学位論文要旨



No 111879
著者(漢字) 木原,秀元
著者(英字)
著者(カナ) キハラ,ヒデユキ
標題(和) 超分子液晶材料の設計と機能化
標題(洋) Design and Functionalization of Supramolecular Liquid-Crystalline Materials
報告番号 111879
報告番号 甲11879
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3677号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瓜生,敏之
 東京大学 教授 干鯛,眞信
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 助教授 荒木,孝二
 東京大学 助教授 加藤,隆史
内容要旨 緒言

 ディスプレイ材料や高強度・高弾性率材料として広く使用されている通常の液晶分子は,共有結合のみを考慮にいれて適切な分子構造が設計され,合成されてきた.しかし,分子集合性を生かしてより高度な機能の発現をめざす場合,複数の分子の複合を行う超分子化による液晶材料の設計は今後重要であると考えられる.Katoらはカルボキシル基を有する分子とピリジル基を有する分子を複合化させることにより安定な液晶性を発現する水素結合型超分子液晶が得られることを見いだした.本研究ではこの水素結合型液晶において,より高度な三次元的構造や機能を有する超分子材料を設計し、構築することを試みた.

結果と考察1)棒状低分子構造を有する超分子液晶の構築

 Chart1にここで用いた水素結合ドナー・アクセプターの構造を示す.水素結合ドナー1は106〜151℃でネマチック(N)相を示す.一方,水素結合アクセプタ-2は149℃で融解し液晶性は示さない.これら1と2をモル比1:1で複合化して得られたコンプレックス1/2の液晶性を調べたところ,112〜128℃でSA相,128〜166℃でN相を示した.分子単独と比較すると,新たにSA相を発現し、液晶-等方相転移温度も15℃上昇した.このことはFig.1に示したように1のカルボキシル基と2のピリジル基が選択的に結合し、新たなメソゲンを有する超分子構造が形成されていることを示唆している.またこの選択的な分子間水素結合はIR測定によって水酸基およびカルボニル基のピークがシフトしていることからも確かめられた.このように水素結合型超分子液晶は異種分子が選択的に他を認識して超分子構造を形成し.分子が単独で存在するときとは異なった組織体へと自発的に集合するという新しいタイプの液晶材料である.

Chart 1Fig.1 Structure of hydrogen-bonded liquid-crystalline complex built from 1 and 2.
2)光学活性基を有する超分子液晶の構築-強誘電性の発現

 強誘電性を示す水素結合型液晶を得るために光学活性な水素結合ドナー3を合成し,アキラルな水素結合アクセプター4と複合化させることによりFig.2に示すような超分子構造をデザインした.液晶分子が強誘電性を発現するにはカイラルスメクチックC(Sc*)相を示す必要があるが3および4は単独ではSc*相を示さなかった.しかし3と4を複合化して得られたコンプレックス3/4は110〜128℃でSc*相を示した.また交流電場中においてヒステリシスループすなわち分極の反転が観察され,コンプレックスが強誘電性を有することが分かった(Fig.3).またこのとき自発分極の値は56.0nC/cm2であったが,これは同じ光学活性基を有する通常の強誘電性液晶の場合よりも比較的大きな値であった.これは水素結合型液晶は分子構造がソフトなためにダイポールの配向がよくなったためではないかと考えられる.このように水素結合型液晶は分子単独では得られない強誘電性という性質を異種分子の複合化という手段によって発現させることができる優れた材料であることがわかった.

