液晶は現在、低分子系はディスプレイ材料、高分子系は高強度・高弾性率材料としての応用が見いだされているが、生体とも深く関係しており、今後さまざまな分野への応用が期待されている。通常の液晶材料は、そのほとんどが共有結合のみにより分子設計が行なわれている。しかしながら、分子間相互作用の活用や金属原子の導入により、多彩な機能を有する液晶を作ることが可能である。本論文は「超分子液晶材料の設計と機能化」と題し、水素結合あるいは金属配位結合を用いて異種分子を集合させることにより液晶性を発現する新規な液晶材料を構築し、さらに強誘電性の発現などの機能化を試みている。全部で7章よりなる。 第1章は序論である。液晶材料の基礎的な知見および、本研究の目的が述べられている。 第2章では、安息香酸誘導体とスチルバゾール誘導体間に水素結合を形成させて生じた、棒状低分子構造を有する液晶コンプレックスの作製と、その性質が述べられている。これは安息香酸のカルボキシル基とスチルバゾールのピリジル基が選択的に直線性を維持して水素結合することにより、新たなメソゲンを有する超分子構造が形成され、単一の分子として振舞うためである。また安息香酸側にニトロ基やシアノ基のような電子吸引性基を導入することにより、液晶相が安定化されることが分かった。これは安息香酸の酸性度が増加すると分子間水素結合が強められ、それにより液晶相が安定化したためであると考察した。 第3章では、高速応答性・メモリー性をあわせ持っており、次世代の表示素子として期待されている強誘電性液晶の分子間水素結合による構築について述べられている。単独では強誘電性を示さないキラルな2-メチルブトキシ安息香酸とアキラルなアルコキシスチルバゾールを水素結合によって複合化することにより、強誘電性を発現する超分子液晶を作製した。このとき自発分極の値は、同じ2-メチルブトキシ基を有する通常の強誘電性液晶よりも大きい、5 6nC/cm2であった。このように大きな自発分極が得られたのは、メソゲンがソフトな水素結合から構築されているために電場に対して分子の双極子モーメントが配向しやすいためではないかと考察している。 第4章では、ポリマーと低分子の分子集合プロセスによる側鎖型高分子液晶の構築と、その性質について述べられている。側鎖の末端にカルボキシル基を有するポリマーとアルコキシスチルバゾールを複合化させると、カルボキシル基とピリジル基が1:1で選択的に結合し、新たなメソゲン構造を含む側鎖型高分子コンプレックスが得られた。コンプレックスは均一なスメクチック相を発現し、また液晶-等方相転移温度は末端アルキル鎖長に対して偶奇効果を示した。さらに、コポリマーコンプレックスも作製し、水素結合と電子ドナー・アクセプター相互作用との組み合わせにより、液晶性をより安定化できることも示した。 第5章では水素結合による高分子ネットワーク体の構築が述べられている。まず側鎖の末端にカルボキシル基を有するポリマーとピリジル基を2個有する4,4’-ビピリジン、および単官能性のヘキシルオキシスチルバゾールを複合化することにより水素結合コンプレックスを作製した。4,4’-ビピリジンは分子の両末端でカルボキシル基と水素結合することによって可逆的架橋部位を形成した。この三元系ポリマーコンプレックスはスメクチックA相とスメクチックB相の液晶性を示した。さらに、ポリマーと4,4’-ビピリジンのみから成る二元系架橋コンプレックスにおいても、スメクチックA相が観察された。また水素結合によって形成されたこのポリマーネットワークは可逆的な液晶-等方相転移挙動を示した。 第6章では、単独では液晶性を示さない多官能性の低分子同士を集合させた液晶水素結合ネットワークの形成について述べられている。多官能性水素結合性低分子から得られる可逆的水素結合ネットワークはスメクチックAあるいはネマチック相を発現した。ネットワーク体の液晶相はコンポーネントのコンホメーションに依存することが分かった。光学活性部位を導入した水素結合ネットワークはコレステリック相を発現した。このネットワーク体を利用して青色の選択反射を有する薄膜を作製した。 第7章では金属配位結合を用いた液晶性ポリマーの作製について述べられている。スチルバゾールの2量体とトリフルオロメタンスルホン酸銀を複合化することにより、銀イオンに2つのピリジル基が直線的に配位し、主鎖骨格中に銀イオンでプリッジしたメタロメソゲン構造を含む液晶高分子コンプレックスが得られた。このコンプレックスはスメクチックA相を発現した。 以上、本論文は水素結合や配位結合などを用いた分子集合プロセスが、液晶などの機能性有機材料を構築するうえで非常に有効な手法となることを示したものであり、学術上および工業上、貢献するところが少なくない。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |