内容要旨 | | in vivoにおける抗原特異的な抗体産生応答は,B細胞表面のMHC(major histocompatibility complex;主要組織適合遺伝子複合体)クラスII分子とT細胞表面のT細胞レセプター(TCR)との抗原を介した相互作用,すなわちコグネート(cognate)相互作用により制御されている.アレルギーを始めとする抗体依存性の免疫疾患の引き金となる抗原特異的なB細胞の異常な活性化も,根本的な原因はコグネート相互作用に源を発している.しかし,コグネート相互作用がどのような機構によって抗体産生の制御に関わり,あるいはどの機構の変化が異常なB細胞の活性化に繋がるのかその詳細は明らかにされていない.そこで本研究では,コグネート相互作用による抗原特異的な抗体産生応答の制御機構を分子・細胞レベルで解明することを目的として,コグネート相互作用が,1)in vivoでの抗原特異的なB細胞の活性化および抗体産生細胞への分化過程のどの段階に必要であるのか,2)唯一の抗原依存的な刺激であるMHCクラスII分子を介した刺激がB細胞の抗原特異的な活性化にどのような役割を果たすのか,3)抗原アナログを用いたコグネート相互作用の人為的な操作により,抗体産生応答を制御することが可能かなどに関してマウスリンパ球を用いて解析した. 1.in vivoでの抗原特異的なB細胞の活性化および抗体産生細胞への分化過程におけるリンパ球相互作用の役割 末梢B細胞は,抗原の感作により,抗原に対しより高い特異性と親和性を獲得し,産生する抗体のサブクラスをIgMからIgGへと変換(クラススイッチ)することが知られている.この過程におけるコグネート相互作用は,現象論的に必要不可欠と考えられているが,実際,体細胞突然変異やクラススイッチの頻度にどのような影響を及ぼすのか細胞,分子レベルでは明らかにされていない.本研究においては,免疫原が異なれば,異なるT細胞ポピュレーションが応答し,コグネート相互作用の様式が変化するという現象を利用し,異なる形態の免疫原をマウスに投与することによりin vivoでのコグネート相互作用の修飾を行った.すなわち,BALB/cマウスのB細胞認識部位を含む-ラクトグロブリン(-LG)由来の部分ペプチド(F25-40)が,1)Keyhole limpet hemocyaninをT細胞認識部位として結合させた状態,または2)4残基N末側に延長したペプチド,すなわちF21-40に含まれた状態のものを免疫原として用いた.さらに,2)の免疫原に応答したB細胞の重鎖可変領域(VH)遺伝子を初代培養B細胞から直接的に単離する新しい手法を確立した.そして1)と2)の免疫原に応答したF25-40に特異的なB細胞が使用するVH遺伝子を解析し,各免疫原ごとに体細胞突然変異の頻度をクラススイッチの有無と相関させて評価することに成功した.その結果,A.1)の投与によりIgG1抗体を産生するB細胞クローンが得られたのに対し,2)の投与では,IgM抗体産生細胞のみが得られた,B.1)の投与により樹立されたB細胞クローンは,2)の投与により樹立されたクローンに比べ高い頻度で体細胞突然変異を起こしていた.これらの結果は,in vivoでの抗原特異的なB細胞の体細胞突然変異による親和性の獲得およびIgGへのクラススイッチの過程において,抗原を介したT細胞との相互作用が重要な役割を果たしていることを示唆するものである.そこで次項では,コグネート相互作用による抗原特異的なIgG抗体産生の制御機構を分子レベルで詳細に解析するため,B細胞に伝えられる唯一の抗原依存的な刺激であるMHCクラスII分子を介した刺激に着目し,この刺激が抗原特異的なIgG抗体産生応答にどのように関与しているのか,in vitroの実験系で解析した. 2.MHCクラスII分子を介した刺激によるIgG抗体産生応答の増強 T/B細胞間相互作用によるB細胞の活性化過程に関わる分子として,これまでCD40,B7など抗原非依存的な分子の関与が明らかにされてきたが,それだけでは前述のin vivoでの実験系で示されたような抗体産生応答の抗原特異性を完全に説明することはできない.そこで,T/B細胞間相互作用の抗原特異性を唯一制御できるMHCクラスII分子-抗原ペプチド-T細胞レセプター間の3分子相互作用に注目し,この結合を介しB細胞に伝わる刺激が抗原特異的な抗体産生にどのような役割を果たしているのか,in vitroの実験系で詳細に解析した.MHCクラスII分子を介した刺激の有無により,T細胞における抗原非依存的なヘルパー機能が変化することを避けるため,本実験では,T細胞によるヘルパー機能を活性化T細胞の膜成分(PM)と液性因子を含む培養上清を用いて再現した.さらにクラスII分子を介した刺激も従来のような抗体の架橋による人為的な刺激によるものではなく,PMに含まれるT細胞レセプターを用いて伝えた.