学位論文要旨



No 111925
著者(漢字) 宝川,靖和
著者(英字)
著者(カナ) ホウセン,ヤスカズ
標題(和) 乾燥地における持続的農業の確立のための要素技術の開発
標題(洋) Elemental technologies to create sustainable agriculture in dry regions
報告番号 111925
報告番号 甲11925
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1641号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,聰
 東京大学 教授 茅野,充男
 東京大学 教授 山崎,素直
 東京大学 教授 中野,政詩
 東京大学 助教授 小柳津,広志
内容要旨

 環境問題は、生態系における物質循環を軽視した人間活動に起因する各種元素のインバランスを共通の根本原因としている。例えば、日本などにおいて顕著に見られる河川・湖沼の富栄養化も、(1)工業的窒素固定量の増大による地球規模での地殻地表域における窒素総量の増加に加えて、(2)食糧・燐鉱石等の移動にともなう窒素・リン酸をはじめとする各種バイオエレメントの地表域での偏りにより、必然的にもたらされた結果であるといえる。したがって環境への人的インパクトをコントロールし、適正な物質循環を積極的に構築していく環境創造こそが今後の人類の課題となる。本論文ではこの物質循環の適正化を乾燥地域(dry regions)を対象としてとらえ、当地域における持続可能な農業システムの確立のための現実的・具体的な要素技術を提案することを目的としている。

 ところで、このような物質循環に立脚した生物生産システムの構築を乾燥地域において実現するためには、具体的に以下の2点の考慮が重要であると考えられる。

 (A)土壌への塩類集積を防止すること、即ち系外からの過剰の塩類流入を抑制すること。

 (B)これまでほとんど利用されてこなかったし尿の有効利用法を検討すること(そのためにはし尿中に含有する過剰の塩類の除去が不可欠となる)。

 さらに、貧困地における燃料不足に起因する森林伐採等の環境問題に対応するため、

 (C)エネルギー源としてでき得る限り乾燥地に豊富な太陽エネルギーを用いること。も非常に重要な点として挙げねばならない。

 以上の視点から、乾燥地域において持続可能な農業を展開するための以下の要素技術を検討した。

1.合理的なバイオエレメント・サイクル創造のための要素技術1-1.窒素循環における人尿の有効利用法の検討

 (1)尿中尿素をアンモニア態に分解し、(2)その溶液中アンモニア態窒素を太陽熱蒸留装置を用いて他の塩類と分別回収し、(3)農地に還元するシステムの可能性を検討した。

(1)尿中尿素嫌気分解

 ウレアーゼを産成する微生物(およびウレアーゼそれ自体)の給源として以下の風乾土壌を供試した。(a)弥生土:森林黒ボク土壌表層土(層)(b)安塞土:中華人民共和国陜西省安塞県(黄土高原に位置する半乾燥地;降水量549mm・year-1)丘陵地圃場より採取した石灰質始成土(Calcic Cambisol(FAO/UNESCO))

 【土壌種および土壌添加量の影響】弥生土で10kg・m-3、安塞土(表層土)で100kg・m-3の添加量でほぼ分解速度は最大に達し、いずれも添加2日あまりで尿中尿素の約90%を分解した。また、安塞土表層土(0-5cm)区は深層土(60-65cm)区と比較して高い分解速度を示した。また、土壌添加による前培養溶液を新鮮尿に接種した場合も土壌直接添加と同様の傾向が示され、弥生土区で0.01m3・m-3,安塞土(表層土)区で0.1m3・m-3の添加により直接土壌添加区と同程度の分解速度が得られた。さらに、前培養溶液を傾斜法により除去後、新鮮尿を再添加した場合、土壌直接添加区よりも立ち上がりが早く若干高い分解速度を示した。これは現場での連続分解系が比較的容易に実現可能であることを示している。

