本論文は、生物活性を有する環式化合物の合成研究に関するもので、三章よりなる。フェロモン、抗生物質などの生物活性を有する化合物の合成は、生物活性試験に供与することでその生態学的研究に役立つだけでなく、誘導体合成等への応用により構造活性相関の解明、さらには農薬、医薬などへの実用化に対しても意義が大きい。著者はこの点に着目し、興味深い生物活性を有する化合物のうち特に環式骨格を持つ物について、その合成研究を行なった。 まず序論で本研究の背景と意義について説明した後、第一章ではスズメバチ(Paravespula vulgaris)、及びマツクイムシ(Conophthorus resinosae、C.banksianae、C.coniperda)のフェロモン(E)-7-メチル-1,6-ジオキサスピロ[4.5]デカン1の両鏡像体合成について述べている。光学純度98.0%e.e.の(S)-2より導かれたヨウ化物(S)-3を4のジアニオンとカップリングさせることで(S)-5、更に2工程でフェロモンの天然体(5S,7S)-1を得た。また、ほぼ100%e.e.の(R)-2より出発して同様の工程により非天然体(5R,7R)-1を得た。この合成は、Oehlschlagerによる過去の合成報告よりも高光学純度かつ、高収率であり、しかも500mg以上という大量のサンプルを生物活性試験に供給するのを可能にした。 第二章ではアシルテトラミン酸系抗生物質に見られるシス-オクタリン骨格の合成研究について述べている。菌類の生産する代謝産物であるvermisporin6、MBP049-13 7などのシス-オクタリン骨格を持つアシルテトラミン酸類は、その構造、活性の興味深さにもかかわらず、未だ合成が達成されていない。通常のDiels-Alder反応では構築困難なこのvermis porinタイプのオクタリン骨格についてその合成法を確立すべく、そのモデル体(±)8の合成を行った。9より出発して得られるアルデヒド10をWittig反応による増炭などでヨウ化物11、11は、フェニルチオ酢酸メチルによるアルキル化などで、トリエン12とした。鍵段階となる12の分子内Diels-Alder反応はトルエン封管、190℃の条件で、シス-オクタリン骨格を持つ(±)-13(endo付加物)、およびトランス-オクタリン骨格を持つ(±)-14(exo付加物)の 1.7 : 1 混合物を与え、更にこれより1工程で(±)-8、(±)-14を得た。(±)-8はvermis porin型のオクタリン骨格に必要なすべての相対立体配置を保持しており、初めてこの型のシス-オクタリン骨格構築に成功した。 第三章では有用な活性を有するMBP 049-13のアナログ体15の合成研究について述べている。MBP 049-137はコラーゲン生合成系の酵素の一つであるプロリン水酸化酵素の選択的阻害剤で肝硬変などの治療薬としての期待が持たれている。まず16について酵素を用いた不斉アセチル化で光学純度73.1%e.e.の(R)-17に変換後、三工程でキラルなアルデヒド(S)-10へと導いた。(S)-10からは第2章とほぼ同様にしてキラルな8を調製しその官能基変換により18を得た。一方D-バリン19から出発して-ケトラクタム20を得て、モデル反応ではテトラミン酸の合成に成功し、18と20を組み合わせることで最終物15を得ようとしている。 終章は結論で以上の結果をまとめている。 以上本論文は、フェロモン、酵素阻害剤など生物活性を有する環式化合物の合成研究を行ったものである。その結果過去の合成より効率良い新規合成、あるいは初めての骨格構築法の確立に成功しており、学術上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、申請者に対し博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。 |