,T.Takematsu,M.Suzuki,K.Shimada,Y.Kuriki and J.Kato,Kagaku Kougaku Ronbunshu,3,406(1977)(4)K.Kusakabe,S.Morooka and Y.Kato,Journal of Chem.Eng.of Japan,14,208(1981)(5)Y.Matsuno,A.Tsutsumi,K.Yoshida,J.Hydrogen Energy(in press)(6)Y.Matsuno,A.Tsutsumi,K.Yoshida,J.Hydrogen Energy,20,601(1995)(7)C.Y.Yuh and J.R.Selman,J.Electrochem.Soc.,139,1373(1992)
審査要旨

 燃料電池はクリーンで高効率な発電装置として期待され、研究開発が活発に行われている。これまで電極としてガス拡散電極が用いられているが、電極構造が複雑であり、二次元構造であるため大型化が困難で高コストとなっている。本論文は、構造が簡単で物質移動および伝熱特性に優れた三次元電極をアルカリ型および溶融炭酸塩型燃料電池に適用し、その基本特性および電極特性に及ぼす諸因子を明らかにし、三次元電極を用いた燃料電池システムの開発を行ったものである。

 本論文は、5章から成っている。

 第1章は、序論として現在の燃料電池技術の現状を概説し、その問題点として電極の劣化など長寿命が得られていないこと、大型化が困難で高コストなことなどが説明されている。これらの問題点を解決する手段として、従来用いられてきた平板型のガス拡散電極に替えて、固定層あるいは流動層電極という三次元電極を利用することを提案している。そしてガス拡散電極および三次元電極における電荷移動機構、酸化剤および燃料の輸送機構の違い、燃料電池への三次元電極の導入の意味を説明し、本研究の目的が述べられている。

 第2章は、三次元電極を用いたアルカリ型燃料電池カソード極の電極特性を調べた結果をまとめている。内径51mmのアクリル樹脂製三相流動層電極で、層内電位分布および分極特性を測定した。また、触媒粒子、ガスおよび電解質液流速の電極特性への影響を調べ、流動特性と関連づけて考察した。その結果、三相流動層電極において、電極粒子層中の有効比抵抗は小さく分極への影響は無視できるが、集電体と電極粒子間の接触抵抗が大きく、これが分極において支配的であることを見いだした。また、物質移動が支配的である拡散分極は、液固間の物質移動が律速であることを明らかにした。

 第3章は、三次元電極を用いたアルカリ型燃料電池のアノード極とカソード極を接続し、燃料電池としての実証試験を行い、電池性能を測定した結果について述べている。直径70mmおよび50mmのアクリル樹脂製円筒二重管を用いて、外管をアノード極、内管をカソード極とし、多孔質テフロン管をセパレーターとして、両極を接続し、最大0.36Wの出力を得た。電池出力に対するカソード極内を循環させる電解質の流速の影響を調べ、起電力の低下は、主にカソード極の平衡電位の低下、セパレータ部分におけるオーム抵抗分極およびカソード極における拡散分極が原因であることを明らかにした。カソード極での平衡電位の低下は2電子還元反応が起こるためであることを指摘し、電極表面での適切な触媒の選択によって平衡電位の低下を抑えることができると述べている。さらに、加圧することによってカソード極における拡散分極を低減できることを示した。

 第4章は、三次元電極を溶融炭酸塩型燃料電池アノード極に適用し、その電極特性を調べている。そして一次元モデルを用いて三次元電極の分極特性の解析を行い、電極の三次元化によって分極特性を向上できることを示している。実験は、高純度アルミナ管、アルミナタンマン管およびSUS製ガス分散板からなる半電池を用いてニッケル粒子を電極粒子として650℃で、定電位電解法を用いて分極特性を測定した。固定層電極の場合は測定したガス流速の範囲で拡散過電圧が支配的であり、水素の電極粒子表面への物質移動が律速であることを明らかにした。一方、流動層電極の場合は、激しい液混合による物質移動速度が大きく、明瞭な限界電流は見られなかった。しかし、流動層電極の粒子層有効比抵抗が大きく、特に低過電圧領域で分極が大きくなることが示された。また、ガス拡散電極を用いた溶融炭酸塩型燃料電池では、燃料ガス中に硫化水素が含まれると出力が急激に低下するが、三次元電極を用いた場合は高濃度の硫化水素が燃料ガスに含まれていても電流密度の低下は小さいことを実験的に見いだしている。さらに、三次元電極を用いた溶融炭酸塩型燃料電池のプロセス設計を行い、具体的な単セルの積層法を提案している。

 第5章は、本論文全体の結論がまとめられている。

 以上に示すように、本論文は三次元電極を用いた燃料電池の基礎特性を理解し、システム開発を行う上で大きな貢献をするものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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