 【温度の影響】(1)尿中尿素分解と(2)アンモニア蒸留回収の同時進行の可能性を検討するために、高温条件下での尿素分解を検討した。培養温度を12時間ごとに高温条件・室温(25℃)条件の順に繰り返した結果、高温時温度が50℃以上では尿中尿素の分解はコントロール区と有意差はなかったが、40℃条件下の安塞土(表層土)100kg・m-3添加区では25℃一定条件下と同程度の分解を示した。また、培養を25℃条件下で開始し、所定時間経過後高温条件に移行する実験を安塞土(表層土)100kg・m-3添加区で行った結果、0.5日後から高温処理(60℃)に移行した場合、分解速度は0.5日後の低速度から上昇せず時間経過とともに漸減する傾向を示したが、1.5日後に高温条件(60℃,70℃)に移行した場合、25℃一定条件で分解させたものとほぼ一致する分解特性を示した。このことから、(1)尿中尿素の分解と(2)アンモニア蒸留回収とを完全な同一装置内で進行させることは困難であるものの、分解速度がある程度以上に上がった(分解開始後1〜2日後)分解未完了の溶液はアンモニア蒸留回収系(高温条件)に移行可能であるといえた。これは高温条件で微生物活性は停止してもその時点までに生成されたウレアーゼが尿素を分解し続けるためであると推測される。

(2)太陽熱蒸留装置によるアンモニア回収

 25℃恒温室内で、蒸留元液温度を調節可能な蒸留装置を用いて以下の実験を行った。

 【蒸留によるアンモニア濃縮率】蒸留元液温度を40〜70℃、アンモニア態窒素濃度を1〜10kg・m-3の間で変化させ、蒸留によるアンモニア濃縮率を測定した。その結果すべての測定範囲で濃縮率は1を上回った。このことから、蒸留操作によってアンモニア態窒素が蒸留元液中に残存する傾向にはなく、基本的に留出液中に回収され得ることが確認された。

 【蒸留速度】蒸留元液温度を40〜70℃の間で変化させ蒸留速度を求めた。その結果、蒸留速度(v)は蒸留元液温度(t)の関数として以下の実験式(R2=1.000)で表現された。

 v=c(t-t0)2+v0

 ここで、v:蒸留速度(m・s-1);c:9.88×10-11(m・s-1・K-2);t:蒸留元液温度(K);t0:297.1(K);v0:4.16×10-10(m・s-1)

 【窒素回収率】蒸留元液として、尿素分解後の尿溶液の組成を人工的に再現した溶液を用い、残渣中窒素残存率および窒素回収率を求めた。その結果、残渣中に8.5(±0.4)%の窒素が残存し、91.5(±0.4)%の窒素が蒸留液中に回収され得ることが明らかとなった。

(3)植物体によるアンモニア態窒素回収

 上記(1)(2)により回収され得るアンモニア態窒素のみを窒素源として与えた条件下でチンゲンサイ(長陽)の栽培実験を行い、植物体による窒素の回収率を求めた(ガラス室内;自然光(9月15日〜10月20日);鳥取砂丘砂;点滴潅漑(潅水量:3〜4mm・day-1);NPKは潅漑水中に溶解して施用(N:10.7kg/10a,P2O5:16.1kg/10a,K2O:10.7kg/10a);Ca,Mgは播種17日前に苦土石灰系肥料(208kg/10a)として供与)。その結果、生育途中でCa・Mg欠乏と見られる症状(coupling,chlorosis)が発生したものの、植物体による窒素の回収率は約45%であった。また、上記欠乏症の発生原因として(a)アンモニア態窒素施肥による土壌の酸性化、(b)HCO3-の添加によるCa,Mgの沈殿誘因、(c)アンモニア態窒素によるCa2+・Mg2+吸収拮抗阻害、(d)低CEC(1.83me/100g乾土)の4要因が挙げられたが、(a)(b)(c)に関しては、(a)栽培終了直後の土壌pH分布がほぼ7〜8であったこと、(b)栽培前後で土壌中水溶性Ca・Mgが減少し、難溶性(1N HC1抽出)Ca・Mgが増加したとはいえないこと、(c)土壌中アンモニア態窒素含量(2N KC1抽出)は水溶性Ca・Mgと比較して低濃度であったことから、それらが原因であるとは判断できなかった。したがって、これら生育障害は、アンモニア態窒素施肥(およびHCO3-濃度の上昇)による生理障害とはいえず、砂質土壌を使用したための(d)低CECによるCa・Mg絶対量の不足に乾燥条件が加わって引き起こされたものと判断された。

