本論文は「実写画像を用いた仮想空間構成法の研究」と題し、7章からなる。実写画像を用いて仮想空間を構成できれば、手軽にリアリティの高い3次元空間を提供することができ、例えば優れたプレゼンテーションツールといった数々の新しい応用が期待される。ところが2次元の実写画像から、人工現実感の要件の一つである実時間相互作用を保った3次元の仮想空間を構成するためには、視点の移動によるオクルージョンの問題を解決しなければならない。本研究は、運動視差に着目し、仮想空間における景色平面なる概念を導入し、実空間を近景と遠景とに分けて実写画像として取り込み、この二種の複数枚の景色平面ごとに像合成を行ってオクルージョン問題を解決しつつ、任意の視点からの空間像を得る方法を確立して、応用への道を拓いたものである。 第1章は序論で、仮想空間を構成する在来の方法を掲げ、特に、実写画像を用いる際の視点の移動にともなうオクルージョンの問題を解決しなければならない点を明らかにし、本研究の目的と立場と意義を明らかにしている。 第2章は、「景色平面の導入」と題し、視点の移動に伴う運動視差を与えるための最小限の情報量を考案し、仮想空間を取り込もうとする対象としての実空間を平面でサンプリングする際の適正な平面の間隔を求め、そのようにサンプリングされた平面を景色平面として定義している。さらに、視点の移動と物体の奥行きの関係を調べて、景色平面を、厳密なオクルージョン処理の必要な近景と、そうではない遠景との2種類に分類している。 第3章は「近景の対象物に関する像合成の方法」と題し、位置姿勢が既知の複数台のカメラにより得られた実写画像から、対象物の奥行き情報を得て、それにオクルージョンを考慮して、別の新しい視点からの画像を合成する方法を提案している。すなわち、複数の方向から撮った画像を基に、特徴点を決め、それを使って画像を3角パッチに分割し、画像間の特徴点の対応関係、3角パッチ間の前後関係を記述する。3角パッチを構成する特徴点として曲面の稜線上の点、遮蔽稜線上の点などを用いることにより、自由曲面を持つ物体を多面体近似でき、視点の移動に伴うオクルージョンを近似的に解決することができることを示している。また、実写画像から前述の2次元領域形状表現モデルを人間が関与しつつ構成するシステムを構成し、仮想視点からの合成像を表示する提案しているアルゴリズムを実装したシステムを試作して、その効果を実験的に示している。 さらに、曲面における3角パッチの大きさについて曲面の平面近似の観点から考察し、適切な選び方の指針を示すとともに、本方法をUllmanらのCurvature Methodと比較し、仮想空間構成の立場からの本方式の優位性を示している。 第4章は「遠景の対象物の場合の画像合成」と題し、遠景では対象物自体の厚みを考慮することが必要でないことから、簡便な像変換のアルゴリズムで十分であることを示している。すなわち、原画像を加工修正することにより、複数枚の遠景の景色平面に分割し、視点の移動に応じて、仮想的な垂直な板に張り付けられた遠景の対象物を画像上で移動させるアルゴリズムを導出している。また、遠景と近景の扱いを統合して、実写とは異なる仮想視点からの画像を提示する方法を示している。さらに、実際に遠景と近景を含む実写画像から仮想空間を構築して、単眼による提示が可能であることを実験的に確かめている。 第5章は「両眼立体視による画像合成」と題し、仮想視点の位置で両眼立体視の画像を提示することも、本方法により可能であることを示している。そして本論文で提案している方法の有効性と有用性を示すデモンストレーション実験として、モニターの管面を仮想の窓と見立て、この窓に対して、いろいろな姿勢でのぞき込んだ画像を合成している。頭の位置姿勢はポヒーマスセンサで計測し、立体視は液晶シャッタメガネを用いて左右交互に継時的に画像を提示する方法で達成している。その結果、目の前に窓越しに見た景色が直接観察したのと同等の距離感と大きさを保って眼前に観察でき、頭部の移動により運動視差が生じた立体像となっていることが確認されている。 第6章は「総合考察」と題し、今までに他の研究者により提案された実写画像を用いた仮想空間の構成法を分類し整理して、本論文で提案された方法とを、撮影時のカメラ配置に関する制約、事前のデータの生成の作業量、視点の移動に関する制約、画像の補間方法、オクルージョン現象の取扱いの有無、領域の定義の方法から比較し、本方式の優位性を主張するとともに短所についても言及している。 第7章は「結論」で、本論文の結論をまとめ、今後を展望している。 以上これを要するに、本論文は従来は体系的な取り組みがされていなかった実写画像を用いた仮想空間の構成法を、景色平面の概念を導入するとともに、オクルージョンの問題を扱うアルゴリズムを提案し、体系的な取り組みを可能にした研究であり、簡便にリアリティの高い仮想空間を実際に応用する道を拓いたものであって、計測工学及び人工現実感に貢献するところが大である。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |