学位論文要旨



No 111901
著者(漢字) 近藤,悟
著者(英字)
著者(カナ) コンドウ,サトル
標題(和) デルファイ技術予測における合意形成プロセスの実証的研究 : 科学技術庁技術予測調査を対象として
標題(洋)
報告番号 111901
報告番号 甲11901
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第3699号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 廣松,毅
 東京大学 教授 児玉,文雄
 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 軽部,征夫
 東京大学 教授 河内,啓二
 東京大学 教授 平澤,澪
 放送大学 教授 森谷,正規
内容要旨

 我が国において,科学技術庁は,1970年以来ほぼ5年ごとにデルファイ法による大規模かつ長期的な技術予測調査を実施している。この技術予測調査は,今後とも我が国の科学技術政策の推進のための重要な基礎調査の1つとして継続的に実施されると予想されるため,今後もより有効な予測調査が実施されていく上でも,またこの予測調査の結果がより有効に活用される上でも,信頼性の高い予測結果が得られるように実施方法について評価し,改良していく必要がある。

 このデルファイ法による技術予測(以下,「デルファイ技術予測」と記す)は,技術予測の方法論において"直観的思考による探究的技術予測"として位置づけられ,その特徴からくる長所とともに適用限界や欠点を有している。また,デルファイ法の有効性については,これまでのデルファイ法の多くの適用事例の概念がデルファイ法の本来の概念からかけ離れているために,未だ適正な結論が導出されていない。

 本研究では,かかる認識より,「デルファイ技術予測」の方法を確立するために,デルファイ法の本来の概念を基礎としている現行の科学技術庁技術予測調査を対象とし,「実現時期」の予測に焦点を当てて"適用方法の信頼性"の面から分析を行った。すなわち,デルファイ法の開発者たちが意図した"専門家グループの意見の最も信頼できる合意形成"が果たして達成されているか否かという問題意識のもとに,"合意形成プロセス"に関する実証的な分析を行い,より信頼性の高い予測結果が得られると考えられる適用方法(予測結果を導出する"合意形成プロセス")について検討した。

 本研究では,上述した検討を行うために,大きく2つの内容の研究,すなわち,「実現予測時期の回答構造の研究」と「信頼性向上からみた適用条件の研究」を行った。前者では,合意形成がどのようなメカニズムでなされているかを把握・評価するために,「デルファイ技術予測」の予測結果にみられる基本的な特徴的現象の「バラツキ」と「収れん」に焦点を当てて,バラツキの要因,本来的な直観的予測思考の変化特性,バラツキの大きさの合意形成の意味,収れん効果,収れんメカニズム等,について実証的な分析を通じて明らかにした。そして,収れんメカニズムの原理的モデルを考察するとともに,そのメカニズムを通じて妥当な合意形成が得られていると考えてよいか否かについて検討した。

 一方,後者では,予測結果の信頼性に影響を及ぼすと考えられうる諸要因に関する分析を行い,信頼性向上の視点から「デルファイ技術予測」を実際に適用する際の条件について検討した。具体的には,回答者の人数や専門度,実現予測時期の回答方式,調査分野や予測課題の性格,フィードバック情報と繰り返し回数,等について検討した。

 本研究における"合意形成プロセス"に関する実証的な分析結果より,現行の科学技術庁技術予測調査においては,専門家グループの間で十分な間接的相互作用(コミュニケーション)が働いているとは必ずしもいえず,したがって,デルファイ法の開発者たちが意図した"専門家グループの意見の最も信頼できる合意形成"が十分に達成されているとは必ずしもいえないといえよう。"合意形成プロセス"の面から検討を要すると考えられる主な点として,デルファイ法の本来の概念と実際の適用方法との間のズレに関する2つの点を特に指摘することができる。

 第1の点は,デルファイ法の手続きの3原則のうちの「反復と制御されたフィードバック」の原則が簡略化されている点である。現行の方法では,「グループの統計的な回答結果」(中位値と四分位範囲)のみがフィードバックされているが,その予測データより,ほとんどすべての予測課題で中位値が変動しないで収れんしており,そのメカニズムは,「第1回目の四分位範囲外にあった予測回答は,第2回目には第1回目の四分位範囲内に回答変更する傾向が強く,一方,第1回目の四分位範囲内にあった予測回答は,第2回目も第1回目の四分位範囲内に回答する傾向が強い」というものであることが実証された。

 デルファイ法の開発意図からみると,"専門家の意見の最も信頼できる合意形成"は,「グループの統計的な回答結果」と「中間的回答とかけ離れた回答の理由」の2種類のフィードバック情報を媒介とした間接的相互作用が十分に働くことによって達成されるものと考えられる。しかしながら,現行の方法では,回答理由のフィードバックを通じての間接的相互作用は全く働いておらず,収れんメカニズムの分析結果より,「グループの統計的な回答結果」のフィードバックを通じての「暗黙の力」(多数の人の判断に特に反対でない場合や余り判断に自信がない場合はフィードバックされた四分位範囲内に回答して欲しい)が作用することによる合意形成の促進のみがなされていると考えられる。