1-2.リン酸循環における人尿の有効利用法の検討

 乾燥地土壌に豊富に存在する炭酸カルシウム(CaCO3)に着目し、それを1-1.で検討した尿中窒素の蒸留回収後装置内に残存する残渣中リン酸と水溶液中で共存させることによってリン酸カルシウム態として沈殿させ、他の可溶性塩類と分離回収し、農地へ還元するシステムの可能性を検討し以下の結果を得た。

 (1)添加CaCO3量が多いほどリン酸回収率はやや高まるが、その差が生じるのは添加直後(1日以内)においてであり、回収率の差はその後経時的に減少した。

 (2)CaCO3源として試薬CaCO3と安塞土(全塩基量:16.2%)とを比較した結果、両者のCaCO3量の等しい条件下で、やや安塞土区に高いリン酸回収率が認められたが、基本的な減少パターンは類似していた。

 (3)すべての実験区に共通して、リン酸回収速度は反応後期に急激に低下した。これは、溶液中リン酸イオン濃度の低下と炭酸イオン濃度の増加に起因すると考えられた。したがって回収率・回収速度の向上は、溶液中の二酸化炭素(炭酸)濃度を低下させる以外に現実的な手段はないと考えらえれる。現場において溶液中二酸化炭素(炭酸)濃度を低下させる手段として、(a)蒸発による溶液濃度の上昇・注水による溶液濃度の低下の繰り返しや、(b)液温を変化(二酸化炭素溶解度を変動)させる、等の可能性が考えられる。

 (4)反応後期の回収速度の低下は見られるものの、溶液中リン酸量に対して供試カルシウム源が過剰量存在すれば、すべての実験区において沈殿生成反応開始後数日で添加リン酸の50%を回収可能であり、100日後にはほぼ90%が回収可能であることが確認された。このことは現場におけるリン酸回収が現実的なものであることを示している。

2.節水潅漑技術(特に蒸発による水分損失の抑制技術)

 節水潅漑は貴重な水資源の節約の意味に加えて、農地への塩類添加を抑制する意味からも重要である。この節水潅漑を地下潅漑・保水剤利用の2点から考察し以下の知見を得た。

2-1.コンピュータ・シミュレーションによる地下潅漑の有効利用法の検討

 【地下潅漑と地表潅漑】地下潅漑は地表潅漑と比較して明確な蒸発抑制効果を期待できることが明らかとなった。また、地下潅漑において適切な潅水頻度を採ることで、地表面からの蒸発と根圏外への水分流出を抑えながら、植物を水分ストレス状態から解放可能であることが示された。

 【潅水部の透水性の影響】透水性の高い潅水部の使用は、潅水頻度の調整によって蒸散速度の調節が効き易く、潅漑水の到達範囲もある程度調節可能となる。逆に透水性の低い潅水部を用いた場合は、低めの蒸散速度を比較的長期間維持可能となり、また土壌水分分布から、植物根は潅水部付近に集中することが予想された。

 【潅水部深度の影響】潅水部深度が深くなるほど潅漑水の蒸発による損失を抑制できるといえるが、本シミュレーションの設定環境においては、潅水部深度を5〜10cm程度に設定することで潅漑水の蒸発による損失をほぼ完全に抑制できるといえた。

 【土壌種の影響】土性が砂土(Sand)であっても微砂質壌土(Silt loam)であっても基本的には同様に高蒸散速度を維持しながら蒸発による潅漑水の損失を抑制可能な潅水サイクルを設計できることがわかった。ただし、微砂質壌土は砂土と比較して潅水部からの水分供給速度が小さく、そのため蒸散速度も砂土と比較すれば低い値に落ち着くといえた。

