学位論文要旨



No 111899
著者(漢字) 小林,英樹
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,ヒデキ
標題(和) 距離概念に基づく経験的知識の外在化による工学設計支援
標題(洋)
報告番号 111899
報告番号 甲11899
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3697号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中島,尚正
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 助教授 田浦,俊春
 東京大学 助教授 桐山,孝司
 東京大学 助教授 村上,存
内容要旨

 設計は人間にとって可能なすべての知能活動を用いて行われるものであり,設計行為の解明は工学にとって中心的な課題である.その中でも,熟練者の経験的知識に依存した設計過程の解明は,設計技術の継承や技術移転の立場から重要な研究課題の一つである.

 ここでは,まず設計知識をファクト知識(事実から成る知識)とプロセス知識(ファクト知識をマネージメントして設計解を導くための知識)に分類し,同様に陽的知識(設計者の外に外在する知識)と陰的知識(設計者に内在する知識)に分類した(図1).筆者は,熟練者と初心者の思考過程の違いが陰的知識に起因し,さらに両者の本質的な違いは陰的プロセス知識の差によると考える.そこで,本研究では陰的知識,その中でも重点的に陰的プロセス知識を陽に記述することを試みた.

図1 設計知識の分類

 本研究は,経験的知識を利用した設計方法論の体系化を目指して,陰的知識の外在化に関する具体的な方法を提案し,その有効性を確認することを第一の目的とする.また,外在化した陰的知識を用いた設計支援方法の具体的提案と効果の確認を,本研究の第二の目的とする.

 以上の目的を達成するために,本研究では熟練者は自ら保有するファクト知識に対して距離概念を導入することによって,熟練者に特徴的な思考過程を実現していると仮定した.また,さらに距離概念の導入形態として,設計者が自然言語で表された概念要素間に距離概念を導入する場合と対象モデル間に距離概念を導入する場合の二つを仮定した.本研究では,これらの仮定に基づき陰的知識の外在化方法,及び陰的知識を用いた設計支援方法を提案した.

 本研究において得られた成果は次の通りである.

 (1)設計者が概念要素間に距離概念を導入する設計過程として,設計中に発生したトラブルに対して設計修正指針を選択する設計修正指針選択過程を採り上げた.具体的な適用分野は電子装置の実装設計とした.

 ここではトラブル情報と設計修正指針という陽的ファクト知識をそれぞれ元とする多次元ユークリッド空間としてトラブル情報空間と設計修正指針空間を定義した上で,設計修正指針選択過程モデルを提案した(図2).本モデルにはファクト知識にクラスタレベルとピースレベルという抽象-具体関係が導入されている.本モデルの静的特徴はファクト知識の再編,すなわちクラスタレベルが生成されており,且つトラブル情報クラスタと設計修正指針クラスタの間に効果に基づく全数対応関係が成立している点にある.また,動的特徴はクラスタレベルにおけるクラスタの選択,及び有害な非要求機能の連想という視点移動にある.

図2 設計修正指針選択過程モデル

 次に,本モデルに基づき具体的な設計修正指針選択の支援方法を示した.その中で,陰的ファクト知識を抽出するための実験的評価方法を示した.実験的評価によって得た評価点を距離尺度として扱った上で,クラスタレベルの生成とクラスタ間の因果関係を定める方法を示した.そこで,本方法に基づき設計修正指針選択支援システムを試作し,本システムを設計修正指針選択過程に適用した結果,従来は熟練者に内在していた思考過程を再現できることを示した.

 以上の結果から,提案した設計修正指針選択過程モデルは,熟練者の陰的プロセス知識を陽に記述したものであり,陰的ファクト知識を用いた設計で有用なモデルであることを示した.

 (2)先の設計修正指針選択過程モデルを,仕様立案過程モデルとして拡張して,観点非依存の一元的な思考過程を記述した.次に,本モデルに基づいて高品質設計,及び創造的設計のための設計戦略を定式化した.また,本モデルに基づく設計戦略はSuhが示した二つの設計公理によって説明可能なことを示した.

 (3)設計者が対象モデル間に距離概念を導入する設計過程として,基本配置決定過程を採り上げた.具体的な適用分野は電子装置の強制空冷設計とした.

 ここでは,基本配置決定過程を経験的評価関数の生成過程と経験的評価関数を用いた生成検査過程から成るものとしてモデル化した.まず,装置の二次元断面を構成機器に関するパターン属性と空気流れに関するパターン属性を用いてベクトル表現した上で,両ベクトル間の類似度による対象表現方法を提案した(図3).また,過去の設計事例(対象モデル)の類似度を用いてマハラノビス汎距離を定式化し,これを距離尺度として新たな設計解候補の評価を行う方法を示した(図4).

図表図3 パターン属性ベクトルによる対象表現 / 図4 類似度に基づくマハラノビス汎距離

 次に,マハラノビス汎距離に基づく経験的評価関数を定式化して,経験的評価関数を用いた基本配置決定支援方法を示し,本方法に基づいて基本配置決定支援システムを試作した.この結果,設計支援としての効果を確認するとともに,提案した過程モデルの有用性を示した.

 (4)本研究で外在化された陰的知識を考察し,熟練者の陰的知識に依存する設計過程において距離概念が本質的な役割を果たしていることを述べた.また,提案した過程モデルの評価を行い,本研究で提案した過程モデルはいずれも観点非依存性を有しており広く適用可能なものであることを示した.

