学位論文要旨



No 111934
著者(漢字) ガジ・モハマド・ムジバル・ラーマン
著者(英字)
著者(カナ) ガジ・モハマド・ムジバル・ラーマン
標題(和) アカシアと根粒菌の共生に関する研究 : 共生系に対する環境ストレスの影響及びシュートによる根粒形成の制御
標題(洋) Studies on Acacia-rhizobia symbiosis : effects of environmental stresses on the symbiotic system and a shoot derived control of nodule formation
報告番号 111934
報告番号 甲11934
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1650号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 寳月,岱造
 東京大学 教授 鈴木,和夫
 東京大学 助教授 井出,雄二
 東京大学 助教授 丹下,健
 東京大学 助教授 小島,克己
内容要旨 はじめに

 今日、熱帯地域をはじめとする急激な森林破壊が重大な問題となっており、地球環境の保全と生物資源の持続的生産のためには、効率的な森林修復が急務となっている。森林修復を行う上で最も重要なポイントの一つは、様々なストレスのかかった痩せた土地に適合する樹種を、如何にして育種、選抜するかにある。本研究で対象としたアカシア樹木は、他の樹種が生育できないような痩せた土地においてもよく成長するほか、根系がよく発達し、砂質土壌の安定化や土壌流出の防止などにも適しているため、東南アジア地域などの森林修復に用いられてきた。このような優れた生理活性は、アカシア樹木がマメ科根粒を形成し、大気中の窒素ガスを養分として利用できることに、少なからず起因するものと考えられる。従って、アカシア樹木の更なる育種と選抜には、環境ストレス下での根粒菌の生存能力、根粒形成能力、宿主域の広さといった、共生機能にかかわる特性に着目する必要がある。本研究では、酸性、重金属、塩類、乾燥等の環境ストレスが、アカシアの成長、根粒菌の生存力、根粒形成能に及ぼす影響と、接ぎ木による宿主域拡大の可能性を検討した。

材料と方法

 [材料]各種アカシア種子は、光緑地産業(岡山市)より購入した。また、根粒菌はマメ科樹木の根粒から8菌株を分離し、井出雄二博士から譲渡された6菌株とともに実験に供した。

 [根粒形成]種子を滅菌して4日間芽出しした後、1cm×15cmの濾紙にとりつけ、試験管内で水耕した。1週間後、根粒菌の水縣濁液を根に接種した。通常4週間後に根粒数と根粒、根、シュートの乾重量を測定した。

 [根粒菌の増殖と生存率]水耕液中の菌濃度は、バクテリア計数盤を用いてカウントし、生存率は、Live/Dead Baclight Viability Kit (Molecular Probe社、USA)で蛍光染色して算出した。また、土壌中の生菌数は、滅菌水で抽出し、yeast-mannitol寒天平板上にコロニーを形成させて計数した。

 [接ぎ木]芽生えの茎をカミソリで斜めに切り、少量の瞬間接着剤で台木と接ぎ穂を接着した。その後、パラフィルムを巻いて固定し、試験管内で水耕した。水耕液に根粒菌AA1を接種し、4週間後に根粒数を調べた。

結果と考察1.基本的特徴

 解剖学的観察により、樹木であるAcacia mangiumの根粒は、中心に根粒菌感染細胞があり、その周囲に数本の維管束が発達するという構造を持ち、マメ科草本植物の場合と同じであった。また、他のマメ科植物のように、高い硝酸濃度では根粒形成が阻害されることが確認された。

 さらに、14菌株の根粒菌について宿主域を調べたところ、表1のように、宿主域の広いL5から、狭いF11まで、その広さにはかなりの差が見られ、形成される根粒数にも菌株ごとに大きな違いが見られた。また、1つの菌株についてみると、A.mangiumという同一種でありながら、種子の産地によって、宿主になるものと宿主にならないものがあった。例えば、菌株AA1は、オーストラリア産のA.mangium(以下AUS)には非常によく根粒を形成するが、クイーンズランド産のA.mangium(以下QLD)等、その他の産地のものには全く根粒を形成しなかった。また、同じA.mangiumでも、14菌株全ての宿主になるAUSから過半数の菌株で根粒を形成しないその他の産地のものまで、根粒菌との親和性は産地によって様々であった。