Fig.2 Structure of hydrogen-bonded ferroelectirc liquid-crystalline complex built from 3 and 4.Fig.3 Hysteresis loop of hydrogen-bonded complex 3/4 at 116℃ and 30 Hz.
3)側鎖型高分子構造を有する超分子液晶の構築

 水素結合ドナー部位を含むポリマーとして用いるために側鎖の末端にカルボキシル基を有するポリアクリレート5を合成し,水素結合アクセプター6と複合化させた(Chart2).得られたコンプレックス5/6の液晶性をDSCおよびX線によって測定したところ,35〜64℃で高次のスメクチック(Sx)相,64〜124℃でSB相,124〜197℃でSA相を示した.この相転移挙動は5および6単独のものと全く異なりFig.4に示すような側鎖型高分子構造を有する超分子液晶が形成していることを示している.このことはX線から得られる層間隔37.7Aが分子モデリングから得られるFig.4の側鎖の長さ37.5Aとほぼ一致していることからも確認できた.このように水素結合ドナー性ポリマーと水素結合アクセプター性の低分子はポリマーの側鎖末端において互いに他を認識し,自発的に側鎖型高分子構造を形成し,安定な液晶性を発現する分子集合体となった.

Chart 2Fig.4 Structure of hydrogen-bonded liquid-crystalline polymeric complex built from 5 and 6.
4)側鎖型高分子と2官能性分子からなる液晶性ポリマーネットワーク

 水素結合による高分子架橋体を作製する目的で水素結合ドナー性ポリマー5と2官能性の水素結合アクセプターであるビピリジン7を複合化させた.さらに単官能性の6を導入することにより架橋の割合を制御して,Fig.5に示すような構造のコンプレックスを作製した.Fig.5のxの値を変化させて液晶性を調べたところ,興味深いことにx=1.0のときでもコンプレックスは84〜205℃で液晶相を示した.X線回折からもこの相はSA相であることが確認できた.またこのx=1.0のコンプレックスのDSC測定を繰り返し行なったところ,可逆的な液晶-等方相転移を示すことが分かった.水素結合の動的な性質により,Fig.6のように高度に架橋した状態においても液晶性を発現し,また可逆的な液晶-等方相転移を示すことができる全く新しいタイプの液晶材料を得ることができた.

Fig.5 Structure of H-bonded cross-linked liquid-crystalline polymeric complexes built from5,6,and7.Fig.6 Schematic illustration for reversible formation between liquid-crystalline and isotropic states of H-bonded network built from 5 and 7.
5)多官能性分子間の水素結合により形成する液晶性超分子ネットワーク

 水素結合による超分子ネットワークを作製する目的で3官能性の水素結合ドナー8および9を合成した.これらを2官能性水素結合アクセプター10と複合化させた(Chart3).8,9,10は単独では液晶性は示さなかったがコンプレックス8/10は降温時176〜156℃でSA相を示し,9/10は200〜87℃でN相を示した.8,9の構造から考えてコンプレックスがSAやN相を示したことは興味深い.このことを考察するために8,9の分子モデリングを試みたところ,8がスメクチックネットワーク(Fig.7)を形成し,9がネマチックネットワーク(Fig.8)を形成することが示唆された.このように組み合わせる一方の分子構造により,メソゲンの三次元的配置を制御した超分子ネットワーク構造を有する液晶材料を得ることができた.

Chart 3図表Fig.7 Schematic illustration of smectic network fromed by molecualr self-assembly of 8 and 10. / Fig.8 Schematic illustration of nematic network fromed by molecualr self-assembly of 9 and 10.
審査要旨

 液晶は現在、低分子系はディスプレイ材料、高分子系は高強度・高弾性率材料としての応用が見いだされているが、生体とも深く関係しており、今後さまざまな分野への応用が期待されている。通常の液晶材料は、そのほとんどが共有結合のみにより分子設計が行なわれている。しかしながら、分子間相互作用の活用や金属原子の導入により、多彩な機能を有する液晶を作ることが可能である。本論文は「超分子液晶材料の設計と機能化」と題し、水素結合あるいは金属配位結合を用いて異種分子を集合させることにより液晶性を発現する新規な液晶材料を構築し、さらに強誘電性の発現などの機能化を試みている。全部で7章よりなる。

