学位論文要旨



No 111905
著者(漢字) 本山,光一
著者(英字)
著者(カナ) モトヤマ,ミツハル
標題(和) 人工知能方法論を統合した意思決定支援
標題(洋)
報告番号 111905
報告番号 甲11905
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3703号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 堀,浩一
 東京大学 教授 廣松,毅
 東京大学 教授 児玉,文雄
 東京大学 助教授 中須賀,真一
 東京大学 助教授 冨山,哲男
内容要旨 目的と背景

 本研究の目的は、人工知能方法論を統合することで、組み合わせのための知識が未整備で多目標な悪定義問題を対象として、問題整理(要求の決定と知識の構造化)を促しつつ問題解決(解の生成)を果たし、意思決定を支援することである。そのような問題(以下、対象問題と呼ぶ)は、次のような互いに密接に係わる5つの性質で特徴付けることができる。

 (1) 知識が未整備な問題

 a) 経験的知識(定石の知識)も領域知識(因果関係の知識)も共に未整備

 b) 特殊な(例えば業界や職能ごとの)知識と普遍的な知識の双方が要求される

 (2) 定性要素の組み合わせ問題

 (3) 多目標問題

 (4) 探索空間が人間の検討の力を超えた組み合わせ問題

 a) 探索空間の広さ

 b) 組み合わせ要素が多岐に渡りそれに関係する知識も多岐に渡る

 (5) 以上により悪構造(解法が不明)で悪定義(要求が定まらない)な問題

 このような問題においては、状況と解と要求とは、自体的に存在するものではなく、意思決定者が因果関係を踏まえて相互参照し把握するものである。そのような相互参照は、解と状況と要求そして因果関係に関する知識が整備される"知識の構造化のプロセス"と、要求設定と解生成がなされる"意思決定のプロセス"とが、パラレルかつダイナミックに進められていく渾然一体となった段階を含んでいる。それは、"状況への着目"と"因果関係の理解"そして"要求と解の決定(修正を含む)"とが不即不離に進んでいく段階、つまり知識が構造化されていない段階である。しかし、従来の工学的設計や経営学的意思決定のモデルは、そのような相互参照のダイナミクスを十分に反映していたとは言えない。例えば、従来のモデルは、解析・評価・修正の失敗による要求(問題発見)へのパックトラックという形でしか相互参照を反映していない。しかし、そのように知識を順次的に適用した組織的なバックトラックは、知識の構造化がある程度進んだ段階で初めて可能となる。また、このような問題を扱って解を生成するには、従来技術では多くの課題が存在し、単一の人工知能方法論では極めて困難である。

方法

 そこで本研究では、各種の人工知能方法論に新たなアルゴリズムを加えて拡充し、それらを"問題空間"及び"拡張された生成検査(相互参照を取り入れた悪定義問題における生成検査)"という一貫した定式化のもとに、次のように統合することで対応している。

図表

 このうち、発想支援システムHatchは、"状況と解と因果関係と要求との不即不離な相互参照の段階"を複数の視点の切り口により支援すること、知識の構造化の計算論的な支援、相互参照による視点(解のミッション)の有機的な導出、問題整理の支援、意思決定のための基本的な準備を整える、という5つを目的とする。そのためにHatchは、状況要素と要求要素(評価項目)に対する重要度の判断の整合的補正、不条理な重要度の指摘とその原因の教唆、不整合を生じる解要素及び関連行列成分の推定、状況要素と解要素のユニクな相互作用の指摘、関連行列の基底ベクトルの追加導入による問題空間の補導構成という出力を与える。

 発想支援システムAuctionは、概念空間と主観的な関連行列をダイナミックに統合して相互参照を総体的に支援すること、よりシナジーにフォーカスした知識の構造化の計算論的な支援をすること、シナジーに関する情報を中心に意思決定のための基本的な準備を整えること、の3つを目的とする。そのためにAuctionは、Hatchと同様の出力に加えて、意思決定者の主たる注意の推定、シナジーの認識の支援という出力を与える。

 遺伝アルゴリズムシステムCocktailは、パレート最適解を多数用意し生成検査の幅を拡げること、領域知識が未整備な多目標の組み合わせ問題における現実的かつ有効な探索、という2つを目的とする。そのためCocktailは、優良Building-block(シナジーを有する組み合わせ部分)の同定、優良Building-blockを保存する交叉、人間による選択(模擬間引き法)、パレート最適を期待させる遺伝子への定方向的突然変異(Heaven’s Mutation)というアルゴリズムを特徴とする。