 以上の結果,本研究では,熟練者の陰的知識に依存する設計過程を対象として,距離概念に基づく陰的知識の外在化に関する具体的方法を示し,その有効性を確認した.また,外在化した陰的知識を用いた設計支援方法を具体的に提案し,設計支援システムによる例証によってその効果を確認した.

 本研究は,工学設計における経験的知識の生成,及び適用過程をファクト知識に対する距離概念の導入によって明示的に記述したものであり,今後,設計知識の体系化,及び陰的知識を利用した設計方法論の体系化を進める上で示唆を与えるものと考える.

審査要旨

 本研究は,経験的知識を利用した設計方法論の体系化を目指して,陰的知識の外在化に関する具体的な方法を提案し,その有効性を確認することを第一の目的としている.また,外在化した陰的知識を用いた設計支援方法の具体的提案と効果の確認を,本研究の第二の目的としている.

 以上の目的を達成するために,本研究では熟練者は自ら保有するファクト知識に対して距離概念を導入することによって,熟練者に特徴的な思考過程を実現していると仮定し,さらに距離概念の導入形態として,設計者が自然言語で表された概念要素間に距離概念を導入する場合と対象モデル間に距離概念を導入する場合の二つを仮定している.本研究は,これらの仮定に基づき陰的知識の外在化方法,及び陰的知識を用いた設計支援方法を提案したものである.本研究において得られた成果は次の通りである.

 (1)設計者が概念要素間に距離概念を導入する設計過程として,設計中に発生したトラブルに対して設計修正指針を選択する設計修正指針選択過程を採り上げた.具体的な適用分野は電子装置の実装設計とした.

 ここではトラブル情報と設計修正指針という陽的ファクト知識をそれぞれ元とする多次元ユークリッド空間としてトラブル情報空間と設計修正指針空間を定義した上で,設計修正指針選択過程モデルを提案した.本モデルにはファクト知識にクラスタレベルとピースレベルという抽象-具体関係が導入されている.本モデルの静的特徴はファクト知識の再編,すなわちクラスタレベルが生成されており,且つトラブル情報クラスタと設計修正指針クラスタの間に効果に基づく全数対応関係が成立している点にある.また,動的特徴はクラスタレベルにおけるクラスタの選択,及び有害な非要求機能の連想という視点移動にある.

 つぎに,本モデルに基づき具体的な設計修正指針選択の支援方法を明らかにした.すなわち,陰的ファクト知識を抽出するための実験的評価方法,クラスタレベルの生成とクラスタ間の因果関係を定める方法を示した.本方法に基づき設計修正指針選択支援システムを試作し,本システムを設計修正指針選択過程に適用して,従来は熟練者に内在していた思考過程を再現した.

 以上から,提案した設計修正指針選択過程モデルは,熟練者の陰的プロセス知識を陽に記述したものであり,陰的ファクト知識を用いた設計で有用なモデルであることが示された.

 (2)設計修正指針選択過程モデルを仕様立案過程モデルとして拡張し,観点非依存の一元的な思考過程を記述した.つぎに,本モデルに基づいて高品質設計,及び創造的設計のための設計戦略を定式化し,本モデルに基づく設計戦略はSuhが示した二つの設計公理によって説明可能なことを示した.

 (3)設計者が対象モデル間に距離概念を導入する設計過程として,基本配置決定過程を採り上げた.具体的な適用分野は電子装置の強制空冷設計とした.ここでは,基本配置決定過程を経験的評価関数の生成過程と経験的評価関数を用いた生成検査過程から成るものとしてモデル化した.まず,装置の二次元断面を構成機器に関するパターン属性と空気流れに関するパターン属性を用いてベクトル表現した上で,両ベクトル間の類似度による対象表現方法を提案した.また,過去の設計事例(対象モデル)の類似度を用いてマハラノビス汎距離を定式化し,これを距離尺度として新たな設計解候補の評価を行う方法を示した.

 つぎに,マハラノビス汎距離に基づく経験的評価関数を定式化して,経験的評価関数を用いた基本配置決定支援方法を示し,本方法に基づいて基本配置決定支援システムを試作して,設計支援としての効果を確認するとともに,提案した過程モデルの有用性を示した.

 (4)本研究で外在化された陰的知識を考察し,熟練者の陰的知識に依存する設計過程で距離概念が本質的な役割を果たしていることを指摘し,提案した過程モデルの評価を行い,本研究で提案した過程モデルはいずれも観点非依存性を有しており広く適用可能なものであることを示した.さらに,距離概念を取り扱う陰的プロセス知識が熟練の本質である可能性を指摘した.

 以上の結果,本研究では,熟練者の陰的知識に依存する設計過程を対象として,距離概念に基づく陰的知識の外在化に関する方法を具体的に示し,その有効性を確認した.また,外在化した陰的知識を用いた設計支援方法を具体的に提案し,設計支援システムの試作と適用によってその効果を確認した.本研究は,工学設計における陰的ファクト知識の生成・適用過程を距離概念によって説明するものであり,今後,設計知識の体系化,及び陰的知識を利用した設計方法論の体系化を進める上で極めて有効なものであると考えることができる.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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