 第1章は序論である。液晶材料の基礎的な知見および、本研究の目的が述べられている。

 第2章では、安息香酸誘導体とスチルバゾール誘導体間に水素結合を形成させて生じた、棒状低分子構造を有する液晶コンプレックスの作製と、その性質が述べられている。これは安息香酸のカルボキシル基とスチルバゾールのピリジル基が選択的に直線性を維持して水素結合することにより、新たなメソゲンを有する超分子構造が形成され、単一の分子として振舞うためである。また安息香酸側にニトロ基やシアノ基のような電子吸引性基を導入することにより、液晶相が安定化されることが分かった。これは安息香酸の酸性度が増加すると分子間水素結合が強められ、それにより液晶相が安定化したためであると考察した。

 第3章では、高速応答性・メモリー性をあわせ持っており、次世代の表示素子として期待されている強誘電性液晶の分子間水素結合による構築について述べられている。単独では強誘電性を示さないキラルな2-メチルブトキシ安息香酸とアキラルなアルコキシスチルバゾールを水素結合によって複合化することにより、強誘電性を発現する超分子液晶を作製した。このとき自発分極の値は、同じ2-メチルブトキシ基を有する通常の強誘電性液晶よりも大きい、5 6nC/cm2であった。このように大きな自発分極が得られたのは、メソゲンがソフトな水素結合から構築されているために電場に対して分子の双極子モーメントが配向しやすいためではないかと考察している。

 第4章では、ポリマーと低分子の分子集合プロセスによる側鎖型高分子液晶の構築と、その性質について述べられている。側鎖の末端にカルボキシル基を有するポリマーとアルコキシスチルバゾールを複合化させると、カルボキシル基とピリジル基が1:1で選択的に結合し、新たなメソゲン構造を含む側鎖型高分子コンプレックスが得られた。コンプレックスは均一なスメクチック相を発現し、また液晶-等方相転移温度は末端アルキル鎖長に対して偶奇効果を示した。さらに、コポリマーコンプレックスも作製し、水素結合と電子ドナー・アクセプター相互作用との組み合わせにより、液晶性をより安定化できることも示した。

 第5章では水素結合による高分子ネットワーク体の構築が述べられている。まず側鎖の末端にカルボキシル基を有するポリマーとピリジル基を2個有する4,4’-ビピリジン、および単官能性のヘキシルオキシスチルバゾールを複合化することにより水素結合コンプレックスを作製した。4,4’-ビピリジンは分子の両末端でカルボキシル基と水素結合することによって可逆的架橋部位を形成した。この三元系ポリマーコンプレックスはスメクチックA相とスメクチックB相の液晶性を示した。さらに、ポリマーと4,4’-ビピリジンのみから成る二元系架橋コンプレックスにおいても、スメクチックA相が観察された。また水素結合によって形成されたこのポリマーネットワークは可逆的な液晶-等方相転移挙動を示した。

 第6章では、単独では液晶性を示さない多官能性の低分子同士を集合させた液晶水素結合ネットワークの形成について述べられている。多官能性水素結合性低分子から得られる可逆的水素結合ネットワークはスメクチックAあるいはネマチック相を発現した。ネットワーク体の液晶相はコンポーネントのコンホメーションに依存することが分かった。光学活性部位を導入した水素結合ネットワークはコレステリック相を発現した。このネットワーク体を利用して青色の選択反射を有する薄膜を作製した。

 第7章では金属配位結合を用いた液晶性ポリマーの作製について述べられている。スチルバゾールの2量体とトリフルオロメタンスルホン酸銀を複合化することにより、銀イオンに2つのピリジル基が直線的に配位し、主鎖骨格中に銀イオンでプリッジしたメタロメソゲン構造を含む液晶高分子コンプレックスが得られた。このコンプレックスはスメクチックA相を発現した。

 以上、本論文は水素結合や配位結合などを用いた分子集合プロセスが、液晶などの機能性有機材料を構築するうえで非常に有効な手法となることを示したものであり、学術上および工業上、貢献するところが少なくない。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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