銅酸化物超伝導体の研究の中でも異常な常伝導状態の輸送現象を理解することは、最も魅力的であり、また最も難解でもある議題の1つである。これらの結果は高温超伝導の本質を解明するための重要な情報を与えてくれるものと期待される。そこで本研究では銅酸化物超伝導体の異常な常伝導状態に対してさらに詳細な議論を可能とするため、電気抵抗率()、ホール係数(RH)、磁気抵抗(/0)という最も基本的な物性パラメータの測定を行い、それらのパラメータ全体を眺めたときに、異常な常伝導状態をどのように理解できるのかを考察する。対象物質としてLa2-xSrxCuO4(LSCO)の単結晶を用いた。絶縁体-異常金属超伝導体-通常金属への転移が銅酸化物超伝導体の特徴のひとつであると広く認められているにも拘わらず、これらの転移すべてを完全にカバーする系はほとんどない。LSCOは絶縁体から金属までカバーする数少ない系のひとつであり、キャリアドープに関してLSCOは銅酸化物超伝導体の典型としてしばしば議論される。本研究の最大の利点は異常といわれる常伝導状態をアンダードープからオーバードープまで広いキャリアドープ領域に渡って系統的に調べることにある。 様々なSr濃度(0.07x0.28)を有するLSCOの一連の単結晶は溶媒移動浮遊帯域法で育成を行った。得られた結晶の評価としては、偏光顕微鏡及びX線背面ラウエ法による結晶学的な評価、EPMA及びICP誘導結合プラズマ法による化学的な評価、そしてSQUID磁束計による弱磁場下でのshielding及びMeissner磁化率の測定から超伝導性の評価を行った。常伝導状態の輸送特性(,/0,RH)の測定に使用した結晶は〜2×1×0.1(c-axis)mm3程度の大きさで、電流及び電圧端子は焼き付け用の金ペーストを使用した。抵抗率及び磁気抵抗は従来の4端子法で、Hall測定には6端子法で行い、測定にはresistance bridgeを用いた。測定温度領域は磁気抵抗がTc<T<200K、抵抗率及びHall測定はTc<T<700Kまで行った。磁気抵抗の測定には8T超伝導マグネット及び15T超伝導マグネット(於東北大金研強磁場センター)を使用し、ホール測定にはスプリット型の電磁石による1.4Tの磁場下で行った。高温側の測定では石英管にニクロム線を巻き付けたヒーターで昇温を行ったが、試料中の酸素の欠損を防ぐ目的で酸素ガスを流しながら測定した。 図1に各組成のLSCOのRHの温度依存性を示す。Sr濃度xの増加とともにRHは急速に減少し、その温度依存性も各組成でほぼ共通に、温度が増加するにつれて減少していく。低温(〜100K)及び高温(〜700K)での、RHのSr濃度の依存性をバンド計算の値と比較すると、アンダードープ領域では低温で1/RHが見かけのキャリア数、〜xに近い値を取っているのに対し、高温ではよりバンド計算の予想値に近づいていく傾向が確認され、一方、オバードープ側では温度依存性は比較的弱く、ほぼバンド計算の予想値と同様のRHを示している。本研究で新たに見いだされた描像として、RHが最大になる温度に注目すると興味深い相図が得られる。このはオーバードープ領域ではほぼTcに一致しているが、アンダードープ領域ではドープ量の減少とともにTcから離れて高温側にシフトしていくことが確認される。オーバードープ側ではがTcと一致またはかき消されているのに対し、アンダードープ側では特徴的にドープ量の減少とともにが系統的にTcよりも上方に移行し、例えばx=0.07の試料では〜110KとTc(〜20K)よりもはるかに高温で観測される。このような振る舞いはY123系では、すでに観測されている。Yl23系ではこの温度がCu(2)サイトの縦緩和時間1/T1Tが減少し始める温度に比較的よく対応していることから、キャリアがスピン揺らぎによって散乱されていると主張されている。一方、LSCOではこれまでTcより高い温度での1/T1Tの減少は観測されてはいないが、Y123系との酷似を考慮すると、LSCO系でもスピン系の変化がの近傍で生じているのではないかと予想される。Tl2201系でも同様のが観測されていることからこのがアンダードープ側のみの特徴であるとは明言できないが、Tl2201系でもTcより高い温度での1/T1Tの減少は観測されることから(ただしこれは厳密な意味のスピンギャップではない)、やはりホール係数の異常な温度依存がスピン系と相関していることが示唆される。 図1:RHの温度依存性 次に面内の磁気抵抗に注目する。ここでは多くの金属で観測される従来のBloch-Boltzmannの輸送方程式から導かれるKohler’s rule[/0=F(H/0)]がどこまで銅酸化物超伝導体に通用するかを議論の出発点とした。図2に示すように(H/a)vs.a/a0のプロットをすることによりKohler’s ruleのスケールの有効性を調べた。