学位論文要旨



No 111904
著者(漢字) 林,研司
著者(英字)
著者(カナ) ハヤシ,ケンジ
標題(和) 食品用光検知型バイオセンサーの開発
標題(洋)
報告番号 111904
報告番号 甲11904
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3702号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 軽部,征夫
 東京大学 教授 氏平,祐輔
 東京大学 教授 二木,鋭雄
 東京大学 教授 藤正,巖
 東京大学 助教授 宮山,勝
内容要旨

 本論文は、水産物等の鮮度を簡便・迅速に測定するための光検知型バイオセンサーの開発に関するものであり、6章より構成されている。

 食品産業では、高い品質の食品を提供する事が求められ、製造現場等において迅速に品質を検査する必要がある。中でも味、香り、鮮度等の官能的な品質を客観的に判定できる検査員の確保は難しく、これらの品質を科学的で簡便・迅速に測定する方法が強く要望されている。そこで、本研究では原材料の品質を保つ上で必要な、水産物等の鮮度測定用のセンサーの開発を行った。水産物の鮮度は、魚肉中のATP関連化合物の量比であるK値が指標として使われている。更に、通常流通している水産物では、これを簡易化した指標KI値(単位:%)で鮮度を表わしている。

 KI値=100×(イノシン+ヒポキサンチン)/(イノシン酸+イノシン+ヒポキサンチン)

 従来のK値(又はKI値)の測定法では、過塩素酸等でATP関連成分を魚肉から抽出する操作が必要で、食品工場の現場等でこれを用いるには、危険かつ煩雑である。また、抽出した成分の測定には、高速液体クロマトグラフィ-(HPLC)等が用いられてきたが、測定に1時間程度を要しており、現場で迅速に測定を行う事ができなかった。一方、固定化酵素電極やリアクターを使用した鮮度センサーやFIA(フロー・インジェクション・アナリシス)装置なども開発され、KI値の測定に用いられているが、1試料の分析に5分間程度を要する上に、他の方法同様、上記の抽出操作が必要であり、現場で用いるには煩雑でほとんど使用されていなかった。

 そこで本研究では、魚肉に直接センサーをあてて魚肉鮮度KI値が簡便・迅速に測定可能な鮮度センサーの開発を目的とし、光半導体を用いた高感度な鮮度FIAと魚肉から直接試料を採取できるプローブの開発を行い、これらを組み合わせた直接測定型鮮度センサーを開発した。

 第1章は序論であり、本研究の背景について述べ、目的と意義を明らかにした。

 第2章では、高感度なフォトダイオードを用い、微量の試料で魚肉中のATP関連物質の一つであるヒポキサンチン(Hx)を測定できる化学発光FIAの開発を行った。本システムは、キサンチンオキシダーゼ(E.C.1.2.3.2;以下XODと略す)を固定化したリアクターとインジェクターを装着したサンプル流路、及び発光試薬を流す流路から構成されている。インジェクターで注入された試料中のHxは、XOD固定化リアクター内で選択的に酸化され、等量の過酸化水素を生成する。この過酸化水素をキャリア溶液と共に、フローセル内で発光試薬と混合し、その際発生する化学発光をフォトダイオードで受光し、電流を値として測定した。

 XOD固定化リアクターとしては、牛乳由来のXOD(2U)を多孔質ガラスの固定化担体であるCPG(Controlled Pored Glass)に共有結合法で固定化し、カラム(内径3mmx18mm)に充填したものを用い、サンプル流路には、0.1Mリン酸緩衝液(pH7.8)を通液した。また、発光試薬としては、西洋わさび由来ペルオキシダーゼ(E.C.1.11.1.7;HRPと略す;2g/ml)、ルミノール(10M)、p-ヨードフェノール(20M)を炭酸緩衝液(0.2M,pH9.4)に溶解したものを用い、サンプル流路及び発光試薬流路の流速は、2.0ml/分とした。測定はすべて室温(20〜25℃)で行った。本システムでの100lのHx溶液に対する検量線は2×10-7〜2x10-4Mの範囲で直線であった。また測定時間は1分間以内であり、迅速に測定が行えた。

