「建設」は、人類の福祉、つまり生活や産業の向上に寄与することを第一の目的としていることは疑う余地はない。しかし、建設に着手しようとしたときに地域住民の同意が得られず、事業者と住民との間に不協和が生じ、時として紛争にまで発展するという現象も生じている。このような「パブリック・アクセプタンス《public acceptance》」、つまり社会的受容の問題は、人間生活の福祉増進を前提としている建設にとって大きな問題である。 一方で、太平洋戦争後「建設分野での研究」は、大学をはじめとした研究体制の整備に伴い大きな進展をとげた。例えば、土木学会の会員は1950年の約1万名から90年には3万名以上に増加しており、同論文集の掲載論文数も同じく増加し、1990年には249件に及んでいる。 社会的受容の問題は建設の公益性の主張のみでは解決が困難であること、その争点である安全と環境の問題は研究活動にとっても中心的な関心事項であることを考えると、このように活性化している研究活動と社会的受容の問題との相互作用を明らかにすることが重要となる。そこで、本研究においては、「建設分野での研究は社会的受容の問題に影響されているのか?」を「第1の問い」に、反対に「建設分野での研究の成果は社会的受容の問題の解決に影響しているのか?」を「第2の問い」として設定した。そして、「建設分野での研究」を研究《research on research》することでこの問いに答え、社会的受容の問題の解決という視点から「建設分野での研究」のあるべき姿を提言した。 論旨の展開は以下のとおりである。まず第1に、研究と社会的受容の問題の双方にとって重要な意味を持つ不確実性について検討した。 「自然を相手にする」ということから、建設は不確実性、品質管理の難しさ、新しい技術導入の難しさ、および不可逆性という特徴を持つ。このうち、研究の方向性に大きな影響を与える不確実性は、調査、設計、施工というそれぞれの段階で発生する。不確実性を生みだす原因として、材料自体の不均質性、計測手法の問題、データを支える理論の問題、モデルと計算コードによる予測の問題、さらに施工における「方法、機械、人」の問題を示した。そして、これらの問題を解決し、不確実性を完全に取り去ることの難しさを明らかにした。 第2に、自然との関わりが深く社会的に重要であるという意味から、建設を代表する構造物の「ダム」に焦点をあて、建設分野での研究を分析し、「第1の問い」について考察した。 研究の分析に先立ち、ダムの「安全と環境の問題」として、決壊事故、堆砂と河川流況の変化、ダム水害、および水質の問題を整理した。そして、これらはダムの社会的受容の争点となる重要な問題であることを示した。 次に、調査、設計、施工の各段階でダム建設に係わる研究テーマを明らかにし、これにあてはまる研究論文を、1944年から93年までに土木学会論文集に発表された全論文から選びだした。この「ダム関連の論文」は497件となった。これらの論文の内容から、ダムにおける研究テーマの推移とその特徴を検討した。その結果、Malpassetダムの事故による岩盤力学の発生、Tetonダムの事故によるフィルダム堤体の水理に関する研究、ダム水害による利水・放流計画や水文調査の研究など、社会的受容の場での争点となる「安全と環境の問題」が発生し社会問題として表面化する時期に一致して、関連の研究は活性化することが明らかになった。 さらに、エントロピーの概念を用いて、各研究テーマの構成比率から研究の多様化の指標を作成し、社会情勢と研究テーマとの関係を整理した。エントロピー値の増減は、新しいテーマの発生による研究分野の拡大や、反対に特定のテーマへの研究の集中といった傾向の現れである。そして、ダムにおけるこのような研究の多様化や集中の「動き」は、安全と環境といった社会的受容の争点となる問題を敏感に反映していることを明らかにした。 さらに、具体的にTetonダムの事故を例に、研究活動の活性化への作用を検討した。そこでは、マスコミの速やかで衝撃的な報道と安全性への警告、これに続く、事故の原因調査結果に基づく、「実施者」側の安全性確保のための研究のありかたの提言、また「批判的な立場」からのダム建設に反対する論説などが相次ぐ。