 したがって,デルファイ法の本来の概念に立ち戻り,回答理由もフィードバックすることによって間接的相互作用をさらに高める必要があるといえる。そして,回答理由のフィードバックが合意形成にどのような影響を及ぼしうるかについて実証的な研究を合わせて行っていく必要がある。ただし,現行の方法は,回答者に多くの予測課題について回答を求める方法となっており,回答負担の面から回答理由の記述も含めて信頼できうる十分なコミュニケーションがなされることはむずかしいようにも思われる。この点は,次に述べるもう1つの検討を要する点と関連づけて対応していく必要がある。

 検討を要する第2の点は,デルファイ法が"専門的意見の組織的利用"を意図して開発されたことと実際の適用方法の間のズレの問題である。すなわち,現行の方法では,専門的知識のある回答者を選択して回答を求める方法を採用しているが,専門度の異なる回答者群の間で予測結果が異なる傾向がみられ,かつ,より専門度の高い回答者の判断が十分に反映されていない予測結果が存在していることが実証された。この誘因は,回答者としての専門家を選択する基準にあるといえる。すなわち,ほとんど専門的知識がないと考えられる回答者(専門度「小」で定義される回答者)にも「専門家」として回答を求めており,その結果として専門度「小」の回答者が専門家グループの中で多数を占め,そのような回答者の予測回答が予測結果に大きな影響を及ぼしうる可能性のあることが実証された。この問題は,「暗黙の力」が作用することによる合意形成が促進される場合,信頼性が必ずしも高くない情報がフィードバックされると,そのような情報の影響を受けた予測結果となりうる可能性があるという問題指摘が当てはまるものといえる。加えて,現行の専門家の選択基準は,回答理由も含めた情報のフィードバックを行う際の回答者の回答負担の問題(回答すべき予測課題数が多い)とも関連している。

 以上のことより,"合意形成プロセス"の面から特に検討を要すると考えられる上述した2つの点は"専門家グループの意見の最も信頼できる合意形成"を達成させる上で互いに無関係ではなく,デルファイ法の本来の概念を基礎とした,より有効な「デルファイ技術予測」を実施していくための方法論上の重要な要件は次のようにまとめることができる。すなわち,より専門的知識をもつ回答者の判断が十分に反映された予測結果が得られるように,現行の専門度の定義に含まれる専門度「小」は専門家の定義から除く。この結果として,設定課題数は現行の規模であっても回答者が回答すべき予測課題数はかなり減少し,回答者の回答負担を少なくすることができうる。したがって,この要件と合わせて回答理由もフィードバックするプロセスを採用すれば,現行の方法よりも回答者に大きな回答負担をかけないで2種類のフィードバック情報を媒介とした専門家グループの間での信頼できうる十分な間接的相互作用が可能になるといえよう。

 本研究では,現行の科学技術庁技術予測調査における"合意形成プロセス"に関する実証的分析を通じて,現行の方法よりもデルファイ法の本来の概念を反映した,専門家グループの間での信頼できうる合意形成が得られうる可能性を明らかにした。上述した"検討を要する点"は,単に科学技術庁技術予測調査の場合だけではなく,「デルファイ技術予測」を実施しようとする場合に本質的に関わる重要な検討課題といえる。

 「デルファイ技術予測」の有効性の評価は,事実に基づく「予測結果の事後評価」を通じてはじめてなされうるものであり,この「予測結果の事後評価」は,デルファイ法の本来の概念が十分に反映された"合意形成プロセス"による「デルファイ技術予測」の予測結果を対象に行われる必要がある。したがって,「デルファイ技術予測」の方法論の評価研究の視点からみると,本研究は,「予測結果の事後評価」を通じてデルファイ法の本来の概念を基礎とした「デルファイ技術予測」の有効性について適正な評価を行っていくための研究として位置づけられるものである。その意味で,少なくとも上述した要件を満たす「デルファイ技術予測」を実施して,その有効性の評価研究を行っていくことが,「デルファイ技術予測」の方法論に関する今後の大きな研究課題であるといえよう。そして,そのような研究を通じて,「デルファイ技術予測」の有効性が高いとされる適用範囲や限界(例えば,社会的要因との関わりからみた適用範囲や限界)が実証的に明らかにされよう。

