学位論文要旨



No 111907
著者(漢字) 李,淨任
著者(英字) Lee,Jeong Im
著者(カナ) イー,ジョンイム
標題(和) Pseudomonas fluorescensを用いるシアンセンサーの開発
標題(洋) Development of Cyanide Sensor Using Pseudomonas fluorescens
報告番号 111907
報告番号 甲11907
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3705号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 軽部,征夫
 東京大学 教授 氏平,祐輔
 東京大学 教授 二木,鋭雄
 東京大学 教授 藤正,巖
 東京大学 助教授 宮山,勝
内容要旨

 本論文は、河川水中に流出するシアンを迅速、簡便に検出できるシアンセンサーの開発を目的とし、シアン分解菌(P.fluorescens)を用いるバイオセンサーの開発とその応用に関するもので、5章より構成される。最近、有害物質を含有する工場排水等が環境汚染を引き起こし、深刻な社会問題になっている。シアン化合物は古くから知られている毒物であり、人間に対する致死量はHCNとして59-100mg、NaCNとして150mgと言われている。シアン化合物は農薬、肥料、メッキ用薬剤などに多く使われていて、一度環境中に流出すると生態系が破壊されるため、工場排水基準では"1mg/l"、人の健康に係わる基準では、"検出されないこと"、として厳しく規制されている。河川水は飲料水として利用されているため、工場からのシアン流出事故が起きた場合、迅速に検知できるシステムの開発が強く要望されている。シアン化合物の分析法としては吸光光度法及びイオン電極法などが知られている。しかし、それらは複雑な前処理を必要とし、妨害物質の影響を受ける欠点がある。今までにシアン化合物の事故を未然に防ぐために様々のモニタリング装置の開発が検討されてきた。しかし、いずれの場合にも装置が大型で高価であり、更に簡便で安価なモニタリング装置の開発が要望されている。

 一方、従来の物理センサーや化学的な分析法では測定が困難であった物質を測定するために、生体分子と物理化学デバイスを組み合わせたバイオセンサーが開発され、医療分野に応用されている。現在では食品・醸造分野などの品質管理、プロセス制御、環境保全などの技術分野でも幅広い応用が期待されている。特に、環境計測用バイオセンサーとしてはBODセンサー、水銀センサー、リン酸センサーなどが開発されている。

 そこで、本研究では、河川水、排水中のシアンを迅速、かつ簡便に測定することを目的としてシアンを特異的に資化する微生物(P.fluorescens)と酸素電極を用いてシアンセンサーを開発し、その特性を調べた。

 第1章は緒言であり、本研究の行われた背景と、本研究の目的及び意義を述べた。

 第2章では、シアンを分解する微生物と酸素電極を組み合わせ、前処理が不要なシアンセンサーを作製し、その特性について検討した。

 P.fluorescens NCIMB 11764は好気条件下でシアンをアンモニアと二酸化炭素に分解することが知られている。従って酸素の消費量を指標にしてシアンを定量することができる。そこでこの微生物と酸素電極を組み合わせたバイオセンサーを作製し、シアンに対する応答性、最適条件、金属イオンの影響について検討した。

 微生物をニトロセルロース膜に吸着した後、その膜を酸素電極に装着して微生物センサーを作製した。作製した微生物センサーを用いてシアンに対する応答性を電流減少値として測定した。その結果、シアンの排水基準(検出下限1mg/l)に匹敵するレベルである0.1mg/lから1mg/lまでのシアン濃度と電流減少値の間に相関が得られた。反応時間は2分間であった。また30℃,pH8付近において最大の応答値が得られた.本センサーに対する銅、亜鉛、鉄などの金属イオンの影響を検討した結果、ほとんど影響を受けないことがわかった。また、河川水に含まれるシアン以外の毒物に対する応答性を調べたところ界面活性剤、クロム、鉛などには応答しないことが確認された。作製したセンサーを河川水(渡瀬川)に応用したところ、緩衝液を用いた場合と同様にシアン濃度、0.1mg/lから1mg/lまで検量することができた。また、センサーの安定性について調べた結果、作製後一週間から4週間まで安定した応答が得られた。

 微生物を用いた本シアンセンサーは従来の分析方法に比べると応答時間が短く、試料の前処理が不要であり、しかも安価であることから今後河川水や排水でシアン測定への利用が考えられる。