x=0.28の非超伝導相のオーバードープ領域では広い温度範囲で磁気抵抗がKohler’s rule a/a0=F(H/a0)によく従う。これに対し、ドーピングの減少とともにKohler’s ruleからの逸脱が特にアンダードープの低温で顕著になる。この系統性から超伝導の揺らぎがKohler’s ruleの破たんに重要な役割を果たしているのではないかと予想される。特に層状銅酸化物超伝導体では高いTc、短いコヒーレンス長、擬2次元性などの特徴が従来の超伝導体に比べて様々な物性に対する超伝導揺らぎの影響が無視できない。そこで、ここでは純粋に常伝導状態から来る磁気抵抗を評価するため、超伝導揺らぎからの揺らぎ伝導度の寄与の評価をはじめに行った。 図2:LSCOのa/a0(H‖c⊥J)のKohler plot。各温度のデータが一致したとき、Kohler’s ruleが成立。 磁場中の揺らぎ伝導度(H)は、揺らぎにより生成されるクーパー対の伝導度に対する寄与であるAslamasov-Larkin項と揺らぎが常伝導電子の伝導度に及ぼす寄与に相当するMaki-Thompson項の和からなることが知られている。これに対しYipは異方的な対の対称性を持つ超伝導体で、MT項は磁気伝導度に寄与しないのに対し、AL項は本質的に対称性の違いに左右されないことを主張している。つまり、MT項の存在は銅酸化物超伝導体が従来のs波超伝導体であるということを示唆する。そこでこのような揺らぎ伝導度の観点から本研究結果の解析を試みた。本研究で使用されたLSCO単結晶の面内のコヒーレンス長ab(0)はこれまでの磁化測定の実験から決定されていて、0.09x0.18のドープ領域ではほぼ一定で30Å程度となっている。面間のコヒーレンス長c(0)は磁場侵入長の異方性から評価すると、(2.2〜0.8Å)とドープ量の増加とともに単調に減少する。まず、x=0.09の試料に注目すると、図3(a)にみられるとおり、AL項のみを考慮すれば高温域を除いて実験結果をうまくfitできることがわかる。AL項でのfitting parameterはab(0)、c(0)及びTcのみで、fittingの結果、得られた値は上述の測定法で得られた値とかなり良く一致する。もし、MT項を入れて磁気伝導度をfittingさせるのならばMT項がAL項に対し、無視できるほど小さくなければならない。このためには位相緩和時間が〜10-15s(40K)以下に設定しなければならない。これを温度に換算すると/103Kとなり、pair breakingの効果がなければ1000K以上という非常に高温でTcが起こっていることになってしまう。これは考え難く、やはりアンダードープのLSCOではMT項が磁気伝導度にあらわれていないと考える方が自然であろう。最近のLSCOのラマン散乱や中性子散乱の測定結果は異方的なギャップの存在を支持しているが、異方的なギャップのため、磁気伝導度の測定でMT項が現れない解釈すると矛盾しない。 図3(b),(c)に最適ドープ(x=0.15)とオーバードープ(x=0.18)試料の実験結果とAL項によるfittingの結果を示す。アンダードープ領域とは異なり、AL項のみのfittingに対して実験データはより弱い温度依存性を示し、高温側で上方に逸脱する。このような場合、AL項に比べて高温側で顕著になるMT項によるものかと考えるが、実際にdirty limit及びclean limitの両方の表記で各々様々なパラメータを入れてAL+MTという形でfittingを行ったが、実験結果の温度依存性を再現することはできなかった。そこで最適及びオーバードープ領域では超伝導揺らぎによる磁気伝導度への寄与はAL項のみで記述され、さらにこれに常伝導の磁気伝導度が足し合わされていると仮定する。これまでの研究では磁気伝導度が超伝導揺らぎからのみ生じると仮定しているが、本研究で非超伝導のx=0.28の試料でも超伝導の試料と同等の磁気抵抗が観測されていることから、常伝導の磁気抵抗も決して無視できないものと考えられる。 図3:面内磁気抵抗に於ける揺らぎ伝導度のAL項の計算値(破線)と実験データ(空丸)。 超伝導揺らぎからの寄与を考慮して、Kohler’s ruleの破綻に関してさらに考察する。この問題は様々な系の銅酸化物超伝導体において観測されているHall角cotHのT2依存性に深く関わっていると考えられる。Princeton大学のグループは、輸送散乱tr∝∝T及びHall散乱H∝cotH∝T2という2つの異なる散乱を導入により解釈が可能であると主張している。Bloch-Boltzmann方程式の枠組みでのKohler’s ruleは等方的な散乱過程に基づいている。もしHall散乱の温度依存性が輸送散乱trのそれと異なる場合、軌道磁気抵抗はHall散乱と密接に関っているので当然Kohler’s ruleは成立しないことは容易に想像できる。 