学位論文要旨



No 111903
著者(漢字) 西岡,靖之
著者(英字)
著者(カナ) ニシオカ,ヤスユキ
標題(和) 設計と計画の統合的問題解決支援に関する研究
標題(洋)
報告番号 111903
報告番号 甲11903
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3701号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 堀,浩一
 東京大学 教授 河内,啓二
 東京大学 教授 中島,尚正
 東京大学 教授 木村,文彦
 東京大学 助教授 中須賀,真一
内容要旨 研究の目的と特徴

 製造業におけるモノ作りは、現在大きな岐路にあり、より知識集約型に移行することが求められている。そのためには、モノ作りという行為を根本から再定義した上で、そこでの知識の効率的な管理を追求するとともに、計算機による有効な支援の方法を確立する必要がある。本研究は、製造業におけるモノ作りを1つの問題解決の行為として認識し、この問題解決を計算機によって支援する枠組みを開発することを目的とする。特に、製品開発における製品設計と製造計画という2つの異なる問題を統一的な枠組みの中で扱うことに重点を置く。これによって、より柔軟で効果的なモノ作りの実現が可能となることを示し、今後の情報社会におけるモノ作りの1つのあり方として本研究の内容を位置付ける。

 本研究では、まず、設計と計画という従来は異なる領域にあった2つの問題解決を、統合的に扱うための知識表現を設定する。設計が空間的な構造を、計画が時間的な構造を主に対象とする点に注目し、空間的な構造と時間的な構造の両面から記述できる統一的な表現形式を定めることで、設計と計画の統合的な問題解決のための下地をつくる。本研究では、さらに、問題解決の枠組みとして、問題そのものの明確化から始め、そこで明らかとなった問題構造を、時間的な構造と空間的な構造を同時に考慮しながら、人間と計算機が協調して解を求める方法を提案する。ここで提案する問題解決の枠組みは、計算機援用システムの開発を通してその有効性を示す。

 本研究の特徴は、(1)関係指向の知識表現を定め問題解決に利用した点、(2)形状とプランを同時に計算できるアルゴリズムを開発した点、そして、(3)現実の製品開発の事例への適用により手法の有効性を検証した点の3点である。まず、問題解決を計算機上で扱うために用いた知識表現形式は、空間的な構造と時間的な構造を扱える関係指向の表現形式としたが、この知識表現は、表現対象の広さ、計算可能性、知識の利用効率などの点で従来の知識表現に勝ってる。また、形状とプランを同時に計算できるアルゴリズムは、幾何制約などさまざまな制約に関する制約充足と、従来のプランニングが対象としていた状態遷移とを統合したものであり、本研究が新たに提案するものである。さらに、これらの知識表現およびアルゴリズムを用いた問題解決の枠組みは、現実規模の問題によってその有効性を検証しており、従来の特に人工知能の研究対象がトイプロブレムに終始していることを考えると、このことは本研究の大きな特徴といえる。

本論文の内容

 本研究では、問題とは人間のもつ要求と現実世界の事実とのギャップであると定義し、問題解決をこのギャップを埋める行為とみなす。本論文ではまず、このような定義に従って、問題解決という行為を形式化し、本研究の対象を明らかにする。ここで、問題解決の対象である問題の表現は、本研究で独自に定めた知識の表現形式を用いて行なう。本研究の知識表現形式では、状況や視点に依存しない最小粒度の表現単位をプリミティブ、状況や視点を伴い蓄積と再利用に適した表現単位をテンプレートとし、この2種類の単位によって問題解決に関係するすべての知識を表現する。プリミティブはさらに、実体を表わすエンティティ、行為や方法を表わすプロセス、そして、静的関係を表わすリレーション、動的関係を表わすオペレータの4つのクラスによって構成される。リレーションとオペレータは静的または動的な関係式を持っており、計算機はこれらをもとに問題を解釈する。なお、テンプレートはプリミティブを要素とするグラフ構造として表現される。

 問題解決の対象を計算機上で表現可能とした上で、本論文では、人間と計算機とが協調的に行なう問題解決の枠組みを提案する。提案する問題解決の枠組みは、問題明確化、制約処理、可視化と評価、そしてトップダウン精緻化という各処理単位に分けて説明する。論文では、提案する枠組みによって、空間的構造と時間的構造の統合と、トップダウンな問題構造の精緻化が、人間と計算機とのインタラクションによって可能になった点を紹介する。また、本研究のアプローチは、問題解決の自動化よりはむしろ、問題解決に関する知識の効率的な利用を意識しており、提案する枠組みが、この知識の効率的な利用という点でも優れていることを示す。