 第3章ではガス透過性膜を用いたシアンセンサーの作製を行い、その特性について検討した。

 第2章のセンサーを河川水に応用した場合河川水のBODなどに影響される恐れがあることからシアンに対する選択性の改善が必要であると考えられる。そこで本研究ではガスを選択的に透過する膜と微生物電極を組み合わせてガス型シアンセンサーの作製を試みた。

 シアン化物イオンのpKaは9.3であり、中性領域ではほとんど溶存状態のシアン化水素として存在するが、通気または加熱すると溶液中のシアン化水素は容易に気相に移行してくる(HCNの沸点は25.7℃)。この現象に着目してガス透過性膜の多孔性ポリテトラフルオロエチレン膜を用いてシアンセンサーの開発を行った。試料溶液のpHを2にしてシアンを加えるとシアン化水素が発生する。発生したシアン化水素は多孔性ガス透過性膜を通って固定化微生物膜に拡散し分解される。この結果、酸素が消費され、これは酸素電極で計測される。

 作製したガス型センサーを用いてシアンに対する特性を調べたところシアン濃度が0.1mg/lから1mg/lまで検量することができた。このセンサーの最適条件は30℃、pH2であった.また、センサーの選択性を調べたところグルコース,グルタミン酸に対しては応答しなかった。一方、エタノールと酢酸に対してはわずかに応答したが、これらの物質は河川水にあまり含まれてないことから本センサーの河川水への応用は充分可能であると考えられる。次に、本センサーに対する河川水に含まれる重金属の影響を検討した。その結果、本センサーは重金属の影響をほとんど受けないことがわかった。本センサーを4℃で保存したとき、作製した後4日目から30日目まで安定した応答が得られた。また、本センサーと従来方法(JIS法)で測定した結果の相関を検討した。その結果、相関係数r=0.995が得られた。本法の結果は従来法のJIS法のそれと比較的よく一致することが分かった。

 このシアンセンサーはBOD、重金属などの妨害物質の影響をほとんど受けないことから様々な物質が混在する河川水への応用が可能であると考えられる。

 第4章では、河川水中のシアンのオンラインモニタリングを目的とし、微生物を多量に固定化したリアクター型センサーを作製し、その特性について検討した。

 最も一般的な微生物センサーは第2、3章で述べた膜型センサーである。しかし、このセンサーの場合、測定下限が0.1mg/lであるため河川水に応用したとき0.1mg/l以下のシアンを検出することは困難であり、しかもセンサーの応答が一週間で50%減少することから河川水の連続モニタリングのためには感度と安定性の改善が必要である。リアクター型センサーは微生物の固定化量が多いため、センサーの高感度化が期待される。そこで微生物の固定化法の開発とリアクター型センサーの特性について検討した。

 微生物の固定方化法には吸着法、包括法、架橋法などがある。本研究では比較的穏和な条件で固定化できる包括法と吸着法を用いてP.fluorescensの固定を行った。その結果、吸着法である多孔性ガラス、キトパールを用いた場合はいずれも応答が小さく再現性が得られなかった。包括法である寒天ゲルとポリウレタンを用いた場合も応答が小さかったが、アルギン酸カルシウムゲルを用いた場合はセンサーの感度が最も高かった。これらのことからアルギン酸カルシウムゲルを採用した。アルギン酸カルシウムゲルは安価で容易にゲルを形成できるという利点がある。

 アルギン酸カルシウムゲル用いた固定化微生物をガラスカラム(7mmx150mm)に充填してリアクター型センサーを構築した。トリス緩衝液を流速4.5ml/minで送液し電流値が安定した後、シアン溶液を送液して微生物固定化カラムで消費される酸素消費量を電流減少値として測定した。その結果、シアン濃度を0.05mg/lから1mg/lまで検量することができた。本センサーの最適条件について検討したところ、25℃,pH9が最適であった。また、リアクター型センサーでは作製した後30日間安定した応答が得られた。

 リアクター型センサーは膜型センサーに比べ感度がよく、安定性も改善され連続的に使用できることから河川水でのシアンのオンラインモニタリングに利用できると考えられる。

 第5章は結論であり、本研究で得られた結果を総括した。

 河川水、排水中のシアンを計測するために、シアン分解微生物を用いるシアンセンサーの開発を行った。このセンサーは、従来法で問題となっている妨害物質の影響を受けないので、河川水、排水中のシアン濃度を測定できることがわかった。また、微生物を固定化することによりシアンの高感度、連続測定が可能である。本シアンセンサーによって河川水のシアンの連続測定が可能と考えられる。