表1 14種の異なる菌株接種によるアカシア属樹木の根粒形成(接種後4週間)
2.環境ストレスの影響

 各種環境ストレスによる根粒形成阻害にかかわる要因を推定するために、根粒菌の増殖と生存、根粒形成、宿主の成長に対するpH、Al、Mn、NaClの影響を調べた。図1は、水耕液のpHを変えて根粒菌AA1の生存(24時間後)、根粒形成、宿主の成長を調べた結果である。最もpHによって影響を受けたのは、根粒菌の生存、ついで根粒形成であった。それに対して、宿主の成長は比較的影響を受けにくいことがわかった。Al、Mn、NaClについてもほぼ同様の結果が得られた。また、他の7系統の根粒菌についても同様な検討を行ったところ、根粒菌の増殖と生存が、根粒形成率に良く対応していることがわかった。これらの結果は、環境ストレスによって根粒菌の増殖と生存率が低下し、そのことが根粒形成阻害の主要因となっていることを示唆している。

図1 根粒菌との増殖と生存、根粒形成、宿主の成長に対するpHの影響

 次に、実際の土壌中での根粒菌の増殖と生存率が、環境ストレスや他の根粒菌との競争によってどのように阻害されるかを検討した。その結果、低pHやAl,Na、乾燥によって、土壌中での根粒菌の増殖と生存率も低下すること、共存する他の根粒菌株の増殖によって、その分自らの増殖が低下することが分かった。後者の結果は、実際の森林では他の微生物との競争が根粒形成に大きく影響することを示唆している。

3.接ぎ木による宿主域の変化

 アカシア-根粒菌共生系では、上に述べたように、菌株によって宿主域が大きく異なっている。そこで、接ぎ木を利用して、宿主域の拡大方法を工夫しようと試みた。表2に示したように、菌株AA1によって根粒を形成するAUSの地下部に、根粒を形成しないQLDの地上部を接いだところ、全く根粒形成が見られなかった。逆に、根粒を形成しないQLDの地下部に、根粒を形成するAUSの地上部を接いだ場合、9本中5本に根粒形成が見られた。この結果は、たとえば、根粒は形成しないがストレス耐性の高い樹木の地下部に、ストレス耐性は低いがよく根粒形成をする、優良形質樹木の地上部を接ぐことにより、ストレス耐性が高く、しかも根粒を形成するアカシア樹木を創出できることを示している。

表2 根粒菌(菌株AA1)により根粒を形成するA.mangium(オーストラリア産:AUS)と根粒を形成しないA.mangium(クイーンズランド産:QLD)を用いた接ぎ木による根粒形成能の変化
4.結語

 本研究によって、環境ストレス条件下においてもA.mangiumに根粒を形成させ、その共生機能を利用するためには、根粒菌の側のストレス耐性、および他の菌との競争力向上に主眼をおくべきであることが示された。本研究では着手できなかったが、今後、実際にストレス耐性の高い菌株や、他の菌との競争力の大きい菌株を選抜し、ストレス条件下での根粒形成がどの程度増加するかを調べる必要があろう。

 一方、接ぎ木によって宿主域を拡大できることが示されたが、実生の接ぎ木で創出された特性が、樹木に成長する過程でどのように維持されるかを、さらに追跡する必要があろう。また、本研究で得られた結果は同時に、根粒形成を支配する因子が地上部にあり、それが地下部に移動して作用することを示している。このような地上部の因子はこれまで知られておらず、この因子の解明も、今後、新たな宿主域拡大方法を考える上で重要であろう。

審査要旨

 審査委員会で重点的に審査したのは、次の4点である。(1)研究目的の妥当性、(2)研究計画の独創性と妥当性、(3)研究結果と議論の独創性と波及効果、(4)論文表現の完成度。