そして,前項の実験で開発した磁気ビーズを用いた方法によりBALB/cマウス(H-2d)からF25-40に特異的なB細胞を分離し,これに-LGを取り込ませF42-56領域を抗原提示させた状態で,F42-56-I-Ad分子複合物を認識可能なTCRを含むT細胞クローンであるH1.1由来のPM(H1 PM)とこのようなTCRは含まないT細胞クローンであるD10.G4.1由来PM(D10PM)によりB細胞を刺激した.その結果,B細胞の増殖およびIgM抗体産生応答は,H1 PMとD10PMとの間で差は認められなかったのに対し,IgG抗体産生応答はH1 PMによって,更に強く増強された.その上,抗TCR抗体,あるいは抗CD4抗体によってクラスII分子を介した刺激を阻害したところ,H1 PMによるIgG抗体産生の増強効果は打ち消された.以上の結果から,1)これまでに重要視されてきた抗原非依存的な刺激に対するB細胞の応答性をクラスII分子を介した刺激が増強すること,2)IgG抗体産生応答に関してのみ,その効果が認められることが明らかになった.これまでのin vitroの実験結果では,抗体産生に関与する刺激は抗原非依存的なもののみが明らかにされてきた.しかし本論文において.MHCクラスII分子を介した抗原依存的な刺激が,抗原特異的なIgG抗体産生のみを増強するという,抗原特異性維持の新しいモデルを打ち立てることに成功した.さらに,in vivoでの抗原特異的なIgG抗体が非特異的な抗体に比べてはるかに多く産生される現象も,このモデルにより説明可能であり,MHCクラスII分子を介した刺激のこのような作用がin vivoでも働いている可能性がある. 3.抗原アナログによるリンパ球相互作用の修飾と抗体産生応答の変化 MHCクラスII分子-抗原ペプチド-TCRの相互作用は,T細胞のヘルパー機能を活性化することで抗体産生応答を増強すると同時に,クラスII分子を介した刺激により抗原提示B細胞においても機能の調節を行っている.この3分子間相互作用の変換は,抗体産生応答の人為的な操作を試みる場合に,特異的で副反応が少ないためもっとも期待される効果が高い対象である.これまで,抗原のアミノ酸配列を一部置換した抗原アナログを用い,T細胞の分化や応答性に変化を加えられることが明らかにされている.しかし,抗原アナログによる修飾効果が,B細胞の活性化及び抗体産生応答に与える影響について解析を行った報告はこれまでにない.そこで次に,アナログペプチドを用いた3分子間相互作用の修飾により抗体産生パターンにどのような変化が生じるかを解析した.さらに,抗体産生応答の変化を誘導する機構を分子レベルで詳細に解析した.抗原として-LGの119から133番目のアミノ酸配列に相当する部分ペプチドであるp119-133およびアミノ酸配列を一残基ずつ置換した37種類のアナログペプチドを用意した.T細胞としてI-Ab分子に提示されたp119-133を特異的に認識するT細胞クローンであるG1.19を用い,このT細胞とB細胞を種々の抗原の存在下で培養した後,上清中に産生されるIgG抗体産生量をELISA法により測定した.その結果,127番目のGluをAspに置換したE127Dの添加によりIgG抗体産生量の顕著な増加が観察された.E127Dによる抗体産生応答の増強効果をさらに分子レベルで解析したところ,ヘルパー機能に重要なCD40リガンドが,E127D刺激を受けたT細胞においてより強く発現していた.したがって,MHC分子抗原複合物のTCRへの親和性の変化がT細胞における共刺激分子の発現量を増加させ,その結果IgG産生量が増強したと考えられる.これらの結果から,アナログペプチドを用いてMHCクラスII分子-抗原ペプチド-TCR相互作用を修飾することにより,T細胞のヘルパー機能に変化を与え,その結果抗体産生応答の量的な変化を誘導できることが明らかとなった.本論文のように,T細胞ヘルパー機能を修飾するさまざまな抗原アナログの同定を進め,各抗原アナログに対するT細胞応答の解析を進めていくことは,今後MHCクラスII分子-抗原ペプチド-TCR相互作用による新しい抗体産生制御機構を探る有用な手段となると考えられる. まとめ B細胞の抗原を介したT細胞との相互作用,およびそれとB細胞の分化や活性化との関係,そして抗体産生に至る経路に関しての知見を得ることができた.まず,in vivoでのB細胞の動的変化を追跡する新しい実験系を構築することに成功し,抗原に対し高い特異性と親和性を獲得したIgG抗体の産生過程に,T細胞との抗原を介した相互作用が重要な役割を果たしていること,そしてその際に,B細胞表面のMHCクラスII分子を介して伝わる刺激が,IgG抗体産生の制御に関与していること,そして最後に抗原アナログを用いたコグネート相互作用の修飾により,IgG抗体の産生量を調節することが可能であることを示した.本論文で得られた知見は,抗体産生誘導機構を解きあかす基礎的研究として重要な意味を持つことはもちろんのこと,今後抗体依存性の免疫疾患の治療法開発のための有用な情報になると思われる. |