学位論文要旨



No 111912
著者(漢字) 中島,雅己
著者(英字)
著者(カナ) ナカジマ,マサミ
標題(和) キウイフルーツかいよう病菌の薬剤耐性遺伝子に関する研究
標題(洋) Studies on the bacteriocide-resistance genes of Pseudomonas syringae pv.actinidiae
報告番号 111912
報告番号 甲11912
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1628号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 日比,忠明
 東京大学 教授 平井,篤志
 東京大学 教授 白子,幸男
 東京大学 助教授 山下,修一
 明治大学 教授 米山,勝美
内容要旨

 植物細菌病は各種植物に発生し多大な被害を生じているが、銅剤およびストレプトマイシン剤はこれら細菌病に対する防除薬剤の中でも卓効を示すものとして、現在、世界各国で利用されている。しかし、近年、両薬剤の多用によってこれらに対する耐性菌の出現が顕在化し、両薬剤の防除効果の低下が大きな問題となっている。農作物の安定生産を脅かすこのような耐性菌問題をいかにして克服するかは、農業をとりまく諸問題の中でもきわめて重要な課題である。耐性菌問題に対する新たな戦略を構築するためには、耐性菌の発生生態や耐性メカニズムの分子生物学的解析に関する基礎的知見を得ることが必要である。そこで、近年わが国で問題となっているキウイフルーツかいよう病菌Pseudomonas syringae pv.actinidiaeの鋼剤およびストレプトマイシン剤耐性に関して以下の研究を行った。

1.キウイフルーツかいよう病菌のストレプトマイシン剤耐性

 ストレプトマイシンはタンパク質合成を阻害する抗生物質であり、細菌の30Sリボゾームサブユニットに結合してタンパク質合成の開始複合体形成を阻害するとともに遺伝暗号の誤読を引き起こすことが知られている。本剤に対する耐性機構としては、耐性菌のつくるストレプトマイシン修飾酵素による不活性化によるものが主体で、リボゾームにおける作用点の変化や、細胞膜の薬剤透過性の低下による耐性は少ないとされている。植物病原細菌でみられる耐性機構についても、そのほとんどがアミノグリコシド3"-リン酸転移酵素(aminoglycoside-3"-phosphotransferase;APH3")による不活性化によると報告されている。ここでは、キウイフルーツかいよう病菌の耐性機構について遺伝子レベルでの解析を試みた。

(1)ストレプトマイシン感受性検定

 1984年以降に静岡県内のキウイフルーツ園より分離され、静岡大学で保存されていたキウイフルーツかいよう病菌28菌株についてストレプトマイシンの最小発育抑制濃度(MIC)を調査した。その結果、1984年に分離された菌株14株は全てMICが3.5g/mlであったのに対し、1987年以降に分離された菌株14株の中に300〜900g/mlのMICを示す菌株が10株存在することが認められた。キウイフルーツかいよう病の防除薬剤としてストレプトマイシン剤の使用が始められたのが1985年頃であることから、本菌のストレプトマイシン耐性菌の出現とストレプトマイシン剤の使用との関連が示唆された。さらに1993年、神奈川県におけるかいよう病多発地域の圃場より本菌3182株を分離し、耐性菌の分布調査を行った。その結果、分離菌株中約90%がMIC400〜900g/mlの耐性を示し、耐性菌が広範に存在することを確認した。

(2)ストレプトマイシン耐性遺伝子の解析

 (1)で供試した静岡県内分離菌28菌株より、アルカリ法によりプラスミドDNAを抽出し、アガロースゲル電気泳動によりプラスミドの検出を行った。その結果、耐性を示した菌株には共通して約80kbのプラスミド(pPaCu1)あるいは約280kbのプラスミド(pPaCu2)が検出された。一方、感受性菌株は何れのプラスミドも保持していなかった。これらの事実からキウイフルーツかいよう病菌ではストレプトマイシン耐性遺伝子がこれら二種のプラスミド上に存在すると考えられた。

 そこで、pPaCu1のみを保持する耐性菌株Pa429株を用いてストレプトマイシンに対する耐性遺伝子のクローニングを試みた。まず、供試菌株よりプラスミドDNAを抽出しSau3AIで20〜30kbの断片に部分分解した。得られた断片をコスミドベクターpLAFR5のBamHIサイトにクローニングし、in vitroパッケージングを行った後、大腸菌DH5株に感染させた。ストレプトマイシン100g/mlを含む培地上で培養して耐性を発現するクローンを選抜した後、耐性遺伝子を含む領域の制限酵素地図を作成した。この制限酵素地図に基づいて耐性遺伝子を含む1.9kbのHindIII-EcoRV断片をプラスミドベクターpBluescript II KS+にサブクローニングした。このHindIII-EcoRV断片について、広宿主域プラスミドRSF1010のアミノグリコシド3"-リン酸転移酵素遺伝子strA(0.8kb)およびstrB(0.8kb)と制限酵素地図を比較するとともに、この断片をプローブとしたサザンハイブリダイゼーションにより相同性の解析を行った。その結果、HindIII-EcoRV断片中にstrAおよびstrBと相同な領域が保持されていることが明らかとなった。このことから本菌におけるストレプトマイシン耐性機構はアミノグリコシド3"-リン酸転移酵素による不活性化によるものであることが示された。