 魚肉の過塩素酸抽出液のヒポキサンチンを本システムとHPLCで測定した結果は(n=13)相関係数は0.978であり、過塩素酸で抽出した魚肉試料中のHxの測定に適用可能である事が分かった。本システムは簡便な装置であるが比較的高い感度が得られ、過塩素酸抽出した試料の測定には十分な感度であったが、魚肉から微量の試料を採取して直接測定するには、感度が不十分と考えられた。また、上記の検出感度を得る為には流速を2.0ml/分と高い値にする必要がある。鮮度FIAでは、イノシン酸(IMP)、イノシシ(HxR)を完全に分解してHxに変換する必要があるため、このような高い流速では大きな固定化酵素リアクターを必要とし適当ではない。そこで第3章及び第4章においてこれらの点の改良を行った。

 第3章では、化学発光FIAを高感度化する為に、比活性の高い微生物(Arthromyces ramosus)由来のペルオキシダーゼ(ARPと略す)を用いた。HRPの代わりにARPを用いた事、及び従来この系を利用した化学発光FIAで用いられていたルミノールのホウ酸緩衝溶液の代わりに炭酸緩衝溶液を用いた事で、発光強度が約25倍増加した。さらに、フォトダイオードを検出器に用いた化学発光FIAで、光電子増倍管検出器を用いたFIAと同程度の過酸化水素の検出感度(3×10-9M)が得られ、Hx濃度1x10-8Mの検出が可能であった。従来の化学発光FIAは高感度であるが、光電子増倍管のような高価でデリケートな検出器を必要としたため、医療用や環境計測用等限られた用途にしか用いられていなかった。本システムを用いれば、酸素電極等と同じ簡便さで低濃度のHxあるいは微量の試料を測定できる化学発光FIAが可能になる。なお、本システムでは、第2章のシステム同様、鮮度FIAに応用するには流速が速すぎるので、第4章でさらに改良を行った。

 第4章では、低流速で高感度に、さらに迅速に測定できるようにするため、1)サンプル流路のキャリアと発光試薬を混合後、フローセルに入るまでの流路の容積を小さくした、2)安定で比活性の高い酵素を固定化したリアクターを用い、従来の鮮度FIAより小型のリアクターでIMP→HxR→Hxの変換が行えるようにした。従来の鮮度センサーやFIAでは、5’-ヌクレオチダーゼ(E.C.3.1.3.5:非常に不安定)や牛乳由来のXOD、牛の小腸由来のプリンヌクレオシドフォスフォリラーゼ(E.C.2.4.2.1:PNPと略す)が用いられてきたが、いずれも安定性が低く、また比活性が低いため、大きな固定化酵素リアクターを必要とし、その結果、1回の測定に3〜5分間もかかっていた。本研究では、安定性及び比活性の高い酵素として、アルカリフォスファターゼ(E.C.3.1.3.1:牛小腸由来:APと略す)及び好熱性微生物由来の XODとPNPを用い、これらを固定化してリアクターとして用いた。Kl値を測定するには、IMP、HxR Hxの濃度の合計値とHxR,Hxの濃度の合計値を測定すれば良いので、2組の化学発光FIAを組み合わせて用いた。すなわち、第1のFIAでは、APとPNPとXODを固定化したリアクター(内径2mm×長さ30mm)を用い、IMPはAPによりHxRに変換され、HxRはPNPでほぼ100%Hxに変換される。これら3成分の濃度の合計に等しい濃度のHxが生成するので、これをXODで酸化して等量生成する過酸化水素の濃度を測定する事により、3成分の濃度の合計値を算出した。このリアクターではリン酸イオン及びマグネシウムイオン濃度により反応効率が変化するので、最適化を行い、0.1Mトリス緩衝溶液(pH8.0)に1mMのリン酸塩と10mMのMg塩を添加したものを流速0.6ml/分で通渣する事によって、100M以下のIMP、HxRがほぼ100%Hxに変換できる事が分かった。第2のFIAには、PNPとXODを固定化したリアクターを装着し、0.1Mリン酸緩衝溶液(pH7.8)を同じく0.6ml/分で通液した。この流路では試料中のIMPはほとんど分解されなかったが、HxRはほぼ100%Hxに変換された。第1のFIAのピーク高さは、試料中のIMP,HxR,Hxの濃度の合計値に比例し、第2のFIAのピーク高さは、HxR,Hxの濃度の合計価に比例した。そこでFIAのインジェクター(20l)で試料溶液をそれぞれのFIAに同時に注入して測定を行い、第1のFIAの測定値で第2のFIAの測定値を割り、100倍してKl値を算出した。