 設計支援システムであるSYSFUNDは、普遍的な領域知識による解の解析、起こり得る多様な挙動の提示を目的として、定性推論による挙動解析に用いられる。SYSFUNDはまた、解を因果関係の普遍的知識(領域知識)を用いたアブダクションの利用により修正し、意思決定者の予想を超えかつ因果関係の裏付けを持つ解要素を提示するという目的のためにも用いられる。

 このようなマルチメソッドな人工知能方法論の統合は、各人工知能方法論が解要素(組み合わせ要素)として定性要素(定性パラメータに定性値を代入したもの)を共有し、その定性要素を受け渡しすることによって可能となる。従って、本研究の方法は、定性要素の組み合わせからなる上記対象問題全般に適用可能である。更に、発想支援システムHatch・Auctionと遺伝アルゴリズムシステムCocktailは、定性要素の組み合わせ以外の組み合わせ問題一般に利用可能である。また、本研究の方法は、次のような特徴を持つ。

 ア)特殊な知識と普遍的な知識の相互補完

 イ)問題整理と問題解決を統合し共に達成する意思決定支援システム

 ウ)ボトムアップな組み合わせ生成

 エ)記述的研究の成果と規範的研究の成果との統合的利用

 オ)経営戦略を支援可能な意思決定支援システム

結論

 ここで経営戦略の立案は、戦略要素という定性要素の組み合わせ問題であり、しかも上記5つの性質全てに該当しているため、本研究の方法を適用可能な問題の典型例と考えることができる。実際、従来の技術ではそのような経営戦略の立案を十分に支援できていなかった。そこで、本論文では経営戦略の立案を適応領域の具体例に取り上げ、ベンチャービジネスの経営事例を用いた意思決定の実験を行なった。

 本研究により、対象問題の5つの性質に対応して上記目的を実現し、対象問題にまつわる背景とそれに由来する従来技術の課題に対応することが可能となった。

 即ち、知識が未整備な問題であるという性質の内で、経験的知識も領域知識も共に未整備であるという側面には、発想支援が知識の構造化の計算論的な支援という形で対応し、遺伝アルゴリズムの過程でCocktailが人間の知識を間接的に反映したシナジーの計算論的推定と人間のシナジー認識の統合という形で対応し、定性推論による解析とアブダクションが普遍的な領域知識による解の解析と修正という形で対応し、それら統合システム全体が経験的知識(発想支援や遺伝アルゴリズムに利用するクラスライブラリーとその階層構造が経験的に蓄積された知識であること)と領域知識(定性推論の現象の知識)の夫々を受け持つ人工知能方法論を統合したマルチメソッドであるという形で対応する。また、特殊な(業界・職能ごとの)知識と普遍的知識の双方が要求されるという側面には、基本的には上記と同様であるが、特に統合システム全体が特殊な知識(主として発想支援)と普遍的な知識(主として定性推論)の相互補完という形で対応することが重要である。

 定性要素の組み合わせ問題という性質には、遺伝アルゴリズムが組み合わせ問題における確率的近傍探索という形で対応し、定性推論が定性要素の組み合わせを解析し又はアブダクションにより追加するという形で対応し、統合システム全体がそれらの人工知能方法論を定性要素の受け渡しによって統合しているという形で対応する。

 多目標問題という性質には、発想支援が相互参照による有機的な要求(要求要素の重要度ベクトル)の決定という形で対応し、遺伝アルゴリズムがパレート最適な(つまり多目標について非劣な)初期解を多数用意し生成検査の幅を広げるという形で対応し、統合システム全体が問題空間の定式化とその数学的な定式化を踏まえた方法論(要求要素からなる要求)という形で対応する。

 探索空間が人間の検討の力を超えた組み合わせ問題という性質の内で、探索空間の広さという側面には、遺伝アルゴリズムがシナジーを保存した確率的近傍探索(パレート最適であると期待できる近傍を探索する)という形で対応し、定性推論によるアブダクションが人間の認知能力を超えた機械的なアブダクションにより領域知識を用いて解を修正するという形で対応する。また、組み合わせ要素が多岐に渡りそれに関係する知識も多岐に渡るという側面には、発想支援が知識の構造化の計算論的な支援という形で対応し、遺伝アルゴリズムの過程でCocktailが人間の知識を間接的に反映したシナジーの計算論的推定と人間のシナジー認識の統合という形で対応し、定性推論による解析とアブダクションが普遍的な領域知識による解の解析と修正という形で対応し、それらの統合が"生成検査アプローチによる意思決定モデル"と"マルチメソッド"(生成と検査を適した方法論に割り振り)という形で対応する。

