学位論文要旨



No 111877
著者(漢字) 野島,高彦
著者(英字)
著者(カナ) ノジマ,タカヒコ
標題(和) 三級アミン存在下におけるリボソームのペプチド合成活性
標題(洋)
報告番号 111877
報告番号 甲11877
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3675号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡辺,公綱
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 助教授 鈴木,栄二
 東京大学 講師 上田,卓也
内容要旨

 リボソームはRNAと蛋白質とから構成される分子集合体であり、アミノ酸を重合して蛋白質を合成する細胞内小器官である。細胞内における蛋白質合成反応が、リボソームにおいて行われることがわかってから半世紀近くになるが、今だに蛋白質合成の素過程がどの分子によってどのように支えられているのかはほとんどわかっていない。その理由のひとつに、リボソームおよび蛋白質合成系の構成要素の多さが挙げられる。すなわちすべての生物種のリボソームは共通して大小2分子のサブユニットから構成され、そのサブユニットはrRNAと数十分子の蛋白質から成る。さらにリボソームにおける合成反応にはさまざまな可溶性蛋白因子や高エネルギー・リン酸化合物がかかわっている。そこで、本研究においては、高エネルギーリン酸化合物や可溶性蛋白因子を一切含まない、構成要素の少ない反応系を、E.coli、T.thermophilus、S.cerevisiae、および哺乳類ミトコンドリア由来のリボソームを用いて構築し、抗生物質感受性をはじめとするさまざまな特性を解析した。この系の構成要素は、高濃度ピリジン(体積濃度50〜60%)、リボソーム、アミノアシル-tRNA、そしてMg2+、Mn2+、K+といったカチオンのみである。続いてE.coliおよびT.thermophllusのリボソームに除蛋白処理を施した後もペプチド合成活性が残っていることを示した。さらに、E.coliの系においてリボソームが遺伝暗号に沿って鋳型mRNAをポリペプチドに翻訳することを示した。

高濃度ピリジン中における様々な生物種由来のリボソームのペプチド合成活性

 いずれの生物種由来のリボソームを用いた場合も、50%ピリジン存在下において最も効率良くポリフェニルアラニン[poly(Phe)]合成が行われた(図1.a)。最適反応温度は、ミトコンドリア系以外の場合は、生育温度とほぼ等しい温度であったが(図1.b)、ミトコンドリア系の場合は、リボソームの前処理時、およびペプチド合成反応時ともに65℃以上を必要とした。

図1.50%ピリジン中、様々な生物種由来のリボソームによるポリフェニルアラニン合成活性の(a)ピリジン濃度依存性、および(b)反応温度依存性。標準的な組成を、50%ピリジン、120mM KCl、15mM(E.coli系)、1.5mM(S.cerevisiae系)、4mM(ミトコンドリア系)MgCl2、3mM MnCl2(ミトコンドリア系)、15A260/mLリボソーム、4000cpm/LL-[14C]Phe-tRNAPheE.coli、体積25L、反応温度37℃、反応時間60minとした。反応後の溶液は、アルカリ加水分解(3mM KOH、37℃、90min)後、シリカゲルTLCプレートに展開した(展開溶媒は1-ブタノール:酢酸:水=4:1:1)。展開パターンの解析および定量にはFuji Photo Film BAS1000イメージ・アナライザーを使用した。TLC上の各レーンに展開された[14C]スポットの放射線強度を定量し、([ジペプチド]+[トリペプチド]+[テトラペプチド以上のオリゴマ-])/([原点を除くレーン全体])を収率の定義とした。

 ミトコンドリア系の場合、金属イオンに対する依存性が他の三者とは異なった。これ以外の系の場合は、二価カチオンとしてMgCl2のみを必要としたが、ミトコンドリア系の場合は、2価カチオンの組成を4mM MgCl2+3mM MnCl2とすることによって、合成活性が数倍に上昇した(図2)。さらに、通常の水溶液系や、E.coliのピリジン系の場合、Li+やNa+は反応を阻害するが(データは示さない)、このミトコンドリア系においてはNa+やLi+といったイオンも十分に使用可能であった。LiClはリボソームから選択的に蛋白質を除去する際にも用いられる試薬である。また、65℃以上という、蛋白質が熱変成するような高温も併せて考えると、ミトコンドリア系においてペプチド合成活性にリボソーム蛋白が関与する割合は低く、rRNA自身がペプチド合成活性を担っている可能性が高い。