 低流速でも過酸化水素の高い検出感度が得られるようにフローセルを改良した結果、3成分についてそれぞれ6x10-8Mと十分高い検出感度が得られ、同時に小型のリアクターで1x10-4MまでIMP→HxR→Hxの変換が定量的に行えた。このように本システムは微量の試料で測定可能なため、リアクターを小さくする事が可能となり、その結果、鮮度Kl値の測定に要する時間は1分間以内と短縮された。これは、従来の鮮度FIAの5倍程度の迅速な測定である。以上、従来の鮮度FIAと比較して、微量の試料で簡便かつ迅速に鮮度測定が行える迅速測定型鮮度FIAを開発することができた。

 第5章では、魚肉鮮度Kl値の直接測定用のプローブの開発とこれと鮮度FIAを組み合わせた直接測定型鮮度センサーの開発を行った。直接測定用プローブとしては、ステンレス管に透析膜等を装着したものを用い、これの内部に20mMBis-Tris緩衝溶液(pH6.5)を通液し、浸透してくる成分をキャリア溶液と共にインジェクターで鮮度FIAに注入して測定を行った。その結果、第1と第2のFIAにおける繰り返し測定時の測定値の比は一定の値を示し、鮮度Kl値の直接測定が可能であると考えられた。

 第6章は総括であり、本研究を要約して得られた結果をまとめた。

 魚肉にセンサープローブをあてて鮮度が直接測定できる鮮度センサーを開発した。今後、本センサーは、食品産業などの現場において、簡便・迅速に水産物鮮度が検査できるデバイスとして食品の品質向上に重要な役割を果たすものと考えられる。

審査要旨

 本論文は、水産物等の鮮度を簡便・迅速に測定するための光検知型バイオセンサーに関するものであり、6章より構成されている。

 第1章は緒論であり、本研究の行われた背景と意義および目的を述べている。

 第2章では、高感度なフォトダイオードを用い、微量の試料で魚肉中のATP関連物質の一つであるヒポキサンチン(Hx)を測定できる化学発光FIA(Flow Injection Analysis)の開発を行っている。本システムは、キサンチンオキシダーゼ(E.C.1.2.3.2;以下XODと略す)を固定化したリアクターとインジェクターを装着したサンプル流路、及び発光試薬を流す流路から構成されている。インジェクターで注入された試料中のHxは、XOD固定化リアクター内で選択的に酸化され、等量の過酸化水素を生成する。この過酸化水素をキャリア溶液と共に、フローセル内で発光試薬と混合させ、その際発生する化学発光をフォトダイオードで受光し、発生する光電流を測定している。XOD固定化リアクターとしては、牛乳由来のXODを多孔質ガラスの固定化担体に共有結合法で固定化し、カラムに充填したものを用いている。また、発光試薬としては、西洋わさび由来ペルオキシダーゼ(E.C.1.11.1.7;HRPと略す)、ルミノール、p-ヨードフェノールを炭酸緩衝液に溶解させたものを用いている。本システムは簡便な装置であるが比較的高い感度(Hx:0.2M)を得ている。

 第3章では、化学発光FIAを高感度化するために、比活性の高い、微生物由来のペルオキシダーゼ(ARPと略す)を用いている。HRPの代わりにARPを用いた事、及び従来の化学発光FIAで用いていたホウ酸緩衝溶液の代わりに炭酸緩衝溶液を用いる事で発光強度を約25倍増加させている。改良の結果、フォトダイオードを検出器に用いた化学発光FIAで、光電子増倍管検出器を用いたFIAと同程度の過酸化水素の検出感度(3 nM)を得ている。

