学位論文要旨



No 111895
著者(漢字) 國島,由子
著者(英字)
著者(カナ) クニシマ,ヨシコ
標題(和) 酸化スズ薄膜の導電性と表面ガス吸着に及ぼす外部電界効果
標題(洋)
報告番号 111895
報告番号 甲11895
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3693号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 宮山,勝
 東京大学 教授 軽部,征夫
 東京大学 教授 白木,靖寛
 東京大学 教授 柳田,博明
 東京大学 講師 岸本,昭
内容要旨

 酸化スズはn型酸化物半導体であり、酸化物半導体を用いたガスセンサの最も代表的な材料の一つである。酸化物半導体を用いたガスセンサは一般にガス種の選択性が充分でなく、目的とするガスに対する感度を高め選択性を向上させるために、触媒効果を持つ第二成分を添加することが多い。しかし性質の似たガス種の識別はまだ困難であり、ガス選択性を向上する新たな方法の開発が強く望まれている。また触媒の分野においても、化学反応の精密な制御法の開発が要望されており、その一つとして外部電界を用いた制御法があげられる。一般にガス種の化学吸着では電子の移行を伴うため、半導体表面の電子濃度や電子状態を電界により変化すれば、ガス吸着や反応を制御できると考えられる。そこで本研究では、酸化スズ薄膜を用い、その導電性と表面ガス吸着に及ぼす外部電界の効果を明かにし、その機構を解明することを目的に研究を行った。酸化スズ極薄膜を絶縁膜を覆った基板上に形成し、基板電位(基板バイアス)により薄膜に印加される外部電界を変化した。その外部電界が薄膜の空気中での導電性と各種ガス吸着による導電性変化に及ぼす影響について検討を行った。

 第一章は序論であり、研究の目的と意義について、酸化物半導体ガスセンサのガス検知機構と応用の観点から述べた。外部電界は瞬時に印加でき、その大きさや方向を容易に変えられるという利点がある。検知のその場で電界を印加して検知ガスを選べるフレキシブルなセンサの設計など、センサ応用の立場からみた外部電界効果は非常に興味深い。ガスの半導体表面への吸着や表面反応は、ガス種に固有の吸着サイト、反応過程によって進行するため、異なるガスは異なる電界効果を受けることを予想した。

 第二章は研究に用いた薄膜素子の作成方法と、形成した酸化スズ薄膜の特性について示した。作成した素子は薄膜トランジスターに類似した形態で、膜厚約10nmの酸化スズ薄膜を400nmの絶縁膜(酸化シリコン)で覆われたSi基板上にRFスパッタリング法により堆積した。薄膜表面には導電性を測定するために二つのAu電極を配置した。酸化スズ、酸化シリコンを薄膜とすることで、Si基板に数V印加すれば大きな電界を得ることができる。堆積した酸化スズは粒径数十nmの非常に緻密な膜で、平滑な表面を持つ。薄膜の温度導電率特性では、空気中の酸化物半導体で通常観測される表面負電荷吸着酸素の価数変化が観察された。

 第三章では、室温空気中における酸化スズ薄膜の電気的基本特性に及ぼす外部電界効果について検討した。酸化スズ薄膜の電流電圧特性は外部電界により非線形な曲線となり、基板バイアスによる薄膜内部の電界分布変化を確認した。薄膜導電性に及ぼす外部電界効果は、薄膜表面Au電極間電圧を固定して流れる電流(導電性に対応)の基板バイアスによる変化から評価した。薄膜の導電性は基板プラスバイアスにより増加、マイナスバイアスにより減少し、薄膜の初期導電率が大きいほど外部電界による変化率は小さい。この導電性変化の機構として、基板プラスバイアスでは薄膜内の酸化スズ/酸化シリコン界面部に形成される電子蓄積層内の蓄積電子による実効電子濃度の上昇、基板マイナスバイアスでは同じ界面部に形成される高抵抗な空乏層による実効膜厚の減少を提案し、計算によりその妥当性を確認した。また外部電界による導電性変化の計算値と実験値の差から、薄膜内の多量の界面準位が薄膜導電性に影響を与えていることがわかった。