図2.牛ミトコンドリアリボソームによるポリフェニルアラニン合成活性に対するカチオンの影響。(a)はMnCl2濃度に対する反応効率の依存性、(b)は2価カチオンとして15mM MgCl2を用いた場合(□)と4mM MgCl2+3mM MnCl2を用いた場合(■)との比較。2値カチオンとして4mM MgCl2+3mM MnCl2を用い、反応温度を65℃とした他は、標準的な組成は図1の脚注と同様。

 表1に各系の抗生物質感受性を示した。クロラムフェニコールは原核細胞やミトコンドリアの、シクロヘキシミドは真核細胞のリボソームの大サブユニットとそれぞれ選択的に結合し、ペプチド転移反応を阻害する試薬である。表1の結果は、これまでに知られている通常の水溶液反応系の結果と一致するものである。この結果から、高濃度ピリジン系においても、リボソームはその活性部位周辺の高次構造は維持しており、ペプチド結合生成の機構は生体中におけるものと同様のものであると考えられる。

表1.さまざまな生物種由来のリボソームの抗生物質感受性(a)
除蛋白処理を施したリボソームのペプチド合成活性

 E.coliおよびT.thermophilusリボソームに(a)0.5%SDS処理、(b)0.5%SDSおよび1mg/mLプロテアーゼK処理、(c)フェノール抽出、の3通りの処理を施し、それらを含む60%ピリジン系でpoly(U)依存のpoly(Phe)合成(37℃、60min)を試みた(なお、これらの処理を施したリボソームは通常の水溶液系では一切の活性を示さなかった)。その結果、E.coli系、T.thermophilus系ともに、SDS処理後も活性低下はほとんどみられず、SDS+プロテアーゼK処理後にも十分な活性が認められた(表II)。さらにT.thermophilus系の場合はフェノール抽出の後もわずかながら活性を残していた。したがって、rRNAがリボソームのペプチド結合生成活性に関して重要な役割を演じているものと思われる。

表II.除蛋白処理を施したリボソームのペプチド合成活性
翻訳産物の解析

 続いて、60%ピリジンを含む系において、どの程度の重合度のペプチドが生じているのか、リボソームは遺伝暗号に従って合成を行っているのか、という二点について検討した。ペプチド合成反応の産物をHPLCで分析した結果から、poly(Phe)で少なくとも10mer、ポリリジンでは平均して40merの分子長のポリマーが合成されていることがわかった(データは示さない)。したがって、ピリジン存在下の合成系が十分な分子量の高分子を合成できるることが示された。図3.aは、鋳型として5’-(CU)-3’のポリマーであるpoly(CU)を加えた際に、セリン(S)とロイシン(L)の共重合体の合成が約2倍に促進されることを示す。HPLCによる分析からは、翻訳産物の低分子側にはL-LやS-Sといったペプチドがほとんど認められなかった (図3.b)。また、トリペプチド以上の分子量の生成ペプチドに対して、セリン残基の窒素原子が含まれるペプチド結合のみを限定的に加水分解し、ジペプチド以下の重合度とした混合物中にも、やはりL-LやS-Sといったジペプチドが存在しないことから(図3.c)、高濃度ピリジン中においてもリボソームが遺伝暗号にしたがってCUCをロイシンに、UCUをセリンに読み取り、交互共重合ペプチドを合成していることが示された。

