学位論文要旨



No 111911
著者(漢字) 中山,正之
著者(英字)
著者(カナ) ナカヤマ,マサユキ
標題(和) 小形フレキシブルディスク装置の開発設計論
標題(洋)
報告番号 111911
報告番号 甲11911
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3709号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中島,尚正
 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 田中,正人
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 助教授 中尾,政之
 東京大学 助教授 村上,存
内容要旨

 本論文は、新製品にたいする要求仕様の予知方法と潜在開発力の洞察方法に基づく、開発設計論を提示し、小型フレキシブルディスク装置の開発設計事例に当てはめ、本開発設計論の妥当性を示すものである。

 企業にとって新製品の開発は成長の原動力であり、日常的に行われ、世の中は新製品で溢れている。しかしこれらの新製品の大部分が、従来製品の一部を改良した程度で、ライフサイクルが短いものである。資源の有効利用から好ましいことではない。

 筆者は小形フレキシブルディスク装置の開発設計に関与し、新しい3.5インチフロッピーディスクの新市場の形成を体験している。この体験から、日常生活に役立ち、社会や文化の発展に貢献するようなライフサイクルの長い新製品の開発こそ重要であり、真に市場で望まれているものと考えている。

 このような新製品を開発するためには、従来製品の一部を改良する程度の改良設計では無理で、開発設計の方法から考え直す必要がある。筆者は、このような新製品を開発する目的の開発設計においては、市場要求の中に、本質的で高度な要求の存在を予知し、この要求に答えるために、潜在開発力を活用することが重要であると主張する。ここで本質的とは開発目的にそっていることをいう。

 市場要求の中の本質的で高度な要求仕様とは、最終開発製品の仕様であり、市場の要求を基に想定するものである。言い換えれば市場に潜在化している本質的な要求を要求仕様のかたちで顕在化したものである。一般に市場の要求は周囲の環境の影響により、時間とともに変化する。この要求動向の中には、質的な変化が必ずあるから、これを本質的で高度な要求仕様として、捉えることである。

 小型フレキシブルディスク装置においては、5インチのフレキシブルディスク装置の出現後、利用者が性能、信頼性に不足を感じ始めた時期に、市場の要求がより小型で、より容量が大きく、より信頼性の高いものに変化して求められていると判断し、これに基ついて要求仕様の具体的な展開過程が示される。

 市場に新製品に対する要求が潜在的にあることを予測したとしても、その要求に答える技術がなければ製品は実現できない。しかも要求仕様が新規性の高いものであれば、未経験の領域が多く、不確定性が高いことになる。この不確定性を解明するのが開発である。高度な要求仕様に答える開発力は設計開始時点では潜在的な存在であるが、開発設計が実行していく中で開発力として顕在化してくる。本開発設計では潜在開発力が実際の開発力として力を発揮するかどうかを設計開始時に正しく推測することにある。時には業種の違う対象に対する開発力を推測することもある。この点が本設計法の特徴的な部分である。

 フレキシブルディスク装置の事例においては、市場の要求内容のうち、小形化、大容量化の問題は高密度記録技術の開発課題であり、信頼性を高くするという開発課題と分けて述べられる。

* 高密度磁気記録系の開発設計

 当時の高密度記録技術を比較してみると5インチのフロッピーディスクの面記録密度は5KB*/cm2であった。これに対し家庭用VTRの面記録密度が150KB/cm2であり,この間に大きな技術格差がある。すなわち異業種間の大きな技術格差を潜在開発力とみている。 *KB:キロバイト

 VTRを開発した高密度記録技術が、フロッピーディスクの小形で飛躍的な高機能な要求に対しても、潜在開発力として極めて大きな力を発揮し、記録媒体の開発とヘッドの開発を実現している。

*信頼性、耐久性改善のための開発設計

 ワードプロセッサーやコンピュータでは記録したデータが壊れてしまう事故は致命的な問題である。また耐久性の問題としては、ディスクのチャッキングを多数回行なうと、チャッキング部分に摩耗が生じ、トラッキングずれを起こしてデータが読み出せないという重大な欠陥である。

 この信頼性、耐久性の問題の本質を、フロッピーディスクが応用目的が大きく変わっているにもかかわらず、構造を標準規格で変えることができないため、と捉えている。このような場合には、目的の利用形態にあった構造に変えなければ完全な解決策にならない。そこで新構造で高信頼性を実現した新規格のものをつくりあげることこそ潜在的な市場要求であると判断している。

 フロッピーディスクの応用分野が極めて広範囲の環境で使用されるような分野に変化していたのである。この広範囲の応用分野で、問題のない構造をつくり上げるとすれば、家電製品の市場で直面した開発設計の経験が潜在開発力として多くの新技術を提供できるものと判断している。

図表ディスクの構造 / ヘッドの構造

 実際のディスク構造の開発設計では、ディスク媒体をプラスチックのカートリッジに入れ、ヘッド穴の部分はシャッターを設け、ディスク全体を保護することにより、ディスクの持ち運びが自由になり、普通のオフィス環境で問題なく使用できるようにしている。