審査要旨

 本論文は,我が国の科学技術政策の推進のための重要な基礎調査の1つとして実施されている「科学技術庁技術予測調査」を研究対象とし,デルファイ法による技術予測(以下,「デルファイ技術予測」と記す)の方法を確立するために,「実現時期」の予測に焦点を当ててデルファイ法の"適用方法の信頼性"の面から分析したものである。特に本論文は,デルファイ法の開発者たちが意図した"専門家グループの意見の最も信頼できる合意形成"が果たして達成されているか否かという問題意識のもとに,予測結果を導出する"合意形成プロセス"に焦点を当てて実証的に分析している。

 本論文では,まず,技術予測の方法論からみた「デルファイ技術予測」の特徴,デルファイ法の概念,及びデルファイ法の評価に関する論点について,基本的な文献のレヴューを通じてまとめ,その結果を踏まえて,大きく2つの内容の研究,すなわち,「実現予測時期の回答構造の研究」と「信頼性向上からみた適用条件の研究」を行っている。

 前者の研究では,主に合意形成がどのようなメカニズムでなされているかを把握・評価するために,予測結果にみられる基本的な特徴的現象の「バラツキ」と「収れん」に焦点を当てて,バラツキの要因,バラツキの大きさの合意形成の意味,本来的な直観的予測思考の変化特性,収れん効果,収れんメカニズム等,について実証的な分析を通じて明らかにしている。そして,収れんメカニズムの原理的モデルを考察するとともに,そのメカニズムを通じて妥当な合意形成が得られていると考えてよいか否かについて論じている。

 後者の研究では,予測結果の信頼性に影響を及ぼすと考えられうる諸要因(回答者の人数や専門度,実現予測時期の回答方式,調査分野や予測課題の性格,フィードバック情報と繰り返し回数,等)について分析を行い,信頼性向上の視点から「デルファイ技術予測」を実際に適用する際の具体的な条件について検討している。

 本論文では,"合意形成プロセス"に関する実証的な分析結果より,現行の科学技術庁技術予測調査においては,専門家グループの間で十分な間接的相互作用が働いているとは必ずしもいえず,デルファイ法の開発者たちが意図した"専門家グループの意見の最も信頼できる合意形成"が十分に達成されているとは必ずしもいえないとの結論を導出している。そして,"合意形成プロセス"の面から検討を要する主な点として,デルファイ法の本来の概念と実際の適用方法との間のズレに関する2つの点を特に問題指摘している。

 第1点として,デルファイ法における「反復と制御されたフィードバック」の原則が簡略化されている点を挙げている。予測データより,ほとんどすべての予測課題で中位値が変動しないで収れんしており,そのメカニズムは「第1回目の四分位範囲外にあった予測回答は,第2回目には第1回目の四分位範囲内に回答変更する傾向が強く,一方,第1回目の四分位範囲内にあった予測回答は,第2回目も第1回目の四分位範囲内に回答する傾向が強い」というものであることを実証している。この結果より,「グループの統計的な回答結果」(中位値と四分位範囲)のみがフィードバックされる現行の方法では,「暗黙の力」(多数の人の判断に特に反対でない場合や余り判断に自信がない場合はフィードバックされた四分位範囲内に回答して欲しい)が作用することによる合意形成の促進のみがなされていると考察している。

 第2点として,デルファイ法が"専門的意見の組織的利用"を意図して開発されたことと実際の適用方法の間のズレの問題を挙げている。予測データより,専門度の異なる回答者群の間で予測結果が異なる傾向がみられ,かつ,ほとんど専門的知識がないと考えられる回答者が多数を占めることに起因して専門度の高い回答者の判断が十分に反映されていない予測結果が存在していることを実証している。この結果より,「暗黙の力」が作用することによる合意形成が促進される場合,信頼性が必ずしも高くない情報がフィードバックされると,そのような情報の影響を受けた予測結果となりうる可能性があることを問題指摘している。

 上述した問題指摘に基づき,デルファイ法の本来の概念を基礎とした,より有効な「デルファイ技術予測」を実施していくための方法論上の重要な要件を次のように述べている。「より専門的知識をもつ回答者の判断が十分に反映された予測結果が得られるように,現行の専門度の定義に含まれる専門度「小」は専門家の定義から除く。この結果として,設定課題数は現行の規模であっても回答者が回答すべき予測課題数はかなり減少し回答者の回答負担を少なくすることができうる。したがって,この要件と合わせて回答理由もフィードバックするプロセスを採用すれば,現行の方法よりも回答者に大きな回答負担をかけないで2種類のフィードバック情報を媒介とした専門家グループの間での信頼できうる十分な間接的相互作用が可能になる。」

 以上,本論文は,実現時期の予測回答の収れんメカニズム,回答者の専門度の違いによる予測結果の違い等を実証的に明らかにし,現行の「デルファイ技術予測」における"合意形成プロセス"における主要な問題点を指摘するとともに,より信頼できる合意形成が得られうる「デルファイ技術予測」の方法を提案しており,高く評価できる。

 よって,本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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