学位論文要旨



No 111910
著者(漢字) マルケス,ルイ
著者(英字) Marques Rui
著者(カナ) マルケス,ルイ
標題(和) 日本におけるヨーロッパ企業の情報通信競争戦略
標題(洋) Competitive Strategies of European Information and Communication Technology(ICT)Firms in Japan
報告番号 111910
報告番号 甲11910
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第3708号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 廣松,毅
 東京大学 教授 児玉,文雄
 東京大学 助教授 玉井,克哉
 東京大学 教授 白木,靖寛
 東京大学 助教授 廣瀬,明
 東京大学 教授 増田,祐司
内容要旨 目的と背景

 本論文の目的は、情報通信技術(ICT)分野のヨーロッパ企業が日本においてどのような戦略で活動し、結果としてどの程度成功をおさめているかについて分析を行うことである。

 近年、情報技術と通信技術の融合によって、ICTは企業の成長と競争力におけるもっとも重要な要素となりつつある。同時に経済のグローパル化は、日米欧の企業の海外進出を促し、国際的な規模での競争を激化させている。これが現在世界経済の三極構造と呼ばれているものの本質である。しかし,これをパイラテラルな関係で見ると、図1で示したように日欧の鎖は必ずしも強いとはいえない。同時にR&D戦略に関して日欧間の関係を分析したものは、日米間の関係を分析したものに比べて圧倒的に少ない。

図1:Strategical alliances in the Trlad during the 1980’s(Europe,Japan,U.S.)

 そこで、本論文では日欧の関係の中でも、特にヨーロッパ企業の対日進出に焦点を当てて、以下の項目に関してヨーロッパ企業がどのような戦略を収って活動をし、そしてどの程度成功しているかを分析する。分析方法としては、現在日本になんらかの形で日本に進出しているICT分野のヨーロッパ企業にアンケートを行うとともに、必要に応じてインタビューも行い、その結果を分析するという方法を用いた。そして予備的な調査から、今回の分析は、1973年まで、1974年から1986年まで、そして1986年から1994年までの3つの期間に分けて行った。

 ・ 産業及び地理的分布とその配置

 ・ 投資のタイミングと規制の変化

 ・ 投資意欲とグローバル化

 ・ 所有状況と組織形態

 ・ 研究開発

 ・ その他の要因と成功度

主な結果の概要

 日本においてヨーロッパ企業が競争力を持つのに成功した例として通常あげられるのが化学品と医薬品分野である。しかしながら、ヨーロッパの日本に対する投資のパターンに近年大きな変化が見られる。まずヨーロッパ企業の日本に対する対外直接投資(FDI)は、年間投資額・件数の双方の点で北米企業の対外直接投資と同水準に到達しつつある(1994年:ヨーロッパ企業の直接投資は1,511.5百万米ドル、313件、北米企業の直接投資は1,914.8百万米ドル、362件)。また個別に見ても、たとえば化学品セクターの全体に占める割合は1992年の31%から1993年には14%へ、1994年には更に8%に低下している。逆に電気機械セクターの比率が1992年の10%から1993年には17%へ、1994年には56%に拡大している。

 法的あるいは規制的な障壁の存在は、ヨーロッパ(及び一般的に海外)からの日本に対する投資を阻害する要因とはなっていない。1973年に日本が産業における100%外資企業の設立を認め、海外からの直接投資を自由化したにもかかわらず、1970年代から1980年代の初頭までは、歴史的に排他的な法的規制が外資系企業にとって日本で活動を開始する際の問題のトップにきていた。しかし、これは1990年代にはすでに問題ではなくなっており、海外の企業は日本を魅力的な事業環境とみなし、成功が可能で世界的な活動を行う上で鍵となる環境と考え始めている。

 さらに、日本でのアジアにおける地政学的な戦略に関しては、ICT分野の70%近くの企業が、アジア太平洋地域での活動を日本国外の本部(HQ)から管理している。

図2:アジア太平洋地域における地政学に基づいたHQの戦略的配置

 HQを日本国外・国内のどちらに置くかの選択に関連する要素は次のようなものがあって、

 ・ 日本で事業を行うことに継続的に大きなコストがかかること。

 ・ 日本の労働市場で資格を持つ従業員を雇用することが困難なこと。

 ・ 日本市場が複雑であること。

 ・ 日本の規制緩和の動きが比較的ゆっくりとしたものであること。

表1:HQの設置地域の選択例

 またヨーロッパ企業による日本における研究開発活動の実施については、72%の企業が「研究開発活動の社内化」を目指し、社内的な研究活動を選択している。ただし50%近くの企業が、日本企業との戦略提携を結んでいることも事実である。

 日本での活動が成功しているか否かに関しては、親会社が使用している評価基準に関する質問も行った上で、各基準ごとに設定された目標を達成したかどうかを、高〜低のランク付けによって評価した。(図3)

図3:「成功」の基準は? これらの目標を達成していますか?