 第四章では昇温時(〜300℃)の薄膜導電性に及ぼす外部電界効果を調べ、温度の影響を検討した。第三章で考察した電子的な外部電界効果に加え、150℃以上で基板マイナスバイアスを印加した時に二種類の遅い導電性変化が観測された。これらの導電性変化速度は温度依存性と基板バイアス依存性を持つためイオン的な反応に起因している。雰囲気を窒素に変えた測定を行い、150℃以上で観測された導電性の減少は薄膜内酸素イオンの表面への移動による電子移動度の低下に起因し、250℃以上で観測された導電性の増加は薄膜表面の負電荷吸着酸素の量の減少、あるいは負電荷から中性への変化(膜表面の還元)に起因すると推論した。後者の導電性変化から、外部電界の印加が酸化スズ表面の吸着酸素に影響を与えることが示された。

 第五章では表面吸着するガスを含む雰囲気中での酸化スズ薄膜の導電性に及ぼす外部電界効果を調べた。室温,水蒸気含有空気中の測定から、表面のH3O+イオン伝導は、外部電界の影響をほとんど受けないことがわかった。昇温状態(200,300℃),CO,H2含有空気中の測定では、電子的な速い導電性変化とイオン性の遅い導電性変化が観察された。電子的な導電性変化は基板プラスバイアス印加時に空気中より増加し、バイアスの印加が吸着或いは酸化を促進する可能性を確認した。基板マイナスバイアス印加時のイオン的な遅い導電性の増加は、還元力の強いH2含有空気中で非常に顕著に観測された。第四章でこの導電性増加の原因として二つの可能性を示したが、この結果から250℃以上で観測されるイオン性の導電性増加は、負電荷吸着酸素の脱離によるものと結論した。

 第六章では、外部電界を印加した状態で吸着性ガスを導入した際の、導電性変化と表面反応を検討した。バイアス効果は基板0V印加時を基準として評価した。試験ガスとして、室温では正電荷吸着、昇温時には吸着酸素と反応するCO,強い負電荷吸着をするCl2,還元力が強く正電荷吸着をするH2を用いた。47℃でのCO正電荷吸着による電流増加は、マイナスバイアス印加時に増加、プラスバイアス印加時に減少した。また吸着COの脱離はプラスバイアス印加時に促進された。これらの結果から、外部電界による薄膜導電性変化が、CO正電荷吸着による電子の放出あるいは脱離による電子の捕獲により緩和される場合、それらの反応が促進されると推定した。昇温時にマイナスバイアスを印加した場合の負電荷吸着酸素の脱離も同様に説明できた。CO,H2の酸化反応を250,300℃で調べ、マイナスバイアス印加時には表面負電荷吸着酸素が脱離する為、酸化反応量が抑制されることを確認した。Cl2の負電荷吸着による導電性変化は200℃で測定した。マイナスバイアス印加状態では、大きな電流減少が観測され、0V,プラスバイアスに比べて著しく大きなガス感度を得た。また速度論的解析から、マイナスバイアス印加時の吸着速度定数は0V,プラスバイアス印加時の10倍以上大きくなることを示した。

 これらの外部電界効果は反応過程、支配的なイオン種が等しい場合は統一的に説明することができた。しかしガス種、反応経路、吸着状態が異なる場合、種々の外部電界効果を得られることが示された。

 第七章では本研究の総括を行った。本研究では薄膜素子の導電性変化に基づいて外部電界効果を検討した結果、外部電界印加により薄膜には電子的或いはイオン的な導電性変化を生じること、またそれらの変化が表面ガス反応を促進或いは抑制することを明らかにした。ガスセンサ特性制御としての応用に用いるには更に詳細な検討が必要であるが、本研究で用いた外部電界印加が表面ガス吸着・反応の制御法として有力な方法であることが示された。

