学位論文要旨



No 111896
著者(漢字) 中西,慶次郎
著者(英字)
著者(カナ) ナカニシ,ケイジロウ
標題(和) バイオセンサーによる赤潮原因藻の計測
標題(洋)
報告番号 111896
報告番号 甲11896
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3694号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 軽部,征夫
 東京大学 教授 氏平,祐輔
 東京大学 教授 二木,鋭雄
 東京大学 教授 秋元,肇
 東京大学 助教授 宮山,勝
内容要旨

 本論文は,赤潮原因藻類の検出を目的とした,水晶振動子を用いた免疫センサーおよびSPR(surface Plasmon R esonance)を用いたDNAセンサーの開発に関するものであり、六章から構成される。

 赤潮は海洋や湖沼などの諸水域において微少な生物の異常増殖により生じる水の着色現象で生態構造のアンバランスを引き起こす。特に微細藻類(植物プランクトン)による赤潮は、その発生頻度、それによりもたらされる経済的な被害において他を圧倒している。

 我が国の沿岸海域において発生する赤潮の原因としては、シャトネラ属類がその代表として知られ、しばし大発生によりハマチ、タイなどの養殖魚類に多大な被害を与えている。また、渦鞭毛藻Alexandrium属数種は強力な神経成分毒を生産し、ホタテガイやムラサキガイなどの二枚貝がこれらの藻類を摂取することにより毒化する。このような麻痺性貝毒(Paralitic Shellfish Poisoning;PSP)は近年拡大傾向を示し、食品衛生上、貝類の養殖業においても大きな障害となっている。

 従って有効な赤潮対策の推進や赤潮防除法の確立をめざすためには、こうした微細藻類の生物学的特性を様々な角度から明らかにする必要がある。赤潮の発生機構に関しては,主体である生物学的な面からは赤潮藻の種類が多様である上に生物間の相互作用などが複雑にからみあっているためにまだ不明の点が多い。よって、有効な赤潮対策の推進や赤潮防除法の確立を目指す上でも、また、漁業被害を最小限に抑えるためにも赤潮原因藻類の簡易かつ迅速な検知が強く望まれている。

 従来の微細藻類の分類は形態分類が基礎となっている。しかし、Chattonella類は強固な細胞壁を欠き、環境により形態が変化することから識別および同定には熟練した観察者の鑑定眼が必要である。また、Alexandrium属などの渦鞭毛藻類もお互いその形態が類似しており細胞の外形からだけでは種の識別が困難である。近年、モノクローナル抗体を用いた微生物の分類方法が研究開発されている。また、環境変動に左右されない遺伝子そのものの情報を解析する分子生物学的手法がバクテリアをはじめとして多くの生物の系統関係の解明に応用されている。

 そこで本研究では、赤潮原因藻類の細胞膜に特異的に反応するモノクローナル抗体を水晶振動子に固定化し、細胞との免疫反応により生じる重量変化による水晶振動子の周波数変化から潮原因藻類の検出を試み、次いで金属薄膜上に固定化したリガンド(本論分ではPCR産物)と生体分子(DNAプローブ)との相互反応を検出できる表面プラズモン共鳴(SPR:Surface Plasmon Resonance)装置を用いて赤潮原因藻類を検出するDNAセンサーを開発した。

 第一章では緒言であり,本研究の行われた背景と、本研究の目的および意義を述べた。

 第二章では、海水中の赤潮原因藻類であるChattonella marinaを検出するために、C.marinaの細胞膜に特異的に反応するモノクローナル抗体MR-21と水晶振動子を用いるセンサーの開発を行った。海水中でのモノクローナル抗体の抗原抗体反応の活性の有無を酵素免疫測定法により確認した後、これをポリスチレンおよびプロテインAを用いて水晶振動子上に固定化し、抗原抗体反応前後の共振周波数変化について比較検討した。海水に近い3%のNaCl溶液中における抗体の活性は免疫反応実験に用いられるTris b uffer saline(TBS)緩衝液中での活性の85%を有しており、水晶振動子でも同様な共振周波数変化が得られた。抗体の抗原認識部位の配向を制御できるプロテインAを介した固定化法を用いた場合、ポリスチレンによるランダムな物理的吸着に比べて約2倍の共振周波数変化が得られ、100cell/mlから10,000 cell/mlの範囲で細胞濃度と共振周波数変化との間に相関関係がが得られた。