(1)研究目的の妥当性

 今日、熱帯地域をはじめとする急激な森林破壊が世界的に重大な問題となっており、地球環境の保全と生物資源の持続的生産のために、効率的な森林修復が急務となっている。本研究は、様々な優れた生理活性を持つAcacia mangiumの育種と選抜のための基礎知識を、特に根粒菌との共生に関して蓄積することを目的にしている。Acacia mangiumは、熱帯地域の典型的造林木であり、その育種と選抜は、より効率的な熱帯林修復のためには不可欠なものである。その意味で、本論文の研究目的は妥当なものである。また、マメ科樹木の根粒は、大気中の窒素分子を樹木が利用可能なアンモニアイオンに変換するため、樹木の生長にとっても、また、森林内の物質循環にとっても重要な役割を果たしているものと考えられる。従って、根粒菌との共生関係は、極めて妥当な着目点であると言える。

(2)研究計画の独創性と妥当性

 本研究では根粒形成能に着目し、酸性、重金属、塩類、乾燥等のストレスが、樹木の成長、根粒菌の生存力、根粒形成能に及ぼす影響と、接ぎ木による宿主域拡大の可能性を検討している。具体的には、解剖学的構造と、硝酸による根粒形成阻害等の生理的特徴を明らかにした後、根粒菌の増殖と生存、根粒形成、宿主の成長に対するpH、Al、Mn、NaClの影響を調べているが、実験計画はオーソドックスなもので、妥当である。また、用いた方法も、比較的新しく開発されたバクテリアの生死を判定する方法を効果的に応用する等、適切である。本研究では、更に、接ぎ木を利用して、宿主域の拡大方法を工夫しようと試みている。接ぎ木を利用して、林木の宿主域を拡大しようとする試みは、これまでほとんど報告されておらず、極めて独創的な発想と言って良い。

(3)研究結果と議論の独創性と波及効果

 酸性ストレスが樹木の成長、根粒菌の生存力、根粒形成能に及ぼす影響を検討した結果、最もpHによって影響を受けるのは、根粒菌の生存、ついで根粒形成であり、宿主の成長は比較的影響を受けにくいことが示されている。また、Al、Mn、NaClについてもほぼ同様の結果が得られている。さらに、他の7系統の根粒菌についても同様な検討が行われており、根粒菌の増殖と生存が、根粒形成率に良く対応していることが確認されている。実験結果は明瞭であり、環境ストレスによって根粒菌の増殖と生存率が低下し、そのことが根粒形成阻害の主要因となっていることが確実に示唆されている。

 一方、14菌株の根粒菌と8種類のアカシア種子を組み合わせて、菌株ごとに宿主域の広さと種子の産地による共生体域の広さを調べた結果から、宿主域と共生体域の拡大が、Acacia mangiumの育種と選抜のために重要であることも明確に示されている。

 次に、実際の土壌中での根粒菌の増殖と生存率が、環境ストレスや他の根粒菌との競争によってどのように阻害されるかも検討している。その結果、低pHやAl、Na、乾燥によって、土壌中での根粒菌の増殖と生存率も低下すること、共存する他の根粒菌株の増殖によって、その分自らの増殖が低下することを明らかにしている。後者の結果は、実際の森林では他の微生物との競争が根粒形成に大きく影響することを示唆しており、今後の共生系の改良点を考える上で、貴重な情報が得られている。その意味で、今後への波及効果が大きい。

 一方、アカシア-根粒菌共生系では、上に述べたように、菌株によって宿主域が大きく異なっている。そこで本研究では、接ぎ木を利用して、宿主域の拡大方法を工夫しようと試みている。その結果、接ぎ木によって宿主域を拡大できることが示されている。この結果によって、接ぎ木を利用した林木改良の可能性が新たに開かれたことになり、波及効果が大きいと考えられる。また、本実験結果は同時に、根粒形成を支配する因子が地上部にあり、それが地下部に移動して作用することを示している。このような地上部の因子はこれまで知られておらず、独創的な実験結果と言って良い。

(4)論文表現の完成度

 論文の章だてもおおむね妥当で、解りやすい。また、文章は論理的で、独創的な内容を明快に表現できている。細部には、やや不完全な部分も無いわけではないが、全体的に完成度は高い。

 以上の審査結果に基づいて、審査委員会は、全員一致で、本論文が博士(農学)の学位論文として価値があるものと認めた。

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