学位論文要旨



No 111906
著者(漢字) 森,久史
著者(英字)
著者(カナ) モリ,ヒサシ
標題(和) Near型チタン合金素粉末混合材の微視破壊プロセスに及ぼす微視組織の影響
標題(洋)
報告番号 111906
報告番号 甲11906
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3704号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 伊藤,邦夫
 東京大学 助教授 武田,展雄
 東京大学 助教授 榎,学
内容要旨

 型チタン合金の高性能化において破壊靭性の向上が望まれている。この破壊靭性の向上を考えるためには破壊機構の解明と、破壊機構に基づいた微視破壊の定量評価が必要とされる。型チタン合金の破壊は微視組織に依存するが、等温変態相、応力誘起相などの遷移相析出があるために、微視組織の破壊靭性に及ぼす影響については不明な点が多い。これに対して、素粉末混合法は組織を容易に制御できる利点を有しており、複雑な組織形成が見られる型合金プロセスに有効な手法として期待できる。本研究においては強度・破壊靭性バランスをもつNear型合金を素粉末混合法によって作成して組織、力学特性、微視破壊評価の各評価を行うことから微視破壊機構と微視組織の関係について検討した。Ti-10V-2Fe-3Al合金素粉末混合材の光学顕微鏡組織は図1(a)に示すように、相中に相が析出する2相混合形態で見られた。析出相をアルミナ添加によって制御したところ、アルミナは相の長さ及び幅に影響を与えていた(b)。この顕微鏡組織より、相アスペクト比を定量的に評価したところ、アルミナ未添加材の相アスペクト比は23、アルミナ添加材の相アスペクト比は5と評価される。このことから、アルミナ添加及び未添加によって相アスペクト比の制御が行えた。

図1 Ti-10V-2Fe-3Al合金素粉末混合材の光学顕微鏡組織(a)アルミナ未添加材、(b)アルミナ添加材

 ここで、アルミナ未添加材を高アスペクト比材、アルミナ未添加材を低アスペクト比材として記述した。X線回折及び透過電顕観察によってアルミナ相の存在が無いことを確かめており、遷移相の析出も見られなかった。さらに、粒径に大差が見られなかったことからも、アルミナの添加によってNear型合金素粉末混合材の組織制御が可能となると結論した。

 次に、両材について力学特性評価を行って、相と力学特性の対応を検討したところ、表1に示すように、強度、伸びは高相アスペクト比材が高い値を示すのに対して、破壊靭性は低アスペクト比材が高い値を示した。破面及びき裂進展経路観察において微視破壊発生やき裂進展挙動に相違が見られることからも、相アスペクト比が破壊挙動に影響を与えたためであると結論した。このことから、相と微視破壊機構の関係を解明する必要性が示唆された。

表1 高アスペクト比及び低アスペクト比材の強度、伸び及び破壊靭性

 次に、アコースティック・エミッション(AE)法を適用して、AE拳動と破面観察から微視破壊評価を行ない、相と微視破壊機購の関係について考察した。

 検出されたAEの事象数及び大きさを表す振幅、応力拡大係数の関係は図2に示す関係で見られており、高アスペクト比材のAEは0.6KIC、低アスペクト比材のAEは0.4KICで検出され、相アスペクトの変化に伴ってAE挙動に相違が見られた。このAE挙動と相アスペクト比の関係を定量的に評価して考察したた。延性破壊モデルを用いた微視破壊発生とき裂進展の定量評価によって、低アスペクト比材で見積られた微視破壊発生及びき裂進展ユニットは高アスペクト比材のそれより大きいことが言えた。それと同時に計算されたユニットが相寸法と対応した。計算された破壊ユニットは破面観察及びAE原波形解析で求められる微視破壊の大きさと一致することからも、微視破壊発生及びき裂進展ともに相アスペクト比が影響するものと結論した。

図2 高アスペクト比材(a)及び低アスペクト比材(b)のAE事象数、AE振幅と応力拡大係数の関係

 微視破壊機構をAE挙動と破面形態観察に基づいて考察したところ、破壊は相割れや剥離による微視破壊発生と塑性変形によった微視破壊の板厚方向への合体によって進展する機構が考えられ、定められた破壊靭性はき裂進展を意味しているものと推定できた。この結果は塑性域で生じるために、さらなる微視破壊機構の評価を行うためにも、塑性域の評価を行うと共に微視破壊発生機構を明らかにする必要性が示唆された。

 次に、き裂先端の塑性域を定量的に評価した。塑性域の評価法として超音波顕微鏡が挙げられる。超音波顕微鏡は画像コントラストや音響特性を利用することによって破壊及び変形評価に有効な手法である。本研究においても超音波顕微鏡の特性であるコントラスト成因と表面漏洩弾性波挙動に注目した解析を行うことから、き裂先端における塑性域の評価を定量的に行った。

 用いたき裂導入材の表面焦点観察像において強いコントラスト差が見られ、デフォーカス観察によってコントラスト部の更なる観察を行ったところ干渉ループの形成が見られた。コントラスト差と表面漏洩弾性波の対応を検討するために表面漏洩弾性波をき裂先端より測定したところ、図3に示すように干渉ループに対応する300m部において音速が低下した。

図3 き裂先端からの距離と表面漏洩弾性波の関係

 音速低下原因は塑性変形によるボイド生成に基づいた弾性率変化に起因することから、干渉ループは変形域に対応すると考えられる。この干渉ループ長さと解析的に求めた塑性域寸法に対応が見られることからも、干渉ループ部は塑性域を意味していると結論した。このことから、超音波顕微鏡によって塑性域の定量的な評価が可能であると言えた。

 さらに、き裂先端の超音波干渉挙動に注目することによって微視破壊と塑性変形の関係を検討したところ、干渉観察像に基づくことによって、き裂進展及び微視破壊発生にせん断変形が影響しているものと結論できた。

 塑性変形は微視破壊発生に影響を及ぼす。微視破壊と変形挙動の対応を電顕によって観察したところ、塑性変形の微視破壊発生に影響を及ぼすことが示唆された。特に、本材において発生した微視破壊は図4で示すように相内及び/界面で見られ、Pile upやCross slipが微視破壊発生に影響を及ぼしていた。

図4 き裂発生挙動の透過電子顕微鏡像.(a)相、(b)及び(c)/界面

 電子線回折解析及び表面トレース解析の対応によって、微視破壊発生に相、相の変形抵抗差すなわち、結晶学的因子が影響しており、両者の対応は結晶学因子の検討から可能にするものと考えられる。相、変形と微視破壊の対応を観察した結果、相割れはPile up./界面剥離はPile up及びCross slipと対応した。両挙動の相違は部分転位の分解にあるものと考えられることより、部分転位の挙動を高分解能観察と明視野観察、電子線回折を行ったところ、[1100]//[110],[1120]//[10]の結晶対においてPile up、[1120]//[112].[1100]//[112]の結晶対においてCross slipの発生があること確認した。

 このことから、微視破壊発生に結晶特定方位依存性があることが言えた。微視破壊、塑性変形と結晶方位の対応から、[1100]//[110]Pile upの応力集中による相割れへの寄与、[1120]//[110]Pile up.[1120]//[112].[1100]//[112].Cross slipの応力緩和に伴なった界面剥離への寄与が考えられ、結晶配向方位差による転位積層エネルギーと界面エネルギーが微視破壊に影響を及ぼすものと結論された。

 剥離による応力緩和は破壊靭性向上をもたらせるものと言え、[1120]//[110]Pile up、[1120] [112]の微視破壊導入は破壊靭性向上に有効であるものと結論された。

 これらの検討より、素粉末混合材の組織制御、破壊機構の解明について明確な指針を得ることが可能となった。

審査要旨

 本論文は、チタン合金の粉末プロセス法による組織制御の可能性を検討し、その微視破壊機構を種々の評価法を適用することによって解明することを試みた論文である。

 チタン合金素粉末混合材の微視破壊は微視組織に影響することから、残留気孔や介在物に注目した研究は行われているが、析出する相に注目した研究は行われていない。

 チタン合金で見られる相は塑性変形を伴うために、微視破壊プロセスにおいて塑性変形に起因する微視破壊の発生が問題となる。したがって、塑性変形を含めた微視破壊と微視組織の関係を明らかにするモデルの構築が必要とされる。この微視破壊と組織の関係を観察に基づいて解析し、モデル化することによって破壊機構と微視組織の関係を定量的に明らかにすることが可能となった。

 論文の内容を概略すると、第1章でチタン合金のプロセス及び、力学特性と微視組織のこれまでの研究をまとめた。第2章ではNear型チタン合金素粉末混合材の微視組織と力学特性の関係について考察し、粉末材で見られる相のアスペクト比が強度、伸び及び破壊靭性に影響することを明らかにしている。第3章では微視破壊機構を評価する目的でアコースティクエミッション(AE)法を用い、破面観察及び微視破壊の定量評価を行うことによって、微視割れ発生とその合体によって破壊が進展する機構を考察し、破壊機構が相に影響したことを定量的に明らかにした。第4章では亀裂先端の塑性域と塑性域内の微視破壊挙動を超音波顕微鏡によって観察し、超音波干渉観察と音速変化に基づいた解析によって塑性域が定量的に求められることを示した。また、チタン合金の微視破壊発生に対する塑性変形の影響が明らかにし、さらに、第5章では、微視破壊発生挙動と相及び塑性変形の影響を考慮するために、透過型電子顕微鏡観察によって微視破壊発生挙動を観察し、微視破壊発生に対する微視組織の結晶面及び方位が重要であることを示した。

 第2章から第5章を通じて、チタン合金粉末材の微視破壊に及ぼす微視組織の影響を明らかにし、微視破壊をミクロ的な解析によりモデル化することは、組織制御によって高性能化が進められる本材にとって非常に重要な意味を持っている。

 このようなアプローチが高信頼性材料開発分野の重要な手法であることを明らかにするという意味で本論文は大きく評価される。

 以上、チタン合金素粉末材の微視破壊機構をモデル化して、微視組織と定量的に関係付けた本研究は、この材料の開発及び設計において、非常に重要な役割を果たす論文であると考えられる。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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