 【線状潅漑と点状潅漑】潅水部が線状(linear)の場合と点状(spot)の場合とで潅漑対象土壌に対する潅水部容積の採り方や潅水頻度などが異なってくることは予想されるが、基本的には両者ともに理想的な潅水サイクルの実現の可能性が示された。

2-2.高吸水性ポリマー(保水剤)の有効利用法の検討

 保水剤施用が蒸発抑制を引き起こす現象は従来報告されてきたが、それらは現象論にとどまりそのメカニズムを解明するための定量的な研究報告は皆無であった。本研究により、その主因が保水剤の膨潤収縮過程に生じる土壌中粗大孔隙による液状水移動の抑制にあることが明らかとなった。またその性質の有効利用法として保水剤を土壌中の一水平面上にのみ施用する水平層状施用法を提案し、その利用法を検討した(気温30℃,湿度26%,暗室)。

 【水平層状施用法と混合施用法(従来施用法)】層状施用法を採れば、混合施用法の2〜10%の保水剤施用量で、潅水後4〜5日間は同程度の蒸発抑制効果を示し得ることが確認された。

 【施用深度の影響】保水剤層が浅いほど蒸発速度の低下が早期に生じるものの、低下後の蒸発速度(ほぼ一定値で安定)は大きくなることが明らかとなった。したがって、潅水頻度に対応して保水剤層深度を適切に設定する必要があるといえる。また、潅水後一定期間(施用深度1cmで約12時間)は蒸発抑制効果は発現しないため、高頻度潅漑下ではその効果を期待しにくいといえる。この施用深度による蒸発特性曲線の異なりから、保水剤層より下層から上層への液状水移動の抑制が蒸発抑制効果の発現の主因であることが示唆され、さらにコンピュータ・シミュレーションによるその仮説の再現によりモデル実験と極めて類似した蒸発特性曲線が得られ、この仮説の正当性が支持された。

 【施用量の影響】保水剤施用量が多いほど蒸発速度の低下が早期に生じる傾向にあることが確認された(保水剤施用層を挟む上下土層間の空隙形成が施用量が多いほど完全であることに由来すると考えられる)が、1g・m-2の施用量(従来施用法の0.1%)でも明らかな蒸発抑制効果が確認された。このような微量の保水剤施用(100倍に膨潤した保水剤粒子(pF1.8)が保水剤層面の3%にしか存在しない施用量)でも明確な蒸発抑制効果が確認されたことから、保水剤による水移動の抑制効果は、「保水剤自体の低透水性」によるとするよりはむしろ「保水剤の膨潤・収縮により生じる土壌空隙」によると考えるのが妥当であり、先の仮説はそれに起因するものであるといえた。

 【植物根の生長への影響】植物根の生長阻害は、保水剤との接触により生じることが確認された。したがって、層状施用法を採ることで、保水剤施用量の削減や施用層より下部に植物根を分布するさせる工夫等が可能となり、生長阻害回避の可能性が示された。

 以上、乾燥地域において(1)農耕地への塩類過剰添加を抑制し(2)農地生態系における合理的なバイオエレメント・サイクルを創造するためのいくつかの要素技術が提案できた。これらは途上国において即実現可能な簡易な技術であるだけでなく、先進諸国をも含めた今後の社会のあり方を考える上でのひとつの方向を示唆するものであると考えている。

審査要旨

 本論文は、乾燥地域を対象として、当地域における持続可能な農業システムの可能性について論じ、それを可能とするための現実的な要素技術の検討・提案を行うことを目的としたもので、大きく2部から構成されている。すなわち、乾燥地域における持続的農業の実現のためには、(a)塩類集積の防止、(b)バイオエレメント・サイクルへのし尿中の窒素およびりんの組り込み、(c)太陽エネルギーの有効利用、の3点が重要であるとし、第1部では、尿中塩類を除去し、窒素・リン酸を回収するシステムの開発は、第2部では節水潅漑技術の開発、特に蒸発抑制技術の開発について検討している。