審査要旨

 本論文は、河川水中に流出するシアンを迅速、簡便に検出できるシアンセンサーの開発に関するもので、5章より構成されている。

 第1章は緒言であり、本研究の行われた背景と、本研究の目的及び意義を述べている。

 第2章では、シアンを分解する微生物と酸素電極を組み合わせて、シアンセンサーを作製し、その特性について述べている。

 Pseudomonas fluorescens NCIMB 11764は好気条件下でシアンをアンモニアと二酸化炭素に分解するので酸素の消費量を指標としてシアンを定量することができると述べている。そこでこの微生物を吸着させた膜を酸素電極に装着して微生物センサーを作製している。

 作製した微生物センサーを用いて、シアンに対する応答性を電流減少値として測定している。その結果、シアンの排水基準(検出下限1mg/l)に匹敵するレベルの0.1mg/lから1mg/lまでのシアン濃度と電流減少値との間に相関関係を見いだしている。また最適測定条件は30℃,pH8であると述べている。本センサーは重金属イオンの影響をほとんど受けず、シアン以外の毒物に対して応答しないことを確認している。作製したセンサーを河川水に応用したところ、緩衝液を用いた場合と同様にシアン濃度0.1mg/lから1mg/lまで検量できることを示している。また、センサーは作製後7日目から30日目まで安定した応答を示すと述べている。

 第3章ではガス透過性膜を用いたシアンセンサーの作製を行い、その特性について検討している。

 第2章で作製したセンサーを河川水に応用する場合、BODなどに影響される可能性があるためシアンに対する選択性の改善が必要であると述べている。そこでガス透過性膜と微生物電極を組み合わせてガス型シアンセンサーを製作している。

 シアン化物イオンのpKaは9.3であり、試料溶液をpH2にしてシアンを加えるとシアン化水素が発生する。発生したシアン化水素はガス透過性膜を通って微生物膜に拡散し分解される。その時、消費された酸素を酸素電極で計測している。

 ガス型センサーを用いてシアン濃度0.1mg/lから1mg/lまで検量することができる。このセンサーの最適条件は30℃、pH2であることを明らかにしている.また、このセンサーはグルコースとグルタミン酸には応答せず、エタノールと酢酸にはわずかに応答する。しかしこれらの物質は河川水にあまり含まれてないことから本センサーの河川水への応用は充分可能である。また、本センサーは重金属イオンの影響をほとんど受けないことを確認している。センサーは作製した後4日目から30日目まで安定した応答が得られている。本センサーとJIS法でシアンを含む資料溶液を測定した結果、相関係数r=0.995であり、本法とJIS法との結果がよく一致していることを示している。

 第4章では、河川水中のシアンのオンライン計測を目的とし、リアクター型センサーを作製し、その特性について述べている。

 2、3章で述べた膜型センサーの場合、0.1mg/l以下のシアンを検出することは困難であり、しかも応答が一週間で50%減少することから感度と安定性の改善が必要である。リアクター型センサーは微生物の固定化量が多いため、センサーの高感度化が期待される。また、微生物の固定化法の検討とリアクター型センサーの特性について述べている。

 P.fluorescensの固定化について検討した結果、センサーの感度が最も高いアルギン酸カルシウムゲルを採用している。

 固定化微生物をガラスカラム(7mmx150mm)に充填してリアクター型センサーを構築している。緩衝液を流速4.5ml/minで送液し電流値が安定した後、シアン溶液を送液して微生物カラムで消費される酸素消費量を電流減少値として測定している。その結果、シアン濃度0.05mg/lから1mg/lまで検量できることを示している。本センサーの最適測定条件は25℃,pH9である。また、本センサーは作製後30日間は安定した応答を示している。リアクター型センサーは、測定の際、操作性、高感度の点で改善されたと述べている。

 第5章は結論であり、本研究で得られた結果を総括している。

 このように本論文は、河川水、排水中のシアンを計測する目的でシアン分解微生物を用いるシアンセンサーの開発を行ったものである。このセンサーは、従来法で問題となっている妨害物質の影響をほとんど受けないで、河川水、排水中のシアン濃度を測定できる。本シアンセンサーによって河川水中のシアンを連続に測定することが可能であり、河川水の水質モニターに重要な役割を果たすものと期待される。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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