図3.60%ピリジン存在下におけるpoly(CU)依存セリン-ロイシン共重合体の分析。(a)はセリンーロイシン共重合体合成反応の経時変化。反応後の溶液をアルカリ加水分解後、塩酸で中和、0.2mフィルターでろ過した後、TSK ODS-120Tカラムを用いて分離した(展開溶媒は0.1%TFA水溶液および0.1%TFAアセトニトリル)。ポンプ流速は0.8mL/minとし、液出液を1minずつ分取して[14C]量をシンチレーションカウンターで計測した。●はSer-tRNAおよびLeu-tRNAを含むがpoly(CU)を含まない場合、○はSer-tRNA、Leu-tRNAおよびpoly(CU)をすべて含む場合。■はLeu-tRNAおよびpoly(CU)を含む場合、▲はSer-tRNAとpoly(CU)を含む場合。(b)上図は(a)中の○の条件で20min反応した後の産物の溶出パターン。SおよびLはそれぞれセリン、ロイシンをあらわし、S-S、S-L、L-S、L-Lはジペプチドをあらわす。(b)下図は(a)中の●の条件の反応産物の溶出パターン。(c)は(b)の30minから50minにおいて溶出されたフラクションの限定分解産物。
結論

 さまざまな生物種由来のリボソームを用いて、高濃度ピリジンを含むペプチド合成系を構築した。抗生物質に対する感受性から、これらの合成系においてリボソームは生体中と同様にしてペプチド結合生成反応を触媒することが推測された。ミトコンドリアの系においては蛋白質が変性するような高温においても合成活性が示されたこと、T.thermophilusの系においてはフェノール抽出を行ったリボソームが活性を維持したことから、rRNAがペプチド結合生成活性に関して重要な役割を演じていることが示された。HPLCによる分析からは、重合度にして数十の高分子が合成されていること、そして遺伝暗号に沿ってペプチドを合成できることが示された。

審査要旨

 生命現象を維持するため、細胞は数多くの化学反応を行っているが、このような化学反応のほとんどすべてを触媒する分子が酵素蛋白質であり、この蛋白質もまた、分子複合体リボソームを中心とする細胞内蛋白質合成系で合成される化合物である。アミノ酸がアミド結合によって重合した高分子である蛋白質は、アミノ酸が決められた順序で配列し、L-体のみの-炭素から構成される一定の分子鎖をもつ点で、現在の工業高分子にはみられない特徴を持つ。また蛋白質合成反応自体、アミド結合形成のような脱水縮合反応が細胞内という水溶液環境で生じるという特徴を持つ。そのため、細胞内における蛋白質合成系を模倣したり人工的に改良することによって、安定で効率のよい蛋白質合成系を創製すれば、それは高分子有機合成化学に新たな展開をもたらす可能性が大きい。

 このような新規蛋白質合成系の創製をめざして、申請者の研究室では単純化された蛋白質合成系の開発に取り組んでいる。その過程で、芳香族三級アミン存在下ではリボソーム、アミノアシル-tRNA、mRNA、金属塩、50%〜60%ピリジンだけあれば、従来の合成系では必須であった可溶性蛋白因子やATP、GTPなどのエネルギーが不要な、単純なシステムでペプチド合成が進行することが、バクテリアのリボソーム系で見出された。

 本論文は、このようにバクテリアのリボソームで開発された三級アミンを含むペプチド合成系が、他の生物が用いている蛋白質合成系にも適用できるかを、真核生物の酵母と細胞内小器官(オルガネラ)であるウシ・ミトコンドリアの系で検討したものであり、7章から構成されている。第1章は序論で、本研究の背景を述べている。第2章は大腸菌(E.coli)、好熱菌(T.thermophilus)、酵母(S.cerevisiae)およびウシ・ミトコンドリアからリボソームをはじめとする蛋白質合成反応に必要なさまざまな因子の調製方法に関して述べている。

