審査委員会で重点的に審査したのは、次の4点である。(1)研究目的の妥当性、(2)研究計画の独創性と妥当性、(3)研究結果と議論の独創性と波及効果、(4)論文表現の完成度。 (1)研究目的の妥当性 今日、熱帯地域をはじめとする急激な森林破壊が世界的に重大な問題となっており、地球環境の保全と生物資源の持続的生産のために、効率的な森林修復が急務となっている。本研究は、様々な優れた生理活性を持つAcacia mangiumの育種と選抜のための基礎知識を、特に根粒菌との共生に関して蓄積することを目的にしている。Acacia mangiumは、熱帯地域の典型的造林木であり、その育種と選抜は、より効率的な熱帯林修復のためには不可欠なものである。その意味で、本論文の研究目的は妥当なものである。また、マメ科樹木の根粒は、大気中の窒素分子を樹木が利用可能なアンモニアイオンに変換するため、樹木の生長にとっても、また、森林内の物質循環にとっても重要な役割を果たしているものと考えられる。従って、根粒菌との共生関係は、極めて妥当な着目点であると言える。 (2)研究計画の独創性と妥当性 本研究では根粒形成能に着目し、酸性、重金属、塩類、乾燥等のストレスが、樹木の成長、根粒菌の生存力、根粒形成能に及ぼす影響と、接ぎ木による宿主域拡大の可能性を検討している。具体的には、解剖学的構造と、硝酸による根粒形成阻害等の生理的特徴を明らかにした後、根粒菌の増殖と生存、根粒形成、宿主の成長に対するpH、Al、Mn、NaClの影響を調べているが、実験計画はオーソドックスなもので、妥当である。また、用いた方法も、比較的新しく開発されたバクテリアの生死を判定する方法を効果的に応用する等、適切である。本研究では、更に、接ぎ木を利用して、宿主域の拡大方法を工夫しようと試みている。接ぎ木を利用して、林木の宿主域を拡大しようとする試みは、これまでほとんど報告されておらず、極めて独創的な発想と言って良い。 (3)研究結果と議論の独創性と波及効果 酸性ストレスが樹木の成長、根粒菌の生存力、根粒形成能に及ぼす影響を検討した結果、最もpHによって影響を受けるのは、根粒菌の生存、ついで根粒形成であり、宿主の成長は比較的影響を受けにくいことが示されている。また、Al、Mn、NaClについてもほぼ同様の結果が得られている。さらに、他の7系統の根粒菌についても同様な検討が行われており、根粒菌の増殖と生存が、根粒形成率に良く対応していることが確認されている。実験結果は明瞭であり、環境ストレスによって根粒菌の増殖と生存率が低下し、そのことが根粒形成阻害の主要因となっていることが確実に示唆されている。 一方、14菌株の根粒菌と8種類のアカシア種子を組み合わせて、菌株ごとに宿主域の広さと種子の産地による共生体域の広さを調べた結果から、宿主域と共生体域の拡大が、Acacia mangiumの育種と選抜のために重要であることも明確に示されている。 次に、実際の土壌中での根粒菌の増殖と生存率が、環境ストレスや他の根粒菌との競争によってどのように阻害されるかも検討している。その結果、低pHやAl、Na、乾燥によって、土壌中での根粒菌の増殖と生存率も低下すること、共存する他の根粒菌株の増殖によって、その分自らの増殖が低下することを明らかにしている。後者の結果は、実際の森林では他の微生物との競争が根粒形成に大きく影響することを示唆しており、今後の共生系の改良点を考える上で、貴重な情報が得られている。その意味で、今後への波及効果が大きい。 一方、アカシア-根粒菌共生系では、上に述べたように、菌株によって宿主域が大きく異なっている。そこで本研究では、接ぎ木を利用して、宿主域の拡大方法を工夫しようと試みている。その結果、接ぎ木によって宿主域を拡大できることが示されている。この結果によって、接ぎ木を利用した林木改良の可能性が新たに開かれたことになり、波及効果が大きいと考えられる。また、本実験結果は同時に、根粒形成を支配する因子が地上部にあり、それが地下部に移動して作用することを示している。このような地上部の因子はこれまで知られておらず、独創的な実験結果と言って良い。 (4)論文表現の完成度 論文の章だてもおおむね妥当で、解りやすい。また、文章は論理的で、独創的な内容を明快に表現できている。細部には、やや不完全な部分も無いわけではないが、全体的に完成度は高い。 以上の審査結果に基づいて、審査委員会は、全員一致で、本論文が博士(農学)の学位論文として価値があるものと認めた。 |