審査要旨

 酸化スズなど酸化物半導体を用いたガスセンサでは、ガス検知の感度、選択性向上のために、触媒添加等が行われているが、性質の似たガスの識別は困難であり、新たなガス選択性向上法の開発が望まれている。一般にガス種の化学吸着は電子の移行を伴うため、電界による半導体表面の電子濃度、電子状態変化は、ガス吸着、反応を制御できる可能性がある。本論文は、酸化スズ薄膜における薄膜導電性と表面ガス吸着に及ぼす外部電界効果を明らかにし、その機構を解明することを目的として行った研究成果をまとめたものであり、全七章から構成される。

 第一章は序論であり、研究の目的と意義、および背景を述べている。電界は印加、強度変化を瞬時に行なえる利点があり、ガスの表面反応はガス種に固有の吸着サイト、反応過程を経るため、ガス種により異なる電界効果が期待できることを述べている。

 第二章では薄膜素子の作製方法と、作製した酸化スズ薄膜の特性を述べている。素子は、膜厚約10nmの酸化スズ薄膜を、400nmの絶縁膜(酸化シリコン)で覆われたSi基板上に、RFスパッタ法により作製している。酸化スズ膜は、数十nmの微粒子からなる、平滑表面をもつ緻密な膜であり、数Vの基板電位で大きな電界が得られることを示している。

 第三章では、室温における酸化スズ薄膜の電気的特性に及ぼす外部電界効果を述べている。外部電界の効果を、基板バイアスを変化させた際の薄膜の電流電圧特性を測定することにより評価している。薄膜導電性は、基板プラス(+)バイアスで増加、マイナス(-)バイアスで減少し、薄膜初期導電率が小さいほど導電性変化率が大きいことを明らかにしている。この機構として、酸化スズ/絶縁膜界面部への、電子蓄積層形成による実効電子濃度上昇(+バイアス)と、高抵抗な空乏層形成による実効膜厚減少(-バイアス)を提案し、計算からその妥当性を示している。

 第四章では、薄膜導電性の外部電界効果に及ぼす温度の影響を述べている。150℃以上で基板-バイアスを印加・保持すると、二種類の遅い導電性経時変化が観測され、薄膜内あるいは表面でのイオンの移動に起因する現象と推定している。

 第五章では、試験ガス含有雰囲気中での酸化スズ薄膜の導電性に及ぼす外部電界効果について述べている。室温での水蒸気による表面プロトン伝導は外部電界の影響をほとんど受けないことを明らかにしている。また、250℃以上で基板-バイアス印加時に観測される導電性経時増加は、還元力の強いH2含有空気中で顕著になり、窒素中でみられないことから、負電荷吸着酸素の脱離が促進されるためと結論している。

 第六章では、外部電界印加状態で吸着性ガスを導入した際の、導電性変化と表面反応を調べた結果を述べている。基板0V印加時を基準として、COの正電荷吸着(47℃)、COとH2の酸化(250、300℃)、Cl2の負電荷吸着(200℃)への外部電界効果を調べている。COの吸着・脱離は、吸着による電子の放出、脱離による電子の捕獲が外部電界による薄膜導電性変化を緩和する場合に、それぞれ促進されることを見い出している。昇温、-バイアス印加時の負電荷吸着酸素の脱離促進も同様に説明される。COとH2の酸化は、-バイアス印加時の表面吸着酸素量の減少により抑制されることを見い出している。Cl2の負電荷吸着は-バイアス印加時に促進され、導電性変化が著しく大きくなること、およびその際に吸着速度定数が10倍以上大きくなることを明らかにしている。これらから、外部電界効果は反応過程、支配的なイオン種が等しい場合は統一的に説明することができると結論している。

 第七章は総括であり、得られた成果を要約し結論を述べている。

 以上、本論文は、薄膜素子への外部電界印加により導電性変化が生じ、それに伴い表面でのガス吸着・反応が促進あるいは抑制されることを明らかにしている。この成果は、特性制御性に優れたガス検知機能、触媒機能の設計のための重要な指針を与えるものであり、これからの材料科学の進展に寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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