 本研究の問題解決の枠組みの中で、制約処理は、制約充足計算と状態遷移計算の2つから構成される。この2つの計算モジュールは、前者が静的な関係構造を主に対象とし、後者は動的な関係構造を主に対象とする。ただし、この2つのモジュールは、お互いに補完関係にあり、制約充足のためには部分的な状態遷移を必要とし、状態遷移のためには部分的な制約充足が必要となる。空間的構造と時間的構造の同時決定は、この2つのモジュールを適宜切替えることによって実現される。本論文では、例題によって、この制約処理のしくみを説明するとともに、提案する枠組みに合わせて開発した計算機援用システムPICCSS(Problem Interactive Clarification and Concurrent Solving System)によって、その動作を確認する。

 本論文ではさらに、提案する問題解決の枠組みを、現実の製品開発の事例に適用し、その有用性と実現性を確認した結果を報告する。対象とした製造業は、ポンプの製造を行なう中小規模のメーカーであり、典型的な加工組立型の機械産業である。あらかじめ製品開発に必要な知識を整埋し、それをプリミティブとして計算機上に準備した上で、それらの知識を用いて新規開発のシミュレーション実験を行った。PICCSSを用いた実験の結果、設計者が行うトップダウンな製品開発の過程に対し、提案する枠組みが有効に機能することが確認された。論文では、PICCSSが、設計者の問題解決をさまざまな面から支援し、最終的な解を、製品形状に関する情報と工程プランに関する情報として出力したようすを示す。特に、PICCSSは、製造可能性を考慮した問題構造の精緻化の過程を柔軟に支援でき、さらにまた新規設計以外にも、改良設計や設計変更において有効な支援ツールとなり得ることを、実験の過程を通して検証する。

本研究の工学的成果

 本研究の工学的な成果としては、以下の3点が挙げられる。まず、第1の成果は、設計と計画を統合する知識の表現形式を提案したことである。本研究の知識表現は、設計が主に対象とする空間的な構造と、計画が主に対象とする時間的な構造を、統合的に扱うことが可能である。これに対して、従来のさまざまな知識表現は、空間的な構造と時間的な構造のどちらが一方に重点がおかれているか、あるいは両者の区別を曖昧にしたまま扱っている。本研究の知識表現はさらに、知識レベルの表現と、記号レベルの表現がきちんと対応づけられいる点、そして、より汎用的な知識をその他の知識と明確に区別することで、知識の効率的な利用を実現している点も、重要な特徴となっている。

 工学的な成果の第2は、時間概念を付加した制約処理アルゴリズムを開発したことである。制約充足問題に代表される従来の制約指向のパラダイムに対して、本研究では、時間概念を取り入れた新たなアプローチの有効性を示した。ここで時間概念とは、行為あるいは行為による状態遷移に対応する。このようないわば動的な時間に対して、従来の多くの研究では静的な時間、つまり、パラメータとして定義可能な時間を扱っている。本研究では静的な時間と動的な時間をともに扱っており、制約充足計算と状態遷移計算とを組あわせたアルゴリズムにより、特に動的な時間に関して、その位置付けを制約処理の中で明確に示した。これにより、単に制約関係の延長として静的な時間を扱ってきた従来の制約処理の研究を一歩進めることができた。

 第3の工学的成果としては、悪定義問題に対する問題解決方法を提案し、その有効性を示したことが挙げられる。本研究では、あらかじめ問題そのものが定義できない悪定義問題に対する、精緻化によるトップダウンな問題解決の方法を提案した。提案した方法は、問題そのものが明確でない状態から問題解決が始まるため、従来のプロトタイピング手法の中でも特別なものといえる。つまり、問題構造の明確化の過程を計算機上で行う点に大きな特徴があり、このような、従来は人間の概念世界の中で行なってきた処理を、計算機上で行なう研究は少ない。特に本研究では、計算機内部に表現された部分的な知識に対して、関係するより粒度の細かい知識を必要に応じて追加するというトップダウン精緻化を検討し、これを悪定義問題に対する有効なアプローチの1つとして位置付けることができた。

結論と今後の課題

 本研究の以上のような工学的な成果は、製造業の現在のモノ作りにおいて、既存知識の有効利用による設計作業の省力化、ラフな製造プランの生成による問題の早期確認、製品開発の上流における計算機能力の有効利用、製造環境の変化に対する製品開発のダイナミックな対応、そして、創造的な製品開発のための環境整備への貢献、といった点で非常に期待できる。提案した方法の実用化を通して、本研究の成果を、製造業における知能情報処理技術として確立することが可能であるとの見通しが得られた。

