節水潅漑は貴重な水資源の節約の意味に加えて、農地への塩類添加を抑制する意味からも重要である。この節水潅漑を地下潅漑・保水剤利用の2点から考察し以下の知見を得た。
2-1.コンピュータ・シミュレーションによる地下潅漑の有効利用法の検討 【地下潅漑と地表潅漑】地下潅漑は地表潅漑と比較して明確な蒸発抑制効果を期待できることが明らかとなった。また、地下潅漑において適切な潅水頻度を採ることで、地表面からの蒸発と根圏外への水分流出を抑えながら、植物を水分ストレス状態から解放可能であることが示された。
【潅水部の透水性の影響】透水性の高い潅水部の使用は、潅水頻度の調整によって蒸散速度の調節が効き易く、潅漑水の到達範囲もある程度調節可能となる。逆に透水性の低い潅水部を用いた場合は、低めの蒸散速度を比較的長期間維持可能となり、また土壌水分分布から、植物根は潅水部付近に集中することが予想された。
【潅水部深度の影響】潅水部深度が深くなるほど潅漑水の蒸発による損失を抑制できるといえるが、本シミュレーションの設定環境においては、潅水部深度を5〜10cm程度に設定することで潅漑水の蒸発による損失をほぼ完全に抑制できるといえた。
【土壌種の影響】土性が砂土(Sand)であっても微砂質壌土(Silt loam)であっても基本的には同様に高蒸散速度を維持しながら蒸発による潅漑水の損失を抑制可能な潅水サイクルを設計できることがわかった。ただし、微砂質壌土は砂土と比較して潅水部からの水分供給速度が小さく、そのため蒸散速度も砂土と比較すれば低い値に落ち着くといえた。
【線状潅漑と点状潅漑】潅水部が線状(linear)の場合と点状(spot)の場合とで潅漑対象土壌に対する潅水部容積の採り方や潅水頻度などが異なってくることは予想されるが、基本的には両者ともに理想的な潅水サイクルの実現の可能性が示された。
2-2.高吸水性ポリマー(保水剤)の有効利用法の検討 保水剤施用が蒸発抑制を引き起こす現象は従来報告されてきたが、それらは現象論にとどまりそのメカニズムを解明するための定量的な研究報告は皆無であった。本研究により、その主因が保水剤の膨潤収縮過程に生じる土壌中粗大孔隙による液状水移動の抑制にあることが明らかとなった。またその性質の有効利用法として保水剤を土壌中の一水平面上にのみ施用する水平層状施用法を提案し、その利用法を検討した(気温30℃,湿度26%,暗室)。
【水平層状施用法と混合施用法(従来施用法)】層状施用法を採れば、混合施用法の2〜10%の保水剤施用量で、潅水後4〜5日間は同程度の蒸発抑制効果を示し得ることが確認された。
【施用深度の影響】保水剤層が浅いほど蒸発速度の低下が早期に生じるものの、低下後の蒸発速度(ほぼ一定値で安定)は大きくなることが明らかとなった。したがって、潅水頻度に対応して保水剤層深度を適切に設定する必要があるといえる。また、潅水後一定期間(施用深度1cmで約12時間)は蒸発抑制効果は発現しないため、高頻度潅漑下ではその効果を期待しにくいといえる。この施用深度による蒸発特性曲線の異なりから、保水剤層より下層から上層への液状水移動の抑制が蒸発抑制効果の発現の主因であることが示唆され、さらにコンピュータ・シミュレーションによるその仮説の再現によりモデル実験と極めて類似した蒸発特性曲線が得られ、この仮説の正当性が支持された。
【施用量の影響】保水剤施用量が多いほど蒸発速度の低下が早期に生じる傾向にあることが確認された(保水剤施用層を挟む上下土層間の空隙形成が施用量が多いほど完全であることに由来すると考えられる)が、1g・m-2の施用量(従来施用法の0.1%)でも明らかな蒸発抑制効果が確認された。このような微量の保水剤施用(100倍に膨潤した保水剤粒子(pF1.8)が保水剤層面の3%にしか存在しない施用量)でも明確な蒸発抑制効果が確認されたことから、保水剤による水移動の抑制効果は、「保水剤自体の低透水性」によるとするよりはむしろ「保水剤の膨潤・収縮により生じる土壌空隙」によると考えるのが妥当であり、先の仮説はそれに起因するものであるといえた。
【植物根の生長への影響】植物根の生長阻害は、保水剤との接触により生じることが確認された。したがって、層状施用法を採ることで、保水剤施用量の削減や施用層より下部に植物根を分布するさせる工夫等が可能となり、生長阻害回避の可能性が示された。
以上、乾燥地域において(1)農耕地への塩類過剰添加を抑制し(2)農地生態系における合理的なバイオエレメント・サイクルを創造するためのいくつかの要素技術が提案できた。これらは途上国において即実現可能な簡易な技術であるだけでなく、先進諸国をも含めた今後の社会のあり方を考える上でのひとつの方向を示唆するものであると考えている。