本論文は自己免疫疾患における経口免疫寛容の誘導について、慢性関節リウマチの動物実験モデルとして利用されるコラーゲン誘導性関節炎(collagen-induced arthritis; CIA)を用いて解析したものである。その結果CIAの治療及び予防に経口免疫寛容の誘導が有効であることを明らかにしたもので、3章より成っている。 第1章では、ウシ大腿骨軟骨より精製したII型コラーゲン(CII)を10%含む飼料(10%CII食)をDBA/1マウスに2週間自由摂食させ、その後、ウシCIIで免疫させると、CIA症状が軽減することを明らかにした。 第2章では、CIIの経口投与によりCIAの抑制を試みる場合、CIAを誘発する抗原と同一の抗原を経口投与するため、感作の危険性が全くないとはいえない。そこで、CIA誘発部位の除去が考えられるが、一般に高分子量のタンパク質と比較して、ペプチドフラグメントはその抗原性は大きく低下することが知られている。しかし、経口免疫寛容はペプチドフラグメントによっても誘導可能であることが明らかになりつつある。そこで、CIIの部分ペプチドを用いて、感作の危険性を最小限にしながらCIIの部分ペプチドの経口投与により免疫寛容を誘導し、CIAの抑制を試みた。経口免疫寛容の誘導にはT細胞が重要な役割を持つことが明らかとなっているので、投与するペプチドとしては、DBA/1マウスにおけるT細胞抗原決定基を含むウシCII245-270を用いた。化学合成したCII245-270をDBA/1マウスに1-25gずつ2-3日おきに計5回経口投与し、CIIで免疫した後のCIAの発症経過を観察した。その結果、CII245-270を経口投与したマウスおいては、ペプチドを投与していないコントロール群と比較して関節炎症状が軽減された。一方、T細胞抗原決定基を含まないCII由来ペプチドCII316-333では抑制効果が認められなかった。次に、CII245-270を1-125gずつCIA誘発の前後に分けて投与した。その結果1回の投与量が1gの場合効果が認められたが、5g,25gでは効果が認められなかった。125gの場合、若干症状が軽減された。そこでペプチドの投与量をさらに増やして(1mg/回)検討した。またこの際、CII245-270に加え(1)同じ領域に相当するマウス由来ペプチド、(2)CIIの260,261,263残基目をI型コラーゲンのアミノ酸で置換し、CII特異的T細胞の反応を惹起することはできないが、抗原提示細胞上のMHC(主要組織適合遺伝子複合体)クラスII分子(Aq分子)と結合できるペプチドの効果についても検討した。その結果、マウスペプチド、アナログペプチドのいずれについてもCIA抑制効果が認められた。 以上の結果は、CII上のT細胞抗原決定基を含むペプチドの経口投与によりCIA症状の軽減が可能であることを示したものである。 第3章では、CII、またはCIIの部分ペプチドの経口投与によりCIAが効果的に抑制された場合のCIIに対する免疫応答について調べた。10%CII食を摂食することより、CIIに対する抗体産生応答が、CIAの発症に関与するとされるIgG2a,IgG2bアイソタイプの応答を含め、コントロール群に比較して有意に低下していた。さらにCII食摂取群においてはCIIに対するT細胞増殖応答がほとんど認められなくなった。これらのことよりCIIの経口投与によるCIAの抑制現象には免疫応答の低下が伴うことが示され、免疫寛容が誘導されたことが示唆された。経口免疫寛容の機構として有力なものの一つにアクティブサプレッション(active suppression;能動的免疫抑制)がある。これは抗原を認識した調節T細胞が他のB細胞やT細胞の機能を能動的に抑制する機構である。そこでCIAにおける経口免疫寛容の誘導におけるアクティブサプレッションの関与について検討した。10%CII食を摂取させたマウスの脾臓細胞をCIIを摂取していないマウスに移入した場合にCIAの発症を能動的に抑制するかどうか検討した。その結果、10%CII食を摂食した供与マウスの脾臓細胞を移入された受容マウスにおいては、コントロール(正常マウスの脾臓細胞を移入)に比較してCIAの症状が抑制された。以上の結果から、CIIの経口投与により誘導されるCIAの抑制には、アクティブサプレッションが関与すると考えられた。 CII245-270を経口投与したマウスにおけるCII特異的IgG2a抗体産生応答は経口投与量が多いほど低下していた。従ってペプチドの高投与量で認められたCIA症状の抑制は抗体産生応答の低下が関与していると考えられたが、低量投与による抑制は抗体産生応答の低下を伴わなかった。以上によりCII245-270によるCIA症状の抑制は、経口投与量によりその抑制機構が異なることが示唆された。 以上、本論文は経口免疫寛容現象を利用することにより慢性関節リウマチの動物実験モデルであるCIAを抑制できることを示したもので、本研究で示したCIIの部分ペプチドによる経口免疫寛容の誘導は、抗原による感作の危険性が最小限と考えられ、さらに効果的な慢性関節リウマチの予防・治療方法として期待される。したがって学術上、応用上貢献するところは少なくない。よって審査員一同は申請者に博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。 |