 第三章では、水晶振動子上に均一に抗体を固定化しかつ再使用を可能する目的で、プラズマ重合法を応用し水晶振動子表面に抗ヒトアルブミン抗体を固定化し、抗体固定量および周波数変化について検討した。エチレンジアミン・プラズマ処理によって水晶振動子表面にアミノ基を導入し、以下に述べる従来の固定化法と比較した。すなわち、1)グルタルアルデヒドを介して直接抗体を固定化する方法 2)プラズマ処理後、グルタルアルデヒドを介してプロテインAを固定化し、次に抗体を結合後Dimethyl pimelimidate(DMP)でプロテインAと抗体を結合させる方法 3)プラズマ処理後、N-(-Maleimidocaproyloxy)succinimide(EMCS)を介してIgGのヒンジ部のS-S結合を切断したFab’-SH断片を固定化する方法4)-Amino-propyltriethoxy s ilane(-APTES)を水晶振動子にコーティングした後、グルタルアルデヒドを介して抗体を固定化する方法 5)Polyethylenimine(PEI)を水晶振動子にコーティングした後、グルタルアルデヒドを介して抗体を固定化する方法 および6)第二章のプロテインAを用いた固定化法、である。その結果、4)-APTESと5)PEIを用いる抗体固定化法は抗体固定化量のばらつきが他に比べて非常に大きいのに対して、プラズマ重合を用いる方法では、アミノ基を水晶振動子上に均一に導入することが可能であり、抗原抗体反応前後の周波数変化のばらつきが少ない水晶振動子の制作が可能であった。これらの中でも抗体の認識部位を外側に配向させた固定化法である2)の方法は、最も大きな周波数変化を示し、抗体とプロテインAをDMPで架橋することにより、酸性溶液中で抗原を解離でき抗体固定化水晶振動子の再生が可能であった。また、2)の方法を用いた場合、10ng/mlから0.30mg/mlの範囲でヒトアルブミン濃度と周波数変化の間に直線関係が得られた。

 第四章では、第三章で開発したプラズマ重合による抗体固定化法を応用し、Alexandrium tamarenseに特異的なモノクローナル抗体M8751-1を水晶振動子に固定化し、赤潮原因藻類である渦鞭毛藻A.tam arenseの検出を行った。このモノクローナル抗体M8751-1のサブクラスがIgG1であることから、抗体とプロテインAおよびプロテインGとの結合性を酵素免疫測定法を用いて比較し、プロテインGの結合性がプロテインAより5倍近く高いことを確認した。そこで、プロテインAの代わりにプロテインGを介して抗体を固定化し、DMPでプロテインGと抗体を架橋した。この固定化法を応用することにより100 cell/mlから10,000 cell/mlの間で細胞濃度と共振周波数変化との間に相関関係が得られた。

 第五章では、ゲノムの種特異的な塩基配列に着目して、これを藻類検出指標として応用し、金薄膜上に固定化した一本鎖DNAと相補的DNA鎖の結合による金薄膜表面の屈折率の変化を、共鳴を起こす光の角度の変化として検出できる表面プラズモン共鳴(SPR:Surface Plasmon Resonance)装置を用いてAlexandrium affineを検出した。3種のAlexandrium属のゲノムのリボゾームRNAをコードし、塩基配列が変化に富む28SrRNAのD2領域を選択的polymerase c hain reaction(PCR)により増幅し、このPCR産物をストレプトアビジンを介して金薄膜上に固定化し一本鎖にした。次いでA.a ffineのD2領域の種特異的な塩基配列と相補的なFluorescein(FITC)修飾したDNAプローブを合成し、金薄膜上の一本鎖DNAと結合(ハイブリダイズ)させたところ、A.affineのPCR産物でのみ共鳴を起こす光の角度の変化が得られた。他のAlexandrium属のPCR産物では角度の変化を示さなかった。また、結合したDNAプローブ末端のFITCと抗FITC抗体、その2次抗体による抗原抗体反応によってその角度の変化を増幅することができた。

 第六章は本文の結論であり,本研究で得られた結果を総括した。

 本論文では赤潮原因藻類を検出するために、プラズマ重合法を用いて均一に抗体が固定化した再利用可能な水晶振動子を作製し、海水中の赤潮原因藻類を検出できる新規な免疫センサーを開発した。また、種特異的なDNAプローブとSPR装置を組み合わせることによって、簡便に赤潮原因藻類の検出が可能であることを示した。本論文で開発されたバイオセンサーを用いることにより、これまで困難であった赤潮原因藻類を迅速かつ簡便に検出できると期待される。

審査要旨

 本論文は,赤潮原因藻類の検出を目的とし、水晶振動子を用いる免疫センサーおよび表面プラズマ共鳴装置を用いるDNAセンサーの開発に関するものであり、6章から構成されている。

 第1章は緒論であり、本研究の行われた背景と本研究の目的および意義を述べている。

 第2章では、海水中の赤潮原因藻類であるChattonella marinaを検出するために、C.marinaの細胞膜に特異的に反応するモノクローナル抗体MR-21と水晶振動子を用いるセンサーの開発を行っている。海水中でのモノクローナル抗体の抗原抗体反応の活性の有無を酵素免疫測定法により確認した後、これをポリスチレンおよびプロテインAを用いて水晶振動子上に固定化し、抗原抗体反応前後の共振周波数変化について比較検討している。海水に近い3%のNaCl溶液中における抗体活性は免疫反応実験に用いられるTris buffer saline(TBS)緩衝液中での活性の85%を有しており、水晶振動子でも同様な共振周波数変化が得られたと述べている。抗体の抗原認識部位の配向を制御できるプロテインAを介した固定化法を用いた場合、ポリスチレンによるランダムな物理的吸着に比べて約2倍の共振周波数変化が得られ、100 cell/mlから10,000c ell/mlの範囲で細胞濃度と共振周波数変化との間に相関関係があることを見いだしている。