 第3章「三級アミン存在下におけるさまざまな生物種由来リボソームのペプチド合成活性」においては、原核細胞(大腸菌と好熱菌)、真核細胞(酵母)、および動物細胞ミトコンドリアから調製したリボソームによるオリゴペプチド合成に関して反応条件の最適化を行い、これらさまざまな生物のリボソームがいずれも高濃度ピリジン中でペプチド合成反応を行い得ることを示している。また、原核細胞と真核細胞の蛋白質合成反応をそれぞれ選択的に阻害する抗生物質(クロラムフェニコールとシクロヘキシミド)に対する感受性が、生体中におけるものと同様であることを示し、高濃度ピリジン中という環境においてもリボソームの活性部位の立体構造が保持されていること、従ってペプチド結合生成機構は細胞内におけるものと同様であることを結論している。さらに、これらの系の反応温度依存性を解析した結果、ミトコンドリア由来リボソームが60℃以上という高温において活性を上昇させることを見い出した。ミトコンドリアの系に関しては、金属イオンに対する依存性も他の系と大きく異なり、Mg2+の代わりにMn2+による活性上昇が認められた。また、リボソームから蛋白質を除去する際に用いる試薬LiClの存在下でもペプチド合成反応が十分に進行した。以上の新事実より、ミトコンドリアの系においてはペプチド合成反応にリボソーム蛋白質が関与している可能性は低く、活性の大半はrRNAによって担われている可能性が高いことを指摘している。

 第4章は三級アミンを含む翻訳系の反応産物の解析結果を述べている。さまざまな濃度の鋳型存在下におけるpoly(U)依存ポリフェニルアラニン合成、およびpoly(A)依存ポリリジン合成において生成される産物量の経時変化を追跡し、HPLCによる産物の解析を行った結果、鋳型に依存したペプチド合成が生じていること、および重合度が数十の高分子が合成されていることがわかった。さらに、poly(UC)すなわちウリジン酸とシチジル酸との交互共重合体を鋳型とするポリ(セリン/ロイシン)の合成を試みた結果、生成ペプチドがセリンとロイシンとの交互共重合体であることを見い出した。この結果は、高濃度ピリジン存在下においても生体中と同様にして遺伝暗号の解読が行われていること(遺伝暗号UCUはセリンに、CUCはロイシンに対応している)を明確に示すものであり、高濃度ピリジンを含むペプチド合成系が、単なるペプチド結合生成系としてでなく、鋳型に依存した高分子合成系でもあることが結論された。

 第5章ではさまざまな除蛋白処理を施したリボソームのペプチド合成活性について調べている。E.coliおよびT.thermophilusのリボームに対してSDSによるリボソーム蛋白質の変性、プロテアーゼによるリボソーム蛋白質の分解、さらにフェノール抽出による徹底した蛋白質除去といった処理を施した後、これらのリボソームによるポリフェニルアラニン合成を試みた。その結果、E.coliおよびT.thermophilusのリボームともSDS処理およびプロテアーゼ処理後も鋳型依存ペプチド合成活性を十分に残すこと、さらにT.thermophilusのリボームの場合はフェノール抽出後もペプチド合成活性をわずかに維持することがわかった。したがって、リボソームにおけるペプチド結合生成に関しては、リボソーム蛋白質ではなくrRNAが中心的役割を演じていることが示された。

 第6章「金属イオンによるペプチド合成反応の制御」においては、Mn2+濃度を最適化することによって、E.coliリボソームによるpoly(U)依存ポリフェニルアラニン合成反応の鋳型依存度を飛躍的に増大させることができることを示した。そして、高濃度ピリジンを含むペプチド合成系の、鋳型高分子依存のポリペプチド合成システムとしての応用に関して考察している。

 第7章は総合考察であり、本論文を総括した後、高濃度ピリジンを含むペプチド合成系の研究における今後の課題を明らかにするとともに、この系の今後の発展に関して考察している。生命現象の解明および新規な高分子合成システム開発にあたっては、最小構成要素からなるペプチド合成系を構築することが重要なステップであり、高濃度ピリジンを含むペプチド合成系がその第一歩となる可能性があることを示し、そのために必要な課題を述べている。

 以上要するに、本論文はバクテリア・リボソーム系で新たに開発された、蛋白性因子とエネルギー非依存性のピリジン駆動型ペプチド合成システムが、真核細胞や細胞内小器官(オルガネラ)のリボソームでも成立することを初めて示し、全生物のリボソームに共通の反応系であることを実験的に証明し、かつ各々の系の特徴を詳細に検討し人工ペプチド合成システム構築のための有益な情報を収集したものである。このシステムは新規ペプチド合成システムとして工学的展開を計れる可能性が高いので、本論文はその基礎研究として工学に資するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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