 まず、第1部においては、尿素の加水分解、太陽熱蒸留装置によるアンモニア態窒素の蒸留回収および蒸留残渣中からのリン酸の沈澱回収の一連の操作による尿中窒素・リン酸の回収法について提案している。尿素の加水分解においては、添加する土壌種によって適切な土壌添加量をとれば、添加後数日で尿中全窒素の約90%はアンモニア態として容易に回収可能であることがわかった。また、既に分解が進んでいる溶液中に新鮮尿を追添加すれば、さらに分解速度は上昇することも明らかとなった。しかし、分解途上の溶液を蒸留回収系に移行する場合、温度条件による分解阻害は起こる可能性は低いと考えられたが、塩濃度による分解阻害の可能性があり、実際塩化ナトリウム濃度が16%以上になると尿素の分解は著しく低下した。太陽熱蒸留装置によるアンモニア態窒素の蒸留回収においては、尿中尿素加水分解終了後の溶液の蒸留回収によって、8.5(±0.4)%の窒素が残渣中に残存し、91.5(±0.4)%の窒素が蒸留回収されうることが明らかとなった。さらに、こうして得られたアンモニア態窒素は、地下潅漑法により施用することで、揮散および流出による損失を極めて低く抑えることが可能(地表潅漑区で43%に対して地下潅漑区で90%〜100%)であることを圃場実験により明らかにした。一方、蒸留残渣中からのリン酸の沈澱回収には、乾燥地域の土壌中に豊富に存在する炭酸カルシウムを用い、これと、残渣中の可溶性リン酸を共存させることにより、両者の溶解度積の差からリン酸をカルシウム態として沈澱させ、溶液中のその他塩類と分別回収することが可能か否かを試みた。実際、一般の乾燥地土壌は炭酸カルシウムを高濃度に含有しており、この方法が可能であるとすれば非常に現実性の高い方法であると考えられる。その結果、供試した乾燥地土壌(中国黄土高原安塞土壌)の添加により、同量の炭酸カルシウムを含有する試薬炭酸カルシウム添加区以上のリン酸回収が可能であることが明らかとなった。この際のカルシウムとリン酸との反応比は、3モル対2モルであった。反応は、リン酸濃度を上昇させても、著しい回収速度の上昇は認められなかったが、このことは、反応後期のリン酸回収率の急低下に由来し、これは反応の進行に伴う溶液中炭酸系イオン濃度の上昇が最も大きな原因であるとした。また、逆に炭酸カルシウム源を過剰に用いてもリン酸回収速度は大きく上昇しなかったが、これは、炭酸カルシウムからのカルシウムイオン溶出速度が反応の律速となっているのではなく、先の結果と同様に溶液中炭酸系イオン濃度の上昇が反応進行の律速となっていることを示しているとした。いずれにしても、十分量の乾燥地域土壌を添加すれば、反応開始後、100日目には、添加リン酸の96.2%を沈澱として回収可能であり、そのうち少なくとも90%はトルオーグ・リン酸であり、植物の有効態リン酸としてきわめて高い割合であることを明らかにした。

 第2部においては、コンピュータ・シミュレーションの手法を用いて、地下潅漑による蒸発抑制効果および保水剤による蒸発抑制効果とを検討している。地下潅漑による蒸発抑制効果の検討では、地下潅漑により地表潅漑と比較して明らかな蒸発抑制効果が期待され、その潅水管の埋設深度・透水係数その他の影響が評価された。とくに、潅水管の埋設位置は5-10cmという浅い深度で十分な蒸発抑制効果があることを示した。また、保水剤の蒸発抑制効果の検討では、保水剤の膨潤収縮の過程に生じる粗大孔隙が蒸発抑制効果の発現であるという仮説をモデル実験の結果より提案し、コンピュータ・シミュレーションによりその正当性を証明した。

 以上を要するに本論文は、乾燥地における持続可能な農業システムの確立のための現実的で、具体的な要素技術を提案し、砂漠化防止技術の基本的指針を示したもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと判断した。

UTokyo Repositoryリンク