 第4章では、低流速でも高感度かつ迅速に測定できるようにするための改良を行っている。すなわち、1)サンプル流路のキャリア液と発光試薬を混合後、フローセルに入るまでの流路の容積を小さくし、2)プリンヌクレオシド・フォスフォリラーゼ(E.C.2.4.2.1;以下PNPと略す)およびXODとして安定で比活性の高い好熱性微生物由来の酵素を用い、従来の鮮度FIAより小型のリアクターでIMP(イノシン5’リン酸)→HxR(イノシン)→Hxの変換が行えるようにしている。鮮度KI値(=100×([HxR]+[Hx])/([IMP]+[HxR]+[Hx]) (単位%))を測定するには、IMP、HxR,Hxの濃度の合計値とHxR,Hxの濃度の合計値を測定する必要があるので、2組の化学発光FIAを組み合わせて用いている。第1のFIAでは、AP(E.C.3.1.3.1:アルカリ性フォスファターゼ;牛由来)とPNPとXODを固定化したリアクターを用い、IMPをAPによりHxRに変換し、HxRはPNPでほぼ100%Hxに変換している。これら3成分の濃度の合計に等しい濃度のHxが生成するので、これをXODで酸化し、等量生成する過酸化水素の濃度を測定する事により、3成分の濃度の合計値を算出している。このリアクターで、pH、リン酸イオン濃度、マグネシウムイオン濃度の最適化を行い、100M以下のIMP、HxRがほぼ100%Hxに変換できる酵素固定化リアクターを作製している。第2のFIAには、PNPとXODを固定化したリアクターを装着している。このリアクターでは試料中のIMPはほとんど分解されなかったが、HxRはほぼ100%Hxに変換されている。第1のFIAのピークの高さは、試料中のIMP,HxR,Hxの濃度の合計値に比例し、第2のFIAのピークの高さは、HxR,Hxの濃度の合計値に比例するので、この2つのFIAでの測定値の比をとり100倍してKI値を得るシステムを構築している。

 本システムは微量の試料で測定可能なため、リアクターを小さくする事が可能となり従来の鮮度FIAの5分の1の時間で測定を可能としている。

 第5章では、Hxおよび鮮度Kl値を直接測定できるセンサーの開発を行っている。Hxを直接測定できるセンサー用のサンプリング・プローブとして再生セルロース透析膜を装着したものを用いている。このプローブにより標準溶液及び魚肉中のHxの直接測定を行っている。この透析膜を用いたプローブでは、魚肉中のHx濃度の定量は可能と考えられたが、IMPの場合は濃度が高くなるにつれ透過率が減少する為、KI値を測定するのには適していないと判断している。この結果に基づき、濃度依存性、温度依存性の低いナイロン多孔質膜を装着したプローブを開発し、第4章で開発した2チャンネルのFIAに組み合わてセンサーを作製している。このセンサーで測定したところ、0℃と25℃でIMPの感度がほぼ一致することを見い出している。また、魚肉にあててKI値の直接測定を試みた結果、FIAの2つの流路での応答値の比は一定の値を示すという結果を得ている。この結果から、本センサーは鮮度KI値の直接測定が可能なセンサーであると述べている。

 第6章は総括であり、本研究を要約して得られた結果について述べている。

 このように本論文では、半導体光検出素子を用い、簡便な装置で高感度・迅速にATP関連物質が測定できる化学発光FIAを作製している。さらに、この高感度なFIAをナイロン多孔質膜を装着したプローブと組み合わせ、魚肉鮮度の直接測定ができるセンサーを作製している。従来、煩雑なサンプリング操作が必要であった鮮度の測定で、センサーによるATP関連物質の直接測定が可能な新しいデバイスを開発し、それの実用化に有益な基礎資料を提供している。

 よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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