 以上より悪構造で悪定義な問題であるという性質には、発想支援が"状況と解と因果関係と要求との不即不離な相互参照の段階"の支援という形で対応し、遺伝アルゴリズムが"遺伝アルゴリズムによる組み合わせ探索"(解の生成)と"人間による解の選択を通じた要求の見直しの促進"(要求の決定)という形で対応し、定性推論による解析とアブダクションが普遍的な領域知識による解の解析と修正という形で対応し、それらの統合が拡張された生成検査アプローチ(工学と経営学を止揚し相互参照を取り入れた、悪定義問題における生成検査アプローチ)による意思決定モデルという形で対応する。

審査要旨

 修士(経営学)本山光一提出の論文は、「人工知能方法論を統合した意思決定支援」と題し、11章から成る。

 近年、経営学の領域にもコンピュータの進出は著しく、経営情報学などという学問分野も成立している。また経営の現場においても、さまざまな意思決定のためのコンピュータシステムの利用が試みられてきている。しかしながら、従来の意思決定支援システムは、データベースの機能や統計処理の機能を基本としたものがほとんどであり、必ずしも経営の現場において有効に機能していなかった。特に経営においては、客観的な理論よりも直観が重視される場面も少なくなく、コンピュータによる支援は敬遠される傾向もあった。本論文は、これに対して、人工知能方法論を統合的に活用することにより、直観的な意思決定に対しても、コンピュータが有効な支援を行なえることを示すものである。意思決定の初期の発想の段階から、決定した戦略の有効性をシミュレーションにより評価する段階までを統合的に支援するシステムを提案し、いくつかの例題で実験を行なうことによりシステムの有効性を示している。

 第1章は序論であり、研究の目的について述べている。

 第2章では、研究の背景について述べている。経営戦略および経営戦術とは何かの定義を与え、それに関わる知識の現状を示している。経営学で扱うべき知識の多くが悪定義問題や悪構造問題を扱うことや、解空間が容易に組み合わせ爆発を起こすことなどの問題が述べられている。

 第3章では、意思決定に関わる技術的な課題を整理している。知識が未整備な多目標問題における定性要素の組み合わせ意思決定のためには、従来のエキスパートシステム、発想支援システムなどのいずれもが、困難な課題を有していることが示されている。

 第4章では、問題空間の数学的な定式化を与えている。まず線形的な因果関係の定式化を行ない、次に全体的な効用を定式化している。さらに、解要素と状況の相互作用、問題空間の関連行列、重要度ベクトル、関連行列へのリスクの表現方法などについて、詳細に数学的な定式化を行なっている。

 第5章では、前章までに述べた問題への本論文における接近法を述べている。発想支援、定性推論、遺伝アルゴリズムによる探索などのいくつかの人工知能の手法を統合的に用いることにより、悪定義かつ悪構造の問題に対処するという方針が示されている。

 第6章では、発想支援システムによる基本的な着目・理解・決定の支援について述べられている。Hatchと称するシステムの構築と実験により、意思決定のきわめて初期の段階の支援が可能であることが示されている。特に状況と解と因果関係の複雑な相互参照の関係の取り扱いの効果的な支援について述べられている。

 第7章では、Auctionと称するシステムの構築と実験が述べられ、前章と同様の意思決定の初期の段階での別の側面、すなわち概念の主観的な空間の取り扱いに関する問題への支援の効果が示されている。

 第8章では、遺伝アルゴリズムによる初期解の生成について述べられている。人間の判断を生成に取り込むための手法を工夫した遺伝アルゴリズムを用いることにより、初期解の生成検査の幅が広げられることが示されている。

 第9章では、定性推論を用いた解析と評価について述べられている。従来の意思決定支援システムの多くは、単に解を提案するだけにとどまっていた。これに対して、ここでは、解の有効性を定性推論の手法を用いたシミュレーションにより解析・評価することを提案している。

 第10章では、アブダクションの手法を用いて、さらに初期解の範囲を広げることが検討されている。

 第11章は結論であり、本論文の成果をまとめ、今後の展望を与えている。

 以上を要するに、本論文は、人工知能の方法論を統合的に用いることにより、経営のような知識が未整備の領域における意思決定支援のためのシステムを与えたものであり、人工知能の技術の有用性を実証したものとして、工学上、寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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