No | 111927 | |
著者(漢字) | 山口,信次郎 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤマグチ,シンジロウ | |
標題(和) | ジベレリン生合成酵素に関する分子生物学的研究 | |
標題(洋) | Molecular biological studies on gibberellin biosynthetic enzymes | |
報告番号 | 111927 | |
報告番号 | 甲11927 | |
学位授与日 | 1996.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第1643号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 応用生命化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 植物ホルモンひとつであるジベレリンは,高等植物の発芽,伸長生長,花芽形成等に深く関わっていることが知られている.茎葉部の伸長生長促進活性は特に顕著であり,ジベレリン生合成に欠陥をもつ突然変異体は矮化する. ジベレリンはメバロン酸から生合成されるジテルペン化合物である.高等植物におけるジベレリンの生合成経路は,無傷植物に外部から標識した前駆体を与えて代謝を調べる方法,およびセルフリー系を用いた標識前駆体の変換実験などにより明らかにされた.図1に示すように,ゲラニルゲラニルピロリン酸(GGPP)からコパリルピロリン酸(CPP)を経てカウレンヘ至る二段階の環化反応は,それぞれカウレン合成酵素A(KSA),カウレン合成酵素B(KSB)により触媒される.メバロン酸からGGPPに至る経路は,他のジテルペン化合物やカロチノイド,クロロフィル側鎖等の生合成と共通であり,GGPPからカウレンに至る環化反応は,ジベレリン生合成への分岐反応であるといえる.KSAとKSBの酵素活性は,クロマトグラフィーにより分離可能であるが,これらの酵素は細胞内で相互作用している可能性が示唆されている.また,これらの酵素はプラスチドに局在すると考えられている. 本研究ではジベレリン生合成酵素のうち,KSA,KSBに着目し,これらのcDNAクローニングを行った.KSA,KSBのcDNAを単離し,タンパク質としての構造を明かにすることは,ジベレリン生合成の発現調節の解析やこれらの酵素の細胞内での局在性の追究に大きく貢献するものと考えられる. イネ(Oryza sativa L.)は,農業上重要な植物のなかで,ゲノムサイズが小さいこと,形質転換系が確立していることなどから分子生物学的研究に適した植物である.また,内生ジベレリンが精査されており,ジベレリン生合成に欠陥をもつ突然変異体も得られている.このようなことから,ジベレリン生合成酵素の発現調節を調べる材料として適していると考えられる.また,イネのカウレン合成酵素の発現制御の解析は,同じくCPPを前駆体として生合成されるフィトアレキシン(オリザレキシン)の生合成と関連し特に興味深い. シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana L.)のKSAのcDNA(Sun and Kamiya,1994)をプローブとして,イネのKSAのcDNAクローニングを試みた.まず,シロイヌナズナのKSAにおいて,他のテルペン環化酵素との間で比較的保存されている領域のcDNAをプローブとして,イネのゲノムサザン解析を行った.Low stringentな条件でハイブリダイゼーションを行ったところ,特異的にハイブリダイズするバンドが検出された.サザン解析と同様のハイブリダイゼーションの条件を用いて,イネの葯より調製したcDNAライブラリーをスクリーニングした.2×105クローンをスクリーニングしたところ,2個の陽性クローン(2.1kb)を得た.それらの塩基配列を部分的に決定することにより,これらが同一のクローンであることを確認し,一つのクローン(pRKA5)の全塩基配列を決定した.この全塩基配列から予想されるアミノ酸配列は,シロイヌナズナのKSA,および本研究中に報告されたトウモロコシ(Zea mays L.)のAn1遺伝子がコードするタンパク質(KSAであると予想されている)のアミノ酸配列と非常に高い相同性を有していたことから,pRKA5はイネのKSAをコードしているものと判断した.ノーザン解析により2.8kbのmRNAが検出されたこと,また他のKSAとの塩基,アミノ酸配列の比較から,pRKA5は末端が欠けたcDNAクローンであると推定した.内生ジベレリンの分析結果から予想されたように,KSAのmRNAは葯においては栄養組織(幼植物体)より多く発現していた. KSBは,KSAに続く環化反応を触媒する酵素である(図1).KSBのcDNAクローニングはこれまでに報告されていない.Saito et al.(1995)は,カボチャ(Cucurbita maxima L.)の未熟種子胚乳からKSBを精製し,最終精製画分に存在する主要タンパク質の部分アミノ酸配列の決定を行っているが,遺伝子レベルでの追究までには至っていない.そこで以下に示す実験を行った. 精製酵素より得られた部分アミノ酸配列を基にして,オリゴヌクレオチドを合成した.これらをブライマーとして用い,カボチャ未熟種子より調製したRNAを鋳型にしてPCRを行い,0.5kbのcDNA断片を得た.