学位論文要旨



No 111935
著者(漢字) イスマイル・K. アロー
著者(英字)
著者(カナ) イスマイル・K. アロー
標題(和) トドマツオオアブラムシの無翅虫の分散に関する生態学的研究
標題(洋) Studies on the ecology of Cinara todocola Inouye(Homoptera: Aphididae)with special reference to the dispersal of wingless aphids
報告番号 111935
報告番号 甲11935
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1651号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古田,公人
 東京大学 教授 田付,貞洋
 東京大学 教授 鈴木,和夫
 東京大学 助教授 石川,幸男
 東京大学 講師 久保田,耕平
内容要旨

 Cinara todocolaは日本の北海道でトドマツの害虫としてよく知られていて、10年以内の造林地に発生する。分散は通常は有翅虫によって行われる。しかし、有翅虫がいなくても寄生されている木の割合がしばしば増加する。このことは、造林地内の分散は無翅のアブラムシによって行われることを示している。

 苗木の間隔、規制の対象とならない木の存在、直射日光などがC.todocolaの分散に与える効果を解析し、アブラムシの発生しにくい森林管理のあり方を研究した。苗木の直裁間隔の増大、非寄生木の存在、直射日光はアブラムシの分散を阻害したり遅延させたりした。

 最初それぞれのアブラムシは一木の木において最も適当な場所に生息し繁殖した。密度が高くなると、アブラムシは他の場所へ移動した。このような移動は個体群密度が、実験室内と野外共に平均樹高55cmで約300頭の時に起こった。この移動には成虫と幼虫がふくまれていた。多数の個体が移動を開始する閾値の密度が存在するに違いないと思われる。しかし、コロニーについては、4個体の小さなコロニーでも移動は観察されるので、どの大きさのコロニーが分散を始めるかを予想することは非常に難しい。高密度な状態と寄生植物の状態、天敵の存在、アブラムシ同士の接触はアブラムシの分散に影響する。樹内と樹間を移動することによって過密の程度は下げられる。

 C.todocolaは高木性,草木性、農業害虫としてのアブラムシなどの種と比べて高い歩行能力を持つ。3齢幼虫は他の齢級のものよりも長い距離を歩く。この齢の重要な機能の一つは分散であると考えた。体重に対する分散の投資の割合を計算できなかったが、その割合は他の齢より3齢幼虫において高いと思われる。幹母に見られる長い歩行距離は体の大きさに依存したものであると思われる。

 高い個体群の成長は6月/7月と9月/10月で観察された、春と秋に食べ物の質が良かったからであると思われる。しかし、第1世代のアブラムシは次の世代のアブラムシより大きく重かった。アブラムシの個体数成長は次のような特徴を持っている:集中分布、急速な個体数の増加、個体数密度の激しい変動などである。これらの特徴は昆虫と環境に内在する生理学特徴が合わさったものから生じたかもしれない。個体数がピークに達すると分散が続く。アリが共生しているコロニーでは共生していないコロニーよりも高い個体数成長を示した。

 1993年と1994年の、アリとアブラムシが共生している木の割合はそれぞれ96%と80%であった。アブラムシの分散は1993年は低かったが、アブラムシの分散を制限し、天敵から守ることによって高い個体数成長をうながしたと考えられる。このことにより1993年の木の64%はアブラムシの寄生を受けて枯れた。1994年は42%であった。

 野外で観察された最大分散距離は16mだった。アブラムシはランダムに移動し、それらの歩行距離は時間と共に変わる。なにかの物体がアブラムシの前に置かれるとほとんどの個体はその方へ動く。色については緑色に最もひかれ、次は黄色であった。小さな物よりむしろ大きな物にひかれた。

 3m間隔で樹間に非寄主樹木を置くことによって、トドマツの植林地においてアブラムシの寄生を減らすことができるものと考えられる。

審査要旨

 アブラムシ類は農林業害虫として最も重要な昆虫類の一つであり、生態学的にもさまざまな観点から研究が行われてきた。移動分散についても、多くの研究例があるが、そのほとんどは有翅虫の飛翔分散に関するもので、無翅虫の歩行による分散についてはほとんど研究が行われていない。

 トドマツオオアブラムシ(Cinara todocola Inouye)はトドマツ若齢造林地の害虫として知られているように、10年生以内の造林地で発生する。新しく造成された造林地への侵入は有翅虫の飛翔分散によっておこるが、造林地内の分布の拡大は主として無翅虫の歩行・分散によっていると考えられており、トドマツオオアブラムシの林業的(生態学的)防除法の確立のためには無翅虫の分散の抑制が不可欠である。本研究はトドマツオオアブラムシ無翅虫の移動能力や移動方向に影響を与える重要な要因を明らかにするとともに、苗木の植栽間隔、寄生の非対象木の有無、無機的環境条件がアブラムシの分散と個体群動態に与える影響を解析し、トドマツオオアブラムシの林業的(生態学的)防除法の可能性について検討した。

 無翅虫個体の大量移動分散は、樹高55cmの苗木の場合、樹上の個体数が約300頭で観察され、幼成虫ともに含まれていた。このことから、分散は樹上のアブラムシ個体群密度の上昇にともなって生じることは明らかであるが、それ以外に寄生植物の状態、天敵、アブラムシ同士の接触が分散に影響した。

 本種は高木性、草本性、農業害虫としての他種のアブラムシと比較して高い歩行能力を持つ。発育段階としては幹母と3齢幼虫の歩行能力が高いなど、生理的にみて分散に適した発育段階、あるいは発育フェノロジーがある。

 歩行は基本的にはランダム移動で特徴づけられたが、目的物を発見すれば、その後は直線歩行となる。目標物としては小さなものよりも大きなものにひかれやすく、また色では緑色に、ついで黄色のものにひきつけられる傾向があった。目標物に到達すると、アブラムシは、そのうえに登って寄生の対象となるかどうかを確認した。移動の速度は土壌条件によって異なり、平坦で堅い地表面では速度が大きい傾向があった。また、苗木の植栽間隔の拡大、寄生非対象木の存在、直射日光はアブラムシの分散にマイナスの影響を与えることが確認された。

 野外におけるアブラムシの個体群の成長は6-7月と9-10月に顕著であった。個体数が増加すると分散が生じるため、集中分布、急激な個体数の増大、激しい密度の変動によって特徴づけられる個体群動態をしめした。アリが共生する場合にはとくに個体群の成長は著しくなり、また分散が抑えられる傾向があった。その結果、強度の寄生を受けた苗木には枯損するものが多くなった。

 以上のようなことから、苗木の植栽間隔の拡大、寄生非対象木の混植などの林業的な処置により、アブラムシの発生を抑え、被害を軽微にすることが可能であることが明らかになった。

 以上要するに、本論文はこれまで明らかでなかったアブラムシの無翅虫の移動分散について生態学的な研究を行うとともに、林業的な処置により、アブラムシの発生を抑え、被害を回避することが可能であることを明らかにしたものである。学術上、応用上、寄与するところが少なくない。よって審査員一同は、申請者に対し博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判断した。

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