そして、新しい研究課題《something new》を求める研究者自身の本質も作用して、研究はこの問題の解決へ向かって活性化することを示した。 また、事故後の調査で見られるように、安全や環境の問題への対処は研究者の知識を集結して行われる。しかし、ここでの理解はその時代の科学のレベルを大きく越えることはなく、それに基づく対策や設計には不確実性が伴うことを示した。 ここに、「第1の問い」に対する答えとして、社会的受容の争点となる問題が研究活動に影響を与えること、さらにそのときの特徴を明らかにした。 第3に、建設分野での研究の特徴をその不確実性との関連で示したのちに、「第2の問い」について検討した。 まず、建設分野での研究には、不確実性低減と不確実性定量化の2つの方向性があることを示した。 「不確実性低減の研究」は、計測手法や予測手法の高精度化に見られるような、自然に対する知識を深めあいまいさを取り除こうとする研究である。ここでのより精緻な知識の蓄積の努力は、科学者共同体に属する研究者の本来の姿であり、これまでに構造物の安全性や品質の向上へ貢献を続けてきた。 一方、「不確実性定量化の研究」とは、自然のデータや現象の理解における不確実性に着目し、その程度を明らかにするものである。ここでは、確率・統計的手法を用いた自然現象の調査や、信頼性理論に代表されるような荷重や物性値および設計理論などの不確実性を定量的に把握しようとする研究が行われている。これによって、従来技術者の経験に頼ってきた判断の確かさを、確率という数値を用いて明らかにすることができる。そして、モデルの改良や品質の向上といった「不確実性低減の研究」の成果は、構造物の信頼性指標の上昇として定量的に把握される。 次に、この2つの研究成果の社会的受容の問題への寄与について考察した。 まず、「不確実性低減の研究」は、基準の整備への寄与と安全性や品質の向上という面から、現行の決定論的評価を支えるものであり、社会的受容との関係でも重要な役割を果たしている。しかし、基準や安全率への疑問、あいまいさを残す評価への反発など、決定論的な評価への不信に対しては、不確実性を完全に取り去ることの難しさゆえに、この研究成果のはたらきには限界がある。 一方、「不確実性の定量化の研究」は、この限界を補い社会的受容の問題の解決をもたらす可能性がある。すなわち、この研究の成果としての確率論的な評価は、従来の経験的要素が強い決定論的な評価を、確率という数値を用いて定量的に表すことを可能にするという特長を持つ。しかし、この手法は、活発な研究にもかかわらず実際の立地の手続きにおいてはいまだに導入されていない。その最大の理由は、確率論的な評価手法が決定論的手法と比較して、公衆にとって理解しにくく、受け入れにくいところにある。この難しさの原因には、「低確率事象の認知問題」と「リスクアバースの問題」がある。つまり、確率論的な評価では、従来の決定論的な評価とちがって建設によって新たに生じる「危険」や「特定の被害者」さらに「自然や文化の消失」といった「受苦」の可能性が明らかにされる。このリスクを公衆がどのように受けとめるかが問題となる。 このように、研究の成果を不確実性との関係からその「低減」と「定量化」に分類したとき、「第2の問い」への答えとして、この2つの成果はともに社会的受容の問題の解決に寄与するものの、それぞれ単独では限界が生じていることを明らかにした。 社会的受容の問題は建設がその本来の目的に反して生み出す「受苦」に起因すること、さらに「受苦」の発生には不確実性が伴うことを考えると、この両者の研究の統合、つまり自然に対する知識を蓄積し、安全性や品質の向上によって「受苦」の低減をはかると同時に、建設活動における不確実性を定量化することが重要となる。それが、活性化している研究の成果を社会に反映させる方法の1つであることをここに示した。 最後に、本論文の調査や検討から得られた研究成果をふまえ、今後の課題として、不確実性を「定量化」し「低減」するという研究をすすめる上で「不確実性の所在」を明らかにする配慮が欠かせないことを指摘し、さらに公衆が確率論的評価を受けいれる条件としての「科学への信頼の醸成」に関する研究の重要性を示した。 |