塩基配列を決定し,予想されるアミノ酸配列と相同性を示すタンパク質をデータベースで検索したところ,シロイヌナズナのKSAと最も高い相同性(37.6%identity)を示した.この相同性は,イネのKSAとシロイヌナズナのKSAのそれ(73.6%identity)よりは低かったことから,このPCR断片は,KSAではなく,他のテルペン環化酵素の一部をコードしているものと予想された.また,PCR断片をプローブにしてノーザン解析を行ったところ,精製されたタンパク質の分子量(81kD)をコードするのに十分なサイズである2.7kbのmRNAが検出された.以上の結果から,得られたPCR断片が,KSBのcDNAの一部である可能性が高いと考え,全長のcDNAの単離を試みた.カボチャの未熟種子よりcDNAライブラリーを調製し,0.5kbのPCR断片をプローブとしてスクリーニングを行い,RACE(rapid amplification of cDNA ends)法と組み合わせてほぼ全長と予想されるcDNAクローン(pCmKB-1;2.7kb)を得た.cDNAの塩基配列から予想されるアミノ酸配列は,精製タンパク質から得られたすべてのアミノ酸配列を含んでいたことから,目的のタンパク質をコードするcDNAであることが確認された. 単離したcDNAがKSBをコードすることを確認するために,大腸菌内での発現を試みた.すなわち,pCmKB-1のコード領域をマルトース結合タンパク質(MBP)との融合タンパク質(MBP-KSB)として大腸菌で発現させた.MBP-KSBの発現は,抗KSB抗血清(Saito et al.,1995)を用いたイムノブロット法により確認した.次に,MBP-KSBの酵素活性を[3H]CPPから[3H]カウレンへの変換活性を指標として検討した.MBP-KSBを含む大腸菌の抽出物は,KSB活性を示したが,MBPのみを発現している大腸菌の抽出物は,活性を示さなかった.単離したcDNAはKSAとも相同性を示すことから,MBP-KSBはKSA活性を併せ有する可能性も考えられるが,その場合,MBP-KSBは[3H]GGPPを[3H]カウレンヘ変換するKSAB活性を示すことになる.しかしながら,MBP-KSBを含む大腸菌の抽出物はKSAB活性を示さなかった.以上の結果から,単離したcDNAはKSBをコードするものであると結論した. カボチャ幼植物体の各部位におけるKSBの遺伝子発現をノーザン解析を用いて調べたところ,KSBのmRNA量は,未熟葉や下胚軸で多く,成熟した子葉では非常に少なかった.これに対し,未熟種子中の子葉においては高いレベルで発現していた.発現量に差はあるものの,KSBのmRNAは調べた範囲の全ての組織で検出された.以上の結果は、最近シロイヌナズナにおいてクローニングされた3種類のジベレリン20位酸化酵素(ジベレリン生合成の後期段階を触媒する)が,器官特異的に発現しているのとは異なっている. カウレン合成酵素は,プラスチドに局在していると考えられている.また,ジベレリン生合成は光強度の違いにより大きく変化することが知られている.これらの事実から,KSA,KSBの発現は光により制御されている可能性が考えられるが,少なくとも転写レベルにおいては,KSBは暗所と明所でほぼ同レベルで発現しており,また光の強さの違いもKSBの発現にはほとんど影響しなかった. KSBのN末端の55アミノ酸は,セリン,スレオニン残基に富んでおり(30%)この領域の予想される等電点は9.8である.これら特徴は,プラスチドへの移行シグナル配列(transit peptides)の共通の性質である.KSBのN末端にこのような配列が存在していることは,カウレンがプラスチド内で生合成されるというこれまでの仮説を強く支持する.シロイヌナズナのKSAも同様の配列をN末端部分にもち,実際in vitroで合成されたKSAが単離葉緑体に取り込まれることが示されている.同様のアプローチを含め,KSBの細胞内局在性について検討したが,現在の時点では明確な証拠を得るには至っていない. KSBには,他のテルペン環化酵素において基質のピロリン酸との結合に関与していると推定されている保存配列であるDDXXD motifが存在していた(図2).しかしながら,KSAにはこの配列は存在していない(図2).この違いは,KSAとKSBの触媒する環化反応の違いによると予想される.すなわち,KSBと他のテルペン環化酵素は,ピロリン酸の脱離を伴う環化反応を触媒するのに対し,KSAが触媒する反応は,ピロリン酸基の脱離は伴わない(図1). 一方,アミノ酸残基112から250の領域は,KSAとKSBで相同性を示した.この領域は,これまでにクローニングされた他のテルペン環化酵素には存在しておらず,KSAとKSBにのみ存在していた.このKSAとKSBに特異的に保存されているアミノ酸配列と有意に相同性を示すタンパク質は,データベースに存在しなかった.すなわち,この配列は現時点では,KSAとKSBの間でのみ保存されているということができる.また,KSAとKSBは,環化反応としては異なったタイプの反応を触媒する.以上のことから,KSAとKSBでのみ保存されている領域は,それらの酵素活性自体というよりは,それ以外の機能,例えばKSAとKSBの相互作用や,プラスチド内での局在性等に関与している可能性も示唆される. 第1章では,イネのKSAをコードすると予想されるcDNA断片を得た.現在,イネから,ジベレリン生合成の他のステップを触媒する酵素のcDNAクローニングも進められており,これらのプローブと組み合わせることにより,今後,イネにおける詳細なジベレリン生合成部位の特定,環境の変化に対するジベレリン生合成の発現制御の解析が期待される.第2章では,精製した酵素において解明されていた部分アミノ酸配列を利用して対応するcDNAをクローニングした.得られたcDNAを大腸菌で発現させたところ,[3H]CPPを[3H]カウレンに変換する活性を示したことから,単離したcDNAがKSBをコードするものであることが示された.KSBのcDNAクローニングはこれが最初の例である。さらに,カボチャにおけるKSBの発現制御,細胞内局在性について検討を加えた. | |