 また、今後の製造業のモノ作りにおいて、生産者と消費者の関係、企業組織と個人の関係などがますます多様化し、従来のモノ作りの枠組みの中ではとらえきれない状況が訪れた場合、モノ作りを1つの問題解決の行為として認識した本研究の枠組みは、製造業の新たな1つの方向性と可能性を示すことだろう。本論文では、モノ作りに対する新たな視点を提供し、具体的な問題解決の枠組みおよび支援システムによって、次世代へ向けての情報技術を積極的に活用した新たな製造業のあり方を示唆することができた。

 今後の研究課題としては、要求展開の自動化、テンプレートの事例からの獲得、深い探索への対応、CAD/CAM、CAPP(Computer Aided Process Planning)システムとの連動、グループ問題解決への拡張などが挙げられる。

図1:PICCSS操作画面:PICCSSの操作画面としては、要求定義画面、問題構造表示画面、パラメータ編集画面、制約管理画面、出力チャート画面、知識ベース検索画面、テンプレート管理画面、事実情報管理画面などがある。
審査要旨

 修士(経営システム科学)西岡靖之提出の論文は、「設計と計画の統合的問題解決支援に関する研究」と題し、10章から成る。

 近年、あらゆる人工物の製造は、コンピュータによる支援なしには成立しなくなってきており、設計から生産まで、すべての段階において何らかの形でコンピュータが関わっている。しかしながら、それらのコンピュータ支援は、これまで、必ずしも統合的に行なわれてこなかった。そのため、たとえば、せっかくコンピュータ支援により設計を行なっても、製造不可能なものを設計してしまうなどという問題が生じている。本論文は、そのような問題の解決をめざして、設計から製造までを統合的に支援するコンピュータシステムの基本的な枠組を提案したものである。特に、従来別々に扱われてきた設計問題と計画問題を統合的に扱うための知識の表現系と処理系を提案し、さらに、実際にポンプの設計と製造計画の統合的問題解決に適用する実験を行ない、提案手法の有効性を実証している。

 第1章は序論であり、研究の背景、目的、研究内容の概要、用語の定義、および論文の構成について述べている。

 第2章では、本論文が対象とする問題について説明している。まず問題解決に関する一般的な定義を与え、次に、本論文の対象としている設計と計画の統合的問題解決とは何かを、例を示しながら述べている。さらに本論文で扱う課題の位置付けを明確にし、計算機による支援の基本方針を与えている。

 第3章では、対象とする問題を表現するための基本的な要素となる知識の表現形式を提案している。提案の特徴として、関係指向の知識表現、状況や視点からの独立、そして静的な記述と動的な記述の統合を挙げている。知識表現の詳細な説明と例を与え、さらに従来の知識表現手法との比較を行なっている。

 第4章では、3章で提案した知識表現を用いて、問題を解決する方法を与えている。まず、問題解決の流れを概説し、そこに含まれるいくつかの基本的な処理単位を明らかにしている。問題そのものを明確化する問題構築の過程について考察し、その実現方法を示し、さらに問題を制約処理という形で処理していく方法を提案している。

 第5章では、問題解決の枠組の中で、制約処理の部分に注目し、制約充足処理の新しい手法を提案している。従来の制約充足問題に対する研究の多くは、組み合わせ探索問題として厳密計算を要求したため、現実的な問題に対する解を得ることが難しかった。これに対して、本論文で提案している手法は、制約の緩和を前提とした準最適解を求めるものであり、複雑な制約関係に適用することができる。この手法の詳細を示すとともに、化学プラントの操業スケジューリング問題に適用した実験例を与えている。

 第6章では、前章までに提案した手法を用いて設計と計画の統合的問題解決を実現する方法を詳細に述べている。設計問題の空間的構造と計画問題の時間的構造が、制約処理の枠組の中で統合的に扱われることが示されている。

 第7章では、実験の準備として、製造現場における実際の製品開発過程をモデル化している。対象としする製品開発として機械製品をとりあげ、製造業の組織を形式的に表現し、製品開発の一般的な流れをまとめている。さらに、製品の要求仕様の表現方法、形状と工程の表現方法などを、前章までに提案した手法を用いて、詳細に与えている。また、形状と工程の対応関係を計算機上で管理する方法についても示している。

 第8章では、実際の製品開発への適用実験により、本論文で提案した統合的問題解決の枠組の有効性を実証している。取り上げられている例題は、エア駆動ポンプの設計と製造である。実験では、新規設計における機能のトップダウンな精緻化を行なう過程を計算機上で実現し、その有効性を示している。また、新規設計以外の改良設計や設計変更の支援についても実験を行なっている。

 第9章では、関連研究との比較評価をまとめている。

 第10章は、結論であり、本研究の成果をまとめ、将来への展望を示している。

 以上を要するに、本論文は、設計問題と計画問題を統合的に支援するための計算機システムを提案し、それが実際の製品設計と製造に有効であることを実験的に実証したものであり、工学上、寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54525