2.キウイフルーツかいよう病菌の銅剤耐性

 銅剤に含まれる銅イオンはタンパク質などのSH基をブロックし、酵素系の阻害などを引き起こすことが知られている。植物病原細菌の鋼剤耐性機構は、銅耐性遺伝子の産物である銅吸着タンパク質がペリプラズム領域および外膜で銅イオンと結合してこれを封鎖し、銅イオンの細胞内への透過を妨げるためであると説明されている。本菌の銅剤耐性に関して遺伝子レベルでの解析を試みた。

(1)銅感受性検定

 1.(1)に供試した静岡県内および神奈川県内分離の本菌3182菌株について硫酸銅のMICを調査した。その結果、静岡県分離菌株28菌株の内、硫酸銅に対して耐性を示した菌株は全てストレプトマイシン耐性菌株と一致しており、耐性菌株のMICは1.75〜3.0mMであった。一方、感受性菌株のMICは0.75mMであった。このことから、両耐性遺伝子は同一プラスミド上に存在していることが考えられた。しかし神奈川県分離菌株では両薬剤に対する耐性は必ずしも一致しておらず、その約41%がMIC2.0〜2.5mMの銅剤耐性菌であった。

(2)銅耐性遺伝子の解析

 銅耐性菌株Pa429株を供試して、以下に示した方法により銅耐性遺伝子のクローニングを試みた。まず、供試菌株にトランスポゾンTn5を導入して銅感受性突然変異株を作成した後、親株Pa429株のプラスミドpPaCu1よりTn5の挿入が起こった領域に相当する領域、すなわち、銅耐性に関与する領域をクローニングした。次いで、この領域をプローブにして1.(2)と同様の方法により作成したプラスミドDNAのコスミドライブラリーより、銅耐性遺伝子を含むコスミドクローン(23kb)を選抜した。このようにして得られたクローンを以下に示す銅耐性遺伝子の解析に供試した。

 これまでに数種の植物病原細菌で銅耐性菌株の存在が確認されているが、そのうちP.syringae pv.tomatoではその銅耐性遺伝子が35kbの伝達性プラスミド(pPT23D)上の約6.5kbの断片上に存在していることが明らかにされており、その塩基配列も決定されている。そこで、上記で得られたキウイフルーツかいよう病菌の銅耐性遺伝子とP.syringae pv.tomatoのそれとの相同性を調査するために、上記のコスミドクローンをHindIIIで切断し、サザンハイブリダイゼーションに供試した。プローブには、既報のP.syringae pv.tomatoの銅耐性遺伝子の塩基配列をもとに、6つのオープンリーディングフレーム(ORF)copA(1.8kb)、copB(1.0kb)、copC(0.4kb)、copD(1.0kb)、copR(0.7kb)およびcopS(1.5kb)ごとに各々のPCRプライマーをデザインして、各ORFをPCRにより増幅した各DNA断片を用いた。その結果、上記のクローンDNA上にはcopA、copB、copRおよびcopSと相同性を示す領域が存在することが明らかとなった。copCおよびcopDとの相同性は認められなかった。さらに、copA、Bと相同性が認められた領域をサブクローニングし、その塩基配列を決定した結果、P.syringae pv.tomatoのcopA、B領域および大腸菌の銅耐性プラスミド上のpcoA領域と部分的に相同性の高い領域が認められ、さらに、Xanthomonas campestris pv.juglandisの銅耐性遺伝子の一部との相同性も認められた。P.syringae pv.tomatoではcopAはペリプラズム領域に存在する銅吸着タンパク質CopAを、copBは外膜に存在する銅吸着タンパク質CopBをコードしており、銅耐性は主としてこれら二種のタンパク質に依存していることが明らかとなっている。またcopR、copSは銅耐性発現の調節遺伝子であり、それぞれアクチベータータンパク質およびセンサータンパク質をコードしているとされている。従って、本菌においても同様の耐性機構が働いているものと推定された。