 企業は目標の過半数を達成している。ブランド名の認知度と日本での商品の売上が世界全体の売上に占める割合の2点を除いて、平均10〜20%の会社が目標を上回る成果を上げている。全項目を平均して65〜80%が営業開始時あるいは主要な戦略決定がなされたときに設定された目標を達成している。

 これらの結果を踏まえて、本論文では最近の企業のいくつかの理論のうちもっとも一貫した理論であると考えられる、ダニングを中心とする経済学者のグループによって開発されたOLIパラダイムにもとづいて総合的に分析を行った。ここでOLIパラダイムとはO(所有の利点)、L(位置的利点)、及びI(国際化の利点)の分析を元にした資源移転のモデルである。その結果を、北米企業の参考例も含めて、次頁に示す。

表2:日本におけるICT外資企業の競争戦略(西ヨーロッパvs.北米)
今後の課題

 本論文では対外直接投資に関するOLIパラダイムを用いて、ICT分野のヨーロッパ企業の日本におけるR&D戦略と活動、およびその成功の程度について分析を行った。

 本論文の分析結果は、日欧関係、その中でも特に分析対象となることが少なかった日本で活動するヨーロッパ企業のR&D戦略と活動に関する研究に貢献するものと考えられる。

 ただしグローバルな競争のより詳しい展望を見極めるためには、三極(米国、EC、日本)の比較分析を行うことが必要であることは自明であり、それを今後の課題としたい。

審査要旨

 本論文は、情報通信技術(ICT)分野のヨーロッパ企業が日本においてどのような戦略で活動し、結果としてどの程度成功をおさめているかについて分析を行うことを目的とした英文の論文である。

 本論文は全11章からなり、はじめの導入部分の後、第1章から第3章において理論的枠組みの導入と紹介がなされている。そこには国際的な情報通信技術分野の企業の戦略と競争環境に関する詳しい資料の検討が含まれている。第4章から第10章までは、これまでの研究成果にもとづいて立てた仮説を検討している。そこでの分析はヨーロッパのICT企業の戦略と日本での成功の理由について、著者自身が行ったアンケートにもとづいている。第11章は他の調査との比較とともに、企業戦略についての今後の展望と将来の課題を述べている。

 具体的内容は以下の通りである。

 第1章においては、三極(米国、EC、日本)のICT企業活動と実状の概観がなされ、比較研究の重要性を示している。

 第2章では、競争と協力の理論的枠組み、外国直接投資のパラダイムを示し、企業の国際化にともない国際的研究開発戦略が企業の成功の重要な要素になりつつあることを示している。

 第3章では、研究の方法論を紹介している。

 第4章では、実例を挙げながら、日本における製造と研究・開発の施設をもっているヨーロッパのICT企業の概観を述べている。

 第5章では、企業の地理的分布、すなわち本部の場所を日本に置くかアジア・太平洋の他の国に置くかの問題を論じ、また、情報通信関連の産業部門から眺めた流通問題を分析している。

 第6章では、J.H.DunningのOLIパラダイムの紹介とともに、それに基づく分析を行っている。また外国への直接投資および貿易問題の歴史的経緯の包括的な概観を行い、規制は電気通信部門を除きもはや外国企業にとって障害ではないという結論を導き出している。

 ここでは、特に日本におけるヨーロッパのICT企業の活動が増しており、競争力も増していることを述べている。この点は、ICTの中の特定の分野、たとえばコンピューターのハードウェア、電子機器部品分野に属する企業に当てはまる。しかし、最近はネットワーク機器、電気通信サービス、およびソフトウェア分野への進出も盛んになりつつあり、実際、ヨーロッパ企業が比較優位をもつケースも増えている。この意味で、ヨーロッパのICT企業は日本でかなりの成功を収めつつあるといえる。

 第7章では、製造および研究開発施設を日本にもつことの動機、ならびに一般的に日本に投資をする動機が分析される。

 第8章では、企業の選ぶ組織形態と変化の型を提出している。そして、共同事業と戦略的協調が一般に好まれることが分析されている。

 第9章では、競争力に関係のある他の要因が論じられている。そこでは、系列ないしは企業グループに参加することを積極的に評価し、それが成功の要因の一つであることが示されている。日本における活動の比較的正確な物差しとしては、財務面(売上、採算)のみならず、日本産業の戦略的重要性が挙げられている。

 第10章では、企業の研究開発戦略の現状を示すとともに、共同研究への参加に関しては、西ヨーロッパの企業のほうが北米の企業よりも熱心であることを証明している。さらに、ここでは企業のジョイント・ベンチャーの数と内容だけでなく、政府がサポートしている共同研究への参加についても分析している。

 以上、本論文は、日本におけるヨーロッパ企業の活動に焦点を当てた研究が一般に乏しい中にあって、ヨーロッパのICT企業の活動の実態と研究開発戦略とについて詳細に分析し、新しい知見を見い出しており、高く評価できる。

 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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