上述の解析から、観測される磁気抵抗はアンダードープ領城では揺らぎの寄与が支配的であるのに対し、ドープ量の増加とともに常伝導の磁気抵抗の寄与が重要になってくる。よってここではKohler’s ruleの逸脱に関して最適及びオーバードープ領域に絞って議論する。また前節での議論から実験で観測される磁気伝導度からAL項を引き去ったもの(norm=obs-AL)を常伝導の磁気伝導度とする。図4に各散乱確率、抵抗率からの、Hall角からの、磁気抵抗からのの温度依存性をプロットした。Bloch-Boltzmann方程式のアプローチでは〜、cotH〜、という関係が与えられる。また磁気抵抗が磁場Hの2乗に比例する場合()、一定磁場のもとで(/0)-1/2はに比例することになり、図4でプロットしたものはすべて散乱確率-1に比例するはずである。図4を実際に眺めてみると、とはほぼ同じ温度依存性を示すのに対し、のそれは異なることは明白である。このことは2つの異なる散乱時間の存在という考えに矛盾しない。 面間磁気抵抗(J‖c)に関しては、最適およびオーバードープ組成では正で磁場の2乗に比例する縦及び横磁気抵抗が観測されたのに対し、アンダードープ領域で顕著な描像が観測された。図5に示すように、高温域において縦磁気抵抗は最適及びオーバードープの結晶と同様に温度の低下とともに増加する。しかし、さらに温度を低下させていくと、明らかなピークが認められ、さらに負の符合へと急速に減少していく。例えばx=0.09の試料ではc/c0のピークは約90Kである。縦磁気抵抗が最大になる温度以下の温度で縦磁気抵抗と同じオーダーの負の横磁気抵抗も見いだした。アンダードープ領域での負かつ等方的な面間の磁気抵抗の起源は何なのか。Bloch-Boltzmann方程式をもとにした古典的な議論では負の磁気抵抗は生じない。この負かつ等方的な面間の磁気抵抗はアンダードープのLSCOの低温においてCuO2面に垂直な伝導がスピンの散乱によって制限されていることの証拠といえよう。LSCOに関してはincommensurateなスピン相関のためスピンギャップの実験的証拠はない。にもかかわらずアンダードープ領域で低温での一様帯磁率が低下するなどの特徴的な振る舞いが見られる。この負の磁気抵抗成分が見えはじめる温度は前に述べたホール係数が最大値を持つ温度とも比較的よく対応している。このことはLSCOでも理論的にスピンギャップが現れると期待できるような領域でスピンの構造に関連したあるクロスオーバーがある可能性を示唆している。これまで等方的な負の面間磁気抵抗が観測されている銅酸化物超伝導体(60K相Y123,Bi2212,Bi2201)はすべて、cが半導体的な振る舞いを示すものに限られている。このことから、c軸方向の半導体性もスピン系と密接に関連しているものと予想される。 図表図4:x=0.15とx=0.18試料でのab〜,cotH〜and(/0)-1/2〜の温度依存。MRとHは同じ温度依存を示すが、trのみ異なる。 / 図5:様々なドープ量の試料の80kOeでの縦(H‖J)及び横(H⊥J)面間磁気抵抗(J‖c)の温度依存性。 広い組成領域(0.07x0.28)にわたるLSCO単結晶の常伝導状態における磁気輸送特性の測定を行った。ホール測定に関しては、LSCOではこれまであらわに観測されていなかったアンダードープの低温域でのクロスオーバーラインを確認した。このクロスオーバーラインは、面間磁気抵抗に見られる等方的な負の磁気抵抗があらわになりはじめる温度と非常に良く一致する。このことや、Y123系との対比からみてもLSCOにおいても、アンダードープの低温域で、なんらかのスピン散乱の機構が伝導に影響を与えているものと考えられる。磁気抵抗からは、非超伝導オーバードープ領域で、面内及び面間ともに従来のKohler’s ruleが成立し、この領域では異方的3次元Fermi流体とするこれまでの認識と矛盾しない。超伝導相においては、面内磁気抵抗でまず超伝導揺らぎ伝導度の解析を行った結果、揺らぎ伝導度にはAslamasov-Larkinの項しか寄与していないことを示唆する結果が得られた。このことは超伝導ギャップが異方的であることをほのめかしている。これまでの揺らぎ伝導度の研究では常伝導の磁気伝導度の寄与を無視して、Maki-Thompson項としていたものと考えられる。このようにして、実験的に得られる伝導度からALの寄与を差し引いた分を常伝導の磁気抵抗成分と考えて、オーバードープと最適ドープの試料で、抵抗率、Hall角、磁気抵抗の温度依存を対比した結果、散乱がFermi面上の異なるで異なる温度依存を示すとするconventionalな意味での異方的な散乱を考えるよりも、Fermi面の各点での依存はないが、散乱の方向、つまりFermi面に対して、直交及び平行な方向への散乱が2つの異なる温度依存性をもつとするtr、Hの仮定に矛盾しない結果が得られた。 |