本論文は凍結輸入牛肉が国産牛肉に比べてやや味が劣るといわれている原因として考えられる、凍結処理が解凍後の熟成に及ぼす影響に関する論文で、4章から構成されている。著者は従来ほとんど研究がなされていなかった凍結処理牛肉の解凍後の熟成について、生化学的変化であるプロテオリシスに着目し、牛肉の凍結-解凍後の適切な熟成管理を目的として以下の研究を行なった。 序論で本研究の背景や意義を概説した後、第1章では、牛肉の凍結処理が解凍後の熟成にいかなる影響を及ぼすか、現象について述べている。 まず、凍結処理による物性の変化として、凍結牛肉の解凍後の硬さの変化を調べ、解凍後でも初期の段階では熟成に伴う軟化が起こることを明らかにするとともに、さらに熟成すると水分を失って逆に硬くなる傾向があることを明らかにした。このことから凍結牛肉を非凍結肉と同程度の期間熟成することはテクスチャーの面から考えて不利であり、これが凍結牛肉の味が劣る原因の一つになっている可能性を指摘している。 次に、呈味性と密接に関係すると考えられている熟成中に起こる筋肉蛋白質のプロテオリシスについて、SDS-PAGEおよびアミノ酸分析によって解析している。そして、凍結処理によって解凍後のプロテオリシスが促進されることを明らかにした。 さらに、凍結肉・非凍結肉に共通する熟度指標として、熟成中に牛肉中に蓄積するペプチドを新しい候補として提唱し、その一つの例としてAPPPPAEVPEVHEEVという15アミノ酸残基からなるペプチドを単離し、凍結肉のプロフィールを知るための実用性について述べている。 第2章では、第1章の結果で解凍後のプロテオリシスの促進が認められた際にペプチドの増加量が顕著であったことを受けて、解凍後のプロテオリシスにおいて大きく寄与していると考えられるエンドペプチダーゼの検索を行なった。牛肉が他の畜肉に比べて長期の熟成期間を要し、低pHにさらされる期間も長くなることから、酸性側に至適pHを持つカテプシン群に限定して検索している。 カテプシンBに特異的な阻害剤であるCA-074を利用し、牛肉中でカテプシンBが大きな活性を持っていることを明らかにし、凍結処理に対しても安定であることから解凍後の熟成においてカテプシンBの寄与が大であると結論している。 さらに、ホモジネートを4℃で貯蔵中の自己分解中に生成するオリゴペプチドを逆相HPLCで分析し、CA-074を作用させてカテプシンBを阻害した際に顕著に減少するピークについてアミノ酸配列の分析を行ない、アクチンの分解にカテプシンBが関与していることを明らかにした。 第3章・第4章では、解凍後のプロテオリシスが促進される原因として、筋原線維が凍結変性することにより、プロテアーゼの作用を受けやすくなるという可能性と、凍結処理によって破壊されたリソゾームからの酵素の漏出が原因であるという2つの可能性を挙げ、それぞれについて解明している。 第3章では、凍結処理牛肉の熟成のモデル系として、牛骨格筋から精製したカテプシンBを凍結処理した筋原線維に作用させている。酵素反応によって可溶化してくるオリゴペプチドを定量した結果、筋原線維は凍結変性してもプロテアーゼの作用を受けやすくなるわけではないことを明らかにした。 第4章ではまず、筋肉内部の状態を反映していると考えられるドリップ中のリソゾーム酵素活性を調べ、凍結牛肉から生じたドリップ中に高いリソゾーム酵素活性が認められたことから、凍結処理によりリソゾームが破壊されていることを示し、次に筋肉組織切片をリソゾーム酵素の一つであるカテプシンBに対する抗体を用いて染色し、凍結処理によってリソゾーム酵素の局在性に変化が生じることを明らかにした。これらの結果より、解凍後のプロテオリシスの促進は凍結処理によるリソゾームの崩壊が原因であると結論している。 以上、本論文は凍結輸入牛肉の品質管理上重要である解凍後の熟成について食品学的・酵素学的に解明し、熟度指標としてのペプチドの提唱や牛肉の熟成の短期化の可能性を見いだすなど、学術的にも、応用的にも貢献するところが少なくない。よって、審査員一同は本論文が博士(農学)の論文として価値あるものと認めた。 |