 第3章では、水晶振動子上に均一に抗体を固定化しかつ再使用を可能する目的で、プラズマ重合法を応用し水晶振動子表面に抗ヒトアルブミン抗体を固定化している。エチレンジアミン・プラズマ処理によって水晶振動子表面にアミノ基を導入し、以下に述べる固定化法と比較している。すなわち、1)グルタルアルデヒドを介して直接抗体を固定化する方法 2)プラズマ処理後、グルタルアルデヒドを介してプロテインAを固定化し、次に抗体を結合後Dimethyl pimelimidate(DMP)でプロテインAと抗体を結合させる方法、3)プラズマ処理後、N-(-Maleimidocaproyloxy)succinimide(EMCS)を介してIgGのヒンジ部のS-S結合を切断したFab’-SH断片を固定化する方法 4)-Amino-propyltriethoxy Silane(-APTES)を水晶振動子にコーティングした後、グルタルアルデヒドを介して抗体を固定化する方法 5)Polyethylenimine(PEI)を水晶振動子にコーティングした後、グルタルアルデヒドを介して抗体を固定化する方法 および6)第2章のプロテインAを用いた固定化法、である。その結果、4)-APTESと5)PEIを用いる抗体固定化法は抗体固定化量のばらつきが他に比べて非常に大きいのに対して、プラズマ重合を用いる方法では、アミノ基を水晶振動子上に均一に導入することが可能であり、抗原抗体反応前後の周波数変化のばらつきが少ない水晶振動子の制作が可能であると述べている。これらの中でも抗体の認識部位を外側に配向させた固定化法である2)の方法で、最も大きな周波数変化を得ている。抗体とプロテインAをDMPで架橋することにより、酸性溶液中で抗原を解離させることが可能で、抗体固定化水晶振動子の再生が可能であると述べている。また、2)の方法を用いた場合、10ng/mlから0.30mg/mlの範囲でヒトアルブミン濃度と周波数変化の間に直線関係が得られることを示している。

 第4章では、第3章で開発したプラズマ重合による抗体固定化法を応用し、Alexandrium tamarenseに特異的なモノクローナル抗体M8751-1を水晶振動子に固定化し、赤潮原因藻類である渦鞭毛藻A.tamarenseの検出を行っている。このモノクローナル抗体M8751-1のサブクラスがIgG1であることから、抗体とプロテインAおよびプロテインGとの結合性を酵素免疫測定法を用いて比較し、プロテインGの結合性がプロテインAより5倍近く高いことを確認している。そこで、プロテインAの代わりにプロテインGを介して抗体を固定化し、DMPでプロテインGと抗体を架橋させている。この固定化法を応用して100 cell/mlから10,000cell/mlの間で細胞濃度と共振周波数変化との間に相関関係があることを見いだしている。

 第5章では、ゲノムの種特異的な塩基配列に着目して、これを藻類検出指標として応用し、金薄膜上に固定化した一本鎖DNAと相補的DNA鎖の結合による金薄膜表面の屈折率の変化を、共鳴を起こす光の角度の変化として検出できる表面プラズモン共鳴(SPR:Surface Plasmon R esonance)装置を用いてAlexandrium a ffineを検出している。 3種のAlexandrium属のゲノム上のリボゾームRNAをコードし塩基配列が変化に富む28SrRNAのD2領域をpolymerase chain reaction(PCR)により増幅させ、このPCR産物をストレプトアビジンを介して金薄膜上に固定化し一本鎖にしている。次いでA.affineのD2領域の種特異的な塩基配列と相補的なFluorescein(FITC)修飾したDNAプローブを合成し、金薄膜上の一本鎖DNAと結合(ハイブリダイズ)させたところ、A.affineのPCR産物でのみ共鳴を起こす光の角度の変化が得られ、他のAlexandrium属のPCR産物では角度の変化を示さないと述べている。また、結合したDNAプローブ末端のFITCと抗FITC抗体、その2次抗体による抗原抗体反応により共鳴を起こす光の角度の変化を増幅できるとことを示している。

 第6章は本文の結論であり、本研究で得られた結果を総括している。

 このように本論文では赤潮原因藻類を検出するために、プラズマ重合法を用いて均一に抗体が固定化された再利用可能な水晶振動子を作製し、海水中の赤潮原因藻類を検出できる新規な免疫センサーを開発している。また、種特異的なDNAプローブとSPR装置を組み合わせることによって、簡便に赤潮原因藻類の検出が可能であることを示している。

 本論文で開発されたバイオセンサーを用いることにより、これまで困難であった赤潮原因藻類を迅速かつ簡便に検出できると期待される。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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