 耐久性の問題ではチャッキング部分は開発設計で構造を一新し、摩耗の少ないメタルハブを採用し,チャッキング精度を上げ、位置決め精度を改善し、トラック密度を上げている。

 このようにディスク構造の開発設計にはプラスチックの成形技術、接着の技術、表面処理、研磨の技術等数々の量産技術がビデオやオーディオの分野から取り入れらている。

 ここで完成したディスク構造が、世界の標準規格として認められている事実からも、信頼性の確保に大きく寄与したといえる。

 3.5インチのMFD装置は発表以来十数年世界中の市場で広く使用されていることは言うまでもない。またこのフロッピーディスクがコンピュータを身近なものにし、日常生活に新しい情報形態をもたらした効果ははかりしれない。

 本論における、要求仕様の予知方法と潜在開発力の洞察方法はいずれも開発設計の開始時に考察すべき事項であり、多くの情報を集め、その中に存在する価値ある情報を抽出することの重要性に基づいている。特に潜在開発力については領域間の技術格差の存在を洞察することが極めて有効であることを指摘している。

 本論では、以上のように小形フレキシブル装置の事例に当てはめて本開発設計法の妥当性が示される。

審査要旨

 本論文は、新製品にたいする開発設計において、市場に潜在している要求仕様を的確に予知すること、および、開発組織が有する潜在開発力を正しく洞察することが重要であることを指摘し、要求仕様の予知方法と潜在開発力の洞察方法を具体化した開発設計論を展開して、これを小型フレキシブルディスク装置の開発設計事例に当てはめて妥当性を論証したものである。ここでいう小型フレキシブルディスク装置とは通称の3.5インチのフロッピーディスク装置である。本論文の提出者は本装置の開発設計に従事し、その実践的経験を踏まえて、経験的知識を開発設計方法論として体系化した。

 本論文によれば、新製品にたいする企業としての明確な目標を示すこと、および、その目標を達成させるために具体的な製品の市場における潜在的な要求を予知することが重要である。市場に潜在化している本質的な要求仕様を顕在化する方法としては、市場の要求が周囲の環境の影響により時間とともに変化することに注目し、要求動向の中に質的変化を捉えることが有効であると指摘している。

 つぎに、市場の要求仕様に答える開発力の存在を洞察することの重要性を述べている。要求仕様が新規性の高いものであれば、未経験で、不確定性の高い開発設計を行うこととなる。開発設計においては、潜在的な開発力が開発設計の実行中に顕在化して実際的な開発力として機能する度合を開発設計開始時に正しく推測する必要がある。

 このように開発設計開始の時点における、要求仕様の予知と潜在開発力の洞察に設計の基本をおく本開発設計論は従来の設計法と異なる新しい視点の設計法であり、この開発設計論を小型フレキシブルディスク装置の開発事例にあてはめてその有効性を論証している。

 小型フレキシブルディスク装置においては、5インチのフレキシブルディスク装置が出現した後に利用者が性能、信頼性に不足を感じ始めた時期に、市場の要求がより小型で、より容量が大きく、より信頼性の高いものに変化していると判断し、具体的な要求仕様に展開している。

 市場の要求のうち、小型化と大容量化の課題は高密度記録技術に関係するものであり、VTRの高密度記録技術と共通するとみなし、VTRの記録材料やヘッドの開発経験から潜在開発力とがあるものと判断している。実際に新記録材料と新構造のヘッドを開発し、3.5インチのフロッピーディスクにおいて記憶容量2MBを実現した。信頼性については需要の拡大が市場環境の変化をもたらし問題を多発化させていたことから、要求仕様を使用環境に合わせたものに設定し、家電製品としてのVTRの信頼性技術や量産技術が潜在開発力になりうると判断している。実際のディスク構造の開発設計では、ディスク媒体をプラスチックのカートリッジに入れ、ディスク全体を保護することにより、ディスクの持ち運びが自由になり、普通のオフィス環境で問題なく使用できるようにした。耐久性の問題ではチャッキング部分の構造を一新することにより解決し、さらに、,チャッキング精度を上げ、位置決め精度を改善すると共にトラック密度を上げている。ここで完成したディスク構造は世界の標準規格として認められ、信頼性の確保に大きく寄与している。

 3.5インチのMFD装置は発表以来十数年世界中の市場で広く使用されているが、このフロッピーディスクがコンピュータを身近なものにし、日常生活に新しい情報形態をもたらした効果には計り知れないものがある。

 本論では、以上のように小形フレキシブル装置の事例に当てはめて本開発設計論の妥当性が示された。新製品の開発は企業の経営戦略上重要な課題であり、その方法については成功事例から多くのものを学ぶことができる。本開発設計論は、新製品開発競争の中でも、長期的な開発計画で、通称ハイテック分野と呼ばれる分野の中でも特に磁気記録や半導体関係のような開発予測精度が高いものに適した方法論といえる。このような特徴をもった本開発設計論は開発設計の方法論として、有効性と新規性の両面から高く評価できる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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