 以上を要するに、本研究はキウイフルーツかいよう病菌のストレプトマイシン剤耐性および銅剤耐性について、各耐性菌の発生生態を調査するとともに、本菌の両薬剤に対する耐性機構を遺伝子レベルで解析し、本菌のストレプトマイシン耐性がアミノグリコシド3"-リン酸転移酵素によるストレプトマイシンの不活性化によること、および銅耐性が銅吸着タンパク質による銅イオンの封鎖によることを示唆したものである。

審査要旨

 植物細菌病は各種植物に発生し多大な被害を生じているが、銅剤およびストレプトマイシン剤はこれらに対する防除薬剤の中でも卓効を示すものとして、現在、世界各国で利用されている。しかし、近年、両薬剤に対する耐性菌の出現が顕在化し、大きな問題となっている。そこで、近年わが国で問題となっているキウイフルーツかいよう病菌Pseudomonas syringae pv.actinidiaeの銅剤およびストレプトマイシン剤耐性について、耐性菌の発生生態を調査するとともに、その耐性機構に関して遺伝子レベルの解析を行った。

1.キウイフルーツかいよう病菌のストレプトマイシン剤耐性(1)ストレプトマイシン感受性検定

 静岡県内で分離されたキウイフルーツかいよう病菌28菌株についてストレプトマイシンの最小発育抑制濃度(MIC)を調査した結果、1987年以降に分離された菌株14株の中に300-900g/mlのMICを示す菌株が10株存在することが認められ、本菌のストレプトマイシン耐性菌の出現と防除薬剤としてのストレプトマイシン剤の使用開始時期との関連が示唆された。また、神奈川県内の圃場より分離した菌株では3182株中約90%がMIC400〜900g/mlの耐性を示し、耐性菌が広範に存在することが確認された。

(2)ストレプトマイシン耐性遺伝子の解析

 静岡県内分離菌28菌株よりプラスミドの検出を行った結果、耐性菌株に特異的な約80kbのプラスミド(pPaCu1)あるいは約280kbのプラスミド(pPaCu2)が検出された。そこで、pPaCu1からストレプトマイシン耐性遺伝子のクローニングを行い、得られたHin dIII-Eco RV断片(1.9kb)について、広宿主域プラスミドRSF1010のアミノグリコシドリン酸転移酵素遺伝子strAおよびstrBとのサザンハイブリダイゼーションならびに制限酵素地図の比較を行った結果、この断片中にstrAおよびstrBと相同な領域が保持されていることが明らかとなった。このことから本菌におけるストレプトマイシン耐性機構はアミノグリコシドリン酸転移酵素によるストレプトマイシンの不活性化によるものであることが示された。

2.キウイフルーツかいよう病菌の銅剤耐性(1)銅感受性検定

 静岡県内および神奈川県内分離の本菌3182菌株について硫酸銅のMICを調査した結果、静岡県分離の28菌株の内、銅耐性を示した菌株は全てストレプトマイシン耐性菌株と一致しており、そのMICは1.75〜3.0mMであった。このことから、両耐性遺伝子は同一プラスミド上に存在していることが考えられた。しかし神奈川県分離菌株では両薬剤に対する耐性は必ずしも一致しておらず、その約41%がMIC2.0〜2.5mMの銅耐性菌であった。

(2)銅耐性遺伝子の解析

 銅耐性菌株が有するプラスミドPaCu1からトランスポゾンTn5によるタギングによって銅耐性遺伝子のクローニングを行い、得られたクローン(23kb)について、P.syringae pv.tomatoの銅耐性遺伝子(約6.5kb)の6つのORF copA、copB、copC、copD、copRおよびcopSとの相同性を、各ORFのPCR増幅断片をプローブとしたサザンハイブリダイゼーションによって解析したところ、このクローンDNA上にcopA、copB、copRおよびcopSと相同性を示す領域が存在することが明らかとなった。さらにcopA、Bと相同性が示された領域の塩基配列上にはcopA、Bと相同性のきわめて高い配列が認められた。P.syringae pv.tomatoではcopA、copBは銅イオンと結合してこれを封鎖する銅吸着タンパク質CopA、CopBを、copR、copSは銅耐性の発現調節に関与する蛋白質CopR、CopSを、それぞれコードしていることが知られている。従って、本菌においても同様の耐性機構が働いているものと推定された。

 以上を要するに、本研究はキウイフルーツかいよう病菌のストレプトマイシン剤耐性および銅剤耐性について、各耐性菌の発生生態を調査するとともに、本菌の両薬剤に対する耐性機構を遺伝子レベルで解析し、本菌のストレプトマイシン耐性がアミノグリコシドリン酸転移酵素によるストレプトマイシンの不活性化によること、および銅耐性が銅吸着タンパク質による銅イオンの封鎖によることを示唆したものである。

 これらの成果は学術上、応用上寄与するところが大きい。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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