審査要旨 | 本論文は、植物ホルモンの一つであるジペレリンの生合成中間体であるカウレン(ent-kaurene)の生合成に関わる酵素について分子生物学的追究を行った結果をまとめたものであり、序論の他2つの章よりなる。 まず序論では、ジベレリン生合成中間体として重要なカウレンの生合成に関わる酵素についての詳細が述べられている。カウレン合成酵素は、メパロン酸由来のゲラニルゲラニルピロリン酸を2環性のコパリルピロリン酸に変換する段階を触媒するカウレン合成酵素A(KSA)と、コパリルピロリン酸をカウレンに変換するカウレン合成酵素B(KSB)からなっている。申請者は、それぞれの酵素についての生化学、分子生物学的追究をイネ、およびカボチャを材料として行い、以下に示す重要な知見を得ている。 第1章においては、イネのKSAの遺伝子解析を行った結果について述べている。まず、シロイヌナズナのKSAのcDNAをプローブとして、イネのKSAのcDNAのクローニングを試みた。他のテルペン環化酵素との間で比較的よく保存されている領域のcDNAをプローブとして、イネのゲノムサザン解析を行ったところ、特異的にハイブリダイズするバンドを検出した。そこで同様の条件で、イネ葯より調製したcDNAライブラリーをスクリーニングしたところ、2個の陽性クローンを得た。それらが同一のクローンであることを確認し、さらに1つのクローン(pRKA5)の全塩基配列を決定した。それより予想されるアミノ酸配列は、シロイヌナズナのKSA、トウモロコシのAn1遺伝子がコードするタンパク質(KSAであると予想されている)のアミノ酸配列と非常に高い相同性を有していることから、pRKA5はKSAをコードしていると判断した。内生ジベレリンに分析結果から予想されるように、KSAのmRNAは、葯においては栄養組織よりも多く発現していた。 第2章においては、カボチャのKSBについての追究結果について述べている。KSBのcDNAのクローニングは、現在まで行われていないが、Saito et al.(1995)はカボチャの未熟種子胚乳に含まれるKSBを抽出・精製し、主要タンパク質の部分アミノ酸配列の決定を行った。申請者はそれを受け継ぎ、遺伝子レベルでの追究を行った。すなわち、精製酵素より得られた部分アミノ酸配列を基に合成したオリゴヌクレオチドをもちいてPCRを行い、得られたcDNA断片の塩基配列を決定した。タンパク質データベースの検索により、このものはKSAに近似しているがKSAとは異なることが示され、PCR断片をプローブにしたノーザン解析によりKSBの断片であると推定し、全長のcDNAの単離を試みた。まず、カボチャの未熟種子より調製したcDNAライブラリーに対してスクリーニングを行い、ほぼ全長と予想されるcDNAクローンを得た。その予想されるアミノ酸配列は精製タンパク質より明らかにされたのすべてのアミノ酸配列を含み、目的とするタンパク質をコードするcDNAであることが確認された。つぎに、単離したcDNAがKSBをコードしていることを確認するために、当該遺伝子をマルトース結合タンパク質との融合タンパク質として大腸菌での発現を試み、イムノブロットにより確認した。さらにそれを含む大腸菌の抽出物はKSB活性を持つがKSA活性を示さないことも明らかにした。以上の結果から、単離したcDNAはKSBをコードするものであると結論した。 カボチャ幼植物体の各部位におけるKSBの遺伝子の発現をノーザン解析により調べたところ、KSBのmRNA量は、未熟葉や胚軸に多く、成熟した子葉では微量であった。他方、未熟種子中の子葉においては高レベルでの発現が認められた。 KSBの構成アミノ酸配列の特徴は、プラスチドへの移行シグナル配列を示し、カウレンがプラスチド内で生合成されるという仮説を支持する。KSBは、他のテルペン環化酵素において基質のピロリン酸との結合に関与していると推定される保存配列を有しているが、この配列はKSAには存在しない。このことはKSAとKSBの触媒する環化反応の違いによるものと考えられる。しかしながら、KSAとKSBのアミノ酸残基についての相同性から、両酵素の相互作用や局在性などにおける関連が示唆された。 以上、本論文に記されたように、申請者は従来多くの研究者により追求されてきたカウレン合成酵素のcDNAクローニングに始めて成功し、その分子生物学的局面を解析することによって、当該酵素の生理学的意義に重要な考察を加えた。その成果は、イネなどの重要栽培植物におけるジベレリンの生合成制御、それに基づく育種への応用などに大きく寄与するものであり、学術的のみならず応用的見地からも高く評価されるものと考え、審査委員一同は、申請者に博士(農学)の称号を与えてしかるべきものと判定した。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/53911 |