学位論文要旨



No 111909
著者(漢字) 何,昆耀
著者(英字)
著者(カナ) ホー,クンヤウ
標題(和) 銅含有ペロブスカイト酸化物を用いたNOxガスセンサの設計
標題(洋) Design of NOx Gas Sensors Using Copper-Containing Perovskite-Type Oxides
報告番号 111909
報告番号 甲11909
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第3707号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 宮山,勝
 東京大学 教授 氏平,祐輔
 東京大学 教授 工藤,徹一
 東京大学 教授 柳田,博明
 東京大学 講師 岸本,昭
内容要旨

 自動車や燃焼炉の排出ガスに含まれる窒素酸化物(NOx)ガスは、有害な大気汚染ガスであり、その排出量の低減化とともに、その濃度検知用センサおよび分解活性をもつ触媒の材料研究が進められている。銅を含むペロブスカイト類似構造を持つ金属酸化物は、NOx分解活性をもつことが知られており、中でもK2NiF4構造をもつ希土類-銅複合酸化物La2CuO4系で、Aサイトイオンを置換したものは、高温で高いNOx分解活性を示すことが報告されている。

 触媒反応では、分子やイオンの吸・脱着、吸着種同士あるいは吸着種と酸化物表面との反応が生じており、そこでは電子の授受を伴うことが多い。従って、酸化物表面は正または負に帯電するような電気的非平衡状態となる。これを電気信号で観測することにより、ガス検知することができる。

 一方、高い酸素イオン伝導性を持つ安定化ジルコニアは固体電解質として燃料電池やガスセンサなどに幅広く応用されている。伝導に寄与する酸素イオンは、十分に活性化されているために、触媒的にも興味深く、多くの触媒反応への応用が注目されている。触媒材料を電極とする電圧印加型固体電解質反応セルでは、固体電解質に直流電圧を印加することによって酸素イオンの供給あるいは引き抜きが可能で、酸素が関与する触媒反応の速度や生成物の選択性を制御することができる。従って、外部電圧を印加することによって触媒の改質や触媒反応の制御が期待できる。さらに、外部電圧を印加した状態で、NOx分解により生じた酸素イオン電流を測定することにより、NOx濃度を知ることができる。このように、触媒特性を持つ材料を電極として用いた固体電解質を用いると、ガス検知時での感度・選択性の制御が可能な特性を持つNOxガスセンサを設計することが可能と考えられる。

 本研究では、特性制御性に優れたNOxガスセンサの設計を目的とし、銅含有ペロブスカイト酸化物のNOxガスによる導電性変化、およびそれを電極に用いた固体電解質のイオン電流変化によるNOxガス検知特性を調べ、それらの機構の検討を行った。

 本論文は全六章からなる。

 第一章は「緒論」であり、本研究の背景と意義および本研究の目的について述べるとともに研究全体の概要を説明した。

 第一部は「銅含有ペロブスカイト酸化物を用いたNOxガスセンサの設計とその検知機構の解明」であり、第二章の「銅含有ペロブスカイト酸化物を用いたNOxガスの検知特性」と第三章の「X線光電子分光法による銅含有ペロブスカイト酸化物を用いたNOxガスの検知機構の解明」から成る。

 第二章の「銅含有ペロブスカイト酸化物を用いたNOxガスの検知特性」は、400℃空気中と窒素雰囲気中で、p型導電性のLa2CuO4とn型導電性のNd2CuO4の厚膜のNOx検知特性と、そのAサイト置換効果がNOxガスの検知特性に及ぼす影響について調べたものである。

 400℃空気中で主な伝導種が異なっているにもかかわらず、p型酸化物とn型酸化物の導電性がともにNOの導入により減少し、NO2の導入により増加することが分かった。それは、p型La2CuO4の表面に正電荷のNO吸着種と負電荷のNO2吸着種が生じることを示唆し、それに対し、n型Nd2CuO4の表面に負電荷のNO吸着種と正電荷のN02吸着種が生じることを示唆している。また、Aサイトイオンを置換した酸化物がより高いNOx触媒活性を持っていることが報告されているため、p型La1.8Sr0.2CuO4とn型Nd1.9Ce0.1CuO4のNOx検知特性について調査を行った。Aサイトイオンを置換した酸化物のNOx検知感度(導電性変化)が未置換のそれより小さいことが分かった。それは、Aサイトイオン置換により、導電種濃度が増大したため、NOx吸着による導電種濃度変化量が相対的に小さくなった結果と考えられる。また、窒素雰囲気中で空気中と異なる検知特性を示していることから、金属酸化物に存在する酸素空孔、酸化物表面の吸着酸素や雰囲気中の酸素が酸化物表面へのNOx吸着挙動とNOx吸着種に大きな影響を及ぼすことが分かった。

 第三章の「NOxガス処理した銅含有ペロブスカイト酸化物表面のX線光電子分光法による分析」は、X線光電子分光法(XPS)を用い、NOxガス処理したNd2CuO4などでの表面の金属、窒素、酸素の酸化状態の変化と、第二章のNOxの導入による導電性の変化の結果から、NOxガスの吸着状態を検討したものである。

 400℃5%O2-N2混合ガスと窒素中でNOxガスをn型Nd2CuO4に吸着させた試料表面の金属、窒素、酸素の酸化状態の変化から、NOxガスの吸着状態と帯電状態を推測・検討した。NOx処理した試料表面に、(NO3)吸着種が検出された。また、銅イオンの価数変化から、Cu(NO3)2の類似構造が酸化物表面に形成されると考えられる。それらの結果は、NOxの導入による導電性変化の結果と一致した。

 第二部は「銅含有ペロブスカイト酸化物と酸素イオンポンプYSZを用いたNOxガスセンサの設計」であり、第四章の「外部電位を印加したNd2CuO4/4YSZ/Pt複合素子の直流電流によるNOx応答特性」と第五章「外部電位を印加したNd2CuO4/4YSZ/Pt複合素子のNOx検知機構解明」から成る。

 第四章の「外部電位を印加したNd2CuO4/4YSZ/Pt複合素子の直流電流によるNOx応答特性」は、Nd2CuO4と白金を両電極材料とするNd2CuO4/4YSZ/Pt複合素子を作製し、400℃の酸素濃度の異なる雰囲気中で順バイアスと逆バイアスを印加した時に流れる電流値からNOx応答特性を調べたものである。

 順バイアス(Pt側を+)1Vを印加した時、NOxガスの導入により酸素イオン電流の増加が観測された。電流増加は、NO2の方がNOより大きい値を示した。また、空気中においても5%O2-N2混合ガス中においても検知感度(NOxガス導入後と導入前の酸素イオン電流の比)には変化が見られなかった。すなわち、NOx検知感度が酸素濃度に依存しないことが分かった。

 それに対して、逆バイアス(Pt側を-)1Vを印加した時でも、NOxの導入による酸素イオン電流の増加が見られたが、この場合はNOの方が電流増加は大きく、感度は酸素濃度の影響を受けることが分かった。バイアス方向によるNOx検知特性のちがいは、Nd2CuO4上とPt上でのNOx分解特性が異なるためと考えられ、Nd2CuO4上でのNOxの分解は酸素濃度に依存しないことが示唆された。この現象を用いれば、酸素濃度が不安定な環境でも安定したNOx検知ができると考えられる。

 第五章の「外部電位を印加したNd2CuO4/4YSZ/Pt複合素子のNOx検知機構解明」は、インピーダンス測定の結果から、複合素子のNOx検知機構解明を試みたものである。固体電解質4YSZと電解質/電極界面での抵抗(R)とリアクタンス(X)のそれぞれのNOガスによる変化をインピーダンスの解析により調べた。NOガスにより、電解質/電極界面での抵抗とリアクタンスの減少が生ずることが分かった。これより、NOxによる電流増加は、NOxが分解して生じた酸素により電解質/電極界面の分極が減少し、それにより固体電解質に印加される電界が大きくなるためと考えられる。

 第六章は「総括」であり、本研究を要約し得られた成果を総括した。

 本研究により、NOxは銅含有ペロブスカイト酸化物表面に、酸素濃度や酸化物中の欠陥により異なった状態で吸着すること、およびその酸化物と白金を電極とした固体電解質では、NOxにより印加電圧の大きさと極性に依存した電流変化が観察されることが明らかとなった。これらの結果は、特性制御性に優れたNOxセンサを設計・実現するための有用な知見になると考えられる。

審査要旨

 自動車や燃焼炉の排出ガスに含まれる窒素酸化物(NOx)ガスは、有害な大気汚染ガスであり、その排出量の低減化とともに、その濃度検知用センサおよび分解活性をもつ触媒の開発が望まれている。銅含有ペロブスカイト類似構造を持つ酸化物は、高温で高いNOx分解活性を示すが、その触媒特性や導電性に酸素不定比性が大きく影響を及ぼすことが知られている。本論文は、特性制御性に優れたNOxガスセンサの設計を目的とし、NOxによる銅含有ペロブスカイト酸化物の導電性変化、およびその酸化物を電極に用いた固体電解質のイオン電流のNOxによる変化を調べ、それらの機構の検討を行ったものであり、全六章から成る。

 第一章は緒論であり、本研究の目的と意義、および研究背景を述べている。

 第二章では、銅含有ペロブスカイト酸化物を用いたNOxガス検知特性について述べている。p型半導性のLa2CuO4とn型半導性のNd2CuO4の厚膜についてNOxガス検知特性を調べ、主な伝導キャリア種が異なっているにもかかわらず、400℃空気中での導電率は、ともにNOの導入により減少し、NO2の導入により増加することを見い出している。これは、NOとNO2の吸着種が両物質で異なることを示唆している。また、窒素雰囲気中で空気中と異なる導電率変化を示すことを見い出している。さらに、Aサイトイオンを置換しキャリア濃度を増加させた酸化物では、NOx吸着による導電率の変化率は、無置換のものより低下することを明らかにしている。これらより、金属酸化物に存在する酸素空孔、酸化物表面の吸着酸素が酸化物表面へのNOx吸着挙動に大きな影響を及ぼすことを明らかにしている。

 第三章では、X線光電子分光法(XPS)により銅含有ペロブスカイト酸化物表面でのNOx吸着物を分析した結果を述べている。400℃でNOxガス処理し、その後大気に曝さずに分析室に導入したNd2CuO4の表面分析結果から、NOx処理試料にはNO3吸着種が観察されることを明らかにし、また、銅イオンの価数変化からCu(NO3)2類似構造が形成されることを予想している。それらの吸着状態からNOx導入による導電性変化を説明できることを述べている。

 第四章では、外部電位を印加したNd2CuO4/YSZ/Pt複合素子の直流電流によるNOx応答特性について述べている。Nd2CuO4と白金を両電極にした安定化ジルコニア(YSZ)複合素子は、400℃で1Vの順バイアス(Pt側をプラス)および逆バイアス(Pt側をマイナス)印加下で、ともにNOxガスの導入により酸素イオン電流が増加することを観測している。順バイアスの場合、電流増加は、NO2の方がNOより大きく、検知感度(NOxガス導入前後での酸素イオン電流の比)は雰囲気中の酸素濃度に影響を受けないことを明らかにしている。それに対して、逆バイアス印加の場合、電流増加はNOの方が大きく、感度は酸素濃度の影響を受けることを明らかにしている。バイアス方向によるNOx検知特性の違いは、Nd2CuO4電極とPt電極でのNOx分解特性が異なるためと考察している。この現象を用いることにより酸素濃度の変動のある環境でも安定したNOx検知ができることを述べている。

 第五章では、Nd2CuO4/YSZ/Pt複合素子のNOx検知機構について調べた結果を述べている。固体電解質と電解質/電極界面でのインピーダンス成分を分離し、それぞれのNOxガスによる変化を解析している。NOxにより、電解質/電極界面でのインピーダンスの抵抗成分と容量成分がともに減少することを明らかにしている。これより、NOxによる電流増加は、NOxが分解して生じた酸素により電解質/電極界面での分極が減少し、酸素の取り込みとそれによるイオン電流が大きくなるためと考察している。

 第六章は総括であり、得られた結果を要約し結論を述べている。

 以上、本論文は、銅含有ペロブスカイト酸化物表面へのNOx吸着と導電性変化、およびその酸化物と白金を電極にした固体電解質のNOx検知特性を明らかにしている。その成果は、特性制御性に優れる新規なNOxセンサの設計指針を提示するものであり、